無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第67話:呪い調査の旅

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リンドブルム王国との国境がにわかに緊張感を増していく中、ガルディナ帝国は一つの大きな発表を行った。

『皇帝レオンハルト陛下、地方の長期視察へ』

表向きは近年続く不作や病に苦しむ地方の民を慰撫し、帝国内の結束を固めるための視察。しかし、その真の目的を知る者はごく一握りだった。

帝国の未来を賭けた、呪いの根源を探る旅。

そしてその旅に私が同行することも公式に発表された。もちろん『未来の皇后候補』としてではなく、『食の聖女として陛下の食事の管理と民への食糧支援を行う』という、もっともらしい名目で。

出発の日の朝。王城の前には旅のための質素だが頑丈な馬車と、護衛を務めるギルバート様率いる選りすぐりの騎士たちが集結していた。

「姫! このギルバート、命に代えてもあなた様をお守りいたしますぞ!」
「ギルバート様、あまり大声を出さないでください。これはお忍びの旅なのですから」

いつも通りのやり取りに、私の緊張も少しだけほぐれる。

旅のメンバーは最小限に絞られていた。私とレオン様。護衛のギルバート様と十数名の騎士。そして、宰相代理として帝都に残るエリオット様から密命を受けたという、数名の調査官だけ。

「アリア殿。くれぐれも陛下のことをよろしく頼む」
「姫様、どうかご武運を!」

エリオット様やマルタたちに見送られ、私たちの乗った馬車は夜明け前の薄闇の中、静かに帝都アスガルドを出発した。

馬車に揺られながら、私は窓の外を流れる景色を眺めていた。帝都を離れるのはこの国に来て以来、初めてのことだ。

「これから我々が向かうのは、北東部の辺境地域だ」

向かいの席に座るレオン様が地図を広げながら説明してくれた。

「オルドゥスの調査によれば、その一帯が最も呪いの影響が色濃く残っている地域らしい。二百七十年前の『大いなる嘆きの時代』に、最も大きな被害が出た場所でもある」

その声は皇帝としての厳しい響きを持っていた。しかし、時折私に向ける視線はどこまでも優しかった。

旅は決して楽なものではなかった。道は険しく、夜は野営することもあった。しかし、私にとってそれは苦痛ではなかった。

毎日の食事は私が担当した。携帯食料と道中で手に入れた現地の食材を使い、限られた調理器具で工夫を凝らした料理を作る。

騎士たちのために保存性の高い干し肉と豆を煮込んだ熱々のシチューを。
冷えた夜には体を温める生姜をたっぷり効かせたスープを。

彼らは私が作る温かい食事を、涙を流さんばかりに喜んでくれた。

「姫様の料理を食べると、どんな疲れも吹っ飛びますな!」
「これで明日も戦える!」

彼らの飾り気のない素直な言葉が、私の心を温めてくれた。

そして夜。焚き火を囲みながらレオン様と二人きりで静かにお茶を飲む時間。それが私にとって何よりも幸せなひとときだった。

「今日のシチューも美味かった」
「ふふ。ありがとうございます。明日はもっと美味しいものを作りますね」

そんな何気ない会話を交わす。皇帝と聖女としてではない。ただのレオンとアリアとして。

旅を始めて一週間が過ぎた頃。

馬車が向かう先の風景が明らかにその様相を変え始めた。

豊かな緑は姿を消し、代わりに灰色がかった痩せた土地が広がっている。木々は枯れ、川は淀み、空気そのものが重く澱んでいるように感じられた。

「……ここが」

「ああ。呪いが最も強いとされる辺境の村、グレイヘムだ」

レオン様の低い声が響いた。

村に足を踏み入れた瞬間、私たちは言葉を失った。

そこは、まるで生ける屍のような村だった。

家々は朽ちかけ、畑は枯れ果てている。道端には虚ろな目をした村人たちが力なく座り込んでいるだけ。子供たちの笑い声も人々の活気も、そこにはなかった。

村全体が深い絶望という名の灰色の霧に包まれているかのようだった。

村長だという老人が、やつれた顔で私たちを迎えてくれた。

「よ、ようこそ、旅の方々。見ての通り、こんな何もお構いできんような村ですが…」

彼は私たちが帝都からの視察団であることには、まだ気づいていないようだった。

「一体、何があったのですか」

レオン様の問いに、老人は力なく首を振った。

「もう何年もこの調子です。作物は育たず、育っても味がしない。家畜は次々と病で死んでいく。村の若い者たちは皆、街へ出て行ってしもうた。残っておるのは、わしらのような老人と病気の者ばかり…」

その言葉は、あまりにも痛切だった。

私は村を歩き回った。畑の土をそっと手に取ってみる。ぱさぱさに乾いていて、生命の匂いが全くしない。

村の井戸を覗き込む。水は濁っていて、よどんでいた。

これが、呪い。

二百七十年もの間、この土地とここに住む人々を静かに、しかし確実に蝕み続けてきた邪悪な力。

私は村の子供たちの姿を見て、胸が締め付けられるのを感じた。皆、栄養が足りていないのか痩せていて、顔色も悪い。その瞳には子供らしい輝きがどこにもなかった。

「……ひどい」

私の唇から震える声が漏れた。

「こんなこと、あってはいけない」

私はレオン様の方を振り返った。

「レオン様。私にやらせてください」

私の瞳に宿る強い意志の光を、彼は静かに見つめ返した。

「……分かった。好きにしろ」

彼の短い許可。それは私への絶対的な信頼の証だった。

私はギル-バート様に力強く言った。

「ギルバート様! 騎士の方々にも手伝っていただきたいことがあります! この村の広場に大きなかまどを作ってください! そして、ありったけの鍋と水を用意してください!」

「はっ! お任せを!」

騎士たちは戸惑いながらも、私の指示にきびきびと従い始めた。

村人たちは私たちが一体何を始めようとしているのか、遠巻きに訝しげな顔で見つめている。

私は馬車から持ってきた全ての食材を広場に運び出した。

穀物、豆、干し肉、そして帝都から持ってきた色とりどりの野菜。

私がこれから始めるのは、ただの食事作りではない。

この絶望に沈んだ村に再び生命の灯火をともすための、聖女としての最初の戦いだった。

「見ていてください、皆さん」

私はかまどに燃え盛る炎を見つめながら固く誓った。

「私の料理で、この村を必ず救ってみせます」

私の【生命賛-歌】の力が今、試されようとしていた。
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