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第六章 その祈り、届かなくとも……

611 大公陛下のホーリーアイ

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 崩落した天井は、がれきとなって頭の少し上のところで止まっている。
 実は聖女の使う結界は、術者を中心とした球体なのだと以前本人から聞いたことがあるが、こうやって目で確かめるときが来るとはな。

 どうでもいい豆知識だが、メルリルの使う精霊メイスの結界は、風の場合は渦巻のような形をしているらしい。
 結界魔法に慣れていない人が想像する城壁のような結界は、土に属する精霊メイスのものが近いようだ。
 まぁおそらくだが、ここの城主である富国公も、城壁のような結界を想像してたんだろうな。

「困りました」

 聖女がさして困っていないような冷静な声で言った。

「結界を解くとあれが落ちて来てしまいます」
「それは困るな」

 頭上を見ながら返す。
 おそらくこの部屋の屋根部分は直接偽装した岩山だったりするのだろう。
 天井の建材の上に岩やら土やらが垣間見えた。
 結界を解いた瞬間に押しつぶされることになりそうだ。

「ふはは、自らを勇者と偽ったりするから神罰が下るのだよ!」

 扉の向こうでは、俺達が既に押しつぶされたと思っているのか、勝ち誇った富国公の声が聞こえる。
 扉や壁が壊れていないところを見ると、天井全体ではなく、一定箇所が崩落する仕掛けなんだろうな。
 結界にはじかれて本来の崩落場所がわからない状態なので、はっきりとは言えないが。

「神罰が下るのは貴様のほうだ、愚か者め」

 どうやら富国公の声にイラっとしたのか、勇者が冷たい声でののしる。

「なに! 生きているのか? 早くここを開けろ!」
「だ、ダメです。槌を使っても、魔法の開錠でも開きません!」

 うーん、声は聞こえるが姿は見えない。
 絵面的に間抜けな感じだ。
 しかし困ったな。
 これっていわゆる千日手ってやつじゃないか?
 いや、聖女の魔力が枯渇してしまったら俺達は終わりか。

「師匠、ミュリアの結界解除と同時に俺が破壊の魔法を使って上のがれきを分解する。ただ、結界が解けたら扉が開くと思うんで、そっちを任せていいか?」

 勇者が作戦を提案した。
 あー破壊の魔法ってあれか?
 破れかぶれになった導師が最期に放ったやつ。
 お前、以前使ってたな。
 普通破壊と言ったら砕くもんなんだが、あれは目標を消滅してしまうというおっかない魔法だ。
 それを人に向けて使おうとしたあの導師、本当にヤバい奴だったな。

「わかった」
「私も扉側をお手伝いします」

 俺がうなずくと、聖騎士が俺の手伝いを申し出た。

「ありがたい」
「俺も手伝う。というか、富国公は俺が相手をしよう。お前達は、ほかの護衛連中を頼む」

 英雄殿がそう言った。
 ちょっと身勝手な言い分のようだが、位の高い貴族は厄介な魔法を使うことがあるので、そうしてもらえるとありがたい。

「助かる」

 俺がそう返事すると、珍しく英雄殿がニカッと笑った。
 まぁ英雄殿は今までずっと一人でやって来たようだから、他人に合わせるのは無理だろう。
 出来るだけこっちが合わせるようにしないとな。

「カウントは俺がやる。いいか? ミュリア」
「はい。お願いします!」

 勇者がカウントを始める。
 扉の向こうに聞こえるとマズいので、手信号でのカウントだ。
 聖女が真剣な顔で勇者の手を見ている。
 ズレたら最後、大量のがれきや土砂が頭上に落ちて来るんだから責任重大だ。
 俺なら冷や汗をかいているところだが、聖女は落ち着いているようだった。
 カウントが終わり、開始の合図が出される。

「解除」
「滅びの時よ! 我を害するモノに!」

 聖女の小さな声に重なるように勇者の声が響く。
 一瞬浮いたがれきが崩れてなだれ込もうとした瞬間に勇者の魔法が頭上にある全てを消滅させた。
 とは言え、俺達はその様子を見ている暇はない。
 聖女の結界解除と同時に入り口の扉が吹っ飛び、そのことを理解した兵士達が一斉に突入して来る。
 なんか数が増えているな。

 貴族を殺すと後が大変なので、俺は鞘に入ったままの愛剣「星降り」で、頭や足を狙った攻撃をしかける。
 まぁ骨ぐらい折れるだろうが、死ぬよりはいいだろ。
 聖騎士はもっと大胆で、すらりと抜いた剣で、次々と撫でるように相手の利き手や足を斬り飛ばして行く。
 さすがというか、俺とは覚悟が違うな。
 それでも殺さないのは、勇者の立場を考えたためだろう。

「貴様等何をやっているのだ! もういい、引けっ! この身が神に認められし者である証を、とくと味わうがいい!」

 富国公の腕の魔法紋が輝いた。
 おわっ、魔法を使うつもりだ。
 英雄殿頼むぜ。

「大地よ鳴動せよ!」
「それは成らぬ」

 キイン! と、金属が何かにぶつかる音。
 音の響きが銀貨に似ていると思ったら、実際に富国公の腕にぶつけられたのは銀貨のように見えた。
 いや、人の腕に当たったらあんな硬質な音は出ないよな。
 何に当たったんだ?
 銀貨らしきものが富国公の腕に当たった瞬間、何かの魔法を発動しようとしていた魔力が霧散した。

「おお、すげえ」

 あの銀貨のようなものが魔力を吸収した?
 丁度足元に転がって来たのでそれを拾ってみた。
 その銀貨には片目の狼が彫られている。
 
「ああ、あの、ええっと、聖なるコインとか言うやつか」

 以前縁あって英雄殿からもらったコインだ。
 俺も一枚持っている。
 へーこんな使い道があったのか。

「な、な、我の魔法を妨害した、だと? そんなことが!」
「このコインは特別なもの。大公が冠する祝福、統治者の命プロストレーションが込められているのだ」
「な! 支配権プロストレーションの魔法だと? ま、まさか、貴様は!」
「そうだ。我が名はエンディイ・カリサ・サーサム。大公陛下の特権騎士ホーリーアイだ」
「げえっ、炎の貴公子、か。そうか、き、貴様が偽勇者を仕立てて我を罠にかけたのだなっ!」

 ここに至っても富国公は勇者を本物と認めたくないようだった。
 大公への反逆はいいが、神への反逆は嫌なのかもしれない。

「俺は偽物ではないぞ」
「う、うるさい! こうなったら……」

 富国公はさっと身をひるがえすと、逃げ出した。

「逃がすか!」

 英雄殿がそれを追う。

「おい、待て!」

 制止するも、間に合わず、二人はそのまま走り去ってしまった。
 富国公は逃げたが護衛の兵はまだ残っている。
 英雄殿は兵達に鮮やかに当身をくらわし、無力化して後を追ったが、進路にいる兵以外はそのままなので、俺と聖騎士はまだ身動きが取れないのだ。
 俺達の背後にはメルリルや聖女達がいる。
 しかも勇者は大魔法発動直後で、魔力が散っているため、魔力循環のために少しの時間が必要なのだ。

「あの野郎、一人で突っ走りやがって」

 背後で勇者が悪態をついた。
 それに関しては俺も同感だ。
 ただ、お前が言うなという気持ちも大きいけどな。
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