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第七章 幻の都

673 伝説の樹の話

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「細かいところは朧気で、ほとんど寝言のようなものになっているんだけど……」
「寝言……か」

 いったい何年前から寝ているんだろうな。
 この迷宮化した古代遺跡は、当然ながら王国や大公国なんかよりもずっと以前の人間の住居だ。
 王国ですら千年の歴史があるのだから、数千年、下手するともっと前なのかもしれない。
 そんな昔の、扉として加工された植物の意識が、ほんのわずかであろうと、今もなお残っているということが、本当にあるのだろうか?

「ええっとね。結論から言うと、この空洞、全体が大きな樹の内部のようなの」
「なんだって!」

 俺は驚愕して声を上げた。
 だが、一旦落ち着いてよく考えてみれば、確かにそれらしい感じはする。
 まず、岩をこのような形に掘りぬくよりも、巨木の内部を削るほうが楽だろうということ。
 逆に言えば、巨木の内部をくり抜いて利用するなら、このような形になるのは、むしろ当然であろうということだ。

 つまり古代の人間は塔を作ったのではなく、巨木をくり抜いた結果塔になったのだ、と考えることが出来る。

「この樹はとても生命力が強い樹だったんだけど、内側に虫が棲み付きやすかったらしいの。外側の栄養を巡らせる機能が生きていれば枯れることはなかったんだけど、虫は表皮まで食べてしまうこともあるので、とても辛かったみたい。そんな風に弱った樹の、悪い部分を人が取り除いてくれていたそうよ。その上、人は弱った樹を生かすために、魔力を持った祭司のような選ばれた人を扉の管理人のような立場にして、魔力のあるいろいろなものを扉の奥に納めた……そんな風に読み取れた」
「つまり、その巨大な樹と人間は共生関係にあったということか」

 メルリルの話を聞いて俺がそう呟くと、聖騎士が不思議そうに尋ねた。

「ダスター殿、共生関係とは?」
「あー、一部の生き物は、種族の違うもの同士で、互いの利益が一致した結果、生活を共にすることがあるんだ。うーんっと、人間と犬とか人間と馬とかもそうかな? ちょっと違うかな?」
「ハチと花の関係も近いかも?」

 例を挙げようとして悩む俺に、メルリルが助け船を出してくれた。

「ハチと花、ですか?」

 ミュリアが不思議そうに首を傾げる。

「ええ。一部の植物は、花ごとに雌雄があって、ハチが蜜を吸うついでに、雄の花から花粉を運んで、雌の花にくっつけるの。普通の植物は自分で動くことが出来ないから、ハチとかにそうやって仲介してもらわないと種をつけることが出来ないの」
「まぁ」

 メルリルの説明に、聖女がにこにこと笑いながら驚きを露わにした。

「農場とかではわりと常識だったりするんだよ」

 モンクがその説明に補足する。
 なるほど、そう考えるとハチと植物も共生関係と言えるだろう。
 俺はあまり農作物には詳しくないので、メルリルやモンクの知識は新鮮だった。

「つまりそれは、弱い生き物同士がより楽に生きるために同盟を組むというようなことだな」
「なるほど。同盟ということなら私にも理解出来ます」

 勇者と聖騎士は、元貴族らしい理解の仕方をしている。
 それぞれの生活に沿った知恵というものはあるものだな。

「ということは、師匠。古代の人間は神と盟約を結ぶ以前には、その樹と盟約を結んでいたと考えることが出来るな」
「盟約か……そこまではっきりしたものかどうかはともかく、少なくとも、その樹を利用していたと言えるだろうな」

 しかし、今の時代にそんな大樹の噂を聞いたことはない。
 魔力を得て魔物化した草や木は何種類かあるが、内部に人が住めるほどにデカいものは知らないな。

「ダスター、私、一族に伝わる伝承で、似たような話を聞いたことがあるかも」
「似たような話?」

 メルリルに聞き返す。
 そう言えば森人は、ほかの人間達と別れて森に住むことを選んだ者達だ。
 もしかすると、その樹と共生していた者達の末なのではないだろうか?

「ええ。私達は昔、神樹と共に在った……と」
「神樹、ね」

 聞き覚えはないな。

「待ってください。メルリルさん。それはもしかして、癒しの樹のことではないでしょうか?」

 聖女が何かを思い出したように、興奮した様子で発言する。
 癒しの樹!

「癒しの樹って、あれか? その実は大いなる奇跡を起こし、その樹液は万病を癒すとかっていう伝説の……」
「はい。大聖堂の教主のなかにも、その研究をなさっておられる方がいらっしゃいますわ」

 おお、なんかまたお偉いさんの話が出て来たな。
 教主ってのはあれだよな、教手おしえてが何年かに一度のくそ難しい試験を受けて到達するという、大聖堂の偉いさんだ。
 確かその教主から選ばれた一人が導師になるんだったか。

「俺は癒しの樹ってのはただの空想の産物だと思ってたぜ。そんな都合のいいもんが存在するとは思わなかったからな」

 俺がそう言うと、勇者がうなずいた。

「俺もそう思ってた。病で助からない者を騙すための常套手段に、癒しの樹の樹皮のカケラとか言って、普通の木くずを売りつけるってのがあったからな。そういう連中が生み出した都合のいい伝説なんだと」

 ああそう言えば、そういう詐欺があるよな。
 苦しんでいる人間はなんにでも縋るから、ああいう連中は都合のいい伝説や聖女や聖人のお力が込められた品物とかを持ち出して、高値で買わせるんだ。

「私達、森人と呼ばれている種族の間では、神樹はその昔実在したと伝えられているの。私達が最高の住居とする銀樹が、その末裔と言われていたり」
「銀樹って言うとあれか、ティティニィティさんの家にあった」
「そう。癒しの力とかはないのだけど、私達の意思が通りやすいし、精霊メイスが宿りやすいの」
「その、森人に伝わる話も、大聖堂の教主さまがお聞きになられたら、とてもお喜びになられるでしょうね」

 聖女が感心したようにうなずいた。
 ん? 待てよ。

「ということは、この扉の向こうには昔の魔力のこもった品々があるってことか?」
「樹が魔力を吸ってしまうので、もう魔力はないかと」

 俺の疑問にメルリルが答える。
 あーそうか。
 なんかお宝が見つかるかもしれないと思ったんだが、そううまくはいかないよな。
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