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一章

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 「荷物は、それだけか?」
馬車に向かい合わせに乗って、手提げ袋の小ささに驚いた。獣人の子はコクンと縦に頭を下げて返事をした。
着替えの服が数着あるだけで、獣人の子の私物はこれだけだったらしい。

 「……たくさん可愛い服を、買ってあげるからな?」
あまりにも不憫で、似合う可愛い服を買ってあげようと心に誓った。
 獣人の子は、キョトンとした顔をしていた。そんな顔も可愛い。
「今、流行りのドレスを何着か作ろう」
おしゃれしたい年頃だろう。まずは身の回りの物をそろえてからだ。

 こんな可愛い子が自分の子供になるなんて、色々楽しみができた。国の政策で『貴族で、養子を迎え入れる事を推奨(条件あり)』としたが、先立って俺が養子を迎える事が出来て良かった。
 そんな事を考えていたら、獣人の子が俺の袖を掴んできた。
「ん? 何だ?」

 獣人の子の顔を見ると、首を左右に振っていた。
否定……だよな? ああ。服を買うことへのかな。
「お金のことは気にしなくていい。しばらくは新しい環境になれることだ。それから色々学んで欲しい」
怖がらないように、にっこりと微笑んだ。

 「……」
掴んでいた手を離して、複雑そうな表情をしていた。
「悪いようにはしないから、安心して屋敷で暮らしてくれ。あ、名前がないのは不便だな……」
大人しく話を聞いている獣人の子をジッとみた。

 すぐに調査書が届くだろう。
医師も呼んで健康状態もみてもらおう。話せないのは精神的なものか、それとも……。やることはたくさんだ。

 「もうすぐ、屋敷に着くから」
馬車の窓から外を覗くと、屋敷の門が見えてきた。獣人の子も外を珍しげに見ていた。

 
 王都に屋敷は幾つかあるが、これはプライベートな場所で王都に居るときはこの屋敷で過ごしている。
 白い壁の一般的な貴族よりは大きな屋敷で、庭には緑豊かに花が咲き噴水や温室等あって、くつろげるように造った。


 「お帰りなさいませ、クラスト様」
「お帰りなさいませ」
執事のスティーブンを筆頭にメイドが並んで出迎えていた。
「ただいま」
挨拶するとみんなが、馬車からおずおずと降りてきた獣人の子に注目した。
 
 「この獣人の子が、今日から私の養子となる。私と同様に接する事」
まだ獣人を良く思わない者もいる。この屋敷で働く者で差別的な者はいないと思うが、念の為に牽制しておく。

 皆に獣人の子を紹介すると、胸のあたりでギュッと握っていた両手を脇に伸ばして、ペコリとお辞儀した。
 メイド達からは『可愛い』と小さな声が聞こえてきた。

 「……この子は、言葉を話せないようだ。心理的なのかは判らないが医師には診せたい。色々考慮してやってくれ」
「医師を呼びます」
スティーブンがすぐ後ろにいるメイドに指示した。手配してくれたようだ。

 「調査書は届いております。執務室に」
「ありがとう。中に入ろう」

 獣人の子の肩に手を添えて歩き出す。
「とりあえず服などを揃えましたので、お着替えをなさって下さい」
「まかせる」
屋敷の中に入ると、兄(現王)から貰った美術品や装飾品が飾ってある。俺はあまり興味がないが高級品だろう。優秀な執事やメイド、屋敷で働く者達で豪華に整えられている。

 「……あとで食事を一緒に食べよう。まずは部屋でくつろいで、メイドさんに着替えなどを手伝ってもらいなさい」
そう言い、頭を撫でた。獣人の子は頭を縦に下げて返事をした。
「いい子だ」


 調査書を読むために執務室へ向かう。
獣人の子の身の回りのことは、執事のスティーブンとメイドにまかせる。
できる執事のスティーブンやメイドなら、キチンと面倒をみてくれるだろう。

 ギィィ……と重いドアを開ける。
俺がこの屋敷に居るときは、書類仕事はこの執務室でしている。
手紙などを入れるトレーに、教会の孤児院から手紙が届いていた。調査書だろう。

 ドッシリとした頑丈な机の椅子に座る。
書類が少し溜まっていたが、あとでも間に合うだろう。
 ペーパーナイフで、封筒を開く。

 一枚の紙に、獣人の子の年齢などが書いてあったので読んだ。
「……年齢は十歳。髪の毛の色は茶色。瞳の色は緑。性別……  ――えっ!?」

 ガタン! バタバタッ!
立ちあがり、急いで獣人の子がいる部屋に走って行った。
「クラスト様!?」
すれ違ったメイドは驚いていた。……そのはずだ。屋敷の中を走ったのは子供の頃、以来だ。

 「あの獣人の子、男の子だった!?」
バターン! と部屋の扉を開けて入った。

 「クラスト様。……まさか成人なさってから “扉は静かに開けましょう” と言う日が来るとは思いませんでした」
執事のスティーブンが険しい表情を浮かべ、睨んでいる。
「あ、スティーブン。すまん。……君は、男の子だったのか」
獣人の子はビクリと体を震えさせて、こちらを向いた。
 下唇を噛み、うつむいている。

 「そうか……。いや、別に女の子でも男の子でも、  。だから心配しないでくれ」

色々複雑な(攫われてきた等)事情がある子なんだ。気をつけないと。でも、本当にこの子なら性別は気にしなかったと思う。

 少し狼狽えてしまった俺は、スティーブンに目線で助けを求めた。
「……コホン。クラスト様もこう言って下さりますし、心配なさらずに」
スティーブンの助けを得られた!

 獣人の子をチラリと伺うと、ニコッと笑った。

 「……笑った」
思わず声に出した。



 








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