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外伝・SS等
改元記念SS 神は流転する
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その夜はひどく冷えた。
空を照らす月が姿を隠し、星々が小さな砂粒のような光をそっと掲げている。
「このような夜には神さまが生まれ変わると言われています」
「神さまが生まれ変わる? そもそも神さまって死ぬのか?」
いろいろごたごたはあったが、得ることも多かった帝国で習ったものの一つである黒茶を淹れながら、俺は思わず聖女の言葉に問いを返した。
黒茶の淹れ方はとても手間がかかる。
もともとは山岳民族が薬を作るときに残る種がただ同然で安く手に入るからと、それを工夫して茶にしたものだ。
そういう経緯で手に入ったものである上に真っ黒で苦いからと、上流階級の人間には敬遠されたが、値段の安さから労働階級の人間に愛飲されて、なぜか国交がないはずの大公国にまで広まったのだそうだ。
少し薬効が残っているのか、飲むと疲れが癒やされるのも肉体労働者と相性がよかったのだろう。
それにしてもよくもまぁ工夫したものだよなと俺は思う。
まず乾燥させた種をじっくりと煎る。
ちょっと焦げ臭いかな? と感じるぐらいになったら目の粗い丈夫な袋に入れ、固いものの上に置き、石か金属の鈍器でひたすら叩いて砕く。
十分に細かく砕いたらほかの茶と同じように鍋で煮出す。
「それ黒茶か?」
めざとく匂いを嗅いて勇者が聞いて来た。
「そうだ」
「……乳はあるのか?」
「ないぞ」
そもそも乳は新鮮なものじゃないとすぐに固まるしな。
「えっ!」
途端に勇者は嫌そうな顔をした。
黒茶は苦いから苦手なのだ。
乳を入れて乳茶にすればけっこう好きらしい。
「安心しろ。そう言うだろうと思って乳の代用品を手に入れている。少々風味が違うけどな」
「おお」
それが何かわからないのに、すでに勇者の顔は喜色を浮かべている。
大丈夫か? 飲んでがっかりするなよ?
代用品は木の実の果肉だ。
これも山岳民族産で、彼らも乳代わりに絞って飲むことがあるらしい。
名前はそのものズバリで、乳の木の実と言う。
そしてこれもたいがい手間がかかる。
茶を飲むのにこれほど手間をかけるのだから、よほど暇があるときにしか作れないが、今夜は丁度なにもない場所での野営で暇しかない状態だ。
夕食も手間をかけたが、こうやって茶を飲むのに手間をかけるのもそれなりに楽しめる。
「っと、神さまの話だったな。神さまが生まれ変わるというのはどういう意味なんだ?」
「以前にもお話しましたが、魔と違って神は不死ではありません。通常の命と同じ生と死を流転しているのです。それは昼があり夜があるのと同じこと。ですが、それは決して滅びではありません。成長のための生であり死なのです。種が芽吹き花が咲き、種を生み枯れていく、そのなかで命は成長します」
「難しい。簡単に頼む」
せっかくのありがたいお話だが、聖女の話は俺にはよくわからなかった。
魔は不死であり神は生まれ変わるということだけはわかったが。
「……しかたのないお師匠さまですね。まぁいいです」
はぁとため息をついた聖女だったが、別に怒っている訳ではなさそうだった。
「ようするにですね。太陽と月の両方が隠れるときは、神が一度死んで新しく生まれ変わるための準備をしていると考えられているのです」
「曇りの日とか雨の日とかもか?」
「いえ、そういう日には空の高いところにはちゃんと太陽や月があるものなのですよ」
「そうなんだ」
驚きの事実である。
しかし大聖堂はそれをどうやって知ったのだろう? 盟約の力か?
「ですから、このような日には誰もが心を強くして次の善き日を願うのですよ。魔の力に惹かれてしまわぬように」
魔の力か。
実際にはどんな力なのだろう。
魔の力が極まると不死に近い状態に至るらしいということは魔王さまを見ればわかるが、それ以外のところがとんとわからない。
魔力のもたらすものと考えればいいのだろうか?
魔力というのは個の力を限りなく大きくする。
それが生き残るためだと考えれば、その方向性は予想出来るというものだ。
命は命で贖われる。
つまり魔が蔓延した世界というのは、例の大公国の研究者が行った人工的な迷宮に近いものなのではないだろうか。
強いモノだけが生き残る世界。
俺は思わずぶるりと体を震わせた。
「そうだな。俺は神さまのほうが好きかな」
「それは、とてもうれしいです」
聖女が微笑む。
そして神璽を手に祈りを捧げた。
「神よ、我らの魂を悪しき誘惑から守り給え」
夜の闇のなか、焚き火の光が辺りをほんのりと照らし、銀色に輝く聖女の祈りがそんな静かな夜の大気に融けて行く。
さらにそのなかに黒茶の豊かな香りと、乳の木の実の少し水っぽい香りが混ざった。
「さて、それじゃあ新しい日を待つ間、黒茶を飲んで何か楽しい話か、メルリルの歌でも聴きながら過ごそうじゃないか。で、乳茶にするのはアルフとミュリアだけでいいか?」
「わ、私も」
俺の言葉にメルリルが少し顔を赤らめて言う。
「乳茶のほうが黒茶はまろやかになるものな」
「はい!」
「ピャッ!」
「お前もかよ!」
メルリルに便乗してフォルテも名乗りを上げた。
仕方なく、フォルテの分も乳茶をカップに注いで行く。
全員に茶を配ると、俺は自分の分のカップを手にした。
黒い表面に焚き火の光を映した黒茶をひと口すする。
苦いがその苦味と深い香りが体の芯の疲れを癒やしてくれるようだった。
「善き明日に」
俺はカップを天に掲げる。
魔力を通した目に、白く細い湯気が一筋天に昇って行くさまが映ったのだった。
空を照らす月が姿を隠し、星々が小さな砂粒のような光をそっと掲げている。
「このような夜には神さまが生まれ変わると言われています」
「神さまが生まれ変わる? そもそも神さまって死ぬのか?」
いろいろごたごたはあったが、得ることも多かった帝国で習ったものの一つである黒茶を淹れながら、俺は思わず聖女の言葉に問いを返した。
黒茶の淹れ方はとても手間がかかる。
もともとは山岳民族が薬を作るときに残る種がただ同然で安く手に入るからと、それを工夫して茶にしたものだ。
そういう経緯で手に入ったものである上に真っ黒で苦いからと、上流階級の人間には敬遠されたが、値段の安さから労働階級の人間に愛飲されて、なぜか国交がないはずの大公国にまで広まったのだそうだ。
少し薬効が残っているのか、飲むと疲れが癒やされるのも肉体労働者と相性がよかったのだろう。
それにしてもよくもまぁ工夫したものだよなと俺は思う。
まず乾燥させた種をじっくりと煎る。
ちょっと焦げ臭いかな? と感じるぐらいになったら目の粗い丈夫な袋に入れ、固いものの上に置き、石か金属の鈍器でひたすら叩いて砕く。
十分に細かく砕いたらほかの茶と同じように鍋で煮出す。
「それ黒茶か?」
めざとく匂いを嗅いて勇者が聞いて来た。
「そうだ」
「……乳はあるのか?」
「ないぞ」
そもそも乳は新鮮なものじゃないとすぐに固まるしな。
「えっ!」
途端に勇者は嫌そうな顔をした。
黒茶は苦いから苦手なのだ。
乳を入れて乳茶にすればけっこう好きらしい。
「安心しろ。そう言うだろうと思って乳の代用品を手に入れている。少々風味が違うけどな」
「おお」
それが何かわからないのに、すでに勇者の顔は喜色を浮かべている。
大丈夫か? 飲んでがっかりするなよ?
代用品は木の実の果肉だ。
これも山岳民族産で、彼らも乳代わりに絞って飲むことがあるらしい。
名前はそのものズバリで、乳の木の実と言う。
そしてこれもたいがい手間がかかる。
茶を飲むのにこれほど手間をかけるのだから、よほど暇があるときにしか作れないが、今夜は丁度なにもない場所での野営で暇しかない状態だ。
夕食も手間をかけたが、こうやって茶を飲むのに手間をかけるのもそれなりに楽しめる。
「っと、神さまの話だったな。神さまが生まれ変わるというのはどういう意味なんだ?」
「以前にもお話しましたが、魔と違って神は不死ではありません。通常の命と同じ生と死を流転しているのです。それは昼があり夜があるのと同じこと。ですが、それは決して滅びではありません。成長のための生であり死なのです。種が芽吹き花が咲き、種を生み枯れていく、そのなかで命は成長します」
「難しい。簡単に頼む」
せっかくのありがたいお話だが、聖女の話は俺にはよくわからなかった。
魔は不死であり神は生まれ変わるということだけはわかったが。
「……しかたのないお師匠さまですね。まぁいいです」
はぁとため息をついた聖女だったが、別に怒っている訳ではなさそうだった。
「ようするにですね。太陽と月の両方が隠れるときは、神が一度死んで新しく生まれ変わるための準備をしていると考えられているのです」
「曇りの日とか雨の日とかもか?」
「いえ、そういう日には空の高いところにはちゃんと太陽や月があるものなのですよ」
「そうなんだ」
驚きの事実である。
しかし大聖堂はそれをどうやって知ったのだろう? 盟約の力か?
「ですから、このような日には誰もが心を強くして次の善き日を願うのですよ。魔の力に惹かれてしまわぬように」
魔の力か。
実際にはどんな力なのだろう。
魔の力が極まると不死に近い状態に至るらしいということは魔王さまを見ればわかるが、それ以外のところがとんとわからない。
魔力のもたらすものと考えればいいのだろうか?
魔力というのは個の力を限りなく大きくする。
それが生き残るためだと考えれば、その方向性は予想出来るというものだ。
命は命で贖われる。
つまり魔が蔓延した世界というのは、例の大公国の研究者が行った人工的な迷宮に近いものなのではないだろうか。
強いモノだけが生き残る世界。
俺は思わずぶるりと体を震わせた。
「そうだな。俺は神さまのほうが好きかな」
「それは、とてもうれしいです」
聖女が微笑む。
そして神璽を手に祈りを捧げた。
「神よ、我らの魂を悪しき誘惑から守り給え」
夜の闇のなか、焚き火の光が辺りをほんのりと照らし、銀色に輝く聖女の祈りがそんな静かな夜の大気に融けて行く。
さらにそのなかに黒茶の豊かな香りと、乳の木の実の少し水っぽい香りが混ざった。
「さて、それじゃあ新しい日を待つ間、黒茶を飲んで何か楽しい話か、メルリルの歌でも聴きながら過ごそうじゃないか。で、乳茶にするのはアルフとミュリアだけでいいか?」
「わ、私も」
俺の言葉にメルリルが少し顔を赤らめて言う。
「乳茶のほうが黒茶はまろやかになるものな」
「はい!」
「ピャッ!」
「お前もかよ!」
メルリルに便乗してフォルテも名乗りを上げた。
仕方なく、フォルテの分も乳茶をカップに注いで行く。
全員に茶を配ると、俺は自分の分のカップを手にした。
黒い表面に焚き火の光を映した黒茶をひと口すする。
苦いがその苦味と深い香りが体の芯の疲れを癒やしてくれるようだった。
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俺はカップを天に掲げる。
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