離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

文字の大きさ
19 / 90
2巻 可愛い弟子を育てます!

2-2

しおりを挟む
 魔石付きの武器と防具は高額だけど、傭兵の仕事をしている人たちには絶対に必要なものだ。
 ファルクさんの店のような高級魔道具店が繁盛している理由がわかった。
 王都には魔術師や魔道具師を養成する王立魔術学院があり、魔道具師は卒業したら有名な魔道具店に弟子入りして、独立を目指すのが普通だ。そして、王都で店を持つ。
 魔道具師によって強化された武器や防具は、このヴィフレア王国の王都でしか手に入らない。
 魔石を付ける武器や防具は、名匠マイスターと呼ばれる職人に依頼するのだが、素材にこだわれば、より強い武器や防具ができるというもの。

「魔物の素材、ですか……」

 私が売りたい魔道具は武器や防具ではないけれど、魔物の素材がどういうものなのかは気になる。新しい商品のアイデアが浮かぶかもしれない。

「そうですね。近いうちに傭兵ギルドへ行ってみましょうか」
「うん。おれも依頼の結果を聞きに行きたいし」
「フランの家族は獣人ですから、もしかしたら傭兵団に雇われているかもしれませんしね」
「身体能力が高い獣人は大きい傭兵団に所属することが多いし、父さんも兄さんも強かったから、その可能性は高いと思う」
「フランはたくましいですね。私の知らない間に成長しているというか。ヒュランデルさんから学んだり、傭兵ギルドに依頼してたり……」

 頼もしいけど、私としてはちょっぴり寂しい。

「そうかな? サーラのほうがたくましいと思うけど。鍋の人気は止まらないしさ。おれの依頼をギルドが引き受けてくれたのだって、この店で店長として働いているからだよ」

 フランが言うように、私が作った鍋は売れ続けていて、取り扱いたいという商人も多い。
 今は生産が追いつかないためお断りしているが、今後、ヴィフレア王国の村や町に行き渡るくらいになったら、他国にも売りに出す予定だ。

「変な商品も売れてるし」
「変は余計です! ちょっとした便利グッズは、みんなが欲しくなる道具なんですよっ!」

 まだ試作品の段階で量産していないけど、肉を一瞬でミンチにできる包丁や高速泡立て器など、便利なグッズシリーズを少しずつ開発している。
 少し店に出したところ、なかなか好調な売れ行きだった。棚の肥やしになることも多いけど、便利グッズを見るとついつい買ってしまうのは、こちらの世界も同じらしい。

「この分だと、今月の土地使用料の支払いも余裕だねっ!」
「そうですね。新しい商品の開発にも取りかかるつもりです」

 私とフランは笑顔でサンドイッチをかじった。
 この生活にも慣れてきて、私にとってフランは家族のような存在になっていた。
 さらに生活を安定させるべく、新商品が必要だ。そろそろ大きな魔道具を作ってみたいところだけど、鍋の生産が落ち着かない限り、鍛冶工房『ニルソン一家』の生産能力が限界を超えてしまう。
 鍋の注文をさばくのに精一杯で、私の便利グッズも試作品程度しか作れていないのである。
 それで、ニルソンさんは工房の職人を増やすため、建物の増築工事を始めた。完成すれば、王都で一番大きな鍛冶工房となる。

「増築工事が終わるまで、ニルソンさんの負担にならないものを作るしかありませんね」
「それって、どんなもの?」
「うーん。量産しない商品となると……まだ考え中です」

 私とフランはサンドイッチを食べ終え、椅子から立ち上がる。昼食の片づけをしていると、店のドアに取りつけたベルが鳴った。

「ん? お客様かなあ?」

 フランが拭いていた皿を置き、店のほうへ走っていく。

「いらっしゃいませ……って……」

 戸惑う声が聞こえて、私も店のほうに向かった。フランがお客様に動揺するなんて珍しい。
 ――嫌な予感がする。もしかして、ルーカス様? それともソニヤ?
 急いで店の入り口へ行くと、そこにいたのはルーカス様でもソニヤでもなかった。

「我々は王都の魔道具師だ。店主はいるか?」
「店主に言いたいことがある!」

 やってきたのは、王都で魔道具店を構える魔道具師たちだった。
 彼らは穏やかならぬ様子で、私に詰め寄った。

「店主はどこだ?」
「あの、店主は私ですが……」

 ずらりと私の前に並ぶのは、年齢層が高そうな男性の魔道具師たち。いずれも店の主なのだろう。彼らは胸の前で腕を組んだり、イライラと足を踏み鳴らしたりして、とても不機嫌そうだ。
 普通の十八歳の少女なら怯えて泣きそうなところだけれど、私の身近には最恐の人物がいるので、それほど彼らを恐ろしいとは思わない。

「嘘をつくな。手伝いの娘だろう?」
「いいえ。私が魔道具師のサーラ・アールグレーンです」

 どうやら町娘風のドレスとエプロンだったせいで、公爵令嬢に見えなかったようだ。

「なんだと……? 公爵令嬢にしては地味だな」
「思っていたより身長も小さい……」
「十年間、氷の中に閉じ込められていたせいで十八歳の頃から成長しなかったんだろう」

 本人を目の前にして、言いたい放題である。
 ――服装はともかく、身長は関係ないですよね?
 亜麻色の髪と青い瞳、控えめな胸。平凡な外見だけど、私だってフランと一緒にしっかり食べているから、体重が増えっ……身長はほんの少し伸びたはずだ。

「元妃だからって、こんな早くに店が持てるものなのか」
「俺たちが十八歳の頃は師匠に怒鳴られてばかりだった」
「独立するにしても、なかなか自分の店を持てずに苦労したのを覚えてるよ」

 なにやら昔の苦労話が始まってしまった。
 魔道具店を持てるのは、ごく一部の魔道具師だけだ。まず、王立魔術学院を優秀な成績で卒業し、王都で店を持つ魔道具師のもとへ弟子入りをする。師匠の店で腕を磨きつつ、自分の顧客を増やして独立。ただし、金払いのいい顧客がいなければ、店を持てずに終わる魔道具師が多い。
 十八歳で店を持つのは、かなり異例なケースだった。

「外見は少し……本当に少し! 子供っぽく見えるかもしれませんが、私がこの魔道具店の店主です。なにかご用ですか?」

 色々言われたけど、彼らの心情を多少なりとも理解できる私は、怒ることなく落ち着いた態度で対応した。
 そもそも中身は二十六歳。私が持つ大人の魅力に気づかれたらどうしよう。ワケアリ女風に髪を耳にかけ、フッと儚げな笑みを浮かべてみる。

「本人だったか」
「うーむ。子供相手だと話しにくいな」

 全力で大人の女性を演出したのに、盛大な空振りに終わった。
 向こうは仕方ないという顔で話しはじめる。

「アールグレーン公爵家の令嬢ではなく、魔道具師であるサーラ殿と話をしたい」
「構いませんよ。私はアールグレーン公爵家から勘当された身です。なんでもおっしゃってください」

 十年間も氷の中に閉じ込められていたせいで夫から離縁され、妃の地位を失った私。両親は諦めればいいものを「妃が無理なら、愛人を目指せ!」などと言ってきた。それをきっぱり断ったせいで、実家から勘当されてしまったのだ。これは王都で知らない人はいないくらい、有名な話。
 魔道具師たちは王宮への出入りを許される貴族の身分であり、権力にも敏感だ。顧客のほとんどが上流階級である彼らにとって、四大公爵家は決して敵に回してはならない相手。そんなことになったらすべての貴族が店の利用を控えるだろう。
 わざわざ「公爵家の令嬢ではなく」と確認するのは、それほど四大公爵家を恐れているからだ。

「ならば話をさせていただく。サーラ殿、貴殿は魔道具師の技術をなんだと思っているのかね」
「魔道具師はゴミ拾いや【修復】を請け負うような存在ではない。ましてや鍋などという我々を馬鹿にした商品なんぞ論外!」
「我々魔道具師は、もっと高尚なものを作るべきなのだ」

 どうやら、彼らは私の仕事が気に入らないようだ。
 魔道具店に並ぶのはアクセサリーや宝石箱、弓や盾、剣などが一般的で、今まで鍋を売った魔道具師はいない。手軽で便利な生活用品と一緒にされたくない、ということなのだろう。

「私は人々の暮らしが少しでも楽になる、便利な魔道具を作りたいだけです」

 私が考えを述べたのと同時に、新たに店へ入ってきた人がいた。

「それをなんと言うか知っているかね。技術の安売りと言うのだよ」

 魔道具師たちは声がしたほうを振り返る。
 そして、さっきまでの気難しい顔から打って変わってパッと明るい表情を浮かべた。

「おお! ファルク。来てくれたのか」
「ファルクよ。魔道具師の名をおとしめるなと、お前からも言ってくれ!」

 ファルクさんの店は王都でも三本の指に入る歴史ある魔道具店だ。私も店を開く前、ファルクさんの魔道具店で商品を見せてもらったことがある。
 ファルクさんはここにやってきた人たちと同じくらいの年齢の男性だけど、服装は飛び抜けて派手だった。今日は赤と白のフリルシャツ、赤のタイ、金の鎖が付いた眼鏡を身につけている。あの眼鏡は素材を分析できる便利な魔道具で、金貨二百枚はする高価な品だ。

「魔道具を誰もが簡単に手に入れられるようになれば、魔道具全体の価値が下がる」

 眼鏡の奥の目は冷たい。彼は店内を一瞥いちべつすると、わざとらしい溜め息をついた。

「ファルクさん。私は魔道具を一部の裕福な人間だけが使えるものにしたくありません」
「これからも、貧しい人間に使わせるということかね?」
「はい。みんなが使えたらいいと思ってます」

 ファルクさんたちは私の魔道具だけでなく客層も気に食わないようだ。彼は、魔道具は裕福な人々の特権であるべきという考えらしい。

「くだらん鍋を売って満足しているとは、なんとも情けない魔道具師だ」

 嘲笑混じりにファルクさんが言うと、他の魔道具師たちも同感とばかりに、こぞって私の魔道具を馬鹿にした。

「なにが鍋だ。そんなもの一つでなにが変わる」
「子供騙しの魔道具なんて作ってないで、アールグレーン公爵に謝罪して嫁入り先でも見つけてもらうんだな」

 さすがの私もこの暴言の数々にはムッとした。

「言いすぎじゃないですか?」

 怒ったのは私だけでなく、フランも同様だった。ファルクさんに向かって、フランが吠える。

「サーラの魔道具を悪く言うなっ!」

 フランはピンッと耳と尻尾を立て、身を低くして構える。そのかくに、魔道具師たちは怯んだ。
 ――一人じゃなくてよかった。
 私一人だったら、ファルクさんたちの勢いに負けていたかもしれない。

「皆さんに私の考えをはっきり言っておきます。私がしていることは技術の安売りでも遊びでもありません。私の鍋は人々の暮らしを豊かにするもの。お客様にも喜んでいただいています」
「ルーカス様の元妃でありながら、平民にこびへつらうとは!」
「貴族としての誇りはないのかね」

 彼らがここまで身分にこだわるのには理由がある。
 魔術や魔法を使えるのは、王族と貴族の特権だからだ。
 魔術師や魔道具師になるためには、王族か貴族しか通えない王立魔術学院へ入学する必要がある。ここにいる魔道具師たちは全員が貴族で、王立魔術学院を卒業しているのだ。
 平民と貴族は違う――そんな意識が幼い頃から植えつけられている。

「私が理想とするヴィフレア王国の魔術師と魔道具師の姿は、ファルクさんたちが思い描いているものとは違います」

 違うというより、もはや真逆だ。

「魔法や魔術、魔道具は裕福な人々だけが独占するものでいいのでしょうか? ヴィフレア王国に与えられた恩恵は、同じ国に住む人々に等しく与えられるべきではないですか?」
「平民と我々が同じ権利を持っていると言いたいのか」
「そうです」

 私の迷いのない返事を受けて、ファルクさんたちの表情が歪んだ。

「我々とは考え方が違うようだ」
「そのようですね」

 一歩も引かない私に、ファルクさんは苦々しい表情を浮かべる。

「魔道具師としてのあり方について、第三者を交え、話し合う必要があるようですな」
「話し合いですか、いいですね。ただし、その第三者が公平な人間であることを望みますが」

 商売で揉めた時は商人ギルドが仲介し、話し合いの場を設けてくれる。だから、私はてっきりファルクさんたちは商人ギルドを使うのだと思っていた。だが――

「よし、了承は得た。早速王宮に報告させてもらう」
「王宮……?」

 ――え? 商人ギルドじゃないの?
 ファルクさんたちは勝ち誇った顔をしていた。
 その顔を見て、今までの流れがファルクさんたちの罠である可能性に気づいた。気づいたけれど、もう遅い。

「どちらが魔道具師として正しい姿か、宮廷魔道具師をようする王宮側に判断していただく。それなら異論はないだろう」
「宮廷魔道具師長が鍋をご覧になったら、なんとおっしゃるか」

 宮廷魔道具師の中で一番偉い魔道具師長が私の魔道具を見るところを想像したのか、彼らはプッと吹き出した。込み上げる笑いをこらえきれない様子だった。
 ――王宮側に判断してもらうって、本当に公平なの? 私のほうが圧倒的に不利では?
 ファルクさんたちは裕福な貴族の顧客を持ち、宮廷魔道具師たちともこんにしている。
 一方、実家の公爵家から勘当され、後ろ盾のない私。

「まったくもって楽しみだ」
「魔道具師を名乗れるのもあとわずかだろうが、頑張ってくれたまえ」

 魔道具師たちは口々に私の敗北を予言し、去っていったのだった。


    ◆◇◆◇◆◇


 魔力を持つ者と持たない者の間には、隔たりがあって当然だ。
 ヴィフレア王家に生まれ、天才魔術師と呼ばれる弟を持つ僕は、それを身をもって感じている。
 ――リアムが生まれてから嫌っていうほど、周囲から比べられてきた。
 それも仕方がないことだとわかっている。
 ヴィフレア王国は『魔術師と魔道具師の国』と呼ばれる国だ。
 魔力を保有する王族と貴族が、それ以外の人間を守り支配してきた。かつては人間の脅威だった獣人たち。その獣人たちを魔術で荒れ地に追いやったのは、偉大なるヴィフレア一族の血を引く者たちと一人の魔道具師である。ヴィフレア一族の前に突如現れた彼は魔石という存在を教え、防具や武器に使った。それが魔道具の始まりとされる。
 魔道具を手に入れたヴィフレア一族は、より強い魔術を使い、魔物や魔獣、獣人と対等に戦えるようになり、最大の脅威である竜族とも戦った。
 その結果、人は暗い洞穴に隠れ住む必要がなくなったのだ。
 誰が人間に今の生活と平穏を与えたかわかるだろう。
 ――そう、この豊かさは当然の権利だ。
 椅子の肘掛に寄りかかり、若い音楽家たちが演奏をしているのを眺めた。この椅子一つとっても、ビロードの赤い生地を留める鋲は金で、肘掛には金より価値のある魔石がはめられている。
 この通り裕福なヴィフレア王国の第一王子として生まれ、なに不自由なく育ったが――

「ルーカス様。いかがされましたか? 今の曲はお好みではありませんでしたか?」

 若い音楽家は不安げな顔をしていた。
 無意識に肘掛を指で叩き、音を鳴らしていたようだ。
 退屈を紛らわせるため、気が向くと若い音楽家たちを集めて室内演奏会を開いている。こうして音楽を奏でさせ、静かにくつろぐのが好きだ。
 弟のリアムのように魔術の研究や野蛮な戦いに明け暮れるなど、王子のやることではない。

「別の曲を」
「は、はい!」

 穏やかな曲が流れ、目を閉じた。
 僕は毎日、満ち足りた生活を送っている。
 ――なのに、なんだ? このイライラした気分は。
 いつもと変わらない生活を送っているはずなのに、どこか落ち着かない。
 この演奏も、退屈で仕方がない。若い音楽家たちは未熟だ。未熟だとわかって聴いている。しかし、今までこんな不快な気分になったことはない。
 才能ある若い音楽家を王宮に招き、演奏させて報酬を与え、生活の支援をするのも王族や貴族のたしなみの一つ。成長した音楽家たちは王立歌劇場や王宮の舞踏会で演奏する栄誉が与えられる。
 これも王子の務めだと思い、彼らを支援しているのだが、どの曲を聞いていても、頭をよぎるのは裏通りで楽しげに笑って暮らすサーラの姿だった。
 サーラは十年、氷漬けになっていた僕の妻だ。
 十年前、僕が彼女を妻にしたのは、リアムが気に入っていたからだ。
 そうでなければ四大公爵家の令嬢とはいえ、王族である僕が【魔力なし】を選ぶわけがない。しかも、暗くておとなしく存在感がまったくなかった。
 リアムはなぜ彼女を気に入ったのか、さっぱりわからなかったが、今なら『なるほど』と思える部分がある。
 少々……いや、かなり無礼なところがあるが、不思議なことに彼女だけは、つい許してしまう。
 ――一体彼女になにがあった? 十年前とは、まるで別人のようだ。
 以前の彼女を思い出してみよう。

「ルーカス様が良いと思われるほうで結構です」
「すべてルーカス様のお好みに合わせます」

 これが十年前のサーラである。
 反論したことがない、おとなしい平凡な令嬢だったというのに。今のサーラは真逆だ。
 自立すると言い出して一歩も引かず、公爵令嬢だというのに働いている。お金を稼ぐことを恥と思っていないようだ。
 アールグレーン公爵は勘当したと公言しており、もはや家に連れ戻そうとする様子もない。
 十年前の彼女なら、父親に叱られただけで泣きそうな顔をしていたのだが、今はどうだ?
 清々しいまで実家を無視している……というか実家があることすら忘れているように思える。

「……どう考えてもおかしいな」
「ルーカス様? なにか気にかかることがおありですの?」

 妻であるソニヤは僕を気遣うふりをしているが、目は若い男の音楽家を追っている。
 けれど、僕はその目をこちらへ向けることができる。
 それも、たった一言で。

「サーラだよ。彼女のことを考えていた」

 ソニヤが慌てて僕のほうを見て焦り出した。

「ま、まあっ! わたくしという妃がいながら、元妻のことが気にかかりますの?」

 ――そっくりそのまま、その言葉を君に返すよ。
 僕の存在を無視していた後ろめたさからか、ソニヤの声は上擦っていた。
 表向きは今も熱々のように見せているが、僕たちの夫婦仲はこんなものだ。

「君も気になっているはずだ。ゴミを売っている店が繁盛し、おかしな鍋を売り出した話は聞いているだろう?」
「え、ええ……。そうですわね」

 ソニヤの紫色の目が泳ぎ、不自然な態度で僕から目を逸らした。サーラの魔道具店について、彼女は触れられたくないようだ。
 先日、サーラの店がある周辺一帯で、火の魔石が凍る事件が起きた。その事件の犯人を捕まえようと、宮廷魔術師たちが動いている。
 捜査を指揮しているのは宮廷魔術師長のリアムだ。
 リアムはすでに犯人がわかっているはずだが、わざと捜査中にしているのは、ソニヤの動きを封じるため。『いつでもこちらは切り札を取り出せるぞ』と、リアムはソニヤを脅しているのだ。
 ――ソニヤの計画は浅はかだったとしか思えない。もう少し賢い女性かと思ったんだけどね。
 彼女は幼い頃から優秀な魔術師だった。それだけでなく、誰もがうらやむ美貌の持ち主で四大公爵家の令嬢。彼女以外、僕の妃にふさわしい女性はいないだろうと言われていた。
 王立魔術学院の成績は優秀だったが、賢かったわけではなかったらしい。
 王家が所有する魔道具を持ち出して使えば、犯人は王族だと言っているのと同じ。それくらいわかるだろうに、考えが及ばなかったとは。
 正直、父上から次期国王として指名されるまでしゅうぶんは避けたい。
 ソニヤは余計なことをしてくれたものだ。僕の足を引っ張る彼女が、妃としてふさわしいと言えるだろうか。

「ルーカス様はサーラを側妃になさるおつもり?」
「愛人よりは現実的だね」
「ルーカス様!」

 ソニヤが怒鳴ったことで演奏が止んだ。
 何事が起きたのかと音楽家たちが僕たちを見る。ソニヤはハッと我に返り、椅子に座り直した。

「……どうぞ、続けて」

 音楽家たちの演奏は乱れて不協和音が続き、聴けたものではなかった。

「サーラはリアム様と結婚するのかもしれませんわ。二人は親しくしていますもの」
「二人は結婚できない」

 冷たく言い放つと、ソニヤがわずかに怯んだ。
 あの二人の結婚だけはないと言い切れる。サーラは僕の妻として王宮へ入った身だ。
 本来であれば、一度王族の妻となった女性は王宮から自由に出られない。他の男の妻になるなど、もってのほか。離縁された妃が王宮以外で暮らせるとしたら、監視付きの離宮か修道院だけ。
 それなのにサーラは僕をうまくあおり、罠にはめた。サーラはわざと自分に不利な条件を出し、僕に無理だろうと思い込ませて承諾を得て、堂々と王宮から出ていったのだ。
 ――相手がサーラだと思って油断したな。

「気に入らない」
「もっ、申し訳ありません! 未熟な演奏をお聞かせしてしまい……」

 音楽家たちの演奏が止んだ。切り上げるのにはちょうどいいタイミングだと思い、席を立った。

「次回の演奏に期待しよう。精進したまえ」
「お待ちになって。ルーカス様! どちらへ行かれますの? わたくしもご一緒いたしますわ」

 ソニヤがなにか察したのか、そんなことを言い出した。
 今まで僕に関心がなかったくせに、サーラが目覚めた途端、ライバル心が復活したらしい。
 彼女は『第一王子の妃』という肩書きが欲しくて僕と結婚した。そして、次に狙うは『王妃』の肩書きである。僕は僕で、彼女に期待しているのは実家のノルデン公爵家の後ろ盾であり、他に期待することはなにもない。
 結婚して十年――お互いの利害が一致しているから、仲のいい夫婦を演じていられるのだ。

「君は演奏を最後まで楽しんだらいい。僕は図書館へ行く。調べものがあったのを思い出した」
「図書館……。そうですの。でしたら、わたくしは演奏を最後まで楽しませていただきますわ」
「ああ」

 僕がサーラのもとへ行くとでも思ったのか、ソニヤはこちらの行動を目で追っている。
 ――煩わしい。
 僕の即位を後押しするのはノルデン公爵だ。だが即位した後、ノルデン公爵家がしゃしゃり出てきて権力を奪われるのは困る。
 できることなら四大公爵家すべてを僕の味方にし、リアムが即位する可能性を潰したい。
 そのためにはソニヤの実家以外の公爵家も味方につける必要があるが、この四家がまとまった試しはなく、常にいがみ合っている。権力争いをしているから当然と言えば当然なのだが、父上も四家の均衡を保つのに頭を悩ませている。
 四大公爵家を抑えるには圧倒的な力が必要だ。だから父上は、化け物のような魔力を持つリアムを王に据えるつもりなのだ。
 ――すでに僕は二十八歳だ。子供もいる。それなのに、父上からまだ次期国王の指名を得られないとは……
 父上がリアムを即位させたいと思っているのは明白だ。今までリアムが成長し、王となるのにふさわしい妃を迎えるまで待っていたのだ。
 リアムは二十二歳――父上はリアムを王にと言い出しかねない。

「……なぜ、僕ではいけないんですか」

 窓から差し込む明るい日差しが、足元の床に濃い影を作る。今の声が誰にも聞かれていないことを確認し、再び歩き出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか
恋愛
「お飾りの王妃らしく、邪魔にならぬようにしておけ」  かつて、愛を誓い合ったこの国の王。アドルフ・グラナートから言われた言葉。   『お飾りの王妃』    彼に振り向いてもらうため、  政務の全てうけおっていた私––カーティアに付けられた烙印だ。  アドルフは側妃を寵愛しており、最早見向きもされなくなった私は使用人達にさえ冷遇された扱いを受けた。  そして二十五の歳。  病気を患ったが、医者にも診てもらえず看病もない。  苦しむ死の間際、私の死をアドルフが望んでいる事を知り、人生に絶望して孤独な死を迎えた。  しかし、私は二十二の歳に記憶を保ったまま戻った。  何故か手に入れた二度目の人生、もはやアドルフに尽くすつもりなどあるはずもない。  だから私は、後悔ない程に自由に生きていく。  もう二度と、誰かのために捧げる人生も……利用される人生もごめんだ。  自由に、好き勝手に……私は生きていきます。  戻ってこいと何度も言ってきますけど、戻る気はありませんから。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。