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第六章 その祈り、届かなくとも……

574 金は使ってこそ活きるもの

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 大公国の人間は信心深いと聞いたことがある。
 これは利用しない手はないな。

「勇者がこの地に降臨なされたのは、民の嘆きに導かれたからだ。お前たちは神の意に反した行いをしたのだ!」

 精一杯威厳を込めて言ってやる。
 勇者がぎょっとしたように一瞬俺を見たが、すぐに意を汲んで自分の役割を果たした。

「神の盟約は人類守護のためのもの。お前たちディスタス大公国の者は、偉大なる祖が果たした盟約を自らが破ろうと言うのか? 盟約が破られるとき、神の怒りにさらされるのはお前たちだぞ」

 おごそかに勇者が告げる。
 ほの暗いなかに灯された小さな灯りの数々が勇者の鎧と金の髪にチラチラと光を反射させた。
 本来の勇者を知っている俺ですら、畏怖を覚えるおごそかな雰囲気だ。
 さすが、本業といったところか。

「お、お赦しを! お赦しください! そ、そのようなつもりはなかったのです。我らは悪しき行いを成したアンデルの王を諫めるために派遣されたのです」
「魔物を呼ぶことのどこに正義があるのだ! 魔物を悪しき存在として滅すべきと定めたのはたしか貴国の法典であったな」
「そ、それは……」

 カタカタと騎士らしき見張りの男が震える。
 ああ、そうか、こいつこの魔道具が魔物を呼び寄せるものだと知っていたな。
 うん、全く同情の余地がない。

「魔物だと! あの魔物の群れもこいつらが!」

 それまで勇者の存在に度肝を抜かれていた街の人たちが、魔物の襲来からがすでにこいつらの仕掛けであったことを知って怒りを新たにしたようだった。

「人でなし!」

 少女が叫ぶ。

「私の父さんは、街を守るお仕事をしていたの! 私の誇りだった! その父さんも魔物群れを倒しに行ったまま帰って来ない! あんたらのせいだ!」
「う……ぐっ」

 見張りの男は真っ青になってブルブル震えていたが、ガチン! という音と共に、口から血を流し始めた。

「まずい、こいつ舌を噛んだぞ! 聖女さま!」
「お任せを! 神聖なる死の旅を逃げ道などにさせません」

 俺の叫びに駆け寄った聖女が神璽みしるしを手に癒しの魔法を掛ける。
 苦しそうに喉をかきむしっていた見張りの男は、大きく息を吸い込むとゲホゲホと咳き込んだ。

「死を間近に見た気持ちはどうだ? 神の囁きは聞こえたか?」

 俺がそう尋ねると、見張りの男は涙ながらに平伏した。

「全て、全てお話しいたします。で、ですから我が罪をお赦しください」

 いや、俺は勇者でも聖女でもないからな、その土下座は勇者か聖女に向けてやらないと意味がないぞ。

 ◇◇◇

 街の人たちの怒りは激しいものだったが、確保した二人の男を勇者預かりにすることになんとか同意してくれた。
 その代わり、勇者が生活の支援を約束する。

「俺の金を使ってもいいぞ。どうせ余ってるんだから。もちろん後で返してもらうが」

 大聖堂に使者を出して援助の返事が届くまでの間、街の人たちは焼け残ったわずかな家と食料などを利用して過ごすことになる。
 いや、大聖堂から援助の指示が出ても、それから物資を用意していたのではいつになるかわからない。
 確か教会には大聖堂に直通の通信の魔具があるから、それほど時間はかからないかもしれないが、即決という訳にはいかないだろう。
 国と国との問題が間にあるからな。

「いい方法だ。貸しておく間の手間賃を師匠に返すときに上乗せするように言っておこう」
「気が利くな」

 悪い笑みを交わす俺と勇者を困ったように見比べて、この教会の本来の主である教手おしえての老人が額の汗を拭いた。
 教会に到着したときに泣きじゃくってた爺さんだ。
 正直この人よりも施術士の女性のほうが頼りになりそうなんだが、責任者はこの人なので仕方ない。

「あ、あの……勇者さま」

 教手おしえての老人が勇者にすがるような目を向ける。
 俺は荷物の奥のほうにしまい込んでいた割符を取り出すと、その教手おしえての老人に渡す。

「……な、なんですかな? ヒッ、こ、これは、大聖堂の褒章割符!」
「これで出せるだけの金を出して、ミホムの商人から必要なものを仕入れてくれ。使った金額は今回の件と共に大聖堂に報告して欲しい。もちろん教手おしえてさまがごまかしたりはしないよな?」
「当たり前です。そのようなことはいたしません! こ、これはもしや、この街を救ってくださるということなのでしょうか?」
「誤解するな。勇者さまが大聖堂に事の成り行きを報告して、なんとか援助をしてもらうから、その援助が決まるまでの間、俺の金を大聖堂に貸すだけだ」
「だ、大聖堂に金銭を貸す、ですと!」
「当然だろ? おれは冒険者だ。ただ働きはしない。ああ、教手おしえてさまは何も心配することはない。交渉は勇者さまがするんでな。あなたはただ、教会にある金を使って街の復興に努めればいいんだ。もちろんその金は本来俺のだからそこは間違えるなよ?」
「へ? あ?」

 だめだ、この爺さん、頭がついて行ってないぞ。
 本来教手おしえてってのは大聖堂のなかでも学者肌で頭のいい人がなるもんなんだが、歳を取ってその頭も錆びついてしまったのかな?
 ちょっと失礼なことを考えていたら、一応教手おしえての補佐として一緒に来ていた施術士の女性が進み出て、教手おしえての爺さんに頭を下げた。

「ボックスさま。煩雑な手続きはわたくしがいたしましょうか?」
「おお、すまぬな。お願いしてよろしいか?」
「はい。勇者さまの思し召しとなれば神の命も同じこと。光栄に思います」
「うんうん」

 おお、よかった。
 施術士さんに任せてしまって大丈夫なようだ。
 もともと、この教手おしえての爺さんのサポートとしてここにいたのかもしれないな。
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