カミのアダゴト

葦元狐雪

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第二十三幕

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 氷神のスクエアは悪神の中でもとりわけ悪辣な神である。彼女の組織する『中級神劫掠隊』は、彼女を核としたいくばくかの中級の悪神で構成されている。その活動内容は多岐にわたり(それについては長くなるため割愛する)、主たる活動は天上天下分け隔てなく余人の物品を劫掠するという、あまねく悪神は見習って然るべき悪だ。

 かくのごとき彼女らのフットワークの軽い統御された蛮行には、私たち上級神が頭を悩ませていることは言うまでもない。厄介なのだ。なんとなれば、下界の劫掠と天上界の劫掠を時間差で行うからだった。しかも、それがあらゆる国、あらゆる場所で疎らに起こるから始末が悪い。

 対処が間に合わぬ。よしんば山を張ってひとりを逮捕してみれど、劫掠隊は私たちがそのひとりに拘うているうちに、他の地域に足を伸ばして、さらに多くの物品を掻っさらうのであった。

 すべてにおいて上を行かれるみたいで、どうにも気分が悪い。私たちは賽の河原の石積みと了しながらも、無二無三に奔走した。そしていつとなく、上級神の士気も阻喪していった。ヴォルトラは半ば観念したように、「あいつらにはあいつらの矜持があんのさ。光子化して世界を見渡すのはもう疲れた」と言って布団に潜り込む。ラウラは愛の説法や占術の研鑽に弛まない。チカとミーネは互いの仲らいを深めるに忙しい。ザハク殿は各国の甘味を求むる旅に出た。アマユリだけが自若として、人と神犯すところその悪徳の巨細にかかわらず、公明正大かつ淡々と裁きを下していた。

 よって、私とアマユリだけがひたむきに中級神劫掠隊と対当していたというわけだ。
 ある日、私は最北の悪神の居住区へと参った。悪神の長であるジエンダに話をつけるためだった。
 巨大な鉄扉をくぐると、西洋風の煉瓦造りの家々が軒を連ねている。切妻屋根に厚く積もった雪がときおり崩れ落ちる、ドサっという音がそこここに聞かれる。まだ太陽は中天にさしかかったばかりなのに暗澹としたオレンジ色の街灯が並ぶ道を歩く。路傍には積雪の堆い壁を築き、やや灰色がかった塹壕のような表面には木の枝や長靴、ピエロの鼻などが刺さっていた。

 すれ違う神は皆悪神のため、私はそれらに訝しげにジロジロと見られた。しかし、私は気にする事なく進んだ。行きしなに、やたらと私を舐め回すように見る赤いドレスの女性がいたけれど。

 ジエンダの居宅は大厦であった。住宅地から少し離れたところにぽつねんと建っている、その小口積みの幅広の邸は、あたかも生クリームの上に添えた巨大なチョコレートの家のようである。いつの間にか曇った空から雪がちらちらと降りはじめる。念のため、番傘を持って来て良かったと、私は思った。

「明日はこっちも積もりそうね」

 厳然とした玄関扉をノックをすると、扉は一人でに開いた。一寸先も窺い知れぬ闇が待ち構えていた。

「お入りなさい」

 深淵より響く声に全身を貫かれる心地だった。冷たい空気を深く吸い込む。

「お邪魔します」

 私は漆黒に足を踏み入れた。

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 ジエンダとの対談を終えて、私は家路をたどる途中だった。身体中から彼女の匂いがする。オリエンタル系の香水。悪くはないけれど、いかんせん私にはふさわしくない。というか臭い。はやく湯浴みがしたい。自然と早足になり、とうとう空を飛んだ。しかし、すぐに牡丹雪が降ってきた。私は仕方なしにまた畦道を歩く。番傘は着々と重たくなった。向こうの景色は降雪の白さで覚束ない。思い設けず着物の裾からはみ出した足がすぐそばを過るから、私が気づいた時にはとうにその姿は雪に紛れた。

 ジエンダは件に一切関与していなかった。そもそも、劫掠隊が跳梁跋扈していることすら存じてないようだった。
 先刻の映像が去来する。彼女は私に、「中級神ごときに手を焼かされるだなんて、ザハク傘下もたいしたことないのね」と言って、クスクスと笑った。私は憮然をおくびにも出さず、平静を装って粛然としていた。ラウンジテーブルを央に、相対する椅子に腰掛けるジエンダは、両手に包むマグカップから昇る湯気の隙間に私を観察した。蝋燭の火を映した撫子色の瞳はかがようた。

「それで、どう? がっかりしたかしら。あなたはてっきり、私があの子たちの巨頭をして、手引きをしていたのではないか。——そう思っていたのでしょう?」

 珈琲の入った陶磁器の黒いマグカップを卓上に置くと、ジエンダは悠揚に言った。嘲るでもなく、単調に、ただ事実を確かめるように。

「残念だけど、私は盗人みたいな野鄙な連中のやる事には興味がないの。好きにすればいいわ。私は何も困らないし、そしてあなたたちが困ったところで、私はなんの痛痒も感じないもの。でもまさか、私にくだんの解決を恃もうだなんて、思ってはいないわよね?」

「思わないわ。私は懸念を払いたかっただけ。悪神の助けなんて、必要ない」

 苦しい弁疏だった。実際、私は彼女が一枚噛んでいると踏んでいたのだ。
 ジエンダは「ふーん」と言って、再び珈琲を飲んだ。私は目前の黒い液体の満たされた器を、見るともなしに見た。量は減っていない。取手に指を添えようとしたけれど、やはり止めた。柱時計の仰々しい時を刻む音が、この沈黙に一種の必然性を与えた。オリエル窓の外は、舞い狂う雪花の嵐だった。

「今日は一段と冷えるわね」

 そのジエンダの言葉をしおに、私は邸を辞去した。

 ......気がつくと、私は回雪にぼんやりと浮かぶ軒燈の前に立っていた。高い塀から雪持ちの伽羅木が顔を出している。しんしんと堪える夕凍みが、まるで夢のような前景の誘いに拍車をかけた。手足の末端は寒さに感覚を奪われ、手に持つ傘の柄を、果たして私が握っているのかどうかすら危うい。白足袋の上に染み入る雪解けは、身体を芯から冷やした。私はしばらくその場に立ち尽くした。
 つと玄関が開く。下駄のカラコロと鳴る音が近付く。アマユリが腰をやや跼めて、傘の下に入ってきた。

「おかえり。寒かったでしょう」

 私の手を握って、微笑むアマユリは言った。

「ご飯できてますよ。さあ、帰りましょう」


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 鳥瞰的にチカとミーネの捜索にあたった。
 月光を背に空を飛ぶ私は、夜の闇に没した雪原を見渡した。無数の足跡やかまくらや雪だるまが青白い光を受けて、その蕭索があたかもいくさ場の末期のごとくであった。

 彼女たちを最後に見たのは、午餐のために帰宅したときである。二つのおむすびをたちまち平らげるや、また元気よく飛び出していった。あれから八時間は経つ。いつもならとっくに帰宅している時間だ。かくまで遅いのは初めてだ。遊びに夢中になろうとも、加減のわからぬほど暗愚な彼女達ではない。しかして、何かしらトラブルに遭っている可能性がある......

 私は言わん方ない思想に駆られて速度を上げた。それは悲劇の夢想だった。怯えて身を寄せ合う少女に忍び寄る幾多の影像——そのイメージが私の脳裡にてクライマックスを迎えんとした瞬間、眼下に木組みの小屋を捉えた。小屋は何かに包囲されている。目を凝らす。黒いドレスに黒い翼、中級の悪神である。十体くらいだろうか、等間隔に輪を成して立ち並んでいる。

 小屋の入り口に目をやる。ひときわ豪奢な飾りを施した青いドレスを身に纏う女性がいた。彼女と対面しているのは、毅然として構えるチカの姿だった。
 私は目を瞑り、胸に手を当てた。深く息を吸い、そして徐々に息を吐いてゆく。力が抜けていく。肺の中の空気を出し切る手前で、私は目を開けた。己の掌を月に翳す。月明は私の肌を透してはっきりと見えた。

 雪原に新しい足跡が増える。彼処の悪神の背後に増える。
 私は肩越しに覗くと、背を向ける青いドレスの女性が、かの悪名高い氷神のスクエアであると知れる。白群の長い髪を、後ろに一本に束ねている。大仰に開いた背中の部分がいかにも寒そうだ。
 彼女はチカと交渉中である。しかし、はなはだ険悪な雰囲気である。破談は必至とみえる。

「どうしてもダメですか」

 スクエアは懇願するように言う。

「ダメです」

 チカはけんもほろろに断る。一寸の間が空いて、スクエアがもう一度訊ねると、チカは「ダメです」と返す。しばしこのやりとりが続く。やがてスクエアは喟然として嘆息し、「困りましたねえ」とつぶやく。するとチカは「困れ!」と面当てをする。「困ってしまえ!」

「ちょっと貸していただきたいのですよ。本当、ちょっとだけ。今回はミーネさんの火神の能力がどうしても必要なのです。すぐにお返ししますし、丁重におもてなし致しますし、何ならお土産も差し上げます。だから、そこの小屋の中にいるミーネさんに直接お話させていただけませんかね」

「いや! 絶対にいや! どうせ碌な事しかしないんだから」

「失敬ですね。我々は純粋に単純に盗みを生業とする、純然たる組織ですのに」

「盗人猛々しいよ! いいから、早くあっちへ行って。帰れないでしょ」

 スクエアは顎に手を当てて、「ふーむ」と唸った。

 「仕方ない」

 彼女はチカのおでこに、親指の腹と中指の爪を合わせる、いわゆる『デコピン』の構えをとった。

「予定を変更します。あなたの力を少しだけ分けてもらいますよ」

 指先がチカの額の薄い肌膚を弾き、チカは尻もちを着いた。衝撃で雪が舞い上がる。スクエアは満足そうに頷くと、「ささ、仕事が待ってますよ」と悪神たちに声をかけ、三々五々飛び立った。

 ほどなくして、小屋の入り口からミーネがこわごわと顔を覗かせる。茫然自失した様子で動かないチカを認めるや、ミーネは彼女に駆け寄り抱きしめた。「大丈夫?」や「ごめんね」を繰り返す。粉雪がちらつく。透明な私はその一種の哀れを目前に、只々、まどやかに相重なる肉体を烟らしむ、おびただしい六花が落ちる様を眺めた。

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 八畳間の茶室は七天神とザハク殿、そして荒木鴇が件の端緒を開くべく、鳩首凝議していた。刻限まであと八時間である。猶予はない。妙案をひねり出そうと皆躍起だ。しかし、はかばかしくない。未だこれといった善案が出ぬうちに、無情にも刻々と時間は過ぎてゆく。

 やがて午前二時をまわった。ここで、一旦疲弊した脳を休ませようというラウラの提言があり、万座は焦りと惧れを面輪に滲出させつつ、乾ききった口吻を煎茶で湿らせた。糖分補給に茶菓子を食べた。強張った表情がにわかにほぐれる。切迫した空気も幾分か和らいだ。
 
 かくして十分の休憩をしたのち、荒木鴇が「僕は行きます」と決意表明をした。ザハク殿も彼と同意見である。二人だけで危険ではないか、連中の目的が不明瞭だ、何をされるかわからないぞ、愚直に要求を呑む必要はない、他に良い手立てはないのか——翻意を促そうと種々の意見が飛び交ったけれど、二人は我に徹して曲げようとしなかった。彼ら曰く、アマユリを救う奇策を思いついたと言う。して、それは何かと問う。

「連中を異世界に送ってやれば良いのだ」

 ザハク殿は言った。

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 朝ぼらけの澄明な碧霄の下、交渉場に指定されたザハク殿の社殿の屋根は、朝日を受けて白々としていた。広い参道を挟んで狛犬がしゃちほこ張り、傲然とそびえ立つ石材の明神鳥居から延びた影が、点綴する葉叢の蔭と交わっている。鳥の間歇的に鳴く声がして、梢から羽撃く二三羽のヒヨドリがまばゆい暁光に身をさらした。

 社の賽銭箱の正面に氷神のスクエアと、縄の桎梏にかけられたアマユリが彼女の背後に半ば隠れるようにして、その両脇を黒いドレスを召した中級の悪神が、門兵のごとく屹立している。そして、境内を黒々と埋め尽くしているのは総勢百二十体の『中級神劫掠隊』の面々である。

 刻限の五分前、トキとザハク殿が到着する。確乎たる足取りで参道を行く。整々と隊列を組む劫掠隊は、モーゼが海を割るよろしく、一糸乱れぬ素早い動きを以って、彼らの行く道を開いた。アマユリは立ち尽くしたまま微動だにせず、黙して彼らの来るのを待つ。
 スクエアはようよう短い階段を降り、向拝の下より姿を現すと、アルカイックスマイルで歓迎をした。

「ご足労様です。約束を守っていただけるとは、恐悦至極に存じます」

 スクエアは深々と頭を下げる。トキとザハク殿は彼女との適当な距離を保つや、トキが単刀直入に切り出した。

「何が望みです」

 彼らしくもない、いささか怒気を孕んだ声音だった。
 ススクエアは表情をそのままに面を上げて、直截に答えた。

「創造神の力を所望します」

「いやしくも手に入れたとして、どうする積もりじゃ」

 と、ザハク殿が訊く。

「なんでもできますからねえ、さしあたり天上天下の支配でしょうか。次いで、七天神の解体と最上神の更迭。そして悪神の居住区域を漸次拡大、ならびに新制度の恢弘——といったところですかね、はい」

「なるほどの」

「善神の皆様に於かれましては、日常生活が多少不便になるやもしれませんが......」

 スクエアは挑発的な眼差しでザハク殿を見遣った。積年の不和が為す、怨嗟に近しい冷たい眼差しだった。だが、ザハク殿はまるで意に介しているでもない風に、自若としてむしろ迎合するごとく、「そうかそうか」と頷いてみせるのだった。そのとき、スクエアの柳眉がわずかに動く。それはまさしく怪訝の体を示す所作であるに違いないが、全然感情の制馭に熟れた彼女が垣間見せた油断は、あくまでも情意の発露の過ちを演じたに過ぎず、ましてやザハク殿の態勢のしからしむるところではない。

 スクエアは冷静だった。平静にザハク殿の心緒を解析し、如何様にして彼女の赤心を暴くか——スクエアはザハク殿の乙な言葉付きを穿鑿したところ、大方外連であろうという帰結に至った。アイネの情報が確かならば、ザハク殿が創神の膂力が転移して間もないトキを恃んで、徒に交渉を決裂させるとは考え難い。宇宙船を創造したり、建物の修繕はこなせるそうだけれど、未だ完全に力を如意自在に扱えるわけではないのだから。

 ゆえに、虚勢。創神のザハク、恐るるに足らず。
 しかのみならず、アマユリという好餌が手元にある以上、たとい未熟ながらも力を発揮して、無理矢理に神質の奪還を企てようとは思うまい。心驕りも甚だしい。いくらチャランポランのザハク殿といえど、かくの如き愚行は諌めてしかるべきであるという心得くらいはあるはずだ。
 
 周辺には他の神の存在は感じられない。
 ——問題ない。此度の下克上は成立する。
 スクエアはトキに手を差し伸べた。

「さあ、そろそろ交渉を始めましょうか。私が貴方様から力を受け取った後、アマユリ殿をお返しします。いいですね?」

「わかりました。しかし、譲渡の仕方はどのようにして」

「はい。私が貴方様の額を指で弾けば、それで結構なのです。今回は余すことなくすべてを頂戴しますので、ある程度の痛みは堪えていただきます。大丈夫、命の危険はありませんから。ただ、ちょっと腫れるだけですよ。三日ぐらい冷やして差し上げると、治りが早いですよ。ああ、そうだ。事が済み次第、私が氷を差し上げましょう」

「わかりました。僕は構いません」

 トキはザハク殿に目をやる。ザハク殿は「わしも構わん」と言う。

「ここで待っておる。ひとりで行けるな?」

「ひとりは心細いですね。でも、ザハク殿が来たとて、お役に立ちそうにもありませんし」

 トキは苦笑して言った。ザハク殿はしっしと手で払う仕草をして、「とっとと行け」と愛想なく言った。

「では、行って参ります」

 トキはスクエアに歩み寄る。スクエアはザハク殿を一瞥してから、歩武に向かい合うトキの眼に視線を合わせた。美しい曙光に輝く瞳が見据える。ほんのりと金色がかった唐茶色の瞳。その間を隔てる、真直ぐ筋の通った鼻梁。中指の狙いを眉間のすぐ上、狭い額の中心に合わせる。銃口を突きつけているみたいだ。中指に力が入る。手の甲の皮が張る。骨と静脈が浮き出る。巨擘の腹に爪が食い込み、爪床が白くなる。

 ——万能の最上神の力がようやく手に入るのだ。待ちに待ったこの機会! 何度夢見たことか......
 これさえ盗んでしまえば、すべてを手に入れたも同然だ。最上の悪神として君臨し、未だかつてない祝福と崇敬を受けるのだ。もう煩瑣な諸事情にかかずらうことはない。綿密な計画を立て、七天神の動向を常に把握する必要もない。年間休日数が三日を下回ることも、部下のミスの尻拭いや徹底したOJTやメンタルケアさえも! ——今まさに、長年の苦労が報われんとしている。この瞬間のために生きてきた気がする。家に帰ったら何をしよう。足の踏み場もない部屋の掃除や、溜まりにたまった洗濯物なんて一瞬で片付くのだろうなあ。よし、まずはそれをしよう。慣れてきたら美味しい料理でも創造しよう。欲しかったあれやこれも創ろう。

 どうしよう、わくわくが止まらない。息の根を止めたはずの感情が息を吹き返し、鬱勃と膨れ上がるそれが胸の裡を圧迫して息苦しい。呼吸が乱れる。変な汗までかいてきた。しかし、限界まで我慢するんだ。我慢して、我慢して、我慢して、忍耐が臨界点に達したその瞬間、中指を弾く。指先にどんどん力が流れ込み、凄い勢いで全身を駆け巡り適応する。頭が真っ白になり、焼けるように冷たい快楽をあまねく肌裡に享受し、失神する寸前に夢みる満たされた死の感覚に抱擁される——

 風が凪いだ。鳥のさえずりが止んだ。
 スクエアは、指頭の絆しを解いた。


      $

 スクエアはニヤリと口の端を上げた表情のまま固まっていた。彼女だけでなく、劫掠隊やよろずの風景が凝然と佇んでいた。

 ザハク殿は賽銭箱のあたりを見た。羈絆を外したアマユリは掌を前方に向けて、凛乎たる立ち姿に冷気が渦巻いて美しかった。その背後に、縄を持つカラクラが微笑んでいた。もはやアマユリを縛るものは何もない。両脇の悪神は、もはやマネキンのそれである。

 アマユリの力によって時の推移は遅々として進まず、九天にさしかかった雲を引く飛行機は描かれたごとく、青色のキャンバスに閉じ込められている。
 
 アマユリはトキの方へ歩いて行く。下駄が石畳を蹴る音がよく響く。彼女が歩いた後の道は霜が降りた。悠然と規矩に正しいその歩武には、例えん方ない畏怖と高貴が擁している。

 トキの肩に手を置くと、途端に彼は動きを取り戻した。瞼をパチパチと瞬かせる。アマユリとトキは正対する。

「ご無事で何よりです、アマユリさん」

 トキが言った。

 アマユリは前髪を手ですきながら、そっと目を細めた。

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 そしてトキの肩越しにザハク殿を見やると、

「ザハク殿もありがとうございます。よく頑張られましたね」
 
 ザハク殿は腕を組んで踏ん反り返り、得意げな顔で「うむ!」と言った。
 
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