上 下
8 / 56
本編

8 腕の中

しおりを挟む
冬悟とうごさんの魅力に誘われて完全に捕まってしまった―――蝶。
いえ、虫です、私は。
いいように言いすぎた。
そう思ったのは浴室で温いお風呂につかっていた時。
自分の顔を鏡でじっーと見ていた。
平均点……
ちゃぽ……とすくったお湯を手の中から力なくこぼした。

「はー、お風呂もゴージャス……」

ほわほわと白い湯気がたちのぼり、大きな浴槽はジェットバス付き。
バスソルトは薔薇の香りがして、ふんわりと甘い。
あまりの癒され空間に眠くなってしまう。
今日、いろんなことがあった。
でも、それも全部、中和してしまくらいのもてなされぶり。
そして、私は人生初の体験を更新しているところです。
今は彼氏のお家でお風呂に入るというシチュエーション。

「それも今日、彼氏になったばかりなのにー!」

相手はずっと憧れていた人。
こんなことってある!?

「ないっ!ないよー!」

バシャバシャとお湯を飛ばして、ひとしきり暴れたところで疲れて、おとなしくお湯にちゃぽんとつかった。
待って、私。
ちょっと落ち着こう。
そう、私は冬悟さんにふさわしい大人の女性として私は生まれ変わるっ!
虫から蝶へと!
脳内でちょうちょの歌を歌いながら、髪を乾かし、パジャマを着る。
全部、サイズはぴったり。
そこまではのんきな私。
『そっかぁ、そんなこともあるよね』って思っていた。
でもそのパジャマはヒラヒラしたレースがたくさんついた
そ、それだけじゃなくてっ!

「あ、あのぅっ……」

すすっと寝室のドアをほんの少しだけ開けた。
ドアの隙間から見えたのお風呂上がりの冬悟さん。
う、うっわー!色っぽい!
私の百倍は色気があるってばー!
前髪をおろし、真剣な顔をして冬悟さんはベッドの上で立て膝を付き、難しそうな本を読む姿はもう神々しいレベル。
冬悟さんが着ているのはパジャマというよりはルームウェア。
ネイビーの薄手のクールネックの半袖シャツ、ワイドパンツ、上にシャツブルゾンを羽織っている。
シンプルなのにおしゃれでかっこいい。
それに比べて私のパジャマは―――

「なにかありましたか?」

冬悟さんが本から顔をあげて私を見た。

「ぱ、パジャマってこれしかないんですか?もっと露出の少ないのって」

キャミソールタイプで胸元がV字に空いたレースたっぷりのクリーム色のワンピース。
そして、透け感のあるロングカーディガン。
薄手だからか、下着が透けて見えるんじゃないかなって心配になってくる。
落ち着かないかんじでドアの前でうろたえていると冬悟さんがふっと笑った。

「こちらへどうぞ」

ぽんぽんっとベッドを手で叩く。
それを拒めるわけもなく、そろりとドアをあけ、隣に座った。

「似合ってますよ。とても」

メガネをはずし、微笑んだ冬悟さんにやられてしまった。
自分のセクシーパジャマなんか、もうただの布きれですねと思うくらいの微笑み。
髪を指ですかれただけなのにドキドキして胸が苦しい。
冬悟さんからは女性を魅了するフェロモンが出ているに違いない。
きっとそう。

「冬悟さん……」

そのフェロモンにやられた私は体から力が抜け、気づくとその腕の中に抱き締められていた。
冬悟さんから私と同じ薔薇の香りがする。
そっとその顔を見上げると、長い睫に白い肌、涼やかな目元にサラサラの髪。
メガネがなくて、髪をセットしてない冬悟さんはいつもよりずっと若く見えて、本当に王子様みたいだった。
薔薇の香りがこんなに似合う男の人なんて、そうそういないと思う。
それくらい綺麗な顔立ちだった。
今日、二度目のキスを受け入れながら、薔薇の香りに酔ったのか、一度目のキスより頭がぼうっとしてくらくらした。
不思議。
どうしてなのかわからないけど、すごく唇が心地いい。

「あ……んぅ……」

舌をなぞられただけなのにたまらず、冬悟さんの体にしがみついた。
同じ香りのせいか、境目が曖昧でもっと深くまでキスをして欲しいなんて思ってしまう。
けれど、冬悟さんは体を離した。

「これ以上は眠れなくなりますから、やめておきましょうか」

「は、はい……」

離した体から体温が逃げていく。
それが寒々しくて、どこか寂しい。

「電気を消しますね」

こくっとうなずいた。
ただ二人でベッドに眠るだけ。
ちゃんと冬悟さんは約束を守ってくれている。

「おやすみなさい」

えへっと笑うと冬悟さんも微笑んだ。
それだけなのに幸せを感じていた。
いそいそと布団の中に潜り込み、目を閉じると背後から体を抱き締められた。
こ、これっ!?
ね、眠れる?
いや、眠れないよね?
うなじに冬悟さんの唇があてられて、びくりと体が震えた。

「だ、だめです。そんなことされたら、眠れないですからっ」

「そんなことってどんなこと?」

えっーーー?
するりと手が胸をなでた。

「ひあ……」

唇がなぞった首筋や耳が空気に触れ、余韻が体に残る。
それ以上はしないし、ただ抱き締めているだけ。
こんなの生殺しもいいところだった。
髪に顔をうずめ、背後から抱き締められているこの状況で冬悟さんは眠れるの?
そう思って、ちらりと背後に視線をやると目を閉じて眠っていた。
う、嘘っー!
まさか、この体勢で眠ってしまうんですか?
腕から逃れることもできず、目を見開いたまま、数分。
手から伝わる体温がだんだん暖かくなってきて、体から力が抜けた。
これ以上はなにもないし、ただ抱き締められているだけ。
その腕の中は居心地は悪くない。
眠気が襲ってきて、うとうとし始め、私は気がつくと目を閉じていた。
暖かな腕の中で安心しきって深い眠りに落ちていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:667pt お気に入り:1,125

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,987pt お気に入り:16,125

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,990pt お気に入り:2,474

初夜の翌朝失踪する受けの話

BL / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:2,925

処理中です...