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祈りを受けとめて
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翌朝になっても、気もちはぺっちゃんこだった。
重たい瞼のまま、朝餉のおかゆをもそもそと頬張っていると、梅が滑るように近づいてくる。
「羅華様。辰殿がお見舞いにおいでですよ」
「……!」
思わず、匙をぽとりと取り落とす。
「ど、どうして……?」
「羅華様のお加減はどうかと……任務に向かう前に、ひと目でもお会いしたいのだそうですわ」
梅は、僕を元気づけるように微笑んだ。昨日から落ち込みっぱなしの僕に、特効薬が来て嬉しい――そんな安堵が伝わってくる。
「あ……っ」
大好きな辰さんが、お見舞いに来てくれた。本当なら、とっても嬉しいはずなのに……僕は、俯いてしまう。
「……ごめんね、梅。お断りして、もらっていい……?」
「えっ」
梅が、吃驚したように目を見ひらく。
「あ、あのねっ。こんな変な顔だから、会いたくないの! お嫁入する前に、嫌われちゃったら、やだし……!」
僕は慌てて、取り繕った。ポンポンに腫れた瞼や頬を見て、信ぴょう性があったんだと思う。梅は、ちょっと逡巡した後、「わかりました」と頷いてくれた。
「では、辰殿に取り次いでまいります」
「あ――待って。もう元気になりました、お仕事気をつけて……って伝えて?」
「かしこまりました」
綺麗に一礼し、梅が部屋を出て行く。パタン、と閉まった扉の向こうに、辰さんがいるんだ。そう思うと……胸が熱く強張って、涙がこみ上げてきた。
「ふぐ……っ」
唇を噛みしめて、両袖で瞼を押さえる。もう、泣きつくす程に泣いたと思ったのに。辰さんのことを思うと、すぐに心が揺れてしまうんだ。
――辰さん、どうして。僕に、優しくしてくれるの……?
辰さんに会いたい。お仕事で忙しいのに、お見舞いに来てくれて嬉しいって、飛びつきたい。それで……いつもみたいに、優しく笑ってほしいよ。
「辰さん……!」
でも――同じくらい、会うのが怖いよ。昨日の強張った顔を思い出し、ひぐっと嗚咽が漏れる。
『羅華様』
優しい微笑みに、なにか秘密があったらって思っちゃう。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、懐におさめた桃色の袋を抱く。それは、辰さんが昨日、僕にくれた優しさだ。
「やだよぉ……噓じゃないって、思ってたいよう……!」
ふええ、と泣いて机に突っ伏した。――そのとき、開いていた窓から、蝶がはたはたと飛んでくる。落ちるように舞い降りたその子を、ぼくは手のひらで受けとめる。
「……文徳さん?」
でじゃぶを感じて呟いたとき、扉の向こうで梅の怒る声が聞こえてきた。
*
「いやあ、かたじけない羅華様。しかし、何故お袖をそのような?」
文徳さんが、首を傾げている。僕は、腫れた顔の前に袖をかざし、ご挨拶した。
「すみません。夜更かしして、寝不足で……変な顔ですけど、気にしないで下さい」
「なんと! それほど、刺繍に力をこめて下さって……この文徳、感服いたしました」
笑顔になった文徳さんに、僕はちょっぴり気まずくなる。昨夜は、ちっとも刺繍をしていないんだもん……。
すると、彼の前に茶器を置きながら、梅はご機嫌斜めに言った。
「こんな早くに訪ねてくるなど、非常識ですわ。婚約者である辰殿でさえ、遠慮なさったというのに……また、難題を持って来たのではないでしょうね?」
「うっ、そう言うてくれるな。ちゃんと式神で先ぶれをしたし……それに、今回は、景岳様からのお言伝なのだ!」
「お兄様からの?」
僕は、きょとんと眼を瞬く。すると、文徳さんは笑みを浮かべて、腕に抱えていた箱をずいと押し出した。
「そうなのです。羅華様に、こちらをお渡しするようにと」
それは、真っ黒い漆塗りの箱だった。じっと見ていると、「どうぞ」と促されたので、蓋をぱかりと開けてみる。
「わあ……」
天鵞絨の台座に横たわっていたのは、一本の簪だった。黒金の棒に、透き通った水晶の珠がくっついていて、きれい。
「景岳様から、羅華様に。護身用にお持ちいただきたいそうで」
「護身用……!」
その言葉に、反応したのは梅だった。不安そうに眉を寄せて、文徳さんに問う。
「どういうことですか? このようなもの……それほど、羅華様に危険が迫っているという事ですの?」
「いや、そう言うわけではないのだ。玄家からお出にならぬ限り、羅華様が危険にさらされることはない。だが……いつも側に居られない景岳様の、お心を安らげるためだと思ってくれ!」
文徳さんは、慌てたように手を振った。僕は、その言葉にそっとかんざしを手に取る。普段挿しているものより、少し長い。それなのに、ずっと軽いのが不思議だった。
「……」
目を凝らすと、水のような珠の奥に、虹色の呪力がうねっていた。――お兄様の四呪だった。強い祈りの力に、僕はちょっぴり気圧される。
「文徳さん。お兄様は、危ないの? こんなに心配してくれるほど……」
僕は、簪をぎゅっと握りしめる。いつも、お兄様が危険な任務についていることは、知ってる。でも、簪なんて頂いたことがないから、不安になってしまう。すると、文徳さんは困り顔になった。
「景岳様は、反則級にお強いので、心配はご無用なのですが……今回は、向こうに手練れがおるようで、味方に被害が少々……それで、警戒されておられるのやもしれませんな」
「え……!」
僕は、がたりと椅子を押し立ち上がった。
「武人の人たちは……辰さんも、危ないんですか?! 僕、辰さんに何かあったら……!」
お兄様が気にするほどの手練れだなんて。辰さん達が、危険な目に遭うかと思うと――手足から血が引いていくみたい。
「張殿! 軽々しくそのようなことを言って、羅華様の不安をあおらないで下さいませ!」
僕を支えてくれながら、梅がきっと睨むと、文徳さんは青褪めて身を引いた。
「だ、大丈夫ですとも! 手練れと言うても、玄家の敵ではありませぬ。怪我をしたのは練度の低いものばかりですし。憎き敵をさっさと掃討すべく、こちらも辰たちのような手練れを配置した次第ですので……すぐに、良い知らせを持ち帰りましょうぞ!」
「……あぁ……」
僕は、ぺたんと椅子に座り込んだ。袖で顔を覆い、長い息を吐く。
「よかったです……」
「羅華様」
梅が励ますように、僕の肩を撫でてくれた。
「張殿、若君様からの贈り物、確かに頂戴いたしましたわ。羅華様は病み上がりでいらっしゃいますから……」
「ああ、わかった。お騒がせしてすまぬことでした」
文徳さんが、慌てて席を立つ。僕は、簪を胸に押し戴いて、頭を下げた。
「文徳さん、ありがとうございました。僕……王太子様のお衣装、頑張ります。はやく、平和になりますように」
王太子様のお力が世の中に示されれば、都も穏やかになるはず。そうしたら、きっとお兄様や辰さん達も、危ない目に遭わなくてすむはず――。なにかに急き立てられるように、そう言えば、文徳さんは「おお」と破顔した。
「勿体ないお言葉に存じます」
そうして、文徳さんと、見送りに出た梅が部屋から居なくなる。しんと静まった部屋で、僕はしょんぼりと項垂れた。
「……僕のばか」
お兄様、辰さん。皆が大変な時に、自分のことばっかりだったんだ。熱を持った瞼が恥ずかしくて、指で擦る。梅にも心配をかけ通しだし……ちゃんとしないと。
「よしっ」
僕は、お団子に挿していた簪を抜き取り、お兄様から頂いたものに付け替えた。それから、作業台の上に出しておいた、白絹を手に取る。
「文徳さんからのお仕事、ちゃんとやろう! それで、皆の助けになるんだっ」
気合を入れて、作業を始めた。
『傷ついても蹲らないで、出来ることを見つけるの』
お姉様の教えを思い、針を握る。
衣装架けの紅の衣に、背を向けているって気づいているけれど……いまは、まだ向き合えないから。
痛む心にも蓋をして、せっせと王太子様の衣装に取り組んだ。
重たい瞼のまま、朝餉のおかゆをもそもそと頬張っていると、梅が滑るように近づいてくる。
「羅華様。辰殿がお見舞いにおいでですよ」
「……!」
思わず、匙をぽとりと取り落とす。
「ど、どうして……?」
「羅華様のお加減はどうかと……任務に向かう前に、ひと目でもお会いしたいのだそうですわ」
梅は、僕を元気づけるように微笑んだ。昨日から落ち込みっぱなしの僕に、特効薬が来て嬉しい――そんな安堵が伝わってくる。
「あ……っ」
大好きな辰さんが、お見舞いに来てくれた。本当なら、とっても嬉しいはずなのに……僕は、俯いてしまう。
「……ごめんね、梅。お断りして、もらっていい……?」
「えっ」
梅が、吃驚したように目を見ひらく。
「あ、あのねっ。こんな変な顔だから、会いたくないの! お嫁入する前に、嫌われちゃったら、やだし……!」
僕は慌てて、取り繕った。ポンポンに腫れた瞼や頬を見て、信ぴょう性があったんだと思う。梅は、ちょっと逡巡した後、「わかりました」と頷いてくれた。
「では、辰殿に取り次いでまいります」
「あ――待って。もう元気になりました、お仕事気をつけて……って伝えて?」
「かしこまりました」
綺麗に一礼し、梅が部屋を出て行く。パタン、と閉まった扉の向こうに、辰さんがいるんだ。そう思うと……胸が熱く強張って、涙がこみ上げてきた。
「ふぐ……っ」
唇を噛みしめて、両袖で瞼を押さえる。もう、泣きつくす程に泣いたと思ったのに。辰さんのことを思うと、すぐに心が揺れてしまうんだ。
――辰さん、どうして。僕に、優しくしてくれるの……?
辰さんに会いたい。お仕事で忙しいのに、お見舞いに来てくれて嬉しいって、飛びつきたい。それで……いつもみたいに、優しく笑ってほしいよ。
「辰さん……!」
でも――同じくらい、会うのが怖いよ。昨日の強張った顔を思い出し、ひぐっと嗚咽が漏れる。
『羅華様』
優しい微笑みに、なにか秘密があったらって思っちゃう。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、懐におさめた桃色の袋を抱く。それは、辰さんが昨日、僕にくれた優しさだ。
「やだよぉ……噓じゃないって、思ってたいよう……!」
ふええ、と泣いて机に突っ伏した。――そのとき、開いていた窓から、蝶がはたはたと飛んでくる。落ちるように舞い降りたその子を、ぼくは手のひらで受けとめる。
「……文徳さん?」
でじゃぶを感じて呟いたとき、扉の向こうで梅の怒る声が聞こえてきた。
*
「いやあ、かたじけない羅華様。しかし、何故お袖をそのような?」
文徳さんが、首を傾げている。僕は、腫れた顔の前に袖をかざし、ご挨拶した。
「すみません。夜更かしして、寝不足で……変な顔ですけど、気にしないで下さい」
「なんと! それほど、刺繍に力をこめて下さって……この文徳、感服いたしました」
笑顔になった文徳さんに、僕はちょっぴり気まずくなる。昨夜は、ちっとも刺繍をしていないんだもん……。
すると、彼の前に茶器を置きながら、梅はご機嫌斜めに言った。
「こんな早くに訪ねてくるなど、非常識ですわ。婚約者である辰殿でさえ、遠慮なさったというのに……また、難題を持って来たのではないでしょうね?」
「うっ、そう言うてくれるな。ちゃんと式神で先ぶれをしたし……それに、今回は、景岳様からのお言伝なのだ!」
「お兄様からの?」
僕は、きょとんと眼を瞬く。すると、文徳さんは笑みを浮かべて、腕に抱えていた箱をずいと押し出した。
「そうなのです。羅華様に、こちらをお渡しするようにと」
それは、真っ黒い漆塗りの箱だった。じっと見ていると、「どうぞ」と促されたので、蓋をぱかりと開けてみる。
「わあ……」
天鵞絨の台座に横たわっていたのは、一本の簪だった。黒金の棒に、透き通った水晶の珠がくっついていて、きれい。
「景岳様から、羅華様に。護身用にお持ちいただきたいそうで」
「護身用……!」
その言葉に、反応したのは梅だった。不安そうに眉を寄せて、文徳さんに問う。
「どういうことですか? このようなもの……それほど、羅華様に危険が迫っているという事ですの?」
「いや、そう言うわけではないのだ。玄家からお出にならぬ限り、羅華様が危険にさらされることはない。だが……いつも側に居られない景岳様の、お心を安らげるためだと思ってくれ!」
文徳さんは、慌てたように手を振った。僕は、その言葉にそっとかんざしを手に取る。普段挿しているものより、少し長い。それなのに、ずっと軽いのが不思議だった。
「……」
目を凝らすと、水のような珠の奥に、虹色の呪力がうねっていた。――お兄様の四呪だった。強い祈りの力に、僕はちょっぴり気圧される。
「文徳さん。お兄様は、危ないの? こんなに心配してくれるほど……」
僕は、簪をぎゅっと握りしめる。いつも、お兄様が危険な任務についていることは、知ってる。でも、簪なんて頂いたことがないから、不安になってしまう。すると、文徳さんは困り顔になった。
「景岳様は、反則級にお強いので、心配はご無用なのですが……今回は、向こうに手練れがおるようで、味方に被害が少々……それで、警戒されておられるのやもしれませんな」
「え……!」
僕は、がたりと椅子を押し立ち上がった。
「武人の人たちは……辰さんも、危ないんですか?! 僕、辰さんに何かあったら……!」
お兄様が気にするほどの手練れだなんて。辰さん達が、危険な目に遭うかと思うと――手足から血が引いていくみたい。
「張殿! 軽々しくそのようなことを言って、羅華様の不安をあおらないで下さいませ!」
僕を支えてくれながら、梅がきっと睨むと、文徳さんは青褪めて身を引いた。
「だ、大丈夫ですとも! 手練れと言うても、玄家の敵ではありませぬ。怪我をしたのは練度の低いものばかりですし。憎き敵をさっさと掃討すべく、こちらも辰たちのような手練れを配置した次第ですので……すぐに、良い知らせを持ち帰りましょうぞ!」
「……あぁ……」
僕は、ぺたんと椅子に座り込んだ。袖で顔を覆い、長い息を吐く。
「よかったです……」
「羅華様」
梅が励ますように、僕の肩を撫でてくれた。
「張殿、若君様からの贈り物、確かに頂戴いたしましたわ。羅華様は病み上がりでいらっしゃいますから……」
「ああ、わかった。お騒がせしてすまぬことでした」
文徳さんが、慌てて席を立つ。僕は、簪を胸に押し戴いて、頭を下げた。
「文徳さん、ありがとうございました。僕……王太子様のお衣装、頑張ります。はやく、平和になりますように」
王太子様のお力が世の中に示されれば、都も穏やかになるはず。そうしたら、きっとお兄様や辰さん達も、危ない目に遭わなくてすむはず――。なにかに急き立てられるように、そう言えば、文徳さんは「おお」と破顔した。
「勿体ないお言葉に存じます」
そうして、文徳さんと、見送りに出た梅が部屋から居なくなる。しんと静まった部屋で、僕はしょんぼりと項垂れた。
「……僕のばか」
お兄様、辰さん。皆が大変な時に、自分のことばっかりだったんだ。熱を持った瞼が恥ずかしくて、指で擦る。梅にも心配をかけ通しだし……ちゃんとしないと。
「よしっ」
僕は、お団子に挿していた簪を抜き取り、お兄様から頂いたものに付け替えた。それから、作業台の上に出しておいた、白絹を手に取る。
「文徳さんからのお仕事、ちゃんとやろう! それで、皆の助けになるんだっ」
気合を入れて、作業を始めた。
『傷ついても蹲らないで、出来ることを見つけるの』
お姉様の教えを思い、針を握る。
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