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第三章
ノックの回数
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翌朝、スマートフォンの履歴に残っていた番号を何度も見返しました。
押せば繋がるはずなのに、指が止まります。
かけ直した瞬間から、こちらが“返事をした側”になる気がしました。
会社に着いても胸の奥が落ち着かず、
エレベーターの鏡に映る自分の顔が、
どこか他人みたいに見えました。
バスを降りて、マンションへ向かう道の角のコンビニで
水を買うついでに、豆菓子にも手が伸びました。
入口脇の節分棚に積まれた小袋には赤い面の絵と
「鬼は外」と印刷されています。
離れて暮らす子どもの顔が一瞬浮かんで、
気づいたらそれを握っていました。
レジ袋の中で豆が乾いた音を立てました。
私は豆菓子を買った理由を『節分だから』という理由を作って
納得したふりをしました。
夜、風呂を早めに済ませ、玄関の鍵とチェーンを確かめました。
キッチンの小窓も押し込み、金具が鳴るまで指を入れました。
窓の縁を触ると、指先に薄いざらつきが残ります。
汚れか、乾いた埃か、それとも別のものか。
布巾で拭けばいいのに、“何かを迎え入れるために
整えてしまう”気がして止めました。
布団に入り、灯りを消すと、部屋の音が増えました。
冷蔵庫の低い振動、配管の遠い鳴り、外の車の音。
私は目を閉じたまま、時計の数字だけを待ちました。
逃げるつもりなのに、待っている。そういう矛盾が、
喉の奥を乾かしていきました。
枕元の表示が2:12に切り替わった瞬間、玄関の外で音がしました。
今度は薄い擦れではなく、はっきりしたノックです。
こつ、こつ、こつ。間を置かず、またこつ。
一定のリズムで、こちらの呼吸だけが乱れていきます。
続いて、ぶつぶつが始まりました。
昨夜より近い。
言葉にならないのに、誰かがそこに立っていることだけは分かる距離です。
私は布団の中でスマートフォンを握り、録音を起動しました。
ぶつぶつは確かに耳に入っているのに、画面は妙に静かに見えました。
数秒で止めて再生すると、スピーカーから出たのは空気の擦れる音だけで、
肝心の声が潰れて聞こえませんでした。
ノックは止まりませんでした。
十分、二十分、時間の感覚が曖昧になります。
ぶつぶつの隙間に、私の喉から漏れる音が混じりました。
「……おに……」
外の声なのか、自分の声なのか、境目がほどけていくのが分かりました。
一時間ほど経った頃、ノックが急に止みました。
ぶつぶつも薄くなり、廊下が空っぽに戻っていく気配だけが残ります。
私は息を吸っても吐いても苦しく、
布団から出るまでに時間がかかりました。
それでも立ち上がり、キッチンへ向かいました。
玄関から離れた場所なら少しは落ち着ける、そう思ったのです。
小窓を見た瞬間、足が止まりました。
閉めたはずの小窓が、ほんの数センチだけ開いていました。
金具は掛かっているのに、隙間がある。
そこから冷たい空気が入ってきて、
ガラスの内側に、細い息の跡みたいな曇りが残っていました。
押せば繋がるはずなのに、指が止まります。
かけ直した瞬間から、こちらが“返事をした側”になる気がしました。
会社に着いても胸の奥が落ち着かず、
エレベーターの鏡に映る自分の顔が、
どこか他人みたいに見えました。
バスを降りて、マンションへ向かう道の角のコンビニで
水を買うついでに、豆菓子にも手が伸びました。
入口脇の節分棚に積まれた小袋には赤い面の絵と
「鬼は外」と印刷されています。
離れて暮らす子どもの顔が一瞬浮かんで、
気づいたらそれを握っていました。
レジ袋の中で豆が乾いた音を立てました。
私は豆菓子を買った理由を『節分だから』という理由を作って
納得したふりをしました。
夜、風呂を早めに済ませ、玄関の鍵とチェーンを確かめました。
キッチンの小窓も押し込み、金具が鳴るまで指を入れました。
窓の縁を触ると、指先に薄いざらつきが残ります。
汚れか、乾いた埃か、それとも別のものか。
布巾で拭けばいいのに、“何かを迎え入れるために
整えてしまう”気がして止めました。
布団に入り、灯りを消すと、部屋の音が増えました。
冷蔵庫の低い振動、配管の遠い鳴り、外の車の音。
私は目を閉じたまま、時計の数字だけを待ちました。
逃げるつもりなのに、待っている。そういう矛盾が、
喉の奥を乾かしていきました。
枕元の表示が2:12に切り替わった瞬間、玄関の外で音がしました。
今度は薄い擦れではなく、はっきりしたノックです。
こつ、こつ、こつ。間を置かず、またこつ。
一定のリズムで、こちらの呼吸だけが乱れていきます。
続いて、ぶつぶつが始まりました。
昨夜より近い。
言葉にならないのに、誰かがそこに立っていることだけは分かる距離です。
私は布団の中でスマートフォンを握り、録音を起動しました。
ぶつぶつは確かに耳に入っているのに、画面は妙に静かに見えました。
数秒で止めて再生すると、スピーカーから出たのは空気の擦れる音だけで、
肝心の声が潰れて聞こえませんでした。
ノックは止まりませんでした。
十分、二十分、時間の感覚が曖昧になります。
ぶつぶつの隙間に、私の喉から漏れる音が混じりました。
「……おに……」
外の声なのか、自分の声なのか、境目がほどけていくのが分かりました。
一時間ほど経った頃、ノックが急に止みました。
ぶつぶつも薄くなり、廊下が空っぽに戻っていく気配だけが残ります。
私は息を吸っても吐いても苦しく、
布団から出るまでに時間がかかりました。
それでも立ち上がり、キッチンへ向かいました。
玄関から離れた場所なら少しは落ち着ける、そう思ったのです。
小窓を見た瞬間、足が止まりました。
閉めたはずの小窓が、ほんの数センチだけ開いていました。
金具は掛かっているのに、隙間がある。
そこから冷たい空気が入ってきて、
ガラスの内側に、細い息の跡みたいな曇りが残っていました。
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漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
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