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第14話 仕事/結果(1)

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 あのクイズバラエティ特番が放送されてから二日後の夜。
 自宅の机で、明日から撮影が始まるドラマの台本を確認していた。

「……」

 重要な役ではあるけど、主演ではないので台詞は少ない。
 もう一字一句、前後の共演者の台詞も含めて完璧に覚えている。
 それでも、仕事のことを考えていたくて台本を捲っていた。

「……」

 あのクイズ特番は、ゲストに人気アイドルや女優を呼んだから当然、視聴率がよく、配信の方の再生回数も伸びているようだった。それと同時に、俺が懸念した通り、「MCのアオくんイマイチだったね」「どのバラエティでも俳優のMCって基本不要」みたいなSNSの投稿もあった。炎上というほどの数ではないし、他の俳優さんのMCの時と同じくらいだとは思う。でも……

「……」

 台本を読み終えてしまったので、デスクの端においてある、伊月さんにもらったものではないスマートフォンのメッセージアプリを開く。いつも新しい仕事を報告すると「がんばっていますね」と褒めてくれる家族から「アオはドラマのお仕事の方が向いていますね」とだけ、返事が来ていた。

「俺、間違ったのかな……」

 俳優としてバラエティやCMに呼ばれることも人気のパラメーターの一つだと思ったのに。
 活躍を喜んでもらえると思ったのに。
 
「俺って、役を演じていないと価値がないのかな……」

 項垂れて、もう一度台本へと手を伸ばした時だった。

――ブブブブブッ

「え? 遠野さん?」

 スマートフォンが震えて、遠野さんの名前が画面に表示された。電話だ。

「……もしもし?」

 夜の十時。こんな時間に電話なんて、スケジュール変更かな?
 特に身構えずに電話に出ると、遠野さんはいつもより少し焦った様子だった。

『アオ、動画観たか!?』
「動画?」
『まだか……それなら観ない方が……いや、観た方が話が早いか』
「……?」

 電話口で遠野さんが暫く悩んだ後、冷静に……俺を落ち着かせるような口調でゆっくりと説明してくれた。

『お前にも関係がある動画が、例の暴露系チャンネルに上がっている。事務所としては対応を協議中だが、とりあえずアオは何もしないで欲しい。関係はあるが、アオへの影響はあまり無いと考えている』
「あ……はい」

 なんだろう?
 遠野さんも少し掴みかねている?
 どの暴露だ? 枕営業? 伊月さんとの恋人関係?
 決定的な証拠でなければ「何もしない」は下手な言い訳よりも効果的な場合が多いけど……?

『この後、マンションにマスコミが来るかもしれないが居留守でいい。明日の朝は迎えに行くまで待機していてくれ』
「わかりました」
『あと……アオ、俺がついていながら……情けない大人ですまない』
「え?」

 遠野さんはそれだけ言うと、通話が終了した。
 何だろう……最後の一言は悔しそうというよりは……俺、もしかして褒められている? そんな感じの声色に思えた。

「えっと……暴露系のチャンネル……」

 まずは動画を観るか。
 こういうチャンネルの収益になるのは悔しいけど……あ、これか?
 以前、俺と伊月さんが抜けだした後の枕営業パーティーを暴露したチャンネル。
 ここは週に一度ほど、視聴者のタレコミや自称業界人の運営グループが独自ルートで手に入れた芸能ネタを暴露するチェンネルで、登録者三百万人の人気……注目? チャンネルだ。

「最新動画……え?」

 最新動画のサムネイルは、俺がよく知っている画像……二日前に放送されたクイズ特番の宣材写真だった。
 この宣材写真に「【内部告発】大物司会者のセクハラ老害ノーカット版【被害者凸アリ】」という文字が乗っている。

「ノーカット……内部告発……まさか!」

 すでに二十万回以上再生されている動画を再生すると、モザイクで顔や声を隠された……でも、俺には誰かわかる若い男性が無難な会議室で話し始めた。

『今までずっと我慢してきたんですが、今回は見逃せなくて……』

 あのクイズ番組のスタッフ……おそらくADさんだ。

『こんなデータを持ちだしたら、クビになるのはわかっています。犯罪です。でも、もう……こんなことを見逃し続けるほうが犯罪者だと思って、告発します!』

 悔しそうに叫んだあと、あの番組の映像が流れた。
 編集されたオープニング映像ではなく……あの、セクハラシーン。そして、俺が土下座するところまで。

『俺、この時……ノノさんのことも、波崎アオさんのこともかばえなくて……この、土下座の後の笑い声、これ、俺の笑い声も入っているんです。あの場では笑うしかなくて。でも、後でみんなでデータを確認している時に怖くなったんです。客観的に観ているからか、自分はなんてことをしているんだって気づけて……それで……こんな腐った芸能界の一員だなんて、自分が許せなくて! すみません! 本当にすみません! ノノさん、波崎さん、今まで俺が見て見ぬふりをしてきた、嶋北にセクハラやパワハラをされたみなさん! 本当にすみません!』
 
 画面の中のADさんが土下座し、今度は俺も知っている都内の写真スタジオの裏口の映像に切り替わる。

『……あ、ノノさん! すみません! 暴露チャンネルですけど、お話いいですか!』

 チャンネルの配信者が、スタジオから出てきた、帽子を目深にかぶってマスクを着けたノノちゃんに突撃インタビューを行っている映像。
 ここまでするのか? 未成年相手なのに!

『すみません、お話しできません』
『では事務所に質問を送るので回答してもらえますか? その場合、回答が無ければ肯定と取らせていただきますがよろしいですか?』

 無茶苦茶だな……でも……

『無理です。私、明日で事務所を辞めるので』
『あ、え? うそ?』

 これは配信者も意外だったのか、質問の手が止まる。
 そうしているうちに、ノノちゃんのマネージャーなのか、中年の女性が駆け寄ってきて間に入った。

『本当です! これ以上は事務所でもお答えできません』
『あ……じゃ、じゃあ、辞める理由は嶋北さんですね!』

 一瞬ひるんだ配信者が食いつくと、立ち去ろうとしていたノノちゃんの足が止まった。
 
『そうです! あんな老害のいる芸能界なんかに未来は無いと思うので、私は勉強を頑張ります! 弁護士になってセクハラじじいを有罪にしまくるのが楽しみです! さようなら!』
 
 吐き捨てるように言って歩き出したノノちゃんを、配信者はもう止めなかった。

『回答どうも! お礼にセクハラの証拠の動画をDMするので、訴えるなら使ってくださいね~!』

 そう声をかけ、映像は最初の会議室のような部屋に戻った。

『では今回の動画のまとめとポイント! 芸人で司会者の嶋北によるセクハラとパワハラが横行していて……』

 配信者がテロップも使いながら動画の要点を解説していくが……もう、新しい情報は特になかった。

「これは……」

 思うことが色々あって頭がぐちゃぐちゃだ。
 ただこの動画、疑問も不安も悲しみもあるし、既視感のある「やり方」に引っかかる部分もあるけど……

 これ……
 これは……


「俺に、都合がよすぎる!」
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