カクリヨ美容室の奇譚

泥水すする

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第二話 幸福の招き猫

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 美容室の奥にある階段先、そこは普段ほだか先生が寝泊りをしている母屋がある。造りこそ古いが、間取りは4Kとなかなかな感じ。ほだか先生からすれば僕には贅沢過ぎる広さです、とのことだ。

 実際、広過ぎるのだろうか──ほだか先生が主に使っているのは、リビングにあたる部屋の一間だけだ。あとはせんべえ布団の敷かれた和室くらいで、その他は半ば物置きと化していた。

それら余り部屋には2メートルはあるだろう巨大招き猫やら、用途不明な水晶玉などの謎スピリチュアルグッズが所狭し並んでいる。未開封なダンボールも、山のように積まれている。それらを見る度に、不安な気持ちに駆られてばかり。

 と、一先ずこれは置いといて。

「んまぁー! 結衣にゃん、やっぱキミ料理の天才だわ!」

 リビング中央にあるちゃぶ台で胡座をかき、豪胆に飯を食らう見た目チャラそうなその男──天童薫。目にかかるほどの金髪頭に、テカリのある派手なグレースーツ姿。ピアス、ネックレス、ブレスレット、指輪などなど、肌の見える部分はアクセサリーで覆い尽くされており、貴金属を付けていないと死ぬ呪いにでもかかってんのかよと時たま言ってやりたくなる。

 少しばかり顔が良いからって、なんでもアリと勘違いしているのだろうな(許されるけども)。ほだか先生とは、また別のジャンルの美人さん。川崎の繁華街にあるホストクラブ『夢幻城』の自称No.1ホスト。

 彼はこうして週に何度かここへ訪れる。ホストやキャバ嬢が美容室を利用するのは大概この時間帯だというが、このホスト天童薫の場合はお客さまというわけでもなく、ただ寛ぎに来るだけ。「最近は暇だからな~」だとさ。知るか。

「結衣にゃん! おかわり!」
「天童さん、全く減ってないんですけど? なんですかその、食べるパフォーマンスは──」
「いいんですよ、結衣くん」

 ちゃぶ台に肘を付き天童さんを見つめるほだか先生は、なんだか楽しそうだ。

「薫。そんなに焦らなくてもなくなりませんから、ゆっくり食べてください」
「おー、そうか。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 はぁ、全く……二人はいつもこの調子だ。ほだか先生は、この天童さんに対してとにかく甘い。付き合いは古いらしい。その辺のことは二人とも詳しく語ってくれないけれど、きっと昔からこの調子だったのだろう。

「もう、ほだか先生ったら……」

 呆れる反面、やはりその安定の優しい笑みにはため息が出る程の尊さを感じるわたしがいる──と。

 ふと、天童さんと目が合った。何故か、ニヤニヤと悪戯に笑っている。

「『もう、ほだか先生ったら』だってさ。ぷぷっ……結衣にゃん、トキめいちゃってるね」

 なっ、ちょ、えぇぇ!?

「ちょっと、なに言っちゃってるんですか! トキめいてるわけじゃありませんからっ!」
「とか言っちゃって。顔、リンゴみたく真っ赤になってますけど?」
「こ、これは違います! 天童さんに対する怒りで、頭に血が昇っただけです!」
「ほだか先生にトキめいちゃったの間違いでしょ」

 ああ、もう! この人最悪だぁあああっ!

「薫、あまり結衣くんを虐めないでください」

 ほだか先生の横槍が入る。見ると、相変わらずの仏スマイル。なのだが、

「それ以上は、僕が許しませんよ?」

 笑っているのに、ちょっと怖い。なんだろう……ちょっと怒ってる?

 そんなほだか先生には、さすがの天童さんも「へいへい。冗談だって冗談」と肩を竦めた。

「ほだか~、お前も少しはシャレを勉強したら?」
「薫こそ、少しは女性に対する配慮を覚えてはいかがです? 結衣くんのような心の綺麗な女性に対しては、特に」
「分かってないね。こういう軽い感じで接するのがベストなんだよ。でね、大事な一瞬では真摯な対応。いわゆるギャップってやつ。これ、女を落とす基本だから、覚えといて損はないと思うよ」
「僕はそういった打算的な付き合いは嫌いですから、別に知らなくて結構です」
「そう邪険にしないでよ。美容師だって『昼のホスト』って言われてるくらいだし、似たようなものでしょ」

 天童さんの瞳がわたしへと移る。ひまわりのような笑顔を覗かせてきた。

「結衣にゃん、どう? これから俺と一緒に同伴しない?」

 本当に、変な客である。わたしがこれまで見てきた中でも、とびきりおかしなお客さまの一人だ。でもどこか憎めない不思議な人。ほだか先生がなんだかんだ楽しそうにしているのも、なんとなく分かる気がした。

「わたしは健全な高校生ですので遠慮しておきます。それと、その結衣にゃんって呼び方はやめてくださいよ。大体なんですか、それ」
「えー、可愛いじゃん。なんか結衣にゃんって、猫っぽいし。そのツンケンしたとこがイジらしいというか、愛くるしいというか。ついからかいたくなるんだよねー」
「勘弁してくださいよ」
「まぁまぁ、そう怒んないでよ結衣にゃん」

 以上、天童薫でお送りしました──「カクリヨ美容室」へ訪れる、変人その一である。




 そして、変人そのニをご紹介。

「こんちわー! ほ~だか大センセっ! 今日はとびきり幸運の訪れるアイテムをお持ちしましたよ~。まずはこのパンフレットを──って、はぁ……猫娘。またお前か」

 それはとある平日のこと。その日、学校行事で授業が早く終わった。そのため昼過ぎくらいには出勤し、相変わらずの暇を持て余し、店内を事細かく掃除しているときにも。

 その変人二号が、やってきた。

「猫娘ではありません、結衣です」
「うっせ、知るか。さっ、猫はあっち行ってろ。しっしっ。俺は今から飼い主さまと大事な話があるんだよ」
「そうはいきませんよ。これでも、わたしはここで働かせて頂いている身。迷惑な営業マンと対応するのも、勤めの内ですから。あと、わたしは飼い猫ではありません。結衣です」

 冷たい態度でそう返せば、スーツ姿の彼は「ちっ」と舌打ちを鳴らす。これもいつも通りの反応、わたしたちのやり取りだった。

 営業マンの彼──名を三觜昴(みつはしすばる)。清潔感漂う身なりに、ぴっちりと固められた黒髪のオールバック。真顔にしていると強面のお兄さんという感じだが、笑うと天神恵比寿さまみたく幸福を齎しそうな顔となる。そこまではいい。そこまでは。問題はそれ以外の全てだ。

「三觜さん、もういい加減にしてくださいよ。ほだか先生の部屋がどんなことになってるか、あなた考えたこと──」
「いらっしゃい、昴くん。今日はまた早いですね」
「おー、ほだか! 前に買ってもらった超激レア商品『幸福水』が大量入荷されてな。ダチのよしみで一番に教えてやろうと思ったんだが……」と、三觜のじっとりとした横目がわたしへと向けられる。

「ったく、なんでガキが平日の昼間からこんな場所にいんだよ。反抗期か? グレる十代か? ええおい」
「今日は午前授業ですから」
「けっ、いい身分だな。邪魔で仕方がねえ」
「邪魔とはなんですか。大体ですよ、そんなにすぐ売り切れる超激レア商品なら、自信を持って紹介すればいいじゃないですか。あ、もしかしてあれですか? わたしを邪魔と感じるのは、後ろめたいことがあるからですか?」
「歳上に向かってなんて口の利き方をぉ~」
「ごめんなさいねえ。なんでしたっけ? グレる十代? あー、きっとそれです。だから許してください。悪気はないんですよー、おほほほほ」
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」

 と、激しく睨み合うわたしたちの間へ割って入るほだか先生。これもまたいつも通りだった。

 ほだか先生に対して、わたしはほとんどのことを許せる自信はある。それはその行いの見えない部分にて、ほだか先生なりの優しさがあるからだと分かっているから。だがしかし、こればっかりは許せなさい。

 ほだか先生は、この三觜昴という悪徳セールスマンに利用されている。

 彼は定期的に店へ訪れては、見るからに胡散臭い商品を売りつけてくる悪徳営業マンだ。ほだか先生と知り合って古いらしいが、それは小学生の頃の話で、再び出会ったのはこうして二人が働き出してからだと聞いた。

ただその再会も、三觜がセールスマンとしてここへ訪れたのがキッカケだという。確か半年ほど前。そのことに際して、「運命的な出会いだったぜ」と三觜は宣うが……バカ言わないでほしい。これのなにが運命的だ。

久しぶりに再会した友人に、よくもまあ詐欺まがいの商売をできたものである。学校の授業で聞いたことある。「全く連絡を取ってなかった友人が『最近どう?』と言ってきたときは警戒しましょう。ネズミ講商売の勧誘や、おかしな新興宗教へ誘われることがありますから」と、こういった被害にあうのも珍しくないという。実際、この三觜昴がそうなのだ。

 悪魔の商人──わたしはこの三觜昴という男を、そんな風に評価する。

 その後は流暢な口調で商品説明を始める三觜。熱心に耳を傾けるほだか先生。目を光らせ牽制するわたしという構図が仕上がって。

「~というわけで、今回の『幸福水』は前回のものよりも高品質かつ、更なる幸運アップを齎してだな──」
「あのーもしもし? 今の説明、もう一度詳しく聞かせてもらえますか。えーと、なになに? 龍の降りた山から湧き出した奇跡の水脈? 因みに、どこの山でしょうか? スマホで検索してみますんで、詳しくお聞かせ願いますぅ。『HEY! Siri』」

 わたしはにっこりスマイルでスマホを見せつける。この林檎マークが目に入るかっ! という感じで。文明の力様々だ。

「……ちっ、うぜえ」
「あれぇ、どうしたんですぅ?」

 それからも茶々を入れ続けること、しばらく。バツが悪いと感じたのか、三觜は恨めしそうな表情を作りながら帰っていった。

 こうして、一難は去ったのだ──が、これで完全に難が取り払われたわけではない。三觜が置いていった「幸福の会」という怪しげなパンフレットを開いた折にも、

「(な、なにこれ……350ミリリットルのペットボトルが1本5000円!?)」

 空いた口が塞がらなかった。

 ペットボトルはまだ可愛い方だ。こっちの「幸福のブレスレット」なんて五十万円。こっちの「幸福の招き猫」なんてもっと──って、これほだか先生の部屋にあったやつじゃないか!?
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