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第二章 淫紋をぼくめつしたい

お隣さんとの攻防⑩

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「シゲルッ!?」
「晴海!?」
 
 ドアを壊しそうな勢いで登場したんは、晴海やった。
 晴海は、おれがお隣さんに抱えられてるんを見て、血相を変えて怒鳴った。
 
「――あんた、何してんねん!?」
「あっ」
 
 大股で近づいてきた晴海が、お隣さんの腕から、ぬいぐるみみたいにおれを奪い返す。背中をぎゅーぎゅーに締められて、ぐえっと息が詰まった。
 
「ふぎゅっ」
「シゲル、もう大丈夫や。……おいあんた、シゲルに何を!」
「えっ」
 
 男らしい声で囁くと、晴海はお隣さんを睨んだ。お隣さんはきょとんとして、棒立ちになっとる。
 は、晴海……! おれが泣いてたせいで、誤解してしもてるんや。
 
「ちょっと待ってぇ! 違うねんっ」
「うおっ」
 
 声を荒らげる晴海を、おれは必死に押しとどめた。いきり立つ晴海の腕から下りようと、ジタバタもがく。
 と、晴海は焦ったように訴える。
 
「ちょ、ちょいシゲル! こら、暴れたら危ないで……!」
「あっ!?」
 
 ――ギュッ。
 
 晴海の手が、偶然にもおれのおけつを掴んだん。握られたとこから、ビリビリって甘い痺れが突き抜けて、おれは目を見開く。
 
「ううっ……」
「シゲル?」
 
 不思議そうな晴海の肩に、きつくしがみつく。おなかの奥が崩れるように熱くなって、腰が何度か震えた。パンツがどろどろになる感触がして、恥ずかしさに眩暈がする。
 
 ――こ、こんな人前で、おれ……も、もうあかん……
 
「シゲルっ? おい、どうしたんや、シゲル――!」
 
 大焦りの晴海の声を最後に、おれの意識は遠のいた。
 
 




 
 
 ――ぴちゃ……
 
 かすかな水音がする。
 それから、オデコにひんやりした感触がして、おれは薄く目を開いた。
 
「ん……」
「シゲル? 気づいたんか」
 
 晴海の真黒い目が、心配そうにのぞき込んどった。その背後に、天井が見える。からだは温いもんに包まれてるせいか、重くってよう動かん。
 
 ――ええと。どうしたんやっけ……?
 
 ぼーっとしてたら、晴海がそっと頭を撫でてくれた。きもちいい。優しい感触に身を寄せると、「ほ、」と息を吐く音が聞こえた。
 
「便所で気絶したん、覚えとるか? いま、寮に帰って来たとこや」
「あっ……」
 
 たしかに、よう見たら寮の部屋やんか。
 晴海な、倒れたおれを抱えて保健室に行ってくれたらしいねん。そんで、風邪の診断を下されたおれを連れて、早退してきてくれたんやって。
 晴海は、悲しそうに眉を寄せた。
 
「ごめんな。あの後、お隣さんから事情聴いたわ……だいぶ無理しとったんやな」
「ち、違うよ! おれが平気やて言うたんやもん! 晴海は悪くないっ」
 
 おれは、慌てて言い募る。むしろ、おれのほうが、晴海に学校を早引きさせてしもて申し訳ないんやぞ。
 
「ええねん。どうせ、心配で何も手につかんさかい」
「……っ!」
 
 真黒い目から、慈しむような光が放射されとった。そんな優しい目をされたら、なんやソワソワして、何も言えんくなってまう。
 かっかと熱るほっぺを、布団に隠そうとして――おれは「あっ!」と声を上げた。
 
 ――おれの服、着替えてある!
 
 制服を着てたはずが、ゆったりとした部屋着になっとった。もちろん、寝たまま着替えれるはずもないから、誰かがやってくれたんや。
 おそるおそる、晴海に尋ねた。
 
「はるみ……これ、服っ」
「ああ、俺やで。制服のままやったら、休まらへんやろ」
 
 晴海は、照れ臭そうにほっぺを掻きながら答えた。その様子を訝しく思う。
 
 ――なんで晴海、ほっぺ赤うしとるん?
 
 じっと見つめてたら、晴海は「ああ」とか「うう」とか唸りだす。ますます怪しい。
 
「どうしたん、晴海」
「ううむ……」
 
 晴海は、逃れ得ん罪を白状する犯人のような顔で、膝を正した。それから、がばりと頭を下げる。
 
「すまん! お前のパンツ、勝手に履き替えさせた!」
「え」
「その……誓って、いやらしい気持ちではなかったんや。ただ、なんや股のとこ膨らんでえらい濡れとっ……ゴホン! いや、ともかく変えた方が具合ええかと思って!」
 
 綺麗な土下座のまま、まくしたてる晴海のつむじを見ながら、おれは呆然とした。
 パンツ履き替えさせたって……晴海が、おれの……? 
 背筋を這い上がる恐怖をこらえ、部屋着のステテコのウエストを引っ張った。すると――マイ●ロのパンツが、〇ーさんになっとる!
 
 ――じゃあ、晴海にべちょべちょのパンツ見られてしもたん!?
 
 ぶわぁ、と両眼から涙が溢れる。
 
「うわぁ~!! 晴海のアホー!」
「ご、ごめん! ほんまに悪かった!」
 
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