離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?

椿蛍

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2巻 可愛い弟子を育てます!

2-3

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 苛立ちを隠し、きつく拳を握り締める。手のひらに爪が食い込んで痛みを感じたが、力を緩めることはできなかった。
 弟への激しい嫉妬心を痛みで隠す。どうやっても敵わない僕の異母弟。
 リアムの凄まじさは魔力だけではない。どれだけ僕が努力しようが、リアムは僕をやすやすと超えていった。
 サーラを救うため、王宮の図書館にある本を読み尽くしたとされるリアムだが、僕のほうは難解な古代語は単語程度しかわからない。
 ヴィフレア王国の王宮には、歴代の国王が収集した書物が保管された図書館がある。
 一部の書物は写本のかたちで王立魔術学院にも置かれているが、原本は王宮の図書館にある。その図書館に入館を許されているのは王族と宮廷魔術師、宮廷魔道具師のみで、四大公爵であっても許可されていない。
 それは命に関わる危険な大魔術を記した書物があるからだと言われている――言われているが、古代語を解読できる人間はほとんどいないため、真偽のほどは謎のままである。
 解読できたとしても書き残すことは禁じられている。現在、すべての魔術師たちの中で解読して読み終えているのは、リアムくらいだろう。
 古代語の解読は国の過去を知るために必要であるとされ、王の務めの一つと決められている。リアムには追いつけないとわかっていても、王になった時のことを考えて定期的に図書館へ通っているが、一行ほど解読できればいいほうだ。
 溜め息をつき、図書館の方角を眺めた。
 図書館は王宮の敷地内にある、二階建ての大きな建物だ。四角い箱のような変わった形の造りになっている。この建物自体が初代ヴィフレア王と建国の魔道具師の遺物であり、中にある千年前の蔵書が美しく保たれているのは、彼ら二人の魔術と技術の力があったからこそだ。
 これを今の魔術師と魔道具師がやろうとしても、誰もできない。
 偉大なる初代ヴィフレア王と建国の魔道具師。彼らを超える存在が、この先現れるのだろうか。
 そんなことを考えながら、庭を横切ると――

「お父さま!」

 僕を見つけた息子のラーシュが、嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
 駆け寄ってきたラーシュは銀髪と青い目で、ソニヤ似の容姿を持つ。魔法や魔術より剣を好み、性格も僕に似ていない。
 今もラーシュは剣のけい中だったらしく、手には子供用の剣が握られていた。

「お父さま、ぼくの剣を見ていただけませんか?」

 少し離れた場所にロレンソという銀髪の騎士が控えているのが見えた。
 ロレンソはノルデン公爵家の遠縁の男で、王立魔術学院時代からソニヤの護衛を務めている。今は近衛騎士団に所属しているが、王家よりノルデン公爵家に忠誠を誓う忠犬だ。
 ソニヤが嫁ぐ際、ノルデン公爵はサーラのように娘が氷漬けにされては困ると主張し、護衛も侍女もすべて自らの手の者を連れてきた。
 四大公爵家の権力争いで、妃が全員死んだ時代もある。ノルデン公爵が神経質なまでに娘の身を案じ、優秀な護衛を付けるのもわからない話ではない。
 そういうわけでロレンソの剣の腕は確かであるから、ラーシュが剣を習うのは構わないが、僕は剣に興味がない。

「ラーシュ、お前はヴィフレア王家の一員だろう。剣より魔術の才能を伸ばせ」

 僕の言葉に、ラーシュは青い目を大きく見開いた。
 ラーシュが魔法を使えないことは知っている。それなら、せめて魔術の腕前を磨くべきだ。
 魔法と魔術は違う。
 どちらも魔力がなければ使えないのは同じだが、魔法は詠唱や道具を必要としない。持って生まれた才能があれば自由に使える。だが、威力は弱い。
 一方、魔術は術式や道具を必要とするが、強力かつ利便性が高い。
 現在、魔法を使えるのは王族か王家に近い血筋である四大公爵家の者のみである。
 ラーシュは十歳と幼いが、王族なのだから魔法を使えないはずがないのだ。しかし、まだ使っているところを見たことはない。
 十歳だった頃のリアムは、独学で上級精霊を召喚してみせた。
 王立魔術学院にも通っていない十歳の子供が、図書館の書物を読んだだけで上級精霊を呼び出したのである。学院への入学も必要ないほど、リアムの力は圧倒的だった。

『同じ王族であっても、魔力の量が違うのはなぜか?』

 なぜ僕とリアムが違うのか、幼い頃から理由を知りたかった。だが、答えはまだ見つからない。
 リアムほどの魔力を持たない僕の息子。幸運にもラーシュには立場を脅かす存在がいない。
 しかし、いつまでも魔術に興味を示さないのも困る。

「ラーシュ。王族の子なら剣より魔術にはげめ。剣は必要ない」
「はい……。お父さま……」

 剣を握り締め、ラーシュは泣きそうな顔でうつむいた。
 叱ったわけでもないのに、なぜラーシュがそんな顔をするのだろう。
 ――いずれ自分がヴィフレア王国の国王になるという自覚が足りていないのではないか?
 今のところ、王族の子はラーシュだけだ。

「……そうだな。魔術がどれほど優れたものか、まだ理解していないのかもしれない」

 このまま去るつもりだったが、ラーシュに魔術を見せてやろうと思った。
 僕の魔術を見れば、学ぼうという気持ちが湧いてくるかもしれない。

「手本を見せてあげよう」

 力を試すにはちょうどいい。今の自分は十歳のリアムより、知識も魔術も上だ。
 それを証明してやろう。
 あえて、なにもない空間に魔法陣を簡略化して描く。魔石は使用しなかった。

「【風の花アネモス】」

 なにもなかった場所に赤い花が咲く。


【風の花】
『それは忘却。血で染まる嘆きの花。花となった体は二度と元には戻らない』


 激しい突風と同時に花が散り、赤い花びらが目を眩ませる。

「お父さま! やめてください!」

 危険を察知したラーシュが青ざめた顔で後ろを振り返り、声を張り上げた。

「ロレンソ! 逃げて!」

 強い風は砂をさらい、ラーシュの横を通りすぎ、ロレンソに花びらがまとわりつく。
 剣など無意味だ。
 ロレンソは赤い花びらに埋め尽くされ、剣をどれだけ振るっても花の幻影は消えない。視界を花に遮られ、目に映るのは血色の花だけ――ロレンソの手から剣が落ちた。
 それを見て、僕はパチンと指を鳴らす。
 人形のようになったロレンソの体は風で吹き飛び、木にぶつかって止まった。

「ロ……、ロレンソ……!」

 ラーシュは青ざめた顔でその場に立ち尽くし、震えていた。
 これでラーシュも目が覚めただろう。無様な騎士の姿に幻滅し、剣ではなく魔術にはげむはずだ。

「ラーシュ。剣より魔術だよ」

 僕を畏怖するラーシュの表情に満足し、笑って背中を向けた。
 足を数歩進めた瞬間、ちくりと腕に痛みを感じた。

「なんだ……?」

 腕に目をやると、服の右腕部分が切れて赤色の細い線が浮かび上がっていた。それが自分の血だと気づくまで時間がかかったのは、認めたくなかったからだ。
 ――くそ! 精霊を呼び出すための魔力が足りなかったか!
 魔術の源となる精霊は、魔術師の魔力と引き換えに精霊界から召喚される。魔力が不足していると、精霊は代わりに他のものを奪っていく。魔術師が魔石を使うのは基本的に、足りない魔力を補ったり、術の威力を上げたりするためのものである。今回、僕はそれを使用しなかった。
 どれだけの代償を持っていかれるのか。腕の皮膚と血、それから――視界の端で、金色の髪が一房切り取られ、すうっと消えていくのが見えた。
 呼び出したのは上級精霊ではあるが、その中でも下位のものだった。それでも自分の魔力だけでは、無傷で済まないようだ。
 ――僕は十歳のリアムにさえ敵わないのか?
 リアムが天才だと思い知らされるたび、惨めな気持ちになる。幸いにも血はすぐに止まったが、かなりの量を持っていかれたようで目眩がした。一度胸に広がった苦い気持ちと痛みは消えない。
 ラーシュには比べられる弟がいないからいいが、優秀な弟が生まれたら冷静でいられないだろう。
 振り返ると、ラーシュはロレンソが起き上がるのを助けていた。
 ロレンソは防具を身につけていたため、怪我はしていないようだ。
 突風で倒された花に気づいたラーシュが、花壇に駆け寄る。ロレンソもよろめきながら花を直すのを手伝うのが見えた。
 ――興が醒めた。
 昔、同じような光景を見たことがある。
 王立魔術学院時代、授業で使った風の魔術で花壇の花がボロボロになった。庭師に任せればいいものを、花壇を綺麗にしようとした生徒がいた。
 黙々と花を直していたのは、落ちこぼれと馬鹿にされていたサーラである。
 それを見たリアムが、サーラを手伝っていた――過去の記憶を思い出し、不快な気分になった。

「王族だというのに情けない」

 呆れた気持ちでラーシュとロレンソを眺め、その場を去ろうとした時――

「うん? あれは……」

 回廊を歩く派手な服装の集団がいた。
 その集団の中でも特に派手な男に目がいく。フリルの袖口のシャツ、赤色のタイ、金の鎖が付いた眼鏡。あの派手な中年男はファルク伯爵家出身の魔道具師だ。
 ファルク伯爵家は名門貴族の一つで、四大公爵家には及ばないものの、腕のいい魔道具師と魔術師を多く輩出していることで名高い家だった。

「おお! ルーカス様!」

 うっかり目が合ってしまい、ファルクたちがこちらへ向かってきた。
 面倒だなと思いながら、作り笑いを浮かべる。

「やあ、ファルク」
「第一王子ルーカス様にお声をかけていただけるとは、光栄の極み」

 ファルクは大袈裟なまでにうやうやしく頭を垂れ、こちらに挨拶をする。
 王都でも一、二を争う魔道具店の主であるファルク。
 もちろん、サーラの魔道具店など気にならないはずだ。

「元妻が魔道具店を開いたのだが、迷惑をかけていないだろうか。僕が王宮に残れと命じても、魔道具店をやりたいと言って聞かなくてね」

 どうせ、サーラはファルクの眼中にも入らない。返答はだいたい想像がつく。『ははは、ルーカス様。あの程度の小娘、我々の相手にもなりませんよ。かるーくぺしゃんこにして、人生の厳しさを教えてやります』といったところだろう。

「それが、困っているのです」
「うん? 困っている?」

 返ってきたのは、想像と真逆の答えだった。

「我々、王都で魔道具店を営む魔道具師たちがここに集まったのは、宮廷魔道具師長にお会いし、現状をお伝えするためでした」
「けれど、鉱山へでかけており不在とのことで……」

 宮廷魔道具師が王家所有の鉱山へ行くことは珍しい話ではない。
 魔道具は魔石あってのもの。より珍しい魔石を探し求めて採掘場へ足を運んでは、【鑑定】スキルを高める。多くの石を【鑑定】し、新たな魔石を発見するのも彼らの仕事だ。

「では、僕が代わりに話を聞こう。妻の……元妻の話なら、無関係ではないからね」

 ファルクをはじめとする魔道具師たちは、あからさまにホッとした表情を見せた。

「実は、我々の店に鍋やら包丁やらを買い求める客が増えまして」
「鍋がないだとか包丁がないだとか、客から散々文句を言われ、一流の魔道具店にそんなものはないと説明すると、それでも一流かとお𠮟りを受ける始末でございます」
「店に上流階級でない客が入り込んで困っております。このままでは店の品位に関わります」

 どうやら、サーラの魔道具は平民向けの安っぽいものばかりのようだ。利益は得ているのだろうが、魔道具師たちから力を認められているわけではない。むしろ反感を買っている。

「このようなことをルーカス様の耳に入れたくはなかったのですが、魔道具師の権威が損なわれる恐れがあります」
「魔道具師は町の便利屋ではないのです!」
「この問題について、王宮側からなにか対応していただけないでしょうか?」

 僕は魔道具師たちに同感だ。魔道具はいやしい平民が使っていいものではない。

「元妻が君たちに迷惑をかけて申し訳ない。これは王宮がなんとかするべき事案だ」
「ルーカス様! わかっていただけますか!」
「サーラを王宮へ呼び出し、父上の裁定をいただくというのはどうだろうか」
「陛下の! それはよろしゅうございますな」

 貴族たちがこれだけ怒っているのだから、国王陛下である父上がサーラの魔道具店をこのままにしておくとは思えない。彼女の魔道具が国のためにならないと判断されたら、すぐにでも閉店だ。
 ――残念だったね、サーラ。
 父上がサーラを魔道具師として認めなければ、僕が王宮へ連れ戻すまでもない。
 実家に勘当され、行き場のないサーラは王宮へ戻るしかなくなる。

「……そうだ。サーラ、君のために楽しい舞踏会を開いてあげようじゃないか」

 王族と貴族が揃う中、サーラは魔道具師の肩書きをはくだつされるのだ。
 魔道具師として生活できなくなった君は、僕に助けを請うだろう。
 ――舞踏会の楽しい余興になりそうだな。
 面白いことになったと感じながら、軽い足取りで図書館へ向かった。
 気づけば、あれほど退屈だと感じていた気持ちがすっかり消えていた――


    ◆◇◆◇◆◇


 退屈なんて感じるヒマもない。
 それくらい私の生活は事件とスリルで満ちている。
 今日もまた『サーラの魔道具店』では事件が発生した。
 なんと王家の紋章が入った手紙が届いたのである!

「開けますよ?」
「だ、ダメだって!」
「開けるだけなら大丈夫ですよ。まさか爆発するわけでもないですし」
「本当に爆発しないって言いきれる?」

 冗談で言ったつもりだったけど、一度は氷漬けにされた身。もしや爆発もあるかも――中身のわからない王家からの怪しい手紙に手を伸ばしかけて、サッと手を引いた。
 フランのほうも王宮には嫌な思い出しかなく、手紙を警戒して耳と尻尾がぺちょんと垂れていた。

「脅かさないでください、フラン……」
「ご、ごめん。開けないとわからないよね」
「そうですよ! 勇気を出して……出して……」
「サーラ。おれが開けようか?」
「いえっ! ここは私が!」

 さっきから、私とフランは一通の手紙の前で押し問答をしていた。
 見た目は普通の手紙だ。けれど、これは私の店に押しかけた魔道具師たちからの挑戦状である可能性が高い。
 去り際、王宮に報告すると言い捨てた彼らの姿が目に浮かぶ。

「たかが紙きれ一枚に騒ぐな。さっさと開けろ」

 私とフランの背後から手を伸ばし、手紙を奪った人物がいた。
 ヴィフレア王国の第二王子で、私の元夫ルーカス様の弟リアムだ。
 リアムは鋭い目つきで、手紙の裏と表をひっくり返し、怪しいところがないか検分する。私たちの世界で言う警察の役目を担う宮廷魔術師の仕事をしているだけあって、中身のわからない手紙に少しも動じてない。

「ヴィフレア王家の紋章入りの手紙を、たかが紙切れだなんて思えませんよ」

 王子であるリアムにとっては家族からの気軽なメッセージ、もしくはメモ紙かちり紙みたいなものかもしれない。
 でも、こっちは裏通りで店を構える魔道具師。一般人に向けて王家の紋章入りの手紙が届くなんて、なにかあるに決まってる!

「魔術は仕掛けられていない。この手紙は兄上からではないようだ」
「仕掛けられていたら、ルーカス様からの手紙なんですか?」
「兄上の性格を考えたら、なにか罠を仕掛けてくると思っただけだ」

 この会話からわかるように、リアムとルーカス様はお互いに信頼度ゼロの不仲である。
 リアムは華やかなルーカス様とは真逆で、宝石やしゅうでゴテゴテ着飾るのを好まず、たいてい宮廷魔術師の制服である黒い軍服にマントというシンプルな姿だ。
 顔立ちはルーカス様に負けず劣らず整っていて、とても綺麗だけど、残念なことに鋭い目つきのせいで人を寄せつけない。
 そんな彼と私がこんな気軽に話せるのは、リアムが私を異世界に呼んだ召喚主だからだ。
 リアムは氷に閉じ込められたサーラを救い出すために大魔術を使った。けれどサーラの魂は戻らず、代わりに召喚された魂が私。ほとんど不慮の事故のようなかたちで巻き込まれた私への責任のつもりなのか、リアムは危険がないように、なにかと面倒を見てくれる。
 私にとってリアムはなんでも相談できる唯一の相手である。今回も、王宮から不審な手紙が届いたと報告したところ、わざわざ私の店まで来てくれたというわけだ。

「警戒するほどでもなかったな」

 魔術が仕掛けられていないとわかったら、リアムはどうでもよさそうな顔で手紙を眺め出した。

「なに言ってるんですか! 私には取扱注意の危険物にしか見えませんよ!」
「ヴィフレア王家の紋章を危険物扱いするな。開けるぞ」
「あー! リアムっ!」
「リアム様、開けたらおしまいだよ!」

 リアムは騒ぐ私とフランを鋭い目でにらんで黙らせると、迷うことなく手紙を開けた。

「……舞踏会の招待状か」

 リアムが面倒そうな顔をした。彼は滅多に表情を変えない男――嫌な予感がする。

「へ、へぇ~。そうですか……。舞踏会へのご招待だけなら、これは友好ですね、友好!」

 フランを不安にさせまいとして明るく言ったのに、リアムは私の気遣いを一瞬で無駄にした。

「罠だ。閉店の危機だぞ」
「やっぱりそうなんだあああ!」

 フランは頭を抱え、のたうち回った。
 リアムは手紙をテーブルの上に広げ、私とフランにも見えるようにした。

「手紙の送り主は王宮となっているが、十中八九、兄上が絡んでいるだろう。兄上は華やかなパーティーが好きだからな」
「で、ですよね……」
「どうする?」
「王宮から招待された以上、無視はできないでしょう」

 私とフランの嫌な予感は当たった。
 この手紙が届いた時のフランの行動は早かった。これは一大事と判断したフランはリアムに預けられていた連絡用のクラゲ精霊ちゃんを使って、即座に連絡してくれたのだ。

「絶対、あの魔道具師たちの罠だよ」
「だろうな。魔道具師たちは気に入らないこの店を閉店に追い込むつもりだろう」

 リアムは胸の前で腕を組み、険しい顔をした。
 王宮を出て魔道具師となる際の条件として、リアムの助けは借りないとルーカス様に約束した。だから私が魔道具師としてやっていくために生じた問題に関して、リアムは手を出せない。

「大丈夫です。私の店の魔道具がどんなものなのか、王宮で、きちんと説明してきます」
「そうするしかないだろうな」

 リアムもこれは断れないと判断したらしい。
 なにせ王家主催の舞踏会だ。国王陛下の了承のもと招待されているのだから、リアムも行くなとは言えないのである。

「父上が参加されるのであれば、兄上もそこまで無茶は言わないだろう」
「それならいいけどさ……。そのままサーラが王宮から戻ってこないってことはないよね……?」

 フランは服を握り締め、垂れていた耳をさらにぺちょっと倒してうつむいた。
 私が戻らなかったら、フランは一人ぼっちになってしまう――私も罠だとわかっていて王宮へ行くのは不安だ。でも、慌てたって仕方がない。だから、不安な時はコレに限る。
 フランをぎゅっと抱き締めた。

「うわああああ!」

 最高の耳を持つフラン。犬のような茶色の毛のもふもふした感触がたまらない!

「不安な時はこのもふもふですよ。もふもふ最高!」
「やめろ、変態」
「うう……。また匂いをかがれたぁ……」

 フランの不安は吹き飛んだようだけど、リアムから冷たい眼差しを向けられている。私への信頼がわずかに下がった気がした。

「仕方がない。俺も舞踏会に出席する」
「それって、リアムが私をエスコートするってことですか?」
「なんだ。不満か?」
「いえっ! 心強いです……」

 ――その、嫌とは言わせない威圧感は必要ですか?
 王子様のエスコートと聞いて胸がキュンとするどころか、狂犬を連れて闘技場へ乗り込む心境だ。

「リアム様が一緒なら安心だね」
「え、ええ……まあ、いろんな意味で安心ですね」

 フランはリアムが舞踏会に参加するとわかって、ホッとした表情を浮かべた。
 私はリアムが王宮を吹き飛ばさないかのほうが心配である。

「一緒といえば……フランから聞いたが、傭兵ギルドに行きたいそうだな」
「あ、はい。そうなんです。私とフランだけで行こうと思ったんですけど、リアムに報告しないと怒るでしょう?」
「別に俺抜きでも怒らないが?」

 今、私とフランだけで行くと言っただけでムッとしたくせに、まったく素直じゃない。

「傭兵ギルドになにをしに行くんだ?」
「珍しい素材があるってフランが教えてくれたんです。魔物の素材があるそうですね」
「魔物の素材はあるが、まとまった量を仕入れるのは無理だぞ」
「わかってます。高価だと聞いてますし、今後の商品の参考にするだけです」

 素材を知らずに物は作れない。料理と同じだ。まずはお店に行って良い食材を見つけないと。
 安心したら、お腹がぐうっと鳴った。

「とりあえず、お腹が空きましたよね。昼食にしましょうか?」

 昼前に王宮から手紙が届き、店を一時的に閉めてリアムを待っていたから、私もフランも食事どころではなかったのだ。

「リアム。運がよかったですね」
「運がいい? なんの話だ」

 私は、ちちっと指を左右に振った。リアムがイラッとした顔をする。
 ――そんな顔、長く続きませんよ?
 だって今日のお昼は特別なメニューなのだ。

「なんと! 今日のお昼はからあげです!」

 腹が減っては戦ができぬ。私はからあげを山盛りにのせた大皿を、ドンッとテーブルに置いた。
 挟んで食べられるようレタスとパンも用意し、スープはあっさりトマト味。おかわり自由、野菜がたっぷり入った具だくさんのスープである。

「やったぁ! からあげだ!」
「昨日の夜に仕込んで、揚げるだけにしてあったんですよ。肉を仕込んだ次の日に来るなんて、狙ったとしか思えません。さてはリアム。魔術で予知でもしました?」
「するか! だいたい予知は魔術じゃなく占術の領域だ」

 さっきまでお通夜状態だったフランだけど、揚げたてのからあげを前にして一気に明るくなり、手を叩いて大喜びした。

「揚げた鶏肉料理のことをからあげと呼ぶのか?」

 リアムが見知らぬ料理に警戒する中、フランは不思議そうに首をかしげた。

「サーラ。からあげってさ、王族か貴族の食べ物だよね?」
「えーと、からあげは異国の料理です」
「そうなんだ。こんなしい料理、貴族の食べ物なのかと思った! サーラって、なんでも知ってるんだね!」

 からあげという料理一つで絶大な信頼と尊敬を得た私。フランはキラキラした純粋な目で、私を見つめてくる。
 ――どうしよう。そんな目をされたら抗えない!

「フラン。たくさん食べてくださいね!」

 フランの可愛さに敗北し、夕食分に揚げた分もテーブルの上にドンッと置いた。

「わぁーい! 大盛りだ!」
「そんな大喜びするほどいのか?」
「ふっ。私はからあげの魔術師と呼ばれた女。衣はさくさく、中のお肉はジューシー。さあ、リアム。恐れずに一口食べてみてください。すぐに肉と脂のとりこになりますよ」
「なにがからあげの魔術師だ」

 リアムは呆れていたけど、からあげのとりこになったフランは「うんうん、魔術師だよ」と、うなずいている。
 からあげをリアムの皿に置いた。リアムは食べたことのないからあげに警戒しつつも、からあげを口にする。

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「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

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