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第六章 その祈り、届かなくとも……
480 行く年来る年
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お土産を渡し、再びミハルを預け、誘われて昼食をいただいてボードン道場を後にする。
「理想的なんだがなぁ」
元神殿騎士で実績ある道場主、奥さんは奥向きのことをテキパキとこなし、料理も美味しい。
孤児が養子になる家としては最良の部類と言えるだろう。
だが理想も心が伴わなければただのきれいな牢獄にもなってしまう。
ミハル自身が何を感じてどうしたいと思うかが大切なのだ。
とは言え、もしミハルがほかに行く当てもなく、もっと小さな子どもだったら、四の五の言わせずにこの家の養子として叩き込んでいただろう。
ただミハルはもう十五だ。
資格と資金さえあれば自分の家を興すことも出来る年齢となる。
一人で独立して生きようとすれば出来る年齢なのだ。
だが実際問題として、全ての常識が違う世界からやって来て、いきなり一人では生きて行けない。
手助けは絶対必要だった。
ボードンの家は理想的だが、ミハルは未だに迷っているようだ。
やがて年越し祭の本祭の日がやって来た。
町のあちこちから今年十五歳となった少年少女を乗せた輿が広場めがけて集まって来る。
一人を乗せたものを四人で運ぶ小さな輿から、五人ほどを乗せた巨大な輿を何十人もの担ぎ手で運ぶものまで、それぞれ特色があって面白い。
「エイヤーヘイ! セイヤーホイ!」
独特の掛け声と共に現れたのがボードン道場の輿だ。
輿を担ぐ大人たちの周りを木剣を持った少年少女が囲み、演舞を行ってカンカン剣を打ち鳴らしながら進んで来る。
輿には椅子が設置してあって、そこにミハルを始めとする四人が座っていた。
三人は男で、衣装も神殿騎士の鎧をモチーフにしたものだ。
ミハルはレースのベールに全身を包む白いドレス姿なので、まるで騎士に守られた姫のように見える。
「あ、手を振ってる」
メルリルの言う通り、どうやら俺たちに気づいたらしいミハルが輿の上から手を振った。
「この人混みでよくわかるな」
「師匠の頭の上にはフォルテがいるから目立つ」
「……なるほど」
勇者に言われて理解する。
重さがないのでつい忘れてしまいがちだが、フォルテは確かに目印として優秀だろう。
輿が集まった広場に、周囲を大聖堂の聖騎士たちに守られた聖者が姿を現した。
感極まった歓声が上がり、聖騎士たちが祝いの銀貨と菓子包みを撒く。子どもたちを中心にみんなが我先にそれを拾った。祭りの最も盛り上がる場面だ。
ドーン! という大きな音と共に頭上に花火が打ち上がった。
魔法使い数人がかりで編み上げられた光の魔法によって、春まだ浅い晴れた空に光の花が咲く。
「メルリル、あれが花火だ。夜だともっときれいなんだが、昼間の花火もまた味わいがあるだろ」
「ふふ、ダスターが火球に似ていると言っていたから火の魔法だと思ってた。光の魔法なんだ。……すごくきれい」
「夜に打ち上げる花火には色がつくからな。それこそ火球みたいなのもある。夜もやるはずだからそっちも楽しみにしてるといい」
「はい」
十五になった男女が聖者に水と穀物を差し出し、聖者がそれに祝福を与えて返す。
実りを生み、実りを分かち合うことを意味する儀式だ。
実はこれは領主や地主が行うときにはもっと現実的な意味を持っていて、住民として台帳に名を記し、初めての税を収めることになる。
とは言え、形骸化している土地も多い。
この門前町などは、どの国にも属さない場所なので税金は取られないしな。
住人台帳も門前町の寄り合い組織が管理しているらしい。
税金の代わりに普請代として年にいくらか払う仕組みがあるとのことだった。
重々しい儀式が終わり、聖者と聖騎士たちが大橋へと去ると、無礼講の祝いの宴となる。
ボードン道場の仲間たちに囲まれてもみくちゃになっているミハルは楽しそうだ。
「戻るか」
「そうですね」
道場の仲間で盛り上がっているところに水を差すこともないだろう。
俺たちは何やらダンスが始まっている大橋を渡って大聖堂へと戻った。
暗くなると夜の花火が夜空を明るく輝かせる。
「わあ!」
「言った通りだろ?」
夜空には渦巻く火球がはらりとほどけて花となり散って行く様子を描いた花火が打ち上がっていた。
「花火と言ったらあれだよなぁ。最近は動物や人の顔を描いたりする変わり花火もあるようだが、花火と言うからには花だろう」
何やら花火にこだわりがあるらしい勇者が言う。
「わたくしも、花火が大好きなんです」
花火に見とれているメルリルに聖女が言った。
「ミュリアもあの魔法出来るの?」
「いえ、残念ながら。でも、勇者さまなら似た魔法を使えるはずです」
二人に話を振られた勇者が珍しく困ったような顔になる。
「あー、俺のは攻撃魔法だから、今度な」
そうだな、ここで攻撃魔法使う訳にはいかないからな。
輝く光と共に新しい年が始まる。
宴のときに全部飲まずに取っておいた果実酒を夜空に掲げて飲み干した。
少しだけ味がこなれてさらに丸くなった酒が体を心地よく火照らせる。
「ピャ!」
「ああ、そうだな。よい年を、フォルテ」
フォルテにも一杯と差し出すと、俺の杯に頭を突っ込んで半分以上入っていた酒を飲み干してしまう。
「お前って奴は……」
さて、もうすぐ暖かくなる。
そうしたらいよいよ神の歌声に満ちたこの場所から出立だ。
「理想的なんだがなぁ」
元神殿騎士で実績ある道場主、奥さんは奥向きのことをテキパキとこなし、料理も美味しい。
孤児が養子になる家としては最良の部類と言えるだろう。
だが理想も心が伴わなければただのきれいな牢獄にもなってしまう。
ミハル自身が何を感じてどうしたいと思うかが大切なのだ。
とは言え、もしミハルがほかに行く当てもなく、もっと小さな子どもだったら、四の五の言わせずにこの家の養子として叩き込んでいただろう。
ただミハルはもう十五だ。
資格と資金さえあれば自分の家を興すことも出来る年齢となる。
一人で独立して生きようとすれば出来る年齢なのだ。
だが実際問題として、全ての常識が違う世界からやって来て、いきなり一人では生きて行けない。
手助けは絶対必要だった。
ボードンの家は理想的だが、ミハルは未だに迷っているようだ。
やがて年越し祭の本祭の日がやって来た。
町のあちこちから今年十五歳となった少年少女を乗せた輿が広場めがけて集まって来る。
一人を乗せたものを四人で運ぶ小さな輿から、五人ほどを乗せた巨大な輿を何十人もの担ぎ手で運ぶものまで、それぞれ特色があって面白い。
「エイヤーヘイ! セイヤーホイ!」
独特の掛け声と共に現れたのがボードン道場の輿だ。
輿を担ぐ大人たちの周りを木剣を持った少年少女が囲み、演舞を行ってカンカン剣を打ち鳴らしながら進んで来る。
輿には椅子が設置してあって、そこにミハルを始めとする四人が座っていた。
三人は男で、衣装も神殿騎士の鎧をモチーフにしたものだ。
ミハルはレースのベールに全身を包む白いドレス姿なので、まるで騎士に守られた姫のように見える。
「あ、手を振ってる」
メルリルの言う通り、どうやら俺たちに気づいたらしいミハルが輿の上から手を振った。
「この人混みでよくわかるな」
「師匠の頭の上にはフォルテがいるから目立つ」
「……なるほど」
勇者に言われて理解する。
重さがないのでつい忘れてしまいがちだが、フォルテは確かに目印として優秀だろう。
輿が集まった広場に、周囲を大聖堂の聖騎士たちに守られた聖者が姿を現した。
感極まった歓声が上がり、聖騎士たちが祝いの銀貨と菓子包みを撒く。子どもたちを中心にみんなが我先にそれを拾った。祭りの最も盛り上がる場面だ。
ドーン! という大きな音と共に頭上に花火が打ち上がった。
魔法使い数人がかりで編み上げられた光の魔法によって、春まだ浅い晴れた空に光の花が咲く。
「メルリル、あれが花火だ。夜だともっときれいなんだが、昼間の花火もまた味わいがあるだろ」
「ふふ、ダスターが火球に似ていると言っていたから火の魔法だと思ってた。光の魔法なんだ。……すごくきれい」
「夜に打ち上げる花火には色がつくからな。それこそ火球みたいなのもある。夜もやるはずだからそっちも楽しみにしてるといい」
「はい」
十五になった男女が聖者に水と穀物を差し出し、聖者がそれに祝福を与えて返す。
実りを生み、実りを分かち合うことを意味する儀式だ。
実はこれは領主や地主が行うときにはもっと現実的な意味を持っていて、住民として台帳に名を記し、初めての税を収めることになる。
とは言え、形骸化している土地も多い。
この門前町などは、どの国にも属さない場所なので税金は取られないしな。
住人台帳も門前町の寄り合い組織が管理しているらしい。
税金の代わりに普請代として年にいくらか払う仕組みがあるとのことだった。
重々しい儀式が終わり、聖者と聖騎士たちが大橋へと去ると、無礼講の祝いの宴となる。
ボードン道場の仲間たちに囲まれてもみくちゃになっているミハルは楽しそうだ。
「戻るか」
「そうですね」
道場の仲間で盛り上がっているところに水を差すこともないだろう。
俺たちは何やらダンスが始まっている大橋を渡って大聖堂へと戻った。
暗くなると夜の花火が夜空を明るく輝かせる。
「わあ!」
「言った通りだろ?」
夜空には渦巻く火球がはらりとほどけて花となり散って行く様子を描いた花火が打ち上がっていた。
「花火と言ったらあれだよなぁ。最近は動物や人の顔を描いたりする変わり花火もあるようだが、花火と言うからには花だろう」
何やら花火にこだわりがあるらしい勇者が言う。
「わたくしも、花火が大好きなんです」
花火に見とれているメルリルに聖女が言った。
「ミュリアもあの魔法出来るの?」
「いえ、残念ながら。でも、勇者さまなら似た魔法を使えるはずです」
二人に話を振られた勇者が珍しく困ったような顔になる。
「あー、俺のは攻撃魔法だから、今度な」
そうだな、ここで攻撃魔法使う訳にはいかないからな。
輝く光と共に新しい年が始まる。
宴のときに全部飲まずに取っておいた果実酒を夜空に掲げて飲み干した。
少しだけ味がこなれてさらに丸くなった酒が体を心地よく火照らせる。
「ピャ!」
「ああ、そうだな。よい年を、フォルテ」
フォルテにも一杯と差し出すと、俺の杯に頭を突っ込んで半分以上入っていた酒を飲み干してしまう。
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そうしたらいよいよ神の歌声に満ちたこの場所から出立だ。
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