御曹司社長は恋人を溺愛したい!【宮ノ入シリーズ③】

椿蛍

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コミカライズ記念 特別番外編【宮ノ入シリーズ①:恋人編】

11 彼女がいると ※雅冬視点

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 母が嫌がらせをするだろうという予感はあった。

「俺がやめろと言っても、やめないだろうが、うまく撫子の宮会から逃すくらいはできる」
 
 ただし、自分というエサ(ネタ)と引き替えだ。 
 それにしても、よく参加したものだ。
 歓迎されていない状況で参加すれば、どうなるかくらいわかるはずだ。
 自分からわざわざ傷つけられに行ったようなもの。
 理解に苦しむ。
 だが、放置するのも目覚めが悪い。

 ――俺が撫子の宮会に出席とか、子供の時以来か?

 実家は正直、好きではない。
 帰ったのは、帰国した時に一度だけ。
 挨拶程度だ。
 俺を社長にするため、昔から瑞生と張り合ってきた。
 けど、瑞生は俺を相手にもしていないだろう。
 瑞生が俺に嫉妬したのは、一度きり。
 昨日、自分の恋人と話した――たかが、それだけのことで、俺に初めて嫉妬した。

 ――瑞生にとっては、それだけのことじゃなかったんだろうな。
 
 瑞生は本気で彼女を愛している。
 そう考えたら、母が撫子の宮会で、瑞生の恋人に嫌がらせをし、泣かせようものなら、どうなるのか考えたくもない。
 血を見る……いや、地獄を見るぞ。
 母を止めようと、早足でマンションの内廊下を歩く。
 もうすぐ実家に着くというところで、前方からいちゃいちゃしたカップルが歩いてきた。
 もしや、あれは……

「瑞生さんに買い出しを手伝ってもらうなんて、悪いですから!」
「いや、一緒に行く。自分で食材を買うのは初めてだが……」
「初めて? そ、そんな!」
「安心しろ。荷物持ちくらいできる」

 ――瑞生が荷物持ち?

 想像してみたが、似合わない。

「瑞生さんに荷物を持たせているところを他の方に見られたら、大騒ぎになります!」
「最初だけだ。そのうち、当たり前になる。今日だけじゃないんだからな。まだ先がある」
「先……」
「結婚して、これから、ずっと一緒にいるんだろ?」

 瑞生が他人にそんな言葉をかけるとは、思わなかった。
 まともな人間に見えた。

「そう……ですよね。まだ私たちには先がありますよね」
「ああ」

 瑞生はうなずき、彼女の手を握り、微笑んだ。
 
 ――あんな瑞生、初めて見たな。

 両親を亡くしてからの瑞生は、まるで人形のようだった。
 笑わなくなり、感情を表に出さなくなり、言葉が少なくなった。
 祖父は厳しい人だった。
 孫の中でも一番年下の俺には甘かったが、瑞生や直真には違う。
 そう考えたら、祖父が期待しているのは俺ではなく……
 
「雅冬さんじゃないですか?」
「雅冬?」

 二人の邪魔をしないように、どこかに隠れようと思ったが、でかい図体の男が隠れるような場所はなかった。

「俺は実家に帰るところだ。様子を見にきたわけじゃない」

 言い訳してみたものの、俺が撫子の宮会が開かれている実家に帰るわけがない。
 なんなら、マンションの部屋にすらいたくない。
 瑞生にはそれがわかるのか、俺にも微かに笑みを向けた。
 
「そうか。雅冬、たまに顔を見せてやるのも悪くないぞ」

 ――嘘だろ。瑞生は撫子の宮会に顔を出したのか!?

 驚いたが、俺以上に驚いたのは、撫子の宮会の参加者だろう。
 どうせ、母は瑞生には敵わない。
 負けたに決まってる。
 瑞生の隣で幸せそうに微笑む彼女を見てわかる。
 彼女は泣いておらず、俺に会釈をした。
 瑞生は彼女の肩を抱き、清々しい顔をして去っていった。

 ――勝負してもしなくても、瑞生はいつも俺を負けた気分にさせるんだ。

 瑞生を見て、俺は気づいてしまった。
 自分が誰も本気で愛したことがないのだと――
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ――誰かを愛するには、どうしたらいいのか。
 
 このままで自分はいいだろうか。
 両親に言われるまま、ここまでやってきた。
 瑞生と同じ習い事をし、大学を卒業し、海外支店へ行き――宮ノ入のトップに立つため、瑞生と同じように育てられた。
 けど、俺と瑞生は違う。

「雅冬、聞いてる!?」

 綾香はイライラしていた。
 どうやら、瑞生の婚約者として、美桜さんが認められたようだ。
 母からも電話があったが、綾香の様子を見る限り、居留守を使って正解だ。
 延々と同じ話をされ、休日が潰れるところだった。

「今から会議だ」
「瑞生さんも出席するのよね。私も参加するわ!」 
「無理だ。出席者は重役と部長クラスしかいないぞ」
「雑用を頼まれて、参加したって言うわ。いいでしょ?」

 やめておけばいいのに、強引に綾香は参加を決めた。
 
「会議中にお茶を用意するのか?」
「そんな雑用を私がするわけないでしょ」

 ――やっぱりな。

 綾香が他の女子社員のように雑用を頼まれたことはない。
 副社長の孫に『コピーを頼む』と言える社員は、どこにもいなかった。
 
「参加しないほうがいいぞ。思い知らされるだけだ」
「思い知らされる? どういうこと?」

 綾香は瑞生が本気だと気づいていないのか、まだ自分は負けていないと思っている。
 いや、今まで綾香は負けたことがないから、負けたと思っていないのだ。

 ――思い知るまで、止めないほうがいいかもな。

 俺の後を追って、綾香は会議室に入る。
 会議室は前回のこともあり、緊張感が漂っていた。
 重苦しい雰囲気に、綾香も気づいたらしく、表情が曇る。

「なんなの? この雰囲気は……」
「これが本社の空気だ。海外支店のほうが、まだ気楽に仕事ができる」

 瑞生が秘書の美桜さんを伴い、会議室へ入ってくると、常務派は苦々しい顔をし、社長派は媚びた笑みを作る。
 唯一、普通の態度でいるのは副社長だけだ。
 今回も息の詰まる会議になるだろうと、誰もが思っていた。
 だが――

「お茶とお菓子を用意しました。こちらをどうぞ」

 綾香が『雑用』と笑った仕事だ。
 それを率先して、美桜さんはこなす。
 しかも、瑞生の顔色をうかがう重役たちに、用意したお茶とお菓子を出した。

 ――前の会議ではお茶とお菓子はなかった。瑞生はなんて言うんだ?

 いつもなら険しい顔をし、俺たちの前では絶対に表情を崩さない瑞生が、自分の前にお茶とお菓子が置かれた時、ふっと微笑んだ。
 
「社長は抹茶味がお好きですよね?」
「ああ」

 瑞生の表情が違うだけで、周囲の空気の和らぎ、緊張が解けた。
 話しやすい空気に変わる。

「……なんなのよ」

 綾香は瑞生の顔を見て、小さく呟いた。
 
「あの二人の間には誰も入れない。お前でも無理だ」
「そんなことないわよ!」
「綾香。引き際を間違えるなよ。瑞生を本気で怒らせるな」

 綾香はやっと負けを意識したのか、悔しそうな顔をして黙り込んだ。

「いやいや……。助かりました」
「いつもなら、緊張で頭が真っ白になるんですが、今日は自然に話せましたよ」
「社長も優しい顔をするときがあるとは。人間だったんですなぁ」

 会議がスムーズに終わり、そんな声が聞こえた。
 今日の会議は緊張し、説明が滞ることもなく、注意もやんわりとしたものだったような気がする。
 重役たちはホッと息を吐き、美桜さんに感謝していた。
 
 ――撫子の宮会に続き、こちらのほうも大丈夫そうだな。 

 会議を終えた瑞生が会議室を出ようとしたのを見て、呼び止めた。

「瑞生、五分だけいいか? 話をしたい」
「なんだ?」

 今回は瑞生の嫉妬を煽るためじゃなく、自分のためだ。

「瑞生……いや、社長。そろそろ海外支店へ戻してもらいたい。これは正式な異動じゃなかっただろ?」
「ああ」

 瑞生は笑い、あっさり了承した。

「海外支店もお前がいなくて困っているだろう。俺から会長に連絡しておく」
  
 凍てついた目も、冷たい態度もない。
 柔らかい空気だった。
 それは彼女が隣にいるからだ。

「瑞生さん、お茶とお菓子のカップと皿を片付けてから戻ります。部屋にお弁当を用意してありますから、先に食べていてくださいね」
「俺も片付けを手伝うから、一緒に食べよう」
「ダメです。瑞生さんが給湯室でカップや皿を洗っていたら、大騒ぎになります」
「だが……」

 ニコッと美桜さんは微笑んで瑞生を黙らせ、手伝いを阻んだ。

「秘書の仕事は秘書がやるものです。瑞生さんは社長なんですから、社長の仕事をしてください」
「わかった……」

 叱られた瑞生はこれ以上言って、彼女を怒らせたくないのか、渋々引き下がった。 
 
 ――瑞生は変わった。

 これは、誰も彼女に敵わない。 

「綾香、これでわかっただろ? お前も一緒に海外支店へ戻るぞ」

 綾香の初恋は瑞生だったのかもしれない。
 目に涙を浮かべ、唇をギュと噛み、震えていた。
 人生初めての敗北を綾香は味わったようだ。
 
「向こうでの仕事が溜まってるだろうな」

 綾香を置いて、一人で廊下に出ると、掃除している若い女性がいた。

 ――雑用か。

 俺は綾香とは違う。
 もっと視野を広く持てる人間でありたい。
 
「お疲れ様」
「あっ、え? お疲れ様です!」

 すれ違い、挨拶をする。
 まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、背中に視線を感じた。
 俺も初めて声をかけた。
 変れば、俺も瑞生のような運命の相手にいつか会えるのだろうか。
 そう思いながら、長い廊下を歩き出した。
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