無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第87話:姉の末路

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リンドブルム王国の崩壊は雪崩のように誰にも止められなかった。

経済は破綻し、民衆の不満は日に日に増大していく。そんな中、追い詰められた国王とイザベ-ラはさらに愚かな選択を重ねていった。

彼らは民衆の怒りを逸らすため、全ての責任をガルディナ帝国と、そして『帝国に寝返った裏切り者の聖女アリア』になすりつけようとしたのだ。

「全てはガルディナの陰謀だ! 彼らは我らが聖女を不当に奪い、我が国を滅ぼそうとしている!」
「アリアはもはや聖女ではない! 敵国に魂を売った魔女だ!」

しかし、そのあまりにも見え透いた責任転嫁は、民衆の怒りの炎にさらに油を注ぐだけだった。

「ふざけるな! 俺たちが飢えているのは王家が無能だからだ!」
「聖女様を魔女呼ばわりするな! 我らを救ってくださる唯一の方を!」

かつてアリアを『無能』と蔑んでいた同じ口が、今や彼女を神聖不可侵の存在として崇め、王家を糾弾している。その皮肉な光景に、もはや笑う者さえいなかった。

そしてついに運命の日が訪れた。

追い詰められたイザベ-ラが常軌を逸した行動に出たのだ。

彼女は自分にまだ忠誠を誓う少数の近衛騎士を率い、国庫に残っていた僅かな金塊を強奪。そして夜陰に紛れて国から逃亡しようと企てたのだ。

「こんな国、もう知らない! 私は南の温暖な国へ行って新しい人生を始めるわ! この美貌と魔力があれば、どこの国の王だって私を妃として迎えてくれるはずよ!」

最後まで彼女は自分の価値を信じて疑わなかった。

しかし、その計画はあまりにも杜撰で、そして甘かった。

彼女の逃亡計画は事前に宰相を通じて不満を募らせていた民衆のリーダーたちに筒抜けになっていた。

イザベ-ラが金塊を積んだ馬車で王都の裏門からこっそりと抜け出そうとした、その時。

彼女を待ち受けていたのは松明を手に、鍬や鋤を握りしめた数千の怒れる民衆だった。

「いたぞ! 国を捨てて逃げる気だ!」
「泥棒王女め!」

民衆はあっという間に馬車を取り囲んだ。近衛騎士たちは数で勝る民衆の勢いの前にほとんど抵抗もできずに武器を取り上げられてしまった。

「な、何をするの! 無礼者! 私を誰だと思っているの!」

馬車から引きずり出されたイザベ-ラはヒステリックに叫んだ。しかし、その声は民衆の怒号の前にかき消された。

「お前こそ、俺たちを誰だと思ってるんだ!」
「俺たちの税金で肥え太り、最後は金を持って逃げるだと!?」

誰かが彼女の頬を泥のついた手でひっぱたいた。

その一撃を皮切りに、彼女は民衆の怒りの渦の中に飲み込まれていった。

高価なドレスは引き裂かれ、宝石は奪われ、燃えるような赤い髪は泥にまみれて無残に引きずられた。

彼女が生まれて初めて味わう屈辱と恐怖。

かつて彼女がアリアに対して何の気なしに行ってきたことと全く同じことが、今、彼女自身の身に降りかかっていた。

「やめて……やめて……誰か、助けて……!」

彼女の悲鳴は誰の耳にも届かなかった。

騒ぎが収まった時、そこにいたのはもはや誇り高き第一王女の姿ではなかった。

泥と涙にまみれ、全てを失い、ただ虚ろな目で虚空を見つめる、一人の哀れな女がいるだけだった。

その翌日。

民衆の代表者たちは国王に最後の要求を突きつけた。

イザベラの国外追放。

国王は最後まで愛する娘を庇おうとした。しかし、宮殿の窓の外で「イザベラを差し出せ!」と叫ぶ数万の民衆の声を聞き、ついに折れた。

彼は震える手で娘の追放命令に署名した。

イザベラの処遇はガルディナ帝国との協議(という名の一方的な通告)によって決定された。

「……北の最果て。聖ベロニカ修道院にて、生涯を神に祈り罪を償って暮らすこと」

レオン様からその決定を聞かされた時、私の心は複雑に揺れた。

聖ベロニカ修道院。それは大陸の最北端、一年中雪と氷に閉ざされた極寒の地にある、最も戒律の厳しい修道院。そこへ送られることは事実上の終身刑を意味していた。

あまりにも過酷な罰。

「……彼女に温かい衣類と食料を少しでも多く持たせてあげることはできませんか」

私のささやかな願いに、レオン様は静かに、しかしきっぱりと首を横に振った。

「同情は無用だ、アリア」

彼の声は冷たかった。

「彼女は君がどれほど苦しんでいる時も、一度として君に慈悲を見せたことはなかった。それどころか君の命さえ奪おうとした。彼女がこれから味わう寒さと飢えは、彼女自身が犯した罪の当然の報いだ」

その言葉は厳しく、そして正しかった。

私は何も言い返すことができなかった。

数日後。イザベ-ラは一頭のロバが引く粗末な荷馬車に乗せられ、たった一人の修道女に付き添われ王都を後にした。

誰も彼女を見送る者はいなかった。

豪華だった赤い髪は無残にも短く刈られ、その体は灰色の粗末な修道服に包まれている。その翠の瞳にはもはや何の光も宿っていなかった。

彼女はこれから一生あの寒い場所で、自分の犯した罪と失ったものの大きさを噛みしめながら生きていくのだ。

それは死ぬよりも辛い罰なのかもしれない。

私は王城の窓から小さくなっていく荷馬車をただ黙って見つめていた。

涙は出なかった。

ただ胸の中に冷たい、空虚な風が吹き抜けていくだけだった。

姉の末路。

それはあまりにも哀れで、そして寂しいものだった。

一つの物語が終わった。

そして、その終わりはまた新たな物語の始まりを告げていた。
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