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「もちろん覚えているよ。父が亡くなったのは悲しくて、もう二度と会えないなんて信じられなかった。そんなとき衛さんに会った。すごくきれいな人だと思った。そして、なんて悲しそうなんだろうって。俺はまだ子どもだったけれど、この人を守りたいって思った。もう二度とこんなふうにひとりで悲しませたくないって。……ばかみたいだろう? そんな力もないくせに」
恥ずかしそうに過去の告白をする徹に、日下は胸が詰まったように言葉が出ない。冷たい雨が降る、暗い日だった。まだ世の中の汚れも知らない澄んだ眼差しでこちらを見ていた幼い徹の姿を思い出す。自分の手をぎゅっと握りしめた小さな手。あの子どもが、あのときそんなことを考えていたなんて誰が思うだろう。
「あのときの俺は衛さんのことを何も知らなかった。自分に叔父さんがいるのは知っていたけれど、衛さんと話をするまでは、それがどんな人なのかわからなかった。その後、母に衛さんを紹介されて、うれしかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていたから。だけど、親戚や知らない人といるときの衛さんはふたりで一緒にいたときとはどこか印象が違って見えて、やっぱりきれいでやさしかったけど、とても寂しそうに見えた」
徹がそう思ったのも仕方がない。昔から日下は大人しく、問題を起こさない子どもだったけれど、その実心を開くのが苦手で、簡単に人を信用しなかった。だからこそよけいに裁判沙汰までになった醜聞は、親戚一同にとっては天地がひっくり返るほどの出来事だったに違いない。
「自分よりも大人で、ずっと手が届かない人だと思っていた。だけどいまはたくさんのことを知っている。人前では完璧な衛さんが、実際は全然そんなことはなくて、本当は不器用で怖がりなことも。昔、父の葬式で会った衛さんに俺はずっと憧れていたけれど、一緒に暮らすようになって、そんな衛さんがますます好きになった。――俺は衛さんのことが好きだ。いいところも悪いところも、全てを含めた衛さんのことが、俺には愛おしく思う」
なんだよ、そんなのちっとも褒めてなんかいない、悪口ばかりじゃないかという憎まれ口は、胸が詰まって言葉にならなかった。それは徹の心を丸ごと差し出されたような、純粋な愛の告白だった。こんなに心のこもった告白を、日下は聞いたことがない。
日下の頬を静かな涙が濡らす。徹の手が日下の頬に触れ、その唇が触れるのを、日下は目を閉じて受け止めた。胸の中をこれまで感じたことのない温かな感情が満たし、静かにあふれた。
「……僕も徹が好きだ」
そっと互いのほうへ顔を近づけるように、口づけを交わす。徹の手が愛おしむように、日下の髪に触れ、瞼にキスを落とした。――くすぐったい。胸の中が恥ずかしくてじっとしていられないほど、幸福な何かであふれている。
「……お前が事故に遭ったと聞いて怖かった。こんな思い、二度とさせるな。わかったか」
「衛さん……」
普段なら絶対に口にしないであろう日下の告白に、徹が驚いたようにわずかに目を開く。その瞳に強い光が浮かんだ。
「約束する。もう二度と衛さんを悲しませるようなことはしない」
何度してもし足りないほど、キスを交わした。もう隠さなくていい。強がらなくていい。徹に好きだと伝えていい。手のひらに感じる温もりを、愛おしいと思う。
「きて」
恥ずかしそうに過去の告白をする徹に、日下は胸が詰まったように言葉が出ない。冷たい雨が降る、暗い日だった。まだ世の中の汚れも知らない澄んだ眼差しでこちらを見ていた幼い徹の姿を思い出す。自分の手をぎゅっと握りしめた小さな手。あの子どもが、あのときそんなことを考えていたなんて誰が思うだろう。
「あのときの俺は衛さんのことを何も知らなかった。自分に叔父さんがいるのは知っていたけれど、衛さんと話をするまでは、それがどんな人なのかわからなかった。その後、母に衛さんを紹介されて、うれしかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていたから。だけど、親戚や知らない人といるときの衛さんはふたりで一緒にいたときとはどこか印象が違って見えて、やっぱりきれいでやさしかったけど、とても寂しそうに見えた」
徹がそう思ったのも仕方がない。昔から日下は大人しく、問題を起こさない子どもだったけれど、その実心を開くのが苦手で、簡単に人を信用しなかった。だからこそよけいに裁判沙汰までになった醜聞は、親戚一同にとっては天地がひっくり返るほどの出来事だったに違いない。
「自分よりも大人で、ずっと手が届かない人だと思っていた。だけどいまはたくさんのことを知っている。人前では完璧な衛さんが、実際は全然そんなことはなくて、本当は不器用で怖がりなことも。昔、父の葬式で会った衛さんに俺はずっと憧れていたけれど、一緒に暮らすようになって、そんな衛さんがますます好きになった。――俺は衛さんのことが好きだ。いいところも悪いところも、全てを含めた衛さんのことが、俺には愛おしく思う」
なんだよ、そんなのちっとも褒めてなんかいない、悪口ばかりじゃないかという憎まれ口は、胸が詰まって言葉にならなかった。それは徹の心を丸ごと差し出されたような、純粋な愛の告白だった。こんなに心のこもった告白を、日下は聞いたことがない。
日下の頬を静かな涙が濡らす。徹の手が日下の頬に触れ、その唇が触れるのを、日下は目を閉じて受け止めた。胸の中をこれまで感じたことのない温かな感情が満たし、静かにあふれた。
「……僕も徹が好きだ」
そっと互いのほうへ顔を近づけるように、口づけを交わす。徹の手が愛おしむように、日下の髪に触れ、瞼にキスを落とした。――くすぐったい。胸の中が恥ずかしくてじっとしていられないほど、幸福な何かであふれている。
「……お前が事故に遭ったと聞いて怖かった。こんな思い、二度とさせるな。わかったか」
「衛さん……」
普段なら絶対に口にしないであろう日下の告白に、徹が驚いたようにわずかに目を開く。その瞳に強い光が浮かんだ。
「約束する。もう二度と衛さんを悲しませるようなことはしない」
何度してもし足りないほど、キスを交わした。もう隠さなくていい。強がらなくていい。徹に好きだと伝えていい。手のひらに感じる温もりを、愛おしいと思う。
「きて」
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