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第一章
10 結婚の秘密 ※玲花視点
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――結婚するのが、私じゃないなんて、どういうこと?
手をきつく握りしめていたせいで、手のひらに赤い爪の線が残っていた。
「玲花お嬢さんが結婚かと思ってたら、世梨さんが結婚とは驚いたねぇ」
「地味な姿をしていても、世梨さんは美人だし、しっかりしている。いい結婚相手が見つかると思ってたよ」
結婚相手に選ばれなかったせいで、使用人にまで馬鹿にされていた。
これも全部、世梨のせい。
しかも、世梨の嫁入りの準備で、家中が忙しく、私のことは誰も気にかけてくれない。
話を聞いてくれそうな清睦兄さんは大学の勉強のため、東京から戻らないと連絡がきた。
電報には一言だけ、お祝いの言葉が添えられていただけで終わり。
一緒に暮らしていたわけじゃないから、清睦兄さんが他人みたいな態度なのも当然のこと。
そもそも、私だって東京にいれば、こんな惨めな思いをしなくて済んだ。
「どうして、世梨が気に入られたのかしら」
絶対、なにかあるに決まってる。
あんな地味で、冴えない世梨に一目惚れするなんて、まずあり得ないのだから。
家の中にいたくなくて、イライラしながら、外に出ると、親戚たちが集まっていた。
郷戸の仕事関係者もいる。
「世梨の結婚式は、私より盛大にしないって言ったくせに! お父様の嘘つきっ!」
私の結婚式より、世梨のほうが豪華で立派なものになることは間違いなかった。
急に決まったのに、父は郷戸の力を使って、ごちそう用の食材を町から取り寄せ、酒を運び入れ、家紋入りのお膳を出し、親戚たちにも声をかけ、協力させた。
大勢のお客様が集まる予定で、長時間の宴席を予定しているのか、提灯まで用意された。
まるで、村のお祭り状態。
世梨がいなければ、私が気に入られて結婚していたはず――
『あやかしの嫁取りだって』
――今、なんて言ったの?
人ではない声が聞こえてきた。
『幸せになるなんて、許せないわよねぇ』
声の主は、私の心を代弁し、昔からの友人のように、白い手を肩に置いた。
生気のない手は、生きている者の手ではなかった。
白くぼやけた人の形は、手と口だけが見え、全体の輪郭が定まらなのか、ゆらゆら揺れている。
人が大勢集まるところには、人でないものが紛れやすい。
「あんたたちなんかに、同情されたくないわ。それより、今、あやかしって言わなかった?」
私の態度が気に入らなかったらしく、死霊から無視された。
無理やり従わせてもよかったけれど、自我を失わせて話せなくなると困る。
「わかったわよ。いい物をあげるから、機嫌を直しなさいよ」
『いい物?』
死霊は機嫌を直したのか、こちらを向く。
「その代わり、あやかしの結婚について、説明してくれるかしら?」
くちなし色の着物の袖から、隠し持っていた金平糖をちらつかせ、死霊をおびき寄せる。
ふたつの死霊の影が、輪郭をしっかりさせ、私の前に姿を現す。
禿姿の小さな子供と、襦袢姿の色っぽい女性だった。
金平糖を受けとり、二人はそれを分け合いながら、口にする。
『姐さん、美味しいね』
『そうだねェ』
着ている着物の裾に、焦げ痕が見えた。
生前、二人は同じ場所で暮らし、共に死んだことがわかる。
どの客が連れてきた死霊か知らないけど、これは使えそうな気がした。
「もっと金平糖をあげるから、知ってることを話して」
金平糖を取り出すと、禿姿の少女はわあっと歓声を上げた。
『あやかしのお嫁さんになるには、不思議な力を持ってないと駄目なの』
『あんたにも資格はあるよ。アタシたちと、こうして話してるんだ。あやかしにそれを教えてご覧』
『力を持ってる人って、少ないから、お嫁さんを探すのって大変みたい』
『だから、あやかしたちは奪い合う。嫁になりたいと望むなら、あんたの力を見せてやればいい』
世梨だけでなく、私にも資格がある――それを知って鳥肌が立った。
もしかしたら、世梨から結婚相手を奪えるかもしれない。
「金平糖を全部あげるわ。つまり、あの二人は人間じゃないのね?」
『そうだよぉ』
『龍と狐だねぇ。うまく人に姿を似せているけど、アタシたちにはわかる」
死霊たちは私の金平糖に大喜びして、なんでも話してくれた。
『鴉もいるよ。ほら、そこに』
ポリポリと音を立てて金平糖を食べていた襦袢姿の女は、招待客を指差す。
背広姿の男は、黒髪に黒い目、手に黒の手袋をし、帽子を目深にかぶっていた。
「彼が鴉のあやかしですって?」
客の中で、洋装姿は珍しく、男は私に気づくと近寄ってきた。
「郷戸のお嬢さん。お久しぶりです。ご機嫌いかがと言いたいところですが、良くはなさそうですね」
彼とは、以前より顔見知りだった。
父の仕事関係の知り合いで、二十代後半の背の高い男性。
顔もよく、誰がお茶を運ぶかで、女中たちが毎回争いになるほど人気があった。
彼の名は継山景理。
職業は銀行の頭取で、父とも懇意にしている。
「継山さん。機嫌は悪くありませんわ。ただ、今日は鴉がやたら多いですわね」
私がそう言うと、継山さんは目をすうっと細め、死霊たちを睨んだ。
そして、私が止める隙もなく、死霊に手を伸ばし、首に触れた。
継山さんは優しげな笑みを浮かべていて、彼を危険だと少しも思わなかった。
それなのに――
『ひっ……』
『姐さんっ! 姐さ……』
二つの死霊を一瞬で焼いてしまった。
普通の人の目には見えない白い炎は、死霊たちを包み込み、髪の毛一本、着物の端ひとつ残さない。
線香の煙を思い起こさせる細い煙が、風で靡き、先ほどまで、そこになにかいたと教えていた。
喜んで食べていた金平糖が、パラパラと乾いた音を立て、地面に散らばった。
時間差で落ちた金平糖。
最後の最後まで、この金平糖を握りしめていたのかもしれない。
「おしゃべりな死霊でしたね」
「邪魔しないでいただける? 私がせっかく見つけた死霊だったのに、勝手に消さないでほしいわ」
継山さんは笑みを崩さず、私に言った。
「死霊たちから、色々聞き出したようですが、他言無用でお願いします。こうみえて、我々は人の世になんとか馴染もうと必死なんですよ」
どこをどう見ても、必死に見えない。
その証拠に、わざと金平糖を残し、靴底で踏み潰したのだから。
私を脅しているのだ。
「私は言いふらしたりしないわ」
「それが懸命です。玲花さんも頭がおかしくなったと思われたくないでしょうし」
私と継山さんはお互い睨みあった。
以前から、継山さんと父が知り合いだったにも関わらず、私を嫁に望まなかったのはなぜ?
私が普通とは違う特異な力を持っていることを知っていたくせに、なにが足りてなかったというのだろう。
世梨にあって、私にないもの――それがなんなのか、私にはわからない。
「その着物、御所車にくちなしですか」
「男性に着物の良し悪しはわからないでしょうけど、これは着物作家のお友達からいただいたのよ。私のために作ったものだから、ぜひ着てほしいって言われたの」
私のお友達は、女性雑誌にも取り上げられる人気の着物作家で、断髪のモダンな女性。
あか抜けた着物の着こなしをお手本にしたいと、憧れる女学生は多く、私もその中の一人だった。
「いいえ、別に。よく似合っていらっしゃると思っただけですよ」
「無理に褒めなくても結構よ」
「そうですか」
着物に興味がないようで、返事は淡白なものだった。
黒のインバネスコートの袖に隠れていた煙草の箱が目に入る。
箱に松の絵と『敷島』の文字。その箱から、白い棒状の煙草を一本取り出して、口にくわえた。
「煙草吸うなんて、人と変わらないのね」
「変わらない? そんなことはありません。一族の中でも力のない者は、言葉がわかる程度の獣になった」
鴉たちが継山さんを守るように周囲を固めている。
庭の木や空には必ず、鴉の姿があった。
「だから、我々には人間の娘が必要なんですよ。それも、普通じゃない娘がね」
世梨の嫁入りの日、継山さんが現れた理由が、わかった気がした。
「もしかして、世梨を狙っていたの?」
「今も狙っています。彼女は変わった力を持っていて、とても魅力的ですからね」
世梨の力がどんなものであるか知らないけど、私の力より役に立たないものであるはず。
笑いが込み上げてきた。
「なぁんだ、そういうこと。てっきり、世梨を気に入って結婚するんだって思ってたけど、違うのね」
「少なくとも、龍は彼女を気に入っているようですよ」
「わかってるわ。世梨の力をでしょ」
「龍が家柄と金をちらつかせて、彼女に結婚を迫り、承諾させたのでしょうが、あまりに早い」
継山さんの言い方だと、千後瀧様が世梨を気に入り、無理矢理結婚を迫ったみたいで、なんだか気に入らなかった。
でも、なぜ世梨が選ばれたかわかった。
それだけでも、十分だった。
「力がある人間の女性ね。つまり、世梨じゃなくて、私でもいいってことよね?」
「よくある力では、龍も狐も相手にしない。もちろん、我々も」
「私のどこがよくある力よ! 失せ物探しだってできるし、死者と会話できるのよ?」
「興味を持つかどうかです。玲花さんだって、好みがあるでしょう? それに、龍と狐は我々の中でも別格ですよ」
煙草の白い煙がふわりと天に向かって伸びた。
私と継山さんの間で、天に昇る龍の形に似た煙が風で揺らぐ。
「別格って、なにが違うの?」
「鴉の一族において、当主である自分が出向かねばならないほど、彼らが別格だという意味ですよ」
継山さんの手の中で、ぐしゃりと煙草の箱が潰され、箱が歪んで、形を変える。
本気で世梨を狙っているのだとわかった。
「墨染めの着物を着た男は龍の一族、千後瀧家当主。茶色の髪の男が狐の一族の当主です」
「葉瀬様も当主なの?」
「そうですよ。三葉財閥は葉瀬、葉山、上葉の御三家から成る財閥で、御三家の中から、最も強い力を持った者が当主になるんですよ。狐は人になったのも早く、人の世に強い者が多い。奴が一番侮れません」
葉瀬様は穏やかで優しそうな外見のせいか、彼がそれほどの力を持ったあやかしには見えなかった。
「本性は龍神と神狐。あやかしと呼ぶより、神に近い。ですから、格が高いのです」
「継山さんもでしょう?」
私がそう言うと、少し機嫌が良くなった。
「そうですね。八咫烏と呼ばれることもあります」
神様に近い存在――つまり、世梨を狙って、あやかしたちが集まっているということ?
私でなく、世梨。
本宮の祖父もそうだった。
世梨を特別扱いして、私や清睦兄さんはいてもいなくてもいいという雰囲気を感じた。
今と同じ。
相手にされていなかった。
「……継山さん。世梨が欲しいのよね?」
「そうですね。鴉の一族の繁栄のため、彼女を我が妻に迎えたいと思っていますよ」
「なら、私と手を組みましょうよ」
「手を?」
目障りな世梨。
ずっと本宮に行ったまま、戻らなければ、こんな汚い感情を知らずに済んだ。
世梨を私の前から、消してしまいたい。
あの死霊たちのように――
「そうよ。世梨に結婚相手だけは負けたくないの。女学校も出てるし、習い事だってしてるわ」
私が女学校へ通い、習い事をしている間、世梨は本宮の祖父母に甘やかされて育った。
その私より、いい相手に嫁ぐなんて許されない。
「私にだって、力はあるもの。世梨がいなくなれば、千後瀧様や葉瀬様の妻に選ばれるかもしれないでしょ」
私の提案がよかったのか、継山さんが笑った。
これだけ盛大に行った結婚式。
この結婚が駄目になり、両親の顔に泥を塗ることになれば、世梨は郷戸の家にいられなくなる。
親子の縁も切られるはず。
「なんでも協力するわ」
「協力はありがたいですね。我々が近寄るより、妹相手のほうが、油断するでしょうし」
世梨より、私のほうが優れていると認めさせたい――その思いだけで、継山さんと手を組んだ。
簡単な気持ちで、あやかしたちの世界へ足を踏み入れ、取引をした。
彼らが人でないことを考える余裕はなく、激しい嫉妬心が、私の心を支配していた。
手をきつく握りしめていたせいで、手のひらに赤い爪の線が残っていた。
「玲花お嬢さんが結婚かと思ってたら、世梨さんが結婚とは驚いたねぇ」
「地味な姿をしていても、世梨さんは美人だし、しっかりしている。いい結婚相手が見つかると思ってたよ」
結婚相手に選ばれなかったせいで、使用人にまで馬鹿にされていた。
これも全部、世梨のせい。
しかも、世梨の嫁入りの準備で、家中が忙しく、私のことは誰も気にかけてくれない。
話を聞いてくれそうな清睦兄さんは大学の勉強のため、東京から戻らないと連絡がきた。
電報には一言だけ、お祝いの言葉が添えられていただけで終わり。
一緒に暮らしていたわけじゃないから、清睦兄さんが他人みたいな態度なのも当然のこと。
そもそも、私だって東京にいれば、こんな惨めな思いをしなくて済んだ。
「どうして、世梨が気に入られたのかしら」
絶対、なにかあるに決まってる。
あんな地味で、冴えない世梨に一目惚れするなんて、まずあり得ないのだから。
家の中にいたくなくて、イライラしながら、外に出ると、親戚たちが集まっていた。
郷戸の仕事関係者もいる。
「世梨の結婚式は、私より盛大にしないって言ったくせに! お父様の嘘つきっ!」
私の結婚式より、世梨のほうが豪華で立派なものになることは間違いなかった。
急に決まったのに、父は郷戸の力を使って、ごちそう用の食材を町から取り寄せ、酒を運び入れ、家紋入りのお膳を出し、親戚たちにも声をかけ、協力させた。
大勢のお客様が集まる予定で、長時間の宴席を予定しているのか、提灯まで用意された。
まるで、村のお祭り状態。
世梨がいなければ、私が気に入られて結婚していたはず――
『あやかしの嫁取りだって』
――今、なんて言ったの?
人ではない声が聞こえてきた。
『幸せになるなんて、許せないわよねぇ』
声の主は、私の心を代弁し、昔からの友人のように、白い手を肩に置いた。
生気のない手は、生きている者の手ではなかった。
白くぼやけた人の形は、手と口だけが見え、全体の輪郭が定まらなのか、ゆらゆら揺れている。
人が大勢集まるところには、人でないものが紛れやすい。
「あんたたちなんかに、同情されたくないわ。それより、今、あやかしって言わなかった?」
私の態度が気に入らなかったらしく、死霊から無視された。
無理やり従わせてもよかったけれど、自我を失わせて話せなくなると困る。
「わかったわよ。いい物をあげるから、機嫌を直しなさいよ」
『いい物?』
死霊は機嫌を直したのか、こちらを向く。
「その代わり、あやかしの結婚について、説明してくれるかしら?」
くちなし色の着物の袖から、隠し持っていた金平糖をちらつかせ、死霊をおびき寄せる。
ふたつの死霊の影が、輪郭をしっかりさせ、私の前に姿を現す。
禿姿の小さな子供と、襦袢姿の色っぽい女性だった。
金平糖を受けとり、二人はそれを分け合いながら、口にする。
『姐さん、美味しいね』
『そうだねェ』
着ている着物の裾に、焦げ痕が見えた。
生前、二人は同じ場所で暮らし、共に死んだことがわかる。
どの客が連れてきた死霊か知らないけど、これは使えそうな気がした。
「もっと金平糖をあげるから、知ってることを話して」
金平糖を取り出すと、禿姿の少女はわあっと歓声を上げた。
『あやかしのお嫁さんになるには、不思議な力を持ってないと駄目なの』
『あんたにも資格はあるよ。アタシたちと、こうして話してるんだ。あやかしにそれを教えてご覧』
『力を持ってる人って、少ないから、お嫁さんを探すのって大変みたい』
『だから、あやかしたちは奪い合う。嫁になりたいと望むなら、あんたの力を見せてやればいい』
世梨だけでなく、私にも資格がある――それを知って鳥肌が立った。
もしかしたら、世梨から結婚相手を奪えるかもしれない。
「金平糖を全部あげるわ。つまり、あの二人は人間じゃないのね?」
『そうだよぉ』
『龍と狐だねぇ。うまく人に姿を似せているけど、アタシたちにはわかる」
死霊たちは私の金平糖に大喜びして、なんでも話してくれた。
『鴉もいるよ。ほら、そこに』
ポリポリと音を立てて金平糖を食べていた襦袢姿の女は、招待客を指差す。
背広姿の男は、黒髪に黒い目、手に黒の手袋をし、帽子を目深にかぶっていた。
「彼が鴉のあやかしですって?」
客の中で、洋装姿は珍しく、男は私に気づくと近寄ってきた。
「郷戸のお嬢さん。お久しぶりです。ご機嫌いかがと言いたいところですが、良くはなさそうですね」
彼とは、以前より顔見知りだった。
父の仕事関係の知り合いで、二十代後半の背の高い男性。
顔もよく、誰がお茶を運ぶかで、女中たちが毎回争いになるほど人気があった。
彼の名は継山景理。
職業は銀行の頭取で、父とも懇意にしている。
「継山さん。機嫌は悪くありませんわ。ただ、今日は鴉がやたら多いですわね」
私がそう言うと、継山さんは目をすうっと細め、死霊たちを睨んだ。
そして、私が止める隙もなく、死霊に手を伸ばし、首に触れた。
継山さんは優しげな笑みを浮かべていて、彼を危険だと少しも思わなかった。
それなのに――
『ひっ……』
『姐さんっ! 姐さ……』
二つの死霊を一瞬で焼いてしまった。
普通の人の目には見えない白い炎は、死霊たちを包み込み、髪の毛一本、着物の端ひとつ残さない。
線香の煙を思い起こさせる細い煙が、風で靡き、先ほどまで、そこになにかいたと教えていた。
喜んで食べていた金平糖が、パラパラと乾いた音を立て、地面に散らばった。
時間差で落ちた金平糖。
最後の最後まで、この金平糖を握りしめていたのかもしれない。
「おしゃべりな死霊でしたね」
「邪魔しないでいただける? 私がせっかく見つけた死霊だったのに、勝手に消さないでほしいわ」
継山さんは笑みを崩さず、私に言った。
「死霊たちから、色々聞き出したようですが、他言無用でお願いします。こうみえて、我々は人の世になんとか馴染もうと必死なんですよ」
どこをどう見ても、必死に見えない。
その証拠に、わざと金平糖を残し、靴底で踏み潰したのだから。
私を脅しているのだ。
「私は言いふらしたりしないわ」
「それが懸命です。玲花さんも頭がおかしくなったと思われたくないでしょうし」
私と継山さんはお互い睨みあった。
以前から、継山さんと父が知り合いだったにも関わらず、私を嫁に望まなかったのはなぜ?
私が普通とは違う特異な力を持っていることを知っていたくせに、なにが足りてなかったというのだろう。
世梨にあって、私にないもの――それがなんなのか、私にはわからない。
「その着物、御所車にくちなしですか」
「男性に着物の良し悪しはわからないでしょうけど、これは着物作家のお友達からいただいたのよ。私のために作ったものだから、ぜひ着てほしいって言われたの」
私のお友達は、女性雑誌にも取り上げられる人気の着物作家で、断髪のモダンな女性。
あか抜けた着物の着こなしをお手本にしたいと、憧れる女学生は多く、私もその中の一人だった。
「いいえ、別に。よく似合っていらっしゃると思っただけですよ」
「無理に褒めなくても結構よ」
「そうですか」
着物に興味がないようで、返事は淡白なものだった。
黒のインバネスコートの袖に隠れていた煙草の箱が目に入る。
箱に松の絵と『敷島』の文字。その箱から、白い棒状の煙草を一本取り出して、口にくわえた。
「煙草吸うなんて、人と変わらないのね」
「変わらない? そんなことはありません。一族の中でも力のない者は、言葉がわかる程度の獣になった」
鴉たちが継山さんを守るように周囲を固めている。
庭の木や空には必ず、鴉の姿があった。
「だから、我々には人間の娘が必要なんですよ。それも、普通じゃない娘がね」
世梨の嫁入りの日、継山さんが現れた理由が、わかった気がした。
「もしかして、世梨を狙っていたの?」
「今も狙っています。彼女は変わった力を持っていて、とても魅力的ですからね」
世梨の力がどんなものであるか知らないけど、私の力より役に立たないものであるはず。
笑いが込み上げてきた。
「なぁんだ、そういうこと。てっきり、世梨を気に入って結婚するんだって思ってたけど、違うのね」
「少なくとも、龍は彼女を気に入っているようですよ」
「わかってるわ。世梨の力をでしょ」
「龍が家柄と金をちらつかせて、彼女に結婚を迫り、承諾させたのでしょうが、あまりに早い」
継山さんの言い方だと、千後瀧様が世梨を気に入り、無理矢理結婚を迫ったみたいで、なんだか気に入らなかった。
でも、なぜ世梨が選ばれたかわかった。
それだけでも、十分だった。
「力がある人間の女性ね。つまり、世梨じゃなくて、私でもいいってことよね?」
「よくある力では、龍も狐も相手にしない。もちろん、我々も」
「私のどこがよくある力よ! 失せ物探しだってできるし、死者と会話できるのよ?」
「興味を持つかどうかです。玲花さんだって、好みがあるでしょう? それに、龍と狐は我々の中でも別格ですよ」
煙草の白い煙がふわりと天に向かって伸びた。
私と継山さんの間で、天に昇る龍の形に似た煙が風で揺らぐ。
「別格って、なにが違うの?」
「鴉の一族において、当主である自分が出向かねばならないほど、彼らが別格だという意味ですよ」
継山さんの手の中で、ぐしゃりと煙草の箱が潰され、箱が歪んで、形を変える。
本気で世梨を狙っているのだとわかった。
「墨染めの着物を着た男は龍の一族、千後瀧家当主。茶色の髪の男が狐の一族の当主です」
「葉瀬様も当主なの?」
「そうですよ。三葉財閥は葉瀬、葉山、上葉の御三家から成る財閥で、御三家の中から、最も強い力を持った者が当主になるんですよ。狐は人になったのも早く、人の世に強い者が多い。奴が一番侮れません」
葉瀬様は穏やかで優しそうな外見のせいか、彼がそれほどの力を持ったあやかしには見えなかった。
「本性は龍神と神狐。あやかしと呼ぶより、神に近い。ですから、格が高いのです」
「継山さんもでしょう?」
私がそう言うと、少し機嫌が良くなった。
「そうですね。八咫烏と呼ばれることもあります」
神様に近い存在――つまり、世梨を狙って、あやかしたちが集まっているということ?
私でなく、世梨。
本宮の祖父もそうだった。
世梨を特別扱いして、私や清睦兄さんはいてもいなくてもいいという雰囲気を感じた。
今と同じ。
相手にされていなかった。
「……継山さん。世梨が欲しいのよね?」
「そうですね。鴉の一族の繁栄のため、彼女を我が妻に迎えたいと思っていますよ」
「なら、私と手を組みましょうよ」
「手を?」
目障りな世梨。
ずっと本宮に行ったまま、戻らなければ、こんな汚い感情を知らずに済んだ。
世梨を私の前から、消してしまいたい。
あの死霊たちのように――
「そうよ。世梨に結婚相手だけは負けたくないの。女学校も出てるし、習い事だってしてるわ」
私が女学校へ通い、習い事をしている間、世梨は本宮の祖父母に甘やかされて育った。
その私より、いい相手に嫁ぐなんて許されない。
「私にだって、力はあるもの。世梨がいなくなれば、千後瀧様や葉瀬様の妻に選ばれるかもしれないでしょ」
私の提案がよかったのか、継山さんが笑った。
これだけ盛大に行った結婚式。
この結婚が駄目になり、両親の顔に泥を塗ることになれば、世梨は郷戸の家にいられなくなる。
親子の縁も切られるはず。
「なんでも協力するわ」
「協力はありがたいですね。我々が近寄るより、妹相手のほうが、油断するでしょうし」
世梨より、私のほうが優れていると認めさせたい――その思いだけで、継山さんと手を組んだ。
簡単な気持ちで、あやかしたちの世界へ足を踏み入れ、取引をした。
彼らが人でないことを考える余裕はなく、激しい嫉妬心が、私の心を支配していた。
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