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一章

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 「クラスト様、これから湯浴みいたしますので……」
スティーブンはふっ……と俺をみて笑い、俺を部屋の外に出るように言った。

 「あ、ああ。――そうだ。名を決めなければ、皆も世話しづらいだろう」
もとの名前はなんていう名だったのだろう……。獣人の子を見ると、身長差があるので上目遣いで俺をジッと見ていた。 
「もとの名前を、俺に教えられるかな?」
獣人の子に尋ねた。

 フルフルと首を左右に振ったので、わからないか・言いたくないかのどちらかだろう。
「……では、俺が名付けていいか?」
そう言うと今度は頷いた。

 さて……。何て名前にしようか?
何も持ってなかった獣人の子。
 ゼロ……。
ウェイダー国に伝わる、英雄の初代王に仕えた四天王の一人、優しき宰相の名前が【ゼロウス】だったな。

 「ゼロウス……と名前は、どうだ?」
その名前を聞いて、スティーブンや部屋でお世話をしていたメイド達の反応が良かった。
 肝心の獣人の子は、コクコクと数回頭を下げた。
「優しい顔をしているから舐められないように、英雄の名前をつけよう」
 獣人の子、ゼロウスは嬉しそうに微笑んだ。

 「今日から 『ゼロウス』だ。勉強ばかりじゃなく、体もしっかり鍛えて頑張りなさい」
ゼロウスは、コクリと頷いた。
「では、ゼロウス。改めて紹介しよう」
俺は執事のスティーブン、メイド頭のアンヌやメイド達を紹介した。

 「「よろしくお願いします」」

 「基本的な事はスティーブンから学んでから、能力をみて徐々に専門の先生をつけよう」
スティーブンが俺の考えに頷く。

 「お医者様にみてもらう前に、湯浴みいたしましょう」
メイド頭のアンヌが時計を見てゼロウスに話しかけた。
「では、ゼロウスをたのむ」
「畏まりました」
俺はアンヌにゼロウスをまかせて、部屋を出て行こうとした。

 ガシッ! と背中のシャツを掴まれた。
「ゼロウス?」
振り返ると、顔を左右に振って泣きそうな表情をしていた。
「あら!」
アンヌは一瞬驚いたが、何か察したように俺をみた。
「こちらへ来たばかりなので不安なのでしょう。クラスト様、ゼロウス様と一緒に湯浴みをして差し上げてたらいかがですか?」

 アンヌは四人の子供がいる。十歳とはいえ、不安な様子に気が付いたのだろう。
「……そうだな。ゼロウス、一緒に湯浴みしようか?」
十歳も年が離れていれば、兄弟となるにはなかなか難しい。養子となったので、ゼロウスからみて俺は養育者だ。保護者だ。
 いわゆる親。
普通、湯浴みは一人で入るが……。アンヌがそう言うのであれば仕方が無い。

 ニコニコと微笑んでいる。やっぱり寂しかったのだろう。
「アンヌ、俺の着替えも頼む」
「はい」
アンヌも微笑んでいた。スティーブンは少し、苦い顔をしていた。

 「さ、おいで。ゼロウス」

 よほど上位な貴族でなければ、湯浴みできる部屋が作れない。現王は、臣下に降った弟の俺を気に掛けてくれた。
俺の部屋と、こちらの部屋には隣の場所に湯浴みできるように造ってくれた。この屋敷は王からの贈り物なのだ。

 
 「湯浴みしている間は手伝いは不要だ。出てからたのむ」
アンヌに言付けてから扉を閉めた。
「脱いだ服はそのカゴに。ゼロウス」
パパッと服を脱いでいく。ゼロウスはちょっとモジモジしていたが、意を決してスパーンと服を脱いでカゴに入れた。

 ゼロウスが裸になって気が付いたが、長い茶色の “しっぽ” がゆらゆらと動いている。
「ゼロウスは、猫の獣人なのか?」
ピクンと耳がこちらを向いた。耳と同じ色の “しっぽ” が股の間に隠れた。

 「怖がらなくていい。確認しただけだから」
ホッとしたのか、しっぽがまたゆらゆらと動いた。
 猫の獣人か。あとで調べておこう。


 「ほら。洗うから腕を前に出して」
おずおずと腕を出してきた。ゴシゴシとゼロウスの体を洗っていく。髪の毛も先に丁寧に洗った。
 ……全体的に痩せている。今日からたくさん美味しい物を食べさせてやろう。

 ゴシゴシと背中を洗っていくと、滑らかな肌をしているのに気が付いた。
 それに足のサイズをみれば、大きくなりそうだった。

 「育ちは良さそうな気はするな……」
ボソリと思ったことを口に出すと、ゼロウスが体を洗う物を俺の手から奪い取った。
「ハハッ! まだ、全部洗ってないぞ? ゼロウス」
取り返そうとしたら、俺の体を指差した。洗うような手振り身振りをしたので、ゼロウスが俺を洗うと伝えたのが分かった。

 「洗ってくれるのか? ではお願いする」
ゼロウスに言うと、ニコリと笑った。

 ゴシゴシ、ゴシゴシと背中を洗ってくれている。……時折、手のひらで俺の筋肉を確かめているのか触っている。
「ゼロウス、くすぐったい」
そう言ってもやめなかった。しかし、丁寧に洗ってくれているのでそれ以上は言わなかった。

 チリ……。
「? ゼロウス、何をした?」
首の後ろ辺り、ほんの少し痛みを感じた。振り返りゼロウスの顔を見たが、否定も肯定の首振りは無かった。
 ……気のせいか?

 まさかこの時すでに、印つけ(独占欲)があったとは知らなかった。

 「あっ! そこは……! 自分でやるから、まてっ!」
ゼロウスは俺が座っている前に移動して、男の大事な場所を洗い始めた。
「ちょっ……、やめ! うあ……!」
石けんを泡立て、手でを洗っている! 
「あ、だ……め……だ。う……」


 「ゼロウス! そんな事はしなくていいから!!」
片手で俺の竿を、もう片手で玉を優しく洗っていた。あうやく、起ちそうになった寸前で両手を引き離した。

 焦って俺は、はぁはぁと息を吐く。

 「まさか……。他のやつにこんな事をしていたのか?」
考えたくは無かったが、ゼロウスに聞いてしまった。
 「……!」
キッ! とゼロウスに睨まれた。


 あ。こんな顔も出来るんだな、と冷静に思ってしまった。

ゼロウスは激しく左右に首を振った。
「……したことないんだな? ああ、良かった。悪かった」 
ギュッと泡がついたまま、ゼロウスを抱きしめた。

 「……こういうことは、好き同士じゃないとやっては駄目だぞ? ゼロウス。分かったか?」
抱き合ったまま、ゼロウスに伝える。コクンと頷いたのが分かった。
 ギュッと小柄な体で俺に強く抱きついてきた。

 この国は同性婚も認められている。
「ゼロウスが年頃になって、どちらの性の人を結婚相手として連れて来ても俺は歓迎するからな」
ポンポンと優しく背中を撫でた。

 「いたっ!」
肩に痛みを感じた。
 顔がある方の横を向くと、ゼロウスが俺の肩を軽く噛んでいた。
「ゼロウス?」
名を呼んだら、首に腕をまわして更に抱きついてきたのでもしかしたら甘えているのか? と思って叱らないことにした。
 しばらくお互い、抱き合っていた。





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