私はお世話係じゃありません!

椿蛍

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7 お休み【姫凪 視点】

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『島田と申しますが、真辺まなべさんはいらっしゃいますでしょうか』
その声にどきりとした。
桜帆さほさんだった。
「しょ、少々お待ちください……」
声がうわずってしまった。
「あの、真辺専務。島田様からお電話です」
「え?ああ。桜帆ちゃんか。きっと副社長のことだね」
朝から副社長がいない。
出勤してきたはずなのに気がづくといなくなっていたのだ。
それなのに誰も『どこへ行った?』ときかない。
社長をはじめとする重役の方達は信じられないくらい自由気ままだった。
普通の会社じゃ考えられない。
電話を受け取ると専務は桜帆さんと楽しそうに話していた。
「ミツバ電機が攻撃を受けたなら、仕方ないよ。休みの日に個人が何をしようと自由だからいいよ。社長には俺から言っておく。うん。桜帆さほちゃんも大変だね。わかったよ。でもウチの副社長には『後から残業で』って言っておいて?」
あはははっと明るい笑い声が聞こえてくる。
二人は一緒にいるんだ……。
胸が痛んだ。
「副社長になにがあった?」
倉本くらもと常務が聞くと、真辺専務が笑いながら、答えた。
「どうやら、ミツバ電機のデータが他社に盗まれたっぽい」
「なるほど。それで」
「桜帆ちゃんのこと、大事にしているからね。危害を加えた奴は酷い目にあっただろう」
それは見ていた私にもわかる―――
「大事な身内だからな。仕方ない」
身内?ぱっと専務を見ると、専務は常務と喋っていて気づかない。
「大学の時から一緒に住んでいる従妹なんて、もう妹と同じだよね」
「面倒見のいい従妹のおかげで、俺達もあいつに手をとられなくて済むようになったからな」
「そうそう。何も食べないでからびそうになるのを助ける手間がなくなったよね」
「ドアを開けたなり、倒れているのはさすがに心臓に悪い」
従妹……妹……!
自分の目の前が明るくなった気がした。
そうだったんだ。
それじゃあ、あんな親しげなのもうなずける。
もしかして、私は副社長のことを諦めなくてすむの?
思わず、小さくスキップしながら、秘書室に戻った。
嬉しくて麻友子まゆこに報告すると―――
「甘い!いい?姫凪ひな!従妹といえども、結婚できるのよ」
「そ、そうだけど」
怒られてしまった。
「まあ、彼女じゃないってわかっただけでも、よかったけど。もっとアピールしていきなさいよ」
「どうすればいいの?」
「話しかけるとか。飲み会に誘うとか」
「うん……」
「一度、失恋したと思えば、なんでもできるでしょ」
その通りだった。
以前よりはもっと副社長に近づきたい、なんとかして、あの目の中に入りたいと思うようになっていた。
「じゃあ、作戦会議よ!」
「うん!」
「まず、私達が会社の人と距離を縮める時、普段ならどうしてる?」
「飲み会に行くか、お食事よね?」
「そう。まず、会社の皆で集まる口実を作るのよ。今の季節といえば!」
「お花見!」
私と麻友子は手を叩いた。
「きまりね!」
「でも、麻友子。どうやって誘うの?」
「一番、社交性の高い真辺専務を狙うの。秘書室との親睦会をかねたお花見って言えば、きっと大丈夫でしょ。ほら、他の課なら今の時期、歓迎会とかするじゃない?こっちはそういうの一切なかったし、きっと断りにくいはず!」
「麻友子、すごい!」
思わず、拍手してしまった。
そう。ここには歓迎会も飲み会もなかった。
重役の方同士で飲みに行っている様子もない。
ただ淡々と自分達の仕事をするというスタイルで、プライベートも一切話さないし、なんの情報も得られなくて親しくなるチャンスがなかった。
「姫凪。さっそく専務に聞いてみましょ!」
麻友子はなんて頼りになるの。
それに桜の花を見ながら、食事なんて素敵よね。
「専務、少しよろしいですか」
「なに?」
真辺専務はにこりと微笑み、仕事の手を止めた。
話しかけて、手を止めてくれるのは真辺専務がくらいだった。
宮北みやきた参与さんよ備中びちゅう本部長も知らん顔で仕事をしている。
少しくらい興味を持ってくれてもよさそうなのに。
せっかく、お休みの日にエステやネイルサロンへ行っても意味がない。
「都合がよろしければ、秘書室と役員で親睦会をしませんか?お花見を兼ねたお食事会なんですけど、素敵なお店があるんです」
「あー、そっかあ。歓迎会してなかったね。でも社長は絶対に行かないよ。奥さんにべったりだしね。副社長も―――」
「真辺専務っ!」
麻友子が前のめりになった。
「社長のご不在は仕方ないとしても、他の方はぜひともっ!ご出席をお願いします。お店の手配はこちらでやりますから!」
「わ、わかった」
勢いに気圧けおされ、専務はうなずいた。
「ありがとうございますっ!」
麻友子と私はうれしくて、いつもより声のトーンが高くなり、秘書室に戻ったなり、思わず、お互いの手を握りあった。
何を着ていこう。
仕事にまったく身が入らず、午後からはそんなことをずっと考えていた。

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