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第六章 その祈り、届かなくとも……
481 師弟の別れ
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年越し祭の浮ついた雰囲気も去り、南に見える身分け山の雪もだいぶ消えた。
そして俺たちはいよいよ出立することとなる。
ルートとしては大聖堂を出てやや東寄りに南下し、まずはカ・ミラス神国を目指す。
カ・ミラス神国は門前町と似たような経緯で出来た国だ。
ただし身分制度を人の自然にあるべき姿に反し神に対する不遜と断じていて、王や貴族がいない国となっている。
それでどうやって国を運営しているかというと、農園主が領主のような役割を担っていて、年に一度の収穫祭のときに国の方針を話し合って決めるらしい。
他国からするとちょっと理解しづらい国かもしれない。
信仰心の篤い国で、朝昼晩お祈りの時間がある。
住人の気質はおっとりとしていてやさしい人間が多い。
いろいろな種族が一緒に暮らしているのも特徴的と言えるだろう。
この国には水棲人以外の全ての種族が揃っている。
実は勇者が大聖堂で勇者として認められ、紋章を授けられた後に、最初に立ち寄った国でもあった。
ある意味懐かしい場所だ。
俺たちと一緒に出立するか、ここに残るかの選択が迫るなか、ミハルはボードン一家と共に出立の準備をしている俺たちを訪ねて来た。
「師匠」
ミハルは聖騎士に頭を下げた。
「決めたのか?」
「はい! 助け出してもらって、生きる目標までいただいておきながら、すごく勝手だと、思うんです、でも……」
「何を言っている。人は心のままに生きるものだ。そういう風に出来ている。自らの心に背けばそれはやがて肉体をも蝕むこととなる。それを誰よりも私は知っている」
聖騎士が珍しく多弁に語った。
その目にはミハルが昔の自分と重なって見えているのかもしれない。
「やっぱり師匠は私の師匠です。生きる目標です。だから私はあえて師匠から離れてボードン先生の元で修行をしたいと思うのです」
「そうか。だがさっきも言ったが、自分のために生きるんだ。私の弟子だと言うのならな」
「……はい」
ミハルが顔を真っ赤にしてうつむいている。
ボードンの隣で奥さんのセシリアさんが何かを言いたそうにしているが、ぐっと我慢している様子だ。
ん~? んんっ?
もしかしてこれは、もしかする、のか?
俺は向き合うミハルとクルスを交互に見た。
いや、まだまだ想いがあったとしても種という感じだな。
この先どう成長するのかは誰にもわからない、小さな恋心か。
これ、クルスは絶対気づいているよな。
女の子にあんな顔されて気づかないはずがない。
「私、いつか師匠に勝てるぐらいの騎士になってみせます」
ミハルの宣言にクルスは笑った。
「弟子に負ける師匠がいるか。百年修行しても無理だ」
「うぐっ!」
容赦ないな。
まぁわかってはいたがクルスは聖騎士としてのプライドがものすごく高い。
愛弟子だろうと、負けてやるつもりは毛頭ないんだろうな。
「ぜ、絶対に強くなります!」
「期待している」
ボードンもセシリアさんもニヤニヤとその様子を見守っている。
あと道場の仲間なのか、十人近くの年の違う男女が揃って暖かくミハルを見つめていた。
「お、そうだ。クルス以外には紹介していなかったな。こいつらが俺の自慢の子どもたちだ。噂の勇者さまと英雄殿に会うと言ったらついて来てな」
「え、それ、全員子どもなのか」
「うふふ、賑やかでしょう? まだ遠くで働いている子やお勤め中で来られなかった子もいるのよ」
セシリアさんが笑って説明する。
あー、例の養子たちか。
もしかして実子も混ざっているのかな?
まぁどっちでもいいか。
「親父、おふくろ、その雑な紹介はなんだ! 恥ずかしいだろ!」
「そ、そうよ、もっとちゃんと紹介して」
「おいおい、今日はミハルが師匠や恩人にお別れを言うために来たんだぞ。妹の気持ちを考えろ」
年齢的には勇者に近い感じの男女がボードンに抗議をするが、叱られてしゅんとしてしまった。
そのやり取りに少し感動する。そうか、ミハルはもう家族として受け入れられているんだな。
「俺たちは出立の準備で忙しい。用が済んだら帰れ」
そんな光景に心を和ませていると、ずっと機嫌が悪かった勇者がボードン一家を追い出しにかかる。
お前、そりゃあないだろ。
「も、申し訳ありません勇者さま。あ、あの、よかったら香り袋を受け取っていただけませんか?」
あ、さっきボードンに抗議した娘だ。
そうかこの娘、勇者に憧れているのか。
年代も近いし、憧れる気持ちはわからなくもない。
「バカを言え。そんなものを持っていたら魔物が寄って来る。いらん」
おおう、にべもないな。
断るにしろもうちょっとやんわり断れ。
案の定、断られた娘は真っ青になっているぞ。
「勇者さま、娘が申し訳ありません」
セシリアさんが頭を下げて、ボードンが不機嫌になった。
空気が一気に悪くなったじゃないか。
「気にすることはないぞ。勇者は誰に対してもあんな感じだ。別に怒ってる訳じゃないんだ。美人に贈り物を渡されて嬉しくない男なんていないからな」
「えっ、そうでしょうか」
しょげていた娘さんがちょっと持ち直す。
「当然だ」
言いながら、俺は勇者の足を踏んだ。
勇者はぶすっとした顔のままだったが、ちらっと俺の顔を見て、その娘に頭を下げる。
「言い方が悪かったな。謝る。だが受け取る理由がない贈り物は一切受け取らないことにしている。それは受け取れない」
「高潔なんですね、すてきです!」
娘さんの気持ちが持ち直したようだ。
よかったよかった。
ボードンも奥さんもにこにこ顔に戻ったしな。
勇者が仏頂面なのはいつものことだ、気にしない。
そして俺たちはいよいよ出立することとなる。
ルートとしては大聖堂を出てやや東寄りに南下し、まずはカ・ミラス神国を目指す。
カ・ミラス神国は門前町と似たような経緯で出来た国だ。
ただし身分制度を人の自然にあるべき姿に反し神に対する不遜と断じていて、王や貴族がいない国となっている。
それでどうやって国を運営しているかというと、農園主が領主のような役割を担っていて、年に一度の収穫祭のときに国の方針を話し合って決めるらしい。
他国からするとちょっと理解しづらい国かもしれない。
信仰心の篤い国で、朝昼晩お祈りの時間がある。
住人の気質はおっとりとしていてやさしい人間が多い。
いろいろな種族が一緒に暮らしているのも特徴的と言えるだろう。
この国には水棲人以外の全ての種族が揃っている。
実は勇者が大聖堂で勇者として認められ、紋章を授けられた後に、最初に立ち寄った国でもあった。
ある意味懐かしい場所だ。
俺たちと一緒に出立するか、ここに残るかの選択が迫るなか、ミハルはボードン一家と共に出立の準備をしている俺たちを訪ねて来た。
「師匠」
ミハルは聖騎士に頭を下げた。
「決めたのか?」
「はい! 助け出してもらって、生きる目標までいただいておきながら、すごく勝手だと、思うんです、でも……」
「何を言っている。人は心のままに生きるものだ。そういう風に出来ている。自らの心に背けばそれはやがて肉体をも蝕むこととなる。それを誰よりも私は知っている」
聖騎士が珍しく多弁に語った。
その目にはミハルが昔の自分と重なって見えているのかもしれない。
「やっぱり師匠は私の師匠です。生きる目標です。だから私はあえて師匠から離れてボードン先生の元で修行をしたいと思うのです」
「そうか。だがさっきも言ったが、自分のために生きるんだ。私の弟子だと言うのならな」
「……はい」
ミハルが顔を真っ赤にしてうつむいている。
ボードンの隣で奥さんのセシリアさんが何かを言いたそうにしているが、ぐっと我慢している様子だ。
ん~? んんっ?
もしかしてこれは、もしかする、のか?
俺は向き合うミハルとクルスを交互に見た。
いや、まだまだ想いがあったとしても種という感じだな。
この先どう成長するのかは誰にもわからない、小さな恋心か。
これ、クルスは絶対気づいているよな。
女の子にあんな顔されて気づかないはずがない。
「私、いつか師匠に勝てるぐらいの騎士になってみせます」
ミハルの宣言にクルスは笑った。
「弟子に負ける師匠がいるか。百年修行しても無理だ」
「うぐっ!」
容赦ないな。
まぁわかってはいたがクルスは聖騎士としてのプライドがものすごく高い。
愛弟子だろうと、負けてやるつもりは毛頭ないんだろうな。
「ぜ、絶対に強くなります!」
「期待している」
ボードンもセシリアさんもニヤニヤとその様子を見守っている。
あと道場の仲間なのか、十人近くの年の違う男女が揃って暖かくミハルを見つめていた。
「お、そうだ。クルス以外には紹介していなかったな。こいつらが俺の自慢の子どもたちだ。噂の勇者さまと英雄殿に会うと言ったらついて来てな」
「え、それ、全員子どもなのか」
「うふふ、賑やかでしょう? まだ遠くで働いている子やお勤め中で来られなかった子もいるのよ」
セシリアさんが笑って説明する。
あー、例の養子たちか。
もしかして実子も混ざっているのかな?
まぁどっちでもいいか。
「親父、おふくろ、その雑な紹介はなんだ! 恥ずかしいだろ!」
「そ、そうよ、もっとちゃんと紹介して」
「おいおい、今日はミハルが師匠や恩人にお別れを言うために来たんだぞ。妹の気持ちを考えろ」
年齢的には勇者に近い感じの男女がボードンに抗議をするが、叱られてしゅんとしてしまった。
そのやり取りに少し感動する。そうか、ミハルはもう家族として受け入れられているんだな。
「俺たちは出立の準備で忙しい。用が済んだら帰れ」
そんな光景に心を和ませていると、ずっと機嫌が悪かった勇者がボードン一家を追い出しにかかる。
お前、そりゃあないだろ。
「も、申し訳ありません勇者さま。あ、あの、よかったら香り袋を受け取っていただけませんか?」
あ、さっきボードンに抗議した娘だ。
そうかこの娘、勇者に憧れているのか。
年代も近いし、憧れる気持ちはわからなくもない。
「バカを言え。そんなものを持っていたら魔物が寄って来る。いらん」
おおう、にべもないな。
断るにしろもうちょっとやんわり断れ。
案の定、断られた娘は真っ青になっているぞ。
「勇者さま、娘が申し訳ありません」
セシリアさんが頭を下げて、ボードンが不機嫌になった。
空気が一気に悪くなったじゃないか。
「気にすることはないぞ。勇者は誰に対してもあんな感じだ。別に怒ってる訳じゃないんだ。美人に贈り物を渡されて嬉しくない男なんていないからな」
「えっ、そうでしょうか」
しょげていた娘さんがちょっと持ち直す。
「当然だ」
言いながら、俺は勇者の足を踏んだ。
勇者はぶすっとした顔のままだったが、ちらっと俺の顔を見て、その娘に頭を下げる。
「言い方が悪かったな。謝る。だが受け取る理由がない贈り物は一切受け取らないことにしている。それは受け取れない」
「高潔なんですね、すてきです!」
娘さんの気持ちが持ち直したようだ。
よかったよかった。
ボードンも奥さんもにこにこ顔に戻ったしな。
勇者が仏頂面なのはいつものことだ、気にしない。
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