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第2話 人気俳優

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 俺は、それなりに人気がある俳優だと思う。
 本名は「波崎蒼太なみさき あおた」だけど、芸名の「波崎アオ」と呼ばれることの方が圧倒的に多い。
 デビューから十二年の二十三歳。アイドルでもなく、モデル出身でもなく、俳優一筋の芸能人の中では知名度も高い方だ。
 身長一七一センチ……はもう少し欲しかったけど、目がぱっちりした解りやすい爽やかイケメンという容姿に恵まれたことに胡坐をかかず、必死に経験を積んで、演技の勉強に没頭してきた成果だと思う。
 遊びたい盛りの十代に、遊びらしい遊びなんてほとんどしなかった。
 私生活は常に、自分のコンディションを保つことと演技の勉強に費やした。
 恋人も友人もSNSの裏アカも作らず、ただただ俳優業のことだけを考えて生きてきた。

 俳優として成功するなら、一つでも多くの仕事がもらえるなら、何だってした。

 役のために十キロ痩せたこともある、坊主頭にしたこともある、慣れない楽器を一ヶ月で必死にマスターしたこともある。暑さ、寒さ、苦手な料理、嫌いな虫、睡眠不足、なんでも我慢した。

 本当になんでもした。

 飲み会で偉いおばさんを三時間褒め続けるとか、お酌をするとか、旅行に付き合うとか……おじさん相手の枕営業だってした。

 枕営業なんていうと「ズルい」とか「汚い」とか思われるかもしれない。
 俺のファンなら、もしかしたら「かわいそう」と言ってくれるかもしれない。

 でも、ごめん。

 実は俺、枕営業のことが……嫌ではない。


      ◆


 小学生くらいから「ゲイ」という自覚があった。
 子供の頃から劇団に入っていて、小学校六年生のときに本格的に芸能界に入って、恋愛をする暇も無いし、恋人を作ることも無かったから、ゲイであることで特に困ったことは無かった。
 だけど、大人になると……その……性欲とか……好奇心とか……どれだけストイックに生きていても、若い男の性欲は抑えられなくて、だからといって芸能人の俺がゲイの集まる場所に出向くとか、マッチングアプリに登録するなんてできるわけがなかった。
 そんな時……ちょうど十八歳になった時、事務所の社長に言われたんだ。

「アオ、お前ももう成人だ。お前が俳優業のためにどこまでやる気があるのか聞きたい」

 成人祝いだからと、高級料亭の個室に呼び出されて、俺が好きなエビやカニがメインの和食をご馳走になって、三十代後半の仕事ができる真面目で堅物なマネージャーの遠野さんと、五十代後半で一見すると優しく紳士的な事務所の社長は少しだけお酒も飲んでいて……和やかな雰囲気のはずだったのに、急に空気が引き締まったのがわかった。

「どこまで……? 俺は、俳優業のためなら何でもやる覚悟があります!」

 この十八歳の時点で、キャリアは約七年。同世代に演技派のイケメンが少なかったお陰で、中学生や高校生のイケメンが必要なドラマや映画に沢山出演できていた。主演も三本。俳優業のスタートとしては悪くない。
 でも、俺ももう十八歳。高校卒業を機に芸能界へ入る人や、アイドルやモデルから転身する人が増えてくる歳ごろだ。ここからはライバルとなる同世代のイケメンがどんどん増える。
 未成年の子供だから許されていた部分を、ここからは自力で頑張らなければいけないという覚悟もあった。

「……自分の……『波崎アオ』という俳優の評価は解っているか?」
「それは、はい。良い評価も……悪い評価も、ある程度は」

 ちょうど有名なWEBメディアのアンケート結果も出たところだった。
 確か「好きなイケメン俳優ラインキング」で、俺は十位だった。
 そしてコメントは……

『爽やかなイケメン』
『演技が自然でどんな役もハマる』
『少女漫画のヒーローって感じ』
『クセがなくて誰にでも好かれる』
『安心感がある』
『良い子そう』
『将来が楽しみ』

 このアンケートに限らず、ドラマのレビューやSNSのファンの投稿でもこんな意見が目立つ。
 アンチは少ないけど……

『イケメンだけど印象に残りにくい』
『実力派なのは解るけど地味で難しい作品や役が多い』
『真面目で面白みがない』
『私生活つまらなさそう』
『この人が主役の作品、だいたい脇役の方が印象に残る』

 こういう声がそれなりにあることは気づいていた。
 俺より人気がある俳優はみんな、俺より整っていなくても印象に残る華やかな容姿だったり、俺より荒削りの演技でも人の心を揺さぶる勢いがあったり、私生活でちょっとやんちゃな行動や発言があってもそこが人間味があって好かれていたり……
 顔は仕方がないとしても、演技も人柄も、俺は真面目でストイックすぎるのかもしれない。

「アオ、お前は実力があるし容姿にも恵まれている。だが、整い過ぎてクセが無い。インパクトがない。世間は実力があって上質なものよりも、個性的でインパクトがあるものを求めがちだ。高級料亭の上品な料理より、チェーン店の豪快な期間限定のジャンクフードの方が話題になるだろう?」

 社長が優しそうな笑顔を少し歪ませて、〆に出てきた吸い物の椀に口を付けながら「俺も本当はそっちが好きだ」と呟いた。

「あ……はい」
「正直に言えば、売りにくい」

 売りにくいなんて、人のことを品物みたいに。
 ……とは思うけど、俺は「俳優」という「商品」で、需要が……人気が無ければ売れない。
 売れている他の俳優は「悪役といえばこの人」とか「なんでも面白くする」とか「目力がありすぎ」とか、なにかしら尖った魅力がある。

「事務所としては、『正統派イケメン』とか『キャリアのある実力派・演技派』が売りだとは思っているが……それで先方の印象に残るかどうか」
「……」

 芸能界にイケメンはいくらでもいる。
 演技が上手い人もいくらでもいる。
 両方を兼ね備えているのも、俺だけではない。

「うちは大手事務所だから仕事をとってきてやることはできる。だが、常にいい仕事をとれるかどうかはわからない」
「……」

 俳優業ができるならなんでもいい……でも、どうせなら一つでもセリフが多く、一秒でも長くカメラに映る役者でいたい。人気俳優でいたい。
 いや、人気者でいないと、いけない。

「そこで、これは提案なんだが……アオ自身も営業活動をしてみないか?」
「営業活動?」
「強制ではない。断ったからといって、アオの仕事を減らすことはしない。だが……」

 社長は一拍おいてから背筋を正しながら俺を見つめた。

「会社がいくら頑張っても取れない仕事でも、アオ自身が一生懸命相手に頼みこめば取れる場合もある」

 社長はいたって真剣な顔だった。
 ニヤニヤするとか、意地悪な顔とか、そういうことはなく、ただただ、「こうやってチャンスが開ける場合もある」と提案してくれている……そう感じた。
 それと同時に、社長が何を言いたいかもわかった。
 成人のタイミングで切り出したのも……そういうことか。

「俺は……仕事のためなら何でもします。そのスタンスは変わりません。でも……」

 未成年の間、そういうことから遠ざけてくれていたのだと思う。
 それでも、事務所の先輩たちの話や、業界の人の話で、視線で、コソコソ話す大人の様子でなんとなく知ってはいた。
 いいことじゃないのも、わかっていた。
 わかっているからこそ、俺は……

「俺、未経験なので。貴重な処女は高く売りたいです」

 自分の価値や「需要」も、体を差し出して得られる対価の大きさも、わかっていた。

「……お前の覚悟はわかった。会社として、全力でサポートする」

 社長は、自分自身も覚悟を決めたという顔で大きく頷き、信頼しているマネージャーも「無理はするなよ? でも、アオが頑張るなら俺もしっかり支える」と神妙な顔で頷いてくれた。
 元々信頼している二人だったけど、一層、信頼できると思った。


      ◆


 俺の処女は、一年間かけて放送される大作ドラマの主演と引き換えになった。
 俳優業でどうしても欲しい実績だったから後悔はない。
 それに、「手垢がついていない純粋で純朴な処女の男の子」が好きなテレビプロデューサーに合わせて、好みの男の子を演じて気に入ってもらうことは実践的な演技の勉強になった。
 ……処女を思い切り喘がせるのが性癖という彼のお陰で、セックス自体も悪くなかった。むしろ、憧れのゲイセックスが体験できて……まぁ……よかった。

 それから五年。
 年に数回だけ、社長やマネージャーがしっかりと吟味した相手とだけ枕営業をしてきた。
 会社のサポートのお陰か、失敗したことは無いし、危険なこと、外部に漏れることは一度も無かった。
 好みの相手ではなくても、男性とセックスができることは自分を抑え込んでいた十八歳のゲイには嬉しくもあった。
 改めて考えると、俺がゲイだってことがマネージャーにバレていたのかもしれない。

 枕営業をさせるなんてひどい事務所だと言われるかもしれないけど、俺はこの仕事にも満足して、真剣に取り組んでいた。

 だから、あの日の相手「伊月さん」にも、全力で、少しでも気に入られようと頑張ったんだ。
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