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第七章 幻の都
679 水場を探して
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勇者が勢いに任せて蒸発させてしまった水溜まりは、薄く広く溜まっていたらしい。
そして、その水を中心とした小さな魔物の生態系が出来上がっていた。
勇者が一気にその水溜まりを消し飛ばしてしまったので、そこには罠蛇以外にも、多くの魔物の死骸が転がることとなった。
「さっきのカニみたいな魔物もいっぱいいたんだな」
「小さなお魚みたいなのも死んでますね」
「お、こいつ、動いてるぞ」
さっきの反省からか、勇者は仲間達の近くで警戒しつつ、足元の死骸というか、残骸のようになった魔物達を観察しているようだ。
「無害そうでもあまり近寄るなよ?」
「はい。さっきは申し訳ありませんでした」
俺の忠告に、聖女がさきほどの自分の行動を思い出したようで、謝る。
失敗は誰にでもあるさ。
同じことを繰り返さなければいいんだ。
そう言おうとした俺の機先を制するように、声が響く。
「おわっ!」
「どうした!」
勇者の急な悲鳴に慌てて駆けつけた。
勇者は鞘に納めたままの剣で、動いているという魔物をつついていたらしい。
近寄るなという俺の言葉は一応守っているつもりなのだろう。
ちょっかいを出しては意味がないけどな。
「こいつ水を凄い勢いで飛ばして来た」
どうやら何か危険が及んだということではなかったようだ。
勇者にそれ以上刺激しないようにと言い渡し、あの火力のなかで生き残ったらしい魔物を見てみた。
「貝……の一種かな?」
そこにいたのは、まるでとんがった帽子をかぶった小人のような魔物だった。
小人と言っても、人間っぽい見た目という訳ではない。
手足のように見えるものが胴の部分から突き出しているので、人型にかろうじて見えるのだ。
あえて表現してみれば、小さな子どもが作った、泥人形のような見た目、ということになるか。
ただし、帽子の部分は、布などのような柔らかなものではなく、硬そうな岩に似たものだ。それが槍の穂先に似た、とんがった形をしている。
水を飛ばしたとされる状態では、この巻貝のような部分だけが転がっていたのだが、やがて、のそりと胴体が這い出て来た、ということだった。
そのとんがり帽子モドキは、慌てたように逃げようとするのだが、動きがやたらのろいので、全く意味を成さない逃亡となっている。
「あの殻のなかにこもって火をやり過ごしたのだとしたら、だいぶ頑丈な殻だな。まぁ近づかなければ危険はないようだし、そのままにしておけ。どうせ、アルフのせいで棲むところがなくなったんだ。このままここで朽ち果てるか、新しい棲み処を探すしかないだろう」
「そう言われると、まるで俺が悪いことをしたような気がして来る」
「害を成す魔物は敵だから容赦する必要はないが、その場の環境を変えるようなマネはやめておいたほうがいいぞ。ちょっとしたことで全体のバランスが崩れてしまうことがある。そういうときに危険な魔物が他所から入り込んだり、普段はおとなしい魔物が暴走したりするからな」
「う、わかった」
勇者は反省しているようだが、冒険者的な理屈では、勇者のやったことは間違いではない。
脅威を感じたら徹底的に破壊する。
それが基本的な冒険者の行動原理だ。
うかつに放置すると、変異する可能性がある魔物は、人と共存するには少々難しい存在と言える。
さっき話に出た、古代人の行っていた共生という生き方は、現在の俺達には向いていないのだろう。
ただ俺は、ほとんど変化しない魔物については、うまく管理することで、共生関係に似た状態に持ち込めると思っている。
大森林に発生した湖の迷宮でも言ったことだが、強力で危険が少ない魔物が棲み付くことで、生存競争の相手である危険な魔物を排除することが出来るからだ。
一度作られた生態系は案外と強固なので、それ自体が一種の防護壁の役割を果たしてくれる。
「お師匠さま! 見てください!」
ふいに、聖女が俺を呼んだ。
「どうした?」
「さっきのカニさんと、今の三角帽子さんが、同じ方向に向かっているみたいです」
聖女の示すほうを見ると、確かに生き残った小型の魔物が、同じ方向に向かっていた。
三角帽子と名付けられたらしいとんがった貝状の魔物のほうは、のっそりと動いているので、なかなか動きを感じられないが、カニのほうはかなり素早いので、動きがすぐにわかる。
「これは、もしかすると別の水場に向かっているのかもしれないな」
現在の俺達もそうだが、古代人達だって水がないと生きてはいけない。
実際、遺跡には、井戸や水路のような痕跡が残っていたり、未だ枯れない貯水池のような場所がある。
「ミュリア、でかしたぞ。本来の迷宮である、幻の都に辿り着けるかもしれないぞ」
「本当ですか? よかった」
もし行方不明になった昔の勇者さまが、この迷宮を探索していたとして、よほどのことがない限り、メインの探索場所である幻の都を進んでいた可能性が高い。
現在、俺達はメインの通路ではなく、地中に棲み付く魔物が好き勝手に広げた枝葉の部分にいる。
勇者の剣を探すという目的がある以上は、正規ルートへと戻ったほうがいいだろう。
新たな採掘場を探すとかだったりするなら、俺達は実に運がいいパーティと言えるだろうが、実際はそっちには興味がないからな。
のそのそとしか動かない三角帽子は放置して、わずかに残ったカニの魔物を追う。
こいつら素早い上に、隙間とも言えないような場所に簡単に潜り込んでしまうので、やたら追いにくかったが、方向さえわかれば、後はメルリルが活躍してくれた。
わずかに感じる、風の精霊の存在を追ってくれたのだ。
風を感じるということは、大穴と繋がっている可能性が高い。
俺達では感じ取れない空気の動きも、巫女であるメルリルなら、いとも簡単に読み取ってしまえる。
普段は、ついついメルリルの巫女としての能力の、派手な部分ばかりに気を取られがちだが、メルリルの真価は、こういった、自然の事象に密着した感覚のほうなのかもしれない。
「ダスター、この先。風が吹き込んで来ている空間がある。ここは岩盤も柔らかいし、小さい魔物が開けたらしい穴がいっぱい開いていて、楽に崩せそう」
「助かった。メルリルありがとう」
「どういたしまして!」
メルリルが嬉しそうだ。よかった。
さて、とりあえずは、この壁を崩すか。
そして、その水を中心とした小さな魔物の生態系が出来上がっていた。
勇者が一気にその水溜まりを消し飛ばしてしまったので、そこには罠蛇以外にも、多くの魔物の死骸が転がることとなった。
「さっきのカニみたいな魔物もいっぱいいたんだな」
「小さなお魚みたいなのも死んでますね」
「お、こいつ、動いてるぞ」
さっきの反省からか、勇者は仲間達の近くで警戒しつつ、足元の死骸というか、残骸のようになった魔物達を観察しているようだ。
「無害そうでもあまり近寄るなよ?」
「はい。さっきは申し訳ありませんでした」
俺の忠告に、聖女がさきほどの自分の行動を思い出したようで、謝る。
失敗は誰にでもあるさ。
同じことを繰り返さなければいいんだ。
そう言おうとした俺の機先を制するように、声が響く。
「おわっ!」
「どうした!」
勇者の急な悲鳴に慌てて駆けつけた。
勇者は鞘に納めたままの剣で、動いているという魔物をつついていたらしい。
近寄るなという俺の言葉は一応守っているつもりなのだろう。
ちょっかいを出しては意味がないけどな。
「こいつ水を凄い勢いで飛ばして来た」
どうやら何か危険が及んだということではなかったようだ。
勇者にそれ以上刺激しないようにと言い渡し、あの火力のなかで生き残ったらしい魔物を見てみた。
「貝……の一種かな?」
そこにいたのは、まるでとんがった帽子をかぶった小人のような魔物だった。
小人と言っても、人間っぽい見た目という訳ではない。
手足のように見えるものが胴の部分から突き出しているので、人型にかろうじて見えるのだ。
あえて表現してみれば、小さな子どもが作った、泥人形のような見た目、ということになるか。
ただし、帽子の部分は、布などのような柔らかなものではなく、硬そうな岩に似たものだ。それが槍の穂先に似た、とんがった形をしている。
水を飛ばしたとされる状態では、この巻貝のような部分だけが転がっていたのだが、やがて、のそりと胴体が這い出て来た、ということだった。
そのとんがり帽子モドキは、慌てたように逃げようとするのだが、動きがやたらのろいので、全く意味を成さない逃亡となっている。
「あの殻のなかにこもって火をやり過ごしたのだとしたら、だいぶ頑丈な殻だな。まぁ近づかなければ危険はないようだし、そのままにしておけ。どうせ、アルフのせいで棲むところがなくなったんだ。このままここで朽ち果てるか、新しい棲み処を探すしかないだろう」
「そう言われると、まるで俺が悪いことをしたような気がして来る」
「害を成す魔物は敵だから容赦する必要はないが、その場の環境を変えるようなマネはやめておいたほうがいいぞ。ちょっとしたことで全体のバランスが崩れてしまうことがある。そういうときに危険な魔物が他所から入り込んだり、普段はおとなしい魔物が暴走したりするからな」
「う、わかった」
勇者は反省しているようだが、冒険者的な理屈では、勇者のやったことは間違いではない。
脅威を感じたら徹底的に破壊する。
それが基本的な冒険者の行動原理だ。
うかつに放置すると、変異する可能性がある魔物は、人と共存するには少々難しい存在と言える。
さっき話に出た、古代人の行っていた共生という生き方は、現在の俺達には向いていないのだろう。
ただ俺は、ほとんど変化しない魔物については、うまく管理することで、共生関係に似た状態に持ち込めると思っている。
大森林に発生した湖の迷宮でも言ったことだが、強力で危険が少ない魔物が棲み付くことで、生存競争の相手である危険な魔物を排除することが出来るからだ。
一度作られた生態系は案外と強固なので、それ自体が一種の防護壁の役割を果たしてくれる。
「お師匠さま! 見てください!」
ふいに、聖女が俺を呼んだ。
「どうした?」
「さっきのカニさんと、今の三角帽子さんが、同じ方向に向かっているみたいです」
聖女の示すほうを見ると、確かに生き残った小型の魔物が、同じ方向に向かっていた。
三角帽子と名付けられたらしいとんがった貝状の魔物のほうは、のっそりと動いているので、なかなか動きを感じられないが、カニのほうはかなり素早いので、動きがすぐにわかる。
「これは、もしかすると別の水場に向かっているのかもしれないな」
現在の俺達もそうだが、古代人達だって水がないと生きてはいけない。
実際、遺跡には、井戸や水路のような痕跡が残っていたり、未だ枯れない貯水池のような場所がある。
「ミュリア、でかしたぞ。本来の迷宮である、幻の都に辿り着けるかもしれないぞ」
「本当ですか? よかった」
もし行方不明になった昔の勇者さまが、この迷宮を探索していたとして、よほどのことがない限り、メインの探索場所である幻の都を進んでいた可能性が高い。
現在、俺達はメインの通路ではなく、地中に棲み付く魔物が好き勝手に広げた枝葉の部分にいる。
勇者の剣を探すという目的がある以上は、正規ルートへと戻ったほうがいいだろう。
新たな採掘場を探すとかだったりするなら、俺達は実に運がいいパーティと言えるだろうが、実際はそっちには興味がないからな。
のそのそとしか動かない三角帽子は放置して、わずかに残ったカニの魔物を追う。
こいつら素早い上に、隙間とも言えないような場所に簡単に潜り込んでしまうので、やたら追いにくかったが、方向さえわかれば、後はメルリルが活躍してくれた。
わずかに感じる、風の精霊の存在を追ってくれたのだ。
風を感じるということは、大穴と繋がっている可能性が高い。
俺達では感じ取れない空気の動きも、巫女であるメルリルなら、いとも簡単に読み取ってしまえる。
普段は、ついついメルリルの巫女としての能力の、派手な部分ばかりに気を取られがちだが、メルリルの真価は、こういった、自然の事象に密着した感覚のほうなのかもしれない。
「ダスター、この先。風が吹き込んで来ている空間がある。ここは岩盤も柔らかいし、小さい魔物が開けたらしい穴がいっぱい開いていて、楽に崩せそう」
「助かった。メルリルありがとう」
「どういたしまして!」
メルリルが嬉しそうだ。よかった。
さて、とりあえずは、この壁を崩すか。
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