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12 切り刻まれたカーテン

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 どこかで声がしたような気がして、ふと顔を上げた。
 それに、馬車が止まり、車輪の音も馬のひづめの音も聞こえない。

「ふぁ~。あっ! いけません。うっかり眠ってしまいました……」
 
 病弱だと言われているはずの私。
 私は(毎日の畑仕事で)元気いっぱい、健康そのもの、今日もご飯がおいしい!
 そんな姿を隠すため、馬車のカーテンが縫い付けられていた。

「馬車にずっと座ったままだと、体がなまってしまいますね。そうだわ! この時間を利用して握力を鍛えましょう」

 グーパーグーパー……手を開いて閉じ、開いて閉じを繰り返す。
 あまりの暇さに腹筋まで鍛えてしまいそうな勢いだった。
 私を止める侍女はいなかった。
 なぜなら、馬車の中にいるのは、私一人だけ。
 同乗すべき、侍女たちは呪いを恐れて全員拒否した。
 今まで監視役だった兵士たち、私の世話をしてくれた老いた侍女はいない。
 お父様に忠実な人間だけが選ばれた。
 しばらくして、馬車は再び動き出し、私の耳に聞こえたのは、到着の声だった。

「王都に着いたぞ」
「やっとか。帝国に比べて田舎だな」

 兵士たちの声が聞こえ、ようやく、ドルトルージェ王国の王宮に着いたらしいとわかった。
 馬車の扉が開き、紺色のドレスを着た侍女たちが、私を呼ぶ。

「シルヴィエ様、到着いたしました」

 彼女たちは皇帝陛下の命を受け、私の暗殺を補佐する役目を担っている。
 そして、私が王子を殺した後は、侍女の服に着替えさせ、王宮の外へ手引きし、川に飛び込ませて自害――そんな計画になっていた。
 もちろん、私は暗殺も自害もお断り。
 お父様は勝手に決めたけど、私は全力で阻止してみせる!

「さきほど、野蛮にもアレシュ王子が馬を駆って、迎えにきたのですよ」
「妻を迎えに来たなんておっしゃって!」

 侍女たちは可笑しくてたまらないというように、耳打ちしては笑っていた。
 
『自分を殺す妻とも知らないで』

 そんなことを言って、アレシュ様を馬鹿にしている。

 ――私をわざわざ出迎えてくださるなんて、アレシュ様はきっと優しい方ですね。

 敵国の皇女が、歓迎されるとは、思っていなかったから、それを聞いて嬉しかった。

「そうですか。アレシュさまにお会いできず、残念です。次は必ず、私を呼んでくださいね」

 侍女は冷ややかな目で私を見た。

「シルヴィエ様。自分の役割を理解されていらっしゃいますか?」
「もちろんです」

 ――ええ。もちろん、わかってます。

 まず、夫となるアレシュ様には、私が神から呪いを受けた身で、触れると危険であることを知らせる。
 申し訳ないことだけど、アレシュ様には愛人を作っていただくしかない。
 出迎えてくれるほど、優しい方なら、誠意を持って、説明すればわかっていただけるはず。
 妃の待遇は望みません!

「私は知識を生かし、役立ってみせます!」

 侍女たちは勘違いしたのか、拍手をする。

 ――あっ! 違うんですよ? 私の知識を生かすのは、嫁ぎ先で役立つためで、暗殺じゃないんです。

 そう言おうとしたけれど、馬車の外を見た瞬間、あまりの素晴らしさに、言葉を失った。

「まあ……!」

 小高い王宮から見下ろせる王都の街並み。
 市場のテント、たくさんの人。
 歴史ある石造りの建物、色鮮やかな草花。
 大きく育った街路樹は木陰を作る。
 そして、ドルトルージェ王国の伝統ある織物や焼き物を売る店。
 とても賑やかで、美しい。

「帝国に比べて雑多ですわね」
「ドルトルージェ王国は歴史ある古い王国だと、聞いておりますけど、私たちには合いません」

 帝国は戦争を仕掛けることが多く、都や町が戦火に晒された過去もあり、整然とした町が多いのが特徴だ。
 侍女たちはなにが気に入らないのか、文句ばかり言っていた。
 王宮の入り口では、国王陛下ご一家が揃って、出迎えてくれた。

「ドルトルージェ王国へようこそ」
「初めてのドルトルージェ王国はどうかしら? 気に入っていただけたらいいのだけど」

 国王陛下と王妃様、第二王子と思われる可愛らしい男の子もいる。
 ヴェールのせいで、表情がよく見えなかったけれど、私なりに挨拶をしようと前へ出た。

「出迎えていただきありがとうございます」

 王宮の中も歴史を感じる石造りの大きな建造物で、柱ひとつをとっても見事な彫刻が施されている。
 
「とても素晴らしい王宮と町の風景で、感動してしまっ……」
「失礼します」

 まだ挨拶の途中だというのに、侍女たちが私の前へ出て、立ち塞がった。

「シルヴィエ様はお疲れです。すぐにお部屋へ案内していただけますか?」
「お部屋を整え、シルヴィエ様を休ませます」
「病弱な御身でございますからね」

 侍女たちの大きな声が響く。

「歓迎会を用意してあるのだが」

 そう国王陛下が申し出てくれたのに、侍女たちはきっぱり断った。 

「結構です。シルヴィエ様は食事も帝国風のものをお好みです。コックも同行させました」
「身の回りの世話は私たちがいたします。どうぞお気遣いなく」

 国王陛下や王妃、幼い第二王子の顔が困惑しているのが、隙間から見えた。
 アレシュ様だけいない。
 私を迎えに来ていたというから、遅れて現れるのかもしれない。

「私はドルトルージェ王国の食事で構いません。好き嫌いはありませんし、食欲もばっちりあります!」

 侍女たちで見えないながらも、私はアピールする。

「本人はそう言っているが?」
「気のせいですわ」
「気のせいなどではっ……」
「さっ! こちらです! シルヴィエ様っ!」

 大勢の侍女の意味がようやくわかった。
 言うことをきかない私を引きずってでも、言うことをきかせるためだと。
 侍女に四方を取り囲まれ、挨拶も満足にできないまま、その場から遠ざけられた。
 部屋へ入ると、すでに護衛の兵士たちがいた。

「垂れ幕や長いカーテンはやめていただきたい。その陰に誰か潜んでいるかもしれないからな」
「部屋の装飾も必要ない」

 護衛たちの厳しい口調が聞こえてくる。

「で、でも、これは皇女様を私たちなりに歓迎しようと思って、飾りつけしたもので……」

 ドルトルージェ側の侍女が抵抗すると、兵士は剣を抜き、カーテンを切り刻んでしまった。

「ひ、ひどい!」
「一生懸命、飾ったのに……」

 垂れ幕や花が床に落ち、侍女たちは飾ったものの残骸を広い集めて、部屋から出ていった。
 帝国側の態度は、あまりにひどく、せっかくの好意を傷つけるものだった――
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