現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう

文字の大きさ
31 / 48

26話線を引いているつもりで

しおりを挟む
――線を引いているつもりで

午前の業務は、滞りなく進んでいた。

資料の確認。
メールの返信。
定例会議での報告。

どれも、問題はない。
指摘もなく、遅れもない。

それなのに――。

(……集中できてないな)

悠人は、モニターから一度視線を外した。

数値は頭に入っている。
手も止まっていない。
それでも、思考のどこかが、ほんの少しだけ別の場所に向いている。

(今日は……ホル、ゆきと遊ぶって言ってたか)

昼前に届いた、短いメッセージ。

「今日はゆきと通話しながら遊ぶよ」

それだけの内容だった。
報告というより、ただの共有。

(……報告、か)

別に、逐一知らせる必要なんてない。
誰と遊うが、何をしようが、ホルの自由だ。

――そう、分かっている。

分かっているはずなのに。

(……ちゃんと、楽しめてるかな)

そんなことを考えた自分に、内心で小さく舌打ちする。

何を気にしているんだ。
守る立場じゃない。
管理する理由もない。

同居しているだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。

(……線は、引いてる)

そう思う。

家では、必要以上に触れない。
踏み込む話もしない。
感情が揺れそうになったら、一歩引く。

ちゃんと、やっているつもりだった。

けれど――。

(ホルは)

悠人は、ペンを持つ手を止めたまま、考える。

ホルは、少しずつ外に出ている。
ゲームの世界だけじゃない。
人との繋がりを、確実に増やしている。

ゆき。
イベント。
通話。
笑い声。

世界が、広がっている。

(……俺は?)

自分はどうだ。

仕事と家の往復。
ホルの存在を中心に、生活の半径が決まっている。

守っているつもりで。
距離を保っているつもりで。

――もしかしたら。

(……もう、関わりすぎてるのかもしれない)

ふと、そんな考えが浮かぶ。

ホルが誰と遊ぶかを気にして。
楽しめているかを想像して。
帰宅時間を、無意識に気にしている。

それを「保護」や「責任」で片づけるには、
少しだけ、感情が混ざりすぎていた。

(このまま……線を引き続ける?)

問いかけるが、答えは出ない。

引けば引くほど、
なぜか距離は、近づいている気がする。

広がっていくホルの世界と、
足を止めている自分。

その対比が、
じわじわと胸に残る。

昼休み。

社内の休憩スペースは、いつもより少しだけ騒がしかった。
向かいの席では、同僚が他愛ない話をしながら弁当を広げている。

「昨日のイベント、どうだった?」

そんな話題が、どこかで上がっているのが聞こえた。

「人多くてさ」
「でも楽しかったよ」

笑い声が混じる。

悠人は相槌を打ちながらも、箸を動かす手はどこか上の空だった。

(……今ごろ、ホルは)

スマホを見る気はなかった。
連絡が来ていないことも、分かっている。

ゆきは今日は休みで姿を見せていない。
きっと、どこかでホルと遊んでいるのだろう。

――通話しながら、ゲーム。

その光景が、自然と浮かぶ。

ホルが楽しそうに笑って、
ゆきが少し先を行きながら、軽くアドバイスしている。

(……いい時間、だな)

そう思えたはずなのに。

胸の奥で、わずかな引っかかりが消えない。

箸を止め、ふっと息を吐く。

(進まないままの関係ほど、
眺めている側が落ち着かなくなるものなのかもしれない)

なぜかそんな言葉が、頭の奥に浮かんだ。

自分に向けられた言葉だとは、まだ思っていない。
――思わないようにしているだけかもしれないが。

ホルは前に進んでいる。
友達を増やし、世界を広げている。

自分は?

守っているつもりで、
線を引いているつもりで。

それが、本当に“距離”なのか、
それともただの停滞なのか。

答えは出ない。

昼休みが終わり、
周囲が少しずつ席を立ち始める。

悠人も、無言で立ち上がった。

何も起きていない。
問題もない。

ただ――。

静かに。
確実に。

何かが、言葉になる直前で、胸の内に溜まり続けている。

それが、次に誰かの声で触れられたら。
きっと、もう無視はできない。

そんな予感だけを残して、
悠人は仕事へ戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...