無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第89話:皇帝の誓い

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故郷リンドブルムの崩壊。その報せがもたらした心の澱が、レオン様の温かい言葉によって洗い流された翌朝。

私の心は、まるで嵐が過ぎ去った後の空のようにどこまでも澄み渡っていた。

もう過去に囚われることはない。私は前を向く。私の居場所はここなのだから。

その決意を新たにした私を待っていたのは、しかし予想だにしなかった出来事だった。

私が目を覚まし寝室の扉を開けると、そこにはなぜかレオン様が立っていた。それも、いつものお忍びの平民服ではない。金の刺繍が施された荘厳な皇帝の正装を完璧に着こなして。

「おはよう、アリア」

彼の声はいつもと変わらず優しかったが、その表情はどこか緊張しているように見えた。

「おはようございます、レオン様。どうかなさいましたか? そのような改まった服装で…」

私が尋ねると、彼は私の問いには答えず、ただ「ついてきてほしい」とだけ言った。そして、私に一着のドレスを差し出した。それは私が建国記念パーティーで着た、夜空のように美しい深青色のドレスだった。

何が何だか分からないまま、私はマルタに手伝ってもらってドレスに着替え、彼の後をついていった。

彼が私を連れて行ったのは、王城で最も美しいと評判の『天空の庭園』と呼ばれる場所だった。

城の最上階にあるその庭園は、ガラス張りの天井から柔らかな陽光が降り注ぎ、一年中色とりどりの花々が咲き乱れている。帝都アスガルドの街並みを一望できる、まさに天空の楽園。

そして、その庭園の中心には、エリオット様、ギルバート様、皇太后ヴィクトリア様、そして宮廷魔術師長のオルドゥス様までが、皆、正装で私を待っていた。

そのあまりにも異様な光景に、私は何が起きているのか全く理解できなかった。

「レオン様、これは一体…?」

私が戸惑いの声を上げると、レオン様は私の前に進み出た。そして、あの日のパーティーのように、ゆっくりとその場に片膝をついた。

皇帝がひざまずく。

その絶対的な敬意の形。

私の心臓が大きく、大きく高鳴り始めた。

彼は顔を上げ、私の手をそっと取った。その蒼い瞳は、今まで見たこともないほど真剣で、熱っぽい光を宿していた。

「アリア・フォン・リンドブルム」

彼の厳かで、そしてよく通る声が庭園に響き渡った。

「君がこの国に来てから、まだ一年も経っていない。だが、その短い間に、君はこの国に計り知れないほどの恩恵をもたらしてくれた」

彼は一言一言を噛みしめるように語り始めた。

「君の料理は俺の凍てついた心を溶かし、生きる喜びを教えてくれた。騎士たちの疲労を癒し、文官たちの頭脳を冴えさせ、職人たちの魂に火を灯してくれた。そして、君のその聖なる力は、二百七十年もの間この国を蝕み続けた古の呪いを打ち破ってくれた」

彼の言葉の一つ一つが、私の胸を熱くする。

「君は、この国を救ってくれたのだ。アリア。君こそが、我がガルディナ帝国の真の『救国の聖女』だ」

その場にいたエリオット様たちも、深く厳粛に頷いている。

「そして、俺は君に救われた、ただの一人の男だ」

彼の声が少しだけ優しさを帯びた。

「君がその身を賭してこの国を守ってくれた。そのあまりにも大きな自己犠牲の精神に、俺はどうやって報いればいいのか、ずっと考えていた」

彼は、私の手を自らの胸へと引き寄せた。彼の力強い心臓の鼓動が、私の手のひらに直接伝わってくる。

「俺が君に与えられるもの。それは、もう何もないのかもしれない。君はすでに、民の敬愛も聖女という名誉も、全て君自身の力で手に入れたのだから」

「そんなことは…」

私が言いかけるのを、彼は静かな視線で制した。

「だが一つだけ。俺がこの命に代えても君に与えたいと誓うものがある」

彼の瞳が、絶対的な決意の光に燃え盛った。

「アリア。君がこの国を救ってくれた。だから、これからは俺が君を救う番だ」

「……え?」

「君の孤独だった過去も、虐げられてきた心の傷も、その全てを俺が癒してみせる。君がもう二度と涙を流すことがないように。君が生涯、ただ笑って過ごせるように」

彼は私の手をさらに強く握りしめた。

「これからは、俺が生涯をかけて君を守り、そして世界で一番幸せにすると、ここに誓う」

皇帝の誓い。

それはもはや告白などという生易しいものではなかった。

彼の魂そのものを懸けた、絶対的な愛の宣誓だった。

もう涙をこらえることはできなかった。

私の瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ落ちていく。しかし、それはもう悲しい涙でも悔しい涙でもない。

ただひたすらに幸せで、温かくて、どうしようもなく愛おしい、喜びの涙だった。

私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、最高の笑顔で何度も何度も頷いた。

その答えを見て、レオン様は心の底から安堵したように、そして幸せそうに微笑んだ。

彼は立ち上がると、涙を流し続ける私を、その腕の中に強く、強く抱きしめた。

その光景を、エリオット様もギルバート様も皇太后様も、皆、温かい祝福の眼差しで見守ってくれていた。

「おお……姫様……! よかった、本当によかった…!」

ギルバート様はもはや我慢できずに号泣している。

この日、この瞬間。

私の未来は完全に決定された。

私はもう、リンドブルムの過去に縛られた王女ではない。

私は、ガルディナ帝国の未来を拓く聖女。

そして、この世界で一番不器用で、優しくて、愛おしい皇帝陛下の、ただ一人の伴侶となる女性なのだ。

私の新しい人生が、今ここから始まる。

その輝かしい門出を祝福するかのように。

天空の庭園には柔らかな黄金色の光が満ち溢れていた。
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