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王都にて

アーカード 1

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 ふと目が覚めると、柔らかな感触と温もりを感じた。
 しかし何故だか身じろぎができない。

「ううっ……」

 それどころか、言葉を発しようとしても呻き声にしかならず、目を擦ろうと腕を動かそうとしても動かなかった。
 どうやら両腕を後ろで縛られてしまっているようだ。

 もぞもぞと身体を動かして、そんな事を考える。

 ああ、そう言えばあの時、確か後を付けられていると気がついて、足早に大通りに向かおうとした。
 けれどなぜか自分たちの前に馬車がいきなり止まって、神官服を着た男がおりて来たのだ。

 何故、神官がこんなところに。

 そう思った瞬間、後頭部に痛みを覚え、ふらりと身体が傾いだところに何か薬品のようなものを嗅がされた。

 それ以降の記憶が自分にはない。

 だとしたら一緒にいたバーバラは大丈夫だろうか。
 彼女も同じような目にあっていたとしたら、男として情けなさすぎる。

 ぱちぱちと瞬きをして、何とか視界を取り戻そうとした時だった、不意にバーバラが覗き込んできた。

 視界に映りこむバーバラの心配そうな顔に、自分は年がいもなく驚いてしまう。
 そのうえ彼女の様子から、自分が感じた柔らかな感触と温もりが彼女から齎されていたのだと気づいてしまった。
 しかも、どうやら膝枕をされている、そう思った瞬間、慌てて身体を起こした自分は思い切り後ろにずり落ちて。

「わっ、なんで膝枕って、あたっ」

 みっともないなんてものじゃない。
 ただでさえ、なす術もなく誘拐されたというのに、バーバラに膝枕をしてもらっていたとは。
 その上、慌て過ぎて後ろにずり落ちて身体を打ち付けるなど、みっともなさ過ぎて涙が出そうだ。
 だがこんなところでいい年の男が涙を流すなど、あまりにも情けない。

 自分でもそう思うのに、バーバラはずり落ちた自分を心配して、なんとか身体を起こそうとしてくれた。
 けれど、その手は縄できつく縛られているようで、思ったようには動けないみたいだった。

 そしてそれは自分も同じで。
 両腕だけを縛られているのかと思ったら足まで縄で縛られていた。どうりで身体が動かせない訳だ。

 それでもなんとかバーバラに助けて貰って、身体を起こした。するとこの部屋にはもう一人女性がいる。

 薄い紫色のデイドレスに身を包んだ、鮮やかなオレンジ色の髪に緑の目をした女性は、なんだか悲しそうな表情を浮かべて、自分とバーバラを見つめていた。

 その女性に見覚えはない。
 だが、彼女の特徴的なその髪の色は、つい最近聞いた物と同じ色だった。

 そんな女性がなぜこんなところに一緒にいるのかは分からないが、彼女もまた両手を縛られている。

 これはどう考えるべきだろうか。

 神殿にバーバラを迎えに行く前に寄った、バイエル公爵家で交わしたニコル殿との会話を思い出す。





「今、王都の貴族社会、しかも女性を中心に薬物が出回っているらしいんですよ」
「薬物?」
「そうです。最初はいかがわしい仮面舞踏会の一室などで、媚薬代わりとして香と一緒に焚かれていたと聞きました。その部屋で、まあ、男女の所謂アレをしていると、とても気持ちよくなるらしくて」

 ニコル殿は、声のトーンを落として、それこそ囁くように言っていた。
 確かに大きな声で話す内容ではないと思う。

「極々たまに遊びに行っていたご令嬢や貴婦人方が、頻繁に通うようになって家人が気づいたようで。幸いだったのは煙で吸い込んでいる分には、そこまで中毒性がなかった事ですかね。被害にあわれた方たちは、皆、領地に閉じ込められて、ひと月もすれば元に戻ったそうですから。ただ」

 そこで言葉を切ったニコル殿に、自分は頷いて先を促した。

「ただ、首謀者が見つかっていないのです。仮面舞踏会を開いていた家や商家も家探ししたそうですが、その時点では薬物はそういう部屋で使用されていたものの残りしか見つからず、それをどうやって手に入れたのかと問うても、知らぬ存ぜぬばかりで話にもならなかったようです」

 そうなると招待客が持ち込んだ可能性も高いだろうと、ニコル殿は言う。

 そういう催し物の場合、招待状が出されることがないのが普通だ。
 口コミなどで密かに情報が出回り、運よく場所と合言葉を手に入れたものだけが、一時の快楽を手に入れる。

 ただでさえ後ろめたい行為だ。

 しかも今回はご令嬢やら夫人がターゲットになっているのは明らかで、彼女たちがそう簡単に口を割るとも思えない。これが貴族の令息あたりであるならば、まだ羽目を外したのだろう程度の事で済むが、彼女たちの場合は、一気にふしだら女性として社交界に広まってしまう。
 そうなるとまともな縁談は来なくなるし、離縁されてしまうものも、家から追い出されるものも出てくるだろう。
 そうなってしまったら後は修道院にでも行くしかなくなる。

 それが分かっているから女性たちはそう簡単に話はしないだろうから、捜査は余計に難航するのだ。

「何度か殿下の直属部隊でもある第六、第七騎士団がそう言った怪しげなパーティの摘発を行った事で、薬物を使ったものはなくなったようですが、今度はガーデンパーティや規模の大きなお茶会の会場で、気持ちが落ち着く薬だと言って、一人の婦人が女性の小指の先ほどの小瓶を配り始めたようなのです」

 ただ、招待状を探ってもそれが誰かは分からなかったらしい。
 なぜなら、その女性は招待などされておらず、いつの間にか会場の片隅で、一人、二人と声をかけて薬を渡すといなくなってしまうからだと言う。

 それもおかしな話だ。

 貴族女性のお茶会や、ガーデンパーティなどに参加するためにはどうしたって招待状が必要になる。

 とは言っても、友人を招くような小さな茶会などでなければ、連れをつれてきても文句は言われないどころか会場に花を添えるーー特に規模の大きなものだと参加人数が多ければ多いほど成功したと言われるのだーー事になるので、逆に喜ばれることも多い。

 しかし、それは招待状を持つ貴族が、連れの身分を保障しているから詮索をされないだけで、大抵の高位貴族は貴族名鑑を頭に叩き込んでいるものだ。だから例え顔を知らなくても名前を聞けば、どこの誰だか分かる事も多いし、見知らぬ令嬢が紛れ込んでいれば否応なく浮いてしまう。

 そんなところに正体も分からない女性が紛れ込んで、しかも薬を渡すといなくなってしまうなんてことができるのだろうか。

「薬を受け取ったご令嬢や夫人などに根気よく聞きこみをした結果、鮮やかなオレンジ色の髪に緑の目をした女性で、どうも、その……」

 ふとニコル殿の視線が泳いだ。


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