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一章
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しおりを挟むゼロウスが医師に診察を受けてから、三十分は過ぎた。
そろそろ終わる頃だろうか。
トントンと扉が叩かれた。
「ゼロウスの診察が終わりました。医師もこちらへきています」
スティーブンが医師を連れて来たようだ。
「入れ」
入室を許すと、スティーブンと医師が部屋に入って来た。
いったん仕事をやめて医師の話を聞く事にした。
「スティーブン、ラルフ先生にお茶を」
「畏まりました」
スティーブンに指示をし、ラルフ先生をソファーへ薦めた。
「お持ちいたしました」
スティーブンがワゴンにティーセットを乗せて戻ってきた。
「どうぞ……」
完璧な振る舞いで、俺とラルフ先生の前にお茶を置いた。
ちょうど喉が渇いていたので、先に一口飲んだ。喉を潤しラルフ先生へ尋ねる。
「ゼロウスの診察結果はどうでしたか?」
ラルフ先生は一気にお茶を飲み干した。
「ざっと診察したが、声が出ない他は良好。少し痩せているが……ここでしっかりと食べさせれば問題ないだろう」
カチャとラルフ先生はティーカップを置いた。
「話せるようには、……なるのか?」
ラルフ先生を真っ直ぐに見て、聞く。たとえ、話せなくともゼロウスを追い出すことはしない。
「……多分、精神的なものと思われる。機能的には問題なさそうだ。ただ、いつ・話せるようになるかは断言出来ない」
ふぅ……と、ラルフ先生は溜息をつく。
「精神的なものは、やっかいでな。まあ、あまり急かさない方がいい」
「……分かりました」
その後、食事に関してと接し方のアドバイスを受けた。
獣人の詳しい情報の本も、もらった。
「いくつかの獣人の国は、侵略されて滅びたはず。ゼロウス君の国も、もう無いかもしれん。獣人の差別はまだまだ厳しいからな」
ラルフ先生は眉間を指でグリグリして言った。
「定期的に診察しよう。また」
「ありがとう御座いました」
ラルフ先生をスティーブンに見送らせて、ゼロウスの部屋へ向かった。
トントン。扉を叩き、声をかける。
「ゼロウス? 入っていいか?」
返事を待っていると、パタパタと足音が聞こえた。
ガチャリと扉を開けたのは、ゼロウス。
ニコリと笑い、扉を大きく開く。
「ラルフ先生が話したと思うが……言葉が話せないのは、精神的なものと聞いた」
コク、と頷く。
「無理はしないこと。ゆっくり過ごすことだ。分かったか? ゼロウス。わっ!」
ゼロウスが抱きついてきた。
「……明日、屋敷を案内してやろう。今日は食事をして休むといい」
ゼロウスの頭を撫でながら、話しをした。
食事をし、残っていた仕事を片づけるために執務室へ戻った。
「ふう……。とりあえず、仕事はここまでにするか」
書類を片づけて、腕を伸ばす。
資料を本棚に戻していた時、机の上に置いてあった本がふと目に入った。ラルフ先生からもらった、獣人のことが詳しく書かれている『獣人の文化と生活』の本。
獣人か……。そんなに文化や生活が違わないと思ってたけど。
「いや、違いがあるな……」
パラパラとページをめくり、読んで見る。
「え」
イラストが書かれたページに釘付けになった。
獣種によって体格などが変わるのは、人種の違いと同じだが……。男性の、……『男性器の形も変わる』と、書いてあった。
「……」
――ゼロウスは猫の獣人だったよな?
「なるほど……」
誰もいないのに、コホンと咳払いをしてみる。
続けてページをめくっていると、『トントン』と小さく扉を叩く音がした。
「誰だ?」
スティーブンやメイド達はもう下がらせた。呼ばない限り来ないはず。何か急用か?
「……」
返事が無いので急ぎ足で扉をガチャリ! と乱暴に開けた。
「誰だ!」
「……!」
ビクリと体を震えさせ、縮み混んだゼロウスがいた。
枕を抱えて、少し涙目で立っていた。
俺は手にナイフを持ち、すぐにでも攻撃出来る状態をとっていた。
「ゼロウスか。怖がらせたな? すまん」
ナイフを体に隠してゼロウスを部屋に入れた。
「枕を持ってきたのは、一緒に寝たい……ということで間違いないか?」
意識して笑顔をゼロウスに向けた。
生まれてから常に命を狙われてきたので、ナイフは護身用に身につけている。だが、子供に向けるものではない。
コクンと頷いた。
……初日だし、心細いのだろう。
「分かった。一緒に寝よう」寝相が悪くないといいが。
とたんに、ゼロウスは笑顔になった。
「もう夜も更けた。眠ろうか」
ゼロウスの手を握ってベッドへ向かう。
俺の部屋にあるベッドはキングサイズの大きなものだから、狭くはないだろう。
寝具をめくり、壁側にゼロウスを寝かせる。
ベッドに乗り、持ってきた自分の枕を端に置いて横になった。自分もベッドに上がって、ゼロウスの肩まで寝具をかけてあげた。
「お休み、ゼロウス」
手が届くか届かないかの距離。ゼロウスは遠慮して、壁側に寄りすぎていた。
「……もう少し、真ん中で寝ても大丈夫だぞ?」
壁側は少し寒い。風邪を引かれた困る。ゼロウスは、もそもそと俺の方に近寄ってきた。手が届く距離。何かあった時に守れる。
横向きでこちらを向いて、俺の寝間着の襟を引っ張った。
「・・・・・・・」
ゼロウスの唇が動いた。……何かを伝えたいのか?
「……」
少しゼロウスが考え込み、また襟を引っ張った。
「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・」
口の動きを大きくして伝えてきた。
「お休みなさい……か?」
そう答えると、ニコッと笑いコクコクと返事をした。当たりだ。
「ふっ……。お休み、ゼロウス」
早く話せるといいな。
しばらくするとゼロウスから、すぅすう……と寝息が聞こえてきた。
――疲れたのだろう。
今日、孤児院から引き取られてこの屋敷に連れてこられたのだから。
寝顔をのぞくと、ぐっすりと眠っているようだ。
額にかかっている前髪を払ってやると、微笑んだ。もう、夢をみているのだろうか。
「幸せにしたい」
ゼロウスには聞こえないだろうけど、寝顔をみて思わず声に出した。
さて、俺も眠らないと……。
最近不眠気味で、あまり眠れてなかった。薬を飲まないと眠れないし、最近では薬も効かなくなっていた。
――だが、ゼロウスの寝息を聞いていたらいつの間にか眠っていた。
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