無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第43話:食べ歩きクレープ

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城への帰り道。夕暮れの光がアスガルドの白い街並みを黄金色に染めていた。

市場で手に入れたたくさんの食材を抱え、私の心はこれから作る新しい料理への期待でいっぱいだった。隣を歩くレオン様は、いつもより少しだけ口数が少なく、何かを考え込んでいるようだった。

「レオン様? お疲れですか?」

私が尋ねると、彼ははっとしたように私を見て力なく首を振った。

「いや、違う。……少し考え事をしていただけだ」

その横顔はどこか寂しげに見えた。今日の賑やかな市場でのひとときが、彼に普段は感じることのない何かを思わせたのかもしれない。皇帝という孤独な立場を改めて実感してしまったのだろうか。

そんな彼の姿を見ていると、私の胸がちくりと痛んだ。

私に何かできることはないだろうか。この人の心を少しでも軽くしてあげられるような、そんな魔法は。

私の頭に一つのアイデアが閃いた。

市場の帰り際に果物売りの露店で買った、手のひらサイズの薄いパンケーキのような生地。そして、色とりどりの新鮮な果物。これを使えばあれが作れる。

手軽で甘くて、歩きながらでも食べられる最高のストリートフード。

「レオン様、少しだけ寄り道してもよろしいですか?」

私は近くにあった小さな公園のベンチを指差した。

「ここで、ちょっとした魔法をお見せします」

私の言葉に彼は不思議そうな顔をしたが、黙って頷いてくれた。

私たちはベンチに腰を下ろし、私は市場で買った荷物の中から例の薄い生地と果物を取り出した。果物は苺によく似た赤い実と、バナナのようにねっとりとした甘さを持つ黄色い果物だ。

私は新しいダマ-スカス包丁を取り出すと、果物を手早く、そして美しくスライスしていく。職人たちの魂が宿った包丁は、柔らかな果物さえも形を崩さずに完璧に切り分けることができた。

「アリア、何を作っているんだ?」

レオン様が興味深そうに私の手元を覗き込む。

「ふふ。見ていてください。甘くて幸せな気持ちになれるお菓子です」

私は薄い生地を一枚手のひらに広げた。そして、その上に泡立てておいたクリームもどきをたっぷりと塗り、スライスした果物を彩りよく並べていく。最後に果実の蜜をたらりとかけ、生地をくるりと円錐状に巻き上げた。

「はい、どうぞ。『クレープ』というお菓子です」

私が差し出したそれを、レオン様は少し戸惑ったように受け取った。片手で持てる奇妙な形のお菓子。

「こうやって、かぶりついて召し上がってください」

私が手本を見せるように、自分用に作ったクレープをぱくりと一口。

生地のもちもちとした食感。クリームの優しい甘さ。そして果物のフレッシュな酸味と甘みが、口の中いっぱいに広がる。

「んー、美味しい!」

私の満面の笑みにレオン様もつられたように、おそるおそるクレープの先端をかじった。

その瞬間。

彼の蒼い瞳が驚きに大きく見開かれた。

「……!」

なんだ、この幸福な味は。

柔らかくほんのり甘い生地。濃厚で、しかし後味はさっぱりとしたクリーム。そして口の中で弾ける瑞々しい果物の甘酸っぱさ。それらが一口ごとに完璧なハーモニーを奏で、彼の疲れた心を優しく包み込んでいく。

彼は我を忘れて、二口、三口と夢中でクレープを頬張った。

甘いものは、ギルバートが陥落したケーキで経験済みだった。しかしこのクレープはまた違う種類の感動があった。かしこまって食べるのではなく、こうして外で気軽に食べられる。その開放感が味をさらに特別なものにしていた。

「美味い……」

彼の口から心の底からの言葉が漏れた。その顔には先程までの憂いの影はどこにもない。ただ美味しいものを食べる喜びに満ちた、無邪気な子供のような表情がそこにあった。

その顔が見れただけで、私は心から嬉しかった。

私たちは夕暮れの公園で並んでクレープを食べた。時折、クリームが口の端についてしまった彼を私がハンカチで拭ってあげたりして。その光景はどこからどう見ても、仲睦まじい恋人同士にしか見えなかっただろう。

「アリア」

食べ終えた後、彼は静かに私の名前を呼んだ。

「君はいつもそうだ」

「え?」

「俺が皇帝であることの重圧に潰されそうになっている時。君はいつだってその料理で俺を救ってくれる。俺が忘れていた、ただの『レオンハルト』という男に戻してくれる」

彼の言葉は夕暮れの優しい光の中に静かに溶けていった。

「ありがとう」

彼は真っ直ぐに私の目を見てそう言った。

そのあまりにも真摯な感謝の言葉に、私の心臓が大きく、甘く高鳴った。

「いえ……私の方こそ、ありがとうございます」

私の声は少しだけ震えていた。

「レオン様が『美味しい』と言ってくださることが、私の一番の幸せですから」

その言葉は私の偽らざる本心だった。

私たちの間に心地よい沈黙が流れる。夕焼けが彼の横顔を美しく照らし出していた。私はその光景を永遠に目に焼き付けておきたいと強く思った。

この気持ちはなんなのだろう。

彼が皇帝だから? 私を救ってくれた人だから?

ううん、違う。

私はただ、レオンハルトという一人の男性に惹かれているのだ。

その不器用な優しさに。時折見せる子供のような無邪気さに。そして国を背負う、その孤独な強さに。

その想いをまだ言葉にすることはできないけれど。

でも、いつか。

いつかこの甘いクレープのように、私のこの気持ちも彼に伝えることができる日が来るのだろうか。

そんな淡い期待を胸に、私は夕暮れの空を見上げた。

初めての城下町デートは、甘くて少しだけ切ないクレープの味がした。そしてこの日の出来事が私たちの関係をまた一歩新しいステージへと進めてくれたことを、私たちはまだ予感しているだけだった。
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