18 / 90
2巻 可愛い弟子を育てます!
2-1
しおりを挟むプロローグ
「もう一度、君を妃に迎えたい」
――聞き間違いじゃないですよね?
舞踏会の夜。王族と貴族が顔を揃えた場で、元夫に再プロポーズされた。
金髪碧眼、無駄に容姿がいい私の元夫は、このヴィフレア王国の第一王子ルーカス様である。王子じゃなくても、元夫からの再プロポーズなんて誰しも衝撃を受けるはずだ。
それが向こうしか望んでいない復縁なら、なおのこと。
――なぜ、今さら復縁を?
そもそも向こうから私を捨てたのに、今さら復縁を持ちかけるなんて自分勝手にもほどがある。
ルーカス様は私が喜ぶに違いないと思っているのか、自信たっぷりな顔で返事を待っている。
それに対して呆れ顔な私――この温度差をご覧ください。
私は復縁なんて、ミジンコの目ほども望んでない。
なぜならルーカス様は結婚前に浮気をしており、よりによって結婚式当日にそれが発覚するという最低最悪の所業をぶちかましているからだ。
そんな最悪の結婚式当日のこと。輪をかけて最悪なことに、アールグレーン公爵家令嬢である私、サーラ・アールグレーンは氷の中に閉じ込められた。
救い出されるまで十年。目覚めた私を待っていたのは、とっくに夫からの離縁された自分の立場、夫とその浮気相手の結婚。そして彼らの、十歳になる子供だった。
彼が結婚前に浮気をしていたのは誰の目から見ても明白。私とルーカス様が夫婦に戻ることはない、と思った。
それなのに、この再プロポーズである。驚いたのは私だけではない。
王家主催の豪華な舞踏会だというのに、演奏家たちの優雅な音楽は止み、招待客たちはダンスを踊らず、水を打ったような静けさだった。
第一王子の再プロポーズの行方がどうなるのか、誰もが固唾を呑んで見守っている。
――こんな話のために舞踏会に参加したわけじゃないのに!
「サーラ。返事を聞かせてほしい」
「よくもそんなことが言えましたね」
私はにっこり微笑んで答えた。もちろん、この微笑みは友好を示すものではない。
「うん? 今のは聞き間違えかな?」
ルーカス様は私のふつふつと湧き上がる怒りに気づいていないようだ。
もし私がサーラじゃなく前世の姿のままだったら、飾ってある花を彼の口に突っ込んでいたと思う。
――そう。この体の中にいる魂は従順でおとなしいサーラじゃない!
いわゆる異世界転生した魂だ。
私の前世は病気で死んだ二十六歳の日本人女性、名前は柴田桜衣という。
もっと生きたい――そう強く願った私の魂は、こちらの世界へ召喚された。
そんな私が転生したのが、亜麻色の髪に空色の瞳をした十八歳の可憐な公爵令嬢サーラだった。
貴族の令嬢に転生なんて超ラッキー。人生イージーモード、勝ち組間違いなし……と思うはず。
けれどサーラは【魔力なし】だった。
【魔力なし】とは言葉の通り、魔力を持たない人間を指す。
ここヴィフレア王国は『魔術師と魔道具師の国』と呼ばれる国だ。
貴族なら魔力を持つのが当たり前。特に王族と、四大公爵家と呼ばれる家の血筋は強い魔力に恵まれることが多い。だというのに、四大公爵家の一つ、アールグレーン公爵家に生まれたサーラには魔力がなかった……
魔力がなければ魔法も魔術も使えない。そのせいで周囲から馬鹿にされて育ち、彼女はいつも自分に自信がなく、存在感を消すように、おとなしく生きてきた。
けれど、馬鹿にされる人生はもうおしまい。
私はそんな彼女に代わって復讐してやると決めたのだ。
私はサーラであってサーラではない。
だからサーラの元夫のルーカス様にも、はっきり言ってやりますよ!
「ルーカス様。まさか復縁できるだなんて思っていませんよね?」
私が笑顔で尋ねると、場の空気は水を打つどころか、氷魔法を撃ったかのように凍りついた。
「もしかして、プロポーズだとわからなかったかな? ああ、人前だと困るってことか。恥ずかしがり屋な君には刺激が強すぎたようだね」
どこからその自信が来るのか、ちょっと問いただしたい。
思えば一回目のプロポーズも酷いものだった。
「落ちこぼれで【魔力なし】の君に魅力はないけど、結婚してあげるよ」――これである。
王立魔術学院を卒業する直前のこと。通りすがりのルーカス様にそう声をかけられたサーラ。彼女はただ、いつものようにからかわれただけだと思っていた。
それが本気のプロポーズだと判明したのは、王宮から使者が来た時である。
そんなサーラの過去を思い出し、ルーカス様へ向ける私の目が冷ややかなものに変わった。
――はぁ……。十年経っても変わりませんね。
ルーカス様には、キチンと礼儀というものを教えて差し上げなくては。
私はコホンと咳払いをし、にっこり微笑んだ。
良い答えが返ってくると思ったのか、彼は私につられて優雅な笑みを浮かべる。
「ルーカス様。離縁した相手に再プロポーズをするのであれば、その前に信頼関係の再構築が必要でしょう。まずは不誠実だったことへの謝罪からです」
これでも言葉を選んだほうだ。『あなた、結婚前に浮気してましたよね?』などというストレートなパンチは控えたのだから。さすがに王族や貴族が揃う場で、明け透けに『婚約者を裏切った浮気者』なんて糾弾するわけにはいかない。はっきり言わなくとも、本人には自覚があるだろう。
「不誠実? なんのことを言ってるのかわからないな」
私の表情は凍りついた。
――もしや浮気は男の甲斐性どころか、当然の権利だと思っている人?
なんのことか本気でわからないようで、ルーカス様は首をかしげていた。
彼が再プロポーズの場に人の集まる舞踏会を選んだ理由がわかった。私が断るわけないという自信があったからだ。その謎の自信、魔道具師のハンマーで木っ端微塵に打ち砕いてやりたい。
とりあえず、復縁の見込みはないときっぱり告げておこう。
私が息を吸い込み、口を開いた瞬間――
「ルーカス。どのような理由で、サーラ元妃をもう一度妃に迎えたいと言うのだ?」
重苦しい空気を見かねたのか、国王陛下が席上からルーカス様に尋ねた。
確かに理由を聞きたい。私だけでなく、ここにいる全員がそう思っているはずだ。
王族たちが居並ぶ席では、ルーカス様の正妃の座に収まったソニヤが蒼白な顔をして唇を震わせている。
長い銀髪に紫色の目をした彼女は昔から美人と名高く、十年経った今も美貌を失っていない。
アールグレーン公爵家と同じく四大公爵家であるノルデン公爵家。その令嬢であるソニヤはサーラのライバルだった。十年前、サーラからルーカス様を奪ったソニヤは彼の子を産んで妃となり、地位を磐石なものにした――今の今まで、そう思っていたはずだ。
ソニヤの父親であるノルデン公爵は、まさかルーカス様が私との復縁を望むと思っていなかったらしい。こちらも言葉を失い、青い顔で立ち尽くしている。ノルデン公爵側はショックのあまり、なにも言えなくなっているというのに、ノリノリで追い討ちをかける人物が現れた。
「なんと! 我がアールグレーン公爵家の役立たず……いやいや、愛娘を再び妃に迎えていただけるとは! 娘は喜びのあまり言葉を忘れてしまったようです。なんなら、今からでも妃!」
インスタントラーメンじゃあるまいし、今からでも妃ってあんまりだ。
しかも今、役立たずって言いましたよね?
サーラの父親であるアールグレーン公爵は大喜びで、天にも昇る勢いだ。余計ややこしいことになった気がしてならない。
「喜んでいただけてなによりです」
ルーカス様は自信たっぷりな顔で、金髪を手で払った。
いかにも容姿に自信がある、という仕草だが、実際にルーカス様は美形だ。金髪に青い瞳、甘く優しげな風貌。白地に金糸のコートをまとい、それに合わせた青の魔石が付いたアクセサリーを身につけている。
「ルーカス」
国王陛下が、ルーカス様に返答を促した。
「父上。僕はもう二十八歳です。しかし、子はラーシュ一人のみ。直系の血筋を絶やさぬようにするのが王族たる者の務め。残念なことに、今までラーシュ以外の子に恵まれなかった以上、新たに妃を迎えるべきと考えました」
一見正当な理由だけど、要は『妃以外にも妻が欲しい』と言っているのと同じ。自分の妃を目の前にして、よく言えたものだ。
――完全に女性の敵!
私はそう思ったけれど、ルーカス様の意見に同意する者は意外と多かった。
「殿下のお考えはもっともでございます」
「王家の直系は皆、強い魔力に恵まれた優秀な魔術師でもありますからな。他国の脅威を考えたら、御子がラーシュ様お一人では心もとない」
そんな貴族たちの声に乗じて、サーラの父アールグレーン公爵が拳を握り締め、演説を始めた。
「さすが、ルーカス様! 国と王家を考えた素晴らしい案でございます。王子としての責務を果たそうとする責任感。その叡知はいずれ国を支えましょう。隣にはぜひ我が娘を! 娘は体だけは丈夫ですからな。五人でも十人でも産めるでしょう」
「じゅ、十人? 冗談じゃありませんっ!」
怒りで頭に血が昇り、クラクラする。でも、倒れている場合じゃない。
これはまずい。ルーカス様の計画通りに進んでいる。
舞踏会だというのに、もはやどの貴族たちも踊るどころではなくなっていた。演奏家たちも、楽器に触れる手が止まっている。ルーカス様の言葉を邪魔しないよう配慮しているようだ。
「ああ、ノルデン公爵。勘違いしないでいただきたい。ソニヤへの愛が薄れたわけではありません」
ルーカス様は優しい顔をソニヤに向け、悪いことなど微塵もしていないという顔で微笑んだ。
「しかし、あの事故さえなければサーラは僕の妻でした。新たに妃が必要となれば、サーラを迎えるのが当然ではないでしょうか?」
ソニヤの顔が青から赤に染まり、唇を噛み締め、握った拳を震わせる。ノルデン公爵と共に、殺意に満ちた眼差しを私に向けてきた。
国王陛下は困惑し、アールグレーン公爵は必死に媚び、四大公爵の残り二人は笑っている。
この場を収められるのは私だけ――実家に失望されようが、ルーカス様が私を恨もうが関係ない。
なぜなら今のサーラ・アールグレーンはもう、ただの公爵令嬢ではないからだ。
「ルーカス様。まるで復縁が決定したかのように喜んでいらっしゃいますが……」
わからないなら、はっきり言うまで!
「あなたとの復縁はお断りです!」
私は氷漬けにされた可哀想な令嬢でも、夫から離縁された哀れな妻でもない。
王都に立派な店を構える、一人前の魔道具師なのだから。
第一章
私は王都の裏通りで唯一の魔道具店を営んでいる。
その名も『サーラの魔道具店』。
なぜ裏通りに私の店以外の魔道具店がないのかというと、魔道具というのは高価で、一般の人々には買えないからだ。
だから魔道具店は、魔道具を買えるくらい裕福な貴族が多く住む表通りに開くのが普通。裏通りに魔道具店を開いたのは、私が初めてだった。
表通りと裏通り――王都で表通りといえば、王宮を中心に伸びる八本の大きな道のことを指し、他の道を裏通りと呼ぶ。表通りから遠ざかれば遠ざかるほど貧しい人々が住み、魔道具どころか日常的に使用する魔石すら気軽に買えるような暮らしぶりではない。
けれど、そんな裏通りにある私の魔道具店から客足が途絶えることはなかった。
なぜなら、私の魔道具店には裏通りに住む人たちも気軽に買える、安価な商品を取り揃えているからだ。安さの秘密は、王都の不用品を回収して再利用していること。壊れたものを魔道具師のスキル【修復】を使い、新品同様にして売っている。
他にも【修復】スキルを活かした修復依頼を引き受けたりして、これもまた好評だ。
そして、最近ようやく魔道具師らしい商品が一つ誕生した。
その名も『サーラの時短鍋』。
名前の通り、短い時間でお湯を沸かしたり、煮込み料理を早く仕上げたりできる便利なお鍋である。普通の鍋より使う時間が短い分、燃料が節約できて家事時間も減らせるため、家事に追われていた奥様たちから支持を得て大評判となった。今では王都だけでなく近隣の村からも、この鍋を求めてお客様がやってくるくらいだ。
だから、お店は順調である。
「まあ、順調は順調なんだけど……」
私の店では狼獣人の少年、フランが店長として働いている。
そのフランなんだけど――
「奥様。ご購入いただきありがとうございます」
上等な黒の生地で仕立てたベストとズボン、糊のきいた白いシャツに、蝶ネクタイ。そして子供用の黒の革靴を履いたフランは以前よりずっと接客がうまくなり、店長姿がすっかり板についてきた。私と暮らしはじめてからは毎日お風呂に入り、清潔感もバッチリ。茶色の髪はサラサラで、可愛い耳の毛並みもツヤがある。
そんなフランの姿を、私は黙って眺めた。
十二歳とは思えない大人びた顔をしたフランがご婦人の手を取り、出口まで誘導する。
「奥様。足元にお気をつけください」
もう片方の手にはご婦人が購入した商品があり、店のドアの前でそれを渡す。ご婦人は頬を染めて、満足そうに微笑んだ。
「まぁ! ありがとう。また来るわね、フラン君」
「またのご来店をお待ちしております」
優しい上に紳士的。そんな接客でマダムたちを虜にして、フランは店の人気者となっていた。
「あの、フラン。やりすぎじゃ……」
「そんなことないよ。ヒュランデルさんが教えてくれたんだ。サーラの店の買い物客は女性が多いから、女性の心を掴んだ接客をするといいって!」
ヒュランデルさんというのは、他国に複数の店を持つ大商人である。彼の奥様が店の常連という縁で、なにかと良くしていただいている。
どうやらフランは商売をやる上でヒュランデルさんからアドバイスをもらい、師と仰ぐようになったらしい。
「サーラ。おれ、頑張るよ!」
「は、はい……」
勢いに圧されるまま、私は首を縦に振った。
フランがこんな必死に頑張るのには理由がある。
フランはついこの間まで、借金を抱えた奴隷だった。けれどお金を稼いで自由になれたことで、次の目標ができた。
それは奴隷商人に売られた家族を捜しだし、奴隷身分から解放すること。
もちろん、私も応援したいと思っている。
――でも、心なしか健全で清らかな私の店が斜め上な方向に進んでない?
「マダム。本日のおすすめはこちらの商品です。貴族の屋敷で使われていた銀のカトラリーセットと燭台でして、特に燭台は台座部分の花の模様が美しく、客間にぴったりかと」
『マダム』とフランが呼んだのは、白髪でメガネをかけ、いつも紺色のドレスを着て胸元に陶器のブローチをつけている年配女性だった。
「それはいいかもしれないわ。少し近くで見せていただこうかしらねぇ」
「かしこまりました」
フランは足の悪いご婦人のために椅子を用意し、他にも興味がありそうな商品を並べる。
「たくさん買っても、フラン君が家まで届けてくれるから安心だわぁ。獣人はすごいわねぇ。ありがとうね」
「こちらこそ、当店をご贔屓にしていただきありがとうございます」
フランは丁寧にお礼を言って、お辞儀する。
持ち帰る時の心配をしなくていいから、年配のお客様も買い物を憂いなく楽しめる。それに、フランも獣人の力を褒められて嬉しそうだ。獣人はすばしっこくて力持ちで、二階から飛び降りても平気だし、重いものでも軽々持ち上げられる。
「……まあ、フランを店長にして、大正解ですね」
これなら私も工房での作業に集中できる。
私はフランと違って着飾ることのない、町娘風の動きやすさを重視したドレスとエプロン、ゴーグルを頭にのせた職人スタイルで、魔道具師のハンマーを手にする。さっきまで工房で【修復】に使う魔石の【粉砕】作業中だったから、両手に手袋もはめている。
【修復】というのは、魔石を使って壊れたものを直す魔道具師のスキルだ。
ものが壊れてもそう簡単に新しく買い替える余裕のない裏通りでは、【修復】の依頼は多い。最近は職人たちの道具のメンテナンスも請け負っている。
「フラン。そろそろお昼ですし、スープを温めておきますね」
「うん。サーラ、ありがとう!」
私たちのお昼はサンドイッチとスープが定番だ。それぞれ手が空いた時に食べるようにしている。
私がスープを温めていると、客足が落ち着いたのか、フランがキッチンへ入ってきた。
「サーラ。今日のサンドイッチは新作?」
「そうですよ。フランが釣ってきた魚をフライにしたんです」
今日のサンドイッチは魚のフライとタルタルソース。パン粉を作るために高価な中級クラスの風の魔石を使ったことは、心の中だけにソッと隠しておこうと思う。
「サーラ、この卵のソースはなに? おれ、好きかも!」
「これはタルタルソースっていうんですよ。実は、フランが嫌いな野菜のピクルスが入ってるんです。でも、これなら食べられるでしょう?」
「ピクルス? どこに?」
「ソースの中ですよ」
フライにした魚はタルタルソースを合わせると絶品である。ちょっと酸味のあるピクルスが良いアクセントになっていた。
「へぇ~。全然わからなかった! すごく美味しいよ!」
たくさん食べるフランを見ていると嬉しくなって、私はにっこり微笑んだ。
食べ物の好き嫌いがあるフランは年相応の子供らしく感じるけれど、商売になると違う。
「お店の売り上げは順調ですし、毎月の土地使用料も払えてます。もっとのんびりやってもいいかもしれませんね」
「甘いよ、サーラ。商品は売れる時に売らなきゃ! 余剰在庫を持たない、作らない! 売り尽くしてなんぼだって、ヒュランデルさんが言ってたよ!」
「ヒュランデルさんですか……」
私はまだ会ったことがないけれど、大商人として知られるヒュランデルさん。
「フランもお世話になっているようですし、なにかお礼の品を持って、一度ご挨拶したほうがいいですね」
「大袈裟すぎるよ。大丈夫だって!」
「そうはいきません。これは親心です」
「親心って……。サーラには充分すぎるくらい、よくしてもらってるよ」
「フランの家族が見つかるまでは、私が親代わりです」
私はフランのご両親から大事な子供を預かっている立場だ。フランの身になにかあったら、顔向けできない。
「そういえば、ご家族の情報はなにか掴めましたか?」
今、フランは奴隷として売られた家族を捜している。奴隷の身分から解放しようにも、まず行方を突きとめなければ、なにもできない。
フランは肩を落とし、スープの皿を見つめて首を横に振った。
「それが全然掴めないんだ……。ヴィフレア国内にはいないって商人ギルドから返事が来た。だから、次は傭兵ギルドに依頼を出したよ」
「傭兵ギルド? 傭兵に依頼を出せるんですか?」
「もしかして、サーラは傭兵ギルドの仕組みを知らないとか?」
「存在くらいは知ってますけど、利用したことはないですね……」
フランは口には出さないものの、『お嬢様育ちだな』という顔をしていた。
サーラが氷の中に閉じ込められるまでの記憶を、私は背後霊のように後ろから見守るかたちで追体験している。だからこの世界の知識はそれなりにあるのだけど、公爵令嬢としての記憶しかない私より、フランのほうが一般的な生活に対する知識と情報量は多い。
私がギルドについて知っているのは、この世界には三大ギルドが存在するということくらいだ。三大ギルドとは商人ギルド、傭兵ギルド、職人ギルドを指す。
商人ギルドは店を開くにあたって何度か訪れたけれど、この時もリアムという付き添いがいて、とても丁寧な説明を受けた。フランから世間知らず扱いされるのも当然だ。
職人ギルドに関しては、先日、鍛冶師のニルソンさんに聞いたことがある。「職人ギルド? ああ、酒場に集まってワイワイやる集まりだな」という飲み会仲間のような答えが返ってきた。
どうやら職人ギルドは所属者数こそ多いものの、それぞれが個人主義で、大きな組織として機能しているのは商人ギルドと傭兵ギルドだけらしい。
「じゃあさ。今度、社会勉強がてらサーラも一緒に傭兵ギルドへ行ってみる?」
十二歳に気を遣われてしまう私は中身二十六歳の外見十八歳――これじゃ、どちらが大人かわからない。
「傭兵ギルドには魔物の素材が売ってるんだ。魔道具師も時々見かけるよ。魔道具の材料に使えるから、仕入れに来ているんだと思う」
「なるほど、特殊な素材が売っているんですね。私はまだ魔物を見たことがないんですが、フランはありますか?」
「おれは奴隷商人と獣人国からヴィフレア王国まで旅をしたから、何度か遭遇したかな。正直、生きた心地がしなかったよ」
思い出したのか、フランはぶるっと身を震わせる。話だけではその恐怖がピンとこない私は、ただうなずくだけだった。
サーラは王都のアールグレーン公爵邸で生まれ育ち、領地へは一度も行ったことがない。
王都から東の方角にある領地へ行くのは両親と跡取りの兄だけで、いつも王都に置き去りにされていた。夏に避暑地へ行くのも他国への旅行も、サーラは連れていってもらったことがない。
【魔力なし】の彼女は、家族として扱われていなかった。
公爵家の体裁を保つために養われていただけで、いつも一人ぼっちだった。
――私が彼女の友達になれたらよかったのに。
何度もそう思ったけれど、私はサーラの人生を幽霊のように見守るだけの存在でしかなかった。
彼女の代わりに文句を言ってやりたいと思っても、周りでわあわあ騒いでいるだけで、なにも変わらなかった。
サーラが行動しない限り、王都の外の世界を見ることも叶わず、歯がゆい思いをした。だから、私にはいつか王都の外へ出て、旅をしてみたいという密かな野望がある。
「旅って危険なんですか?」
「そりゃあ、もちろん。危険だから傭兵を雇うんだよ。傭兵ギルドで傭兵を雇って、旅の護衛をしてもらうんだ」
「傭兵の需要は多いんですね」
「そうじゃないと三大ギルドの一つにならないって」
確かにそうだ。そもそも商人は戦闘向きじゃないし、この世界の移動手段は徒歩か馬車。徒歩では魔物に追いつかれてしまうし、魔物に襲われて馬がやられたら逃げられない。
防衛する手段がない一般人にとって、傭兵という存在は絶対に必要だ。
「傭兵は、獣人に人気の職業なんだよ。魔物を倒せたら素材はギルドに買い取ってもらえるし、高い報酬をもらえるからさ!」
「いくら稼ぐためと言っても、魔物と戦うのは危険ですよ……」
思わず、お母さんのような気持ちで心配してしまった。
「そんな心配そうな顔しなくても。おれだってわかってるよ。剣だって使ったことないし、体も貧弱だから傭兵になりたいなんて言わないって」
「それならいいですけど」
フランが無茶なことを考えていないとわかって、ホッと胸をなでおろす。
「でも、サーラ。傭兵ギルドは一度見ておいたほうがいいよ。ギルドで売ってる魔物の皮や爪は武器や防具に使われていて、傭兵に人気なんだ」
「武器や防具……そういえば、表通りの高級な魔道具店でも売ってましたよね」
王都の表通りにあるファルクさんの魔道具店を思い出した。
140
あなたにおすすめの小説
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?
なか
恋愛
「お飾りの王妃らしく、邪魔にならぬようにしておけ」
かつて、愛を誓い合ったこの国の王。アドルフ・グラナートから言われた言葉。
『お飾りの王妃』
彼に振り向いてもらうため、
政務の全てうけおっていた私––カーティアに付けられた烙印だ。
アドルフは側妃を寵愛しており、最早見向きもされなくなった私は使用人達にさえ冷遇された扱いを受けた。
そして二十五の歳。
病気を患ったが、医者にも診てもらえず看病もない。
苦しむ死の間際、私の死をアドルフが望んでいる事を知り、人生に絶望して孤独な死を迎えた。
しかし、私は二十二の歳に記憶を保ったまま戻った。
何故か手に入れた二度目の人生、もはやアドルフに尽くすつもりなどあるはずもない。
だから私は、後悔ない程に自由に生きていく。
もう二度と、誰かのために捧げる人生も……利用される人生もごめんだ。
自由に、好き勝手に……私は生きていきます。
戻ってこいと何度も言ってきますけど、戻る気はありませんから。
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。

