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第十話 宣戦布告

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 被害報告書
天明暦 567年 8月7日
・状況確認
 8月1日よりクゼの森にて野外訓練を開始。
 8月4日に帰還中、8体の個体名キメラベアーと遭遇し、内6体を撃破。
また原因として野外訓練中に撃破した個体名ニードルラビットの死骸を回収せず、放置したため発生したと考えられる。
・被害報告
負傷者 「騎士団」13名うち重傷者8名 
「召喚者」7名うち重傷者3名
 行方不明「騎士団」2名
 死者   「騎士団」3名
       「召喚者」1名

 どれくらい寝ていたのだろうか。
 俺はふかふかのベッドの上に包帯で固定された状態で目を覚ました。周りを見渡そうにも首ががっちり固定されて動かない。もちろん手足をうごかそうにも全く動かない。しばらくぼーっと天井を眺めていると扉が開く音がし、見覚えのある三つ編みの黒い髪が目に入った。どうやら東方さんが見舞いに来てくれたようだ。

「真部君!気が付いたんだね。ちょっと待って、今お医者さん呼んでくるから」

 東方さんは慌てて医者を呼びに行き、来た医者に目やのどなんかを診てもらい、ベッドを起こしてもらった。あの戦いから俺は三日ほど昏睡状態にあり、今こうして目覚めたとのこと。
 手が動かせないので看護師さんに水が欲しいと頼むと「私がやります」となぜか東方さんが飲ませてくれることになった。
 女子に水を飲ませてもらうなんてこんなイベント俺の人生でないと思ってたぜ。
 とこの幸せを噛みしめてみたが周りを見てそんな気分はどこかに消え失せた。この病棟には今回の事故で重傷を負った者たちが集められていた。中には腕がない人や目をやられた人がいた。3日も経ってはいるが俺以外のクラスメイトはまだ昏睡状態から回復しておらず、俺が最初に目覚めたようだった。
 隣には那須が寝ており包帯の量もそこまで多くないためこの中では比較的軽傷なのだろう。

「あの後ってどうなった?」

 あの後とは俺が気絶した後のことである。東方さんはゆっくり思い出すように話し始めた。
 俺が気絶した後、無事だったものが負傷者を一か所に集め、施せるだけの処置を終わらせた上で、再度編成を組み直し、急いで森から脱出した。
 重症の者が優先的に馬車に乗り、王都へと帰還した。人数の確認を行ったところ騎士団の中からは五名行方不明者となりクラスメイトからは一名が行方不明となった。その後騎士団の五名のうち三名が死体として見つかり、クラスメイトから出た行方不明者である春日井聡が遺体で見つかった。現在も残り二人の行方を調査している。

「そうか、春日井君が・・・」

 異世界に来て初めての死亡者が出た。この世界で死亡したらどうなるか、そんなものはこっちに来た時から分かっている。死んだらそこまでだということを。
 
 東方さんはさらに続けて話した。今回の襲来では八体のキメラベアーが現れそのうちの六体を撃破。起こった原因として訓練中に撃破されたニードルラビットの死骸を辿ってキメラベアーが出現した。
 つまりは自業自得ってやつだ。いや俺たちは回収していたし巻き添えを食らったに近いな。これも言い訳に過ぎないか・・・

「その後騎士団のジルバルさんとアリアさんの裁判を行うことになったの」

「裁判?」

 それこそ間違っている。原因は騎士団だけでなく俺たちにもある。国の連中も分かっているはずだ。彼らだけを裁くのは間違っている。

「誰がそんなこと言い出したんだ?」

「吉田先生だよ」

 それから一週間後ようやく包帯も取れ、歩けるようになった。この一週間の間にほとんどのクラスメイトが目を覚ました。

 裁判の方はと言うと、一言で言えば難航していた。原因は吉田先生だ。
 吉田先生は先生として生徒を危険に晒した騎士団を罰したい。国側は確かに騎士団にも非はあるが被害者が騎士団の方が多く出ており急な遭遇にもあったのにも関わらず召喚者への被害は最小限であることを考慮すると大きな罰を与えるべきではない。
 この意見の食い違いが裁判を長引かせた。

 その日、俺たちは久しぶりに集めらた。そこは俺たちが異世界に召喚された二日目に話し合った部屋である。
先生を中心にクラス会議が始まった。議題はもちろん騎士団の裁判についてだ。国側は、直接の被害者である俺たちの考えを聞き、判決を出すことに決めた。
 吉田先生は彼らにはそれ相応の罰を受けてほしいそうだ。
 それに桐山も賛同する。こうなればとんとん拍子に話が進む。何故なら吉田先生が言っていることは正しいからだ。正論であり正義だから誰も反論できなかった。

「吉田先生それは少しおかしいと思います」

 クラス内の空気が一瞬にして凍り付いた。みんなの目線は訓練一日目の夜に桐山を黙らせた男に注がれる。
 俺は吉田先生を生徒思いのいい先生だと思う。生徒の悩み相談にも乗っているし、間違ったことは間違っていると誰が相手でも言う。まさに教師の鑑だ。

「真部君何がおかしいのですか?」

「僕は今回の事故で大きな被害にあった一人です。事故の大まかな概要を聞いています。それを踏まえて今回の事故の責任を騎士団だけに押し付けるは間違っています」

「いいえ。彼らはあなたたちを護衛する立場でありながらそれを怠り危険に晒しました。その責任は取ってもらう必要があります」

 恐らくこれには、二日目の件も入っているのだろう。
 先生の考えは聞いているとますます正しいと感じる。だが先生は重要な点を忘れている。

「先生、ここは異世界ですよ」

「はい?」

「先生はここが日本だと勘違いをしているかと思いまして」

「そんなことはありません。私も信じたくはありませんが、ここが日本ではないことは知っています」

「ならこの場でちょうど二か月前ですかクラスで戦いたいものとそうでないもの分かれるように言いました。その時
点で俺たちの誰かが死んでも自己責任です。」

 先生が言っていることは正しいが、それは現代日本だから通じたものである。面白半分で戦うのを選ぶのも死にたくないから戦わないのも自由だ。
 自分で選んだ道なのだから死んだとか怪我したとかそれらすべてが自己責任だ。
 それこそ他人に責任を押し付けるのは間違っている。
 俺はさらに続ける。

「今回の事故の原因は、狩った魔物の死骸を放置していたのが原因とされています。それも騎士団の所為だと?」

「もちろんです。そういう事項も予め伝えておくべきじゃないですか」

「しかし俺たちの班は死骸を放置せず、回収か魔法で燃やしています。理由は動物の死骸はそれを食べる動物を引き
寄せます。これは日本でも当たり前にあったことです。僕もこれは町の冒険者の方から聞いたものです。先生はこのことを知っていましたか?」

「それは・・・・」

「訓練に行く二週間前ジルバルさんは『十分に準備をしておくように』と言われました。先生は何か準備をされたん
ですか?」

 先生は答えられなかった。それもそうだ。俺が情報収集を行っている間、ここにいるほとんどの人間は何もしていない。
 情報は戦闘においてとても重要な要素だ。知っているのと知らないのは大きな違いだ。だが現代日本ではスマホ一つで、知りたいことをすぐに知ることが出来る。

「戦いに対して何一つ準備もしてない人間が、死んだところで自業自得だ。準備をしていなかった自分の責任を他人に擦り付けることが正しいとは思えない」

 これで終わりかと思いきや、やっぱりというかある意味いいタイミングで、あの男が割り込んできた。

「だとしても騎士団には責任を取らせる必要がある」

 立ち上がったのは勇者様だった。桐山の言葉を引き金にクラスの声が徐々に大きくなる。さも悪者を断罪するように。
俺は目線を桐山に移した。桐山も俺の目をしっかりと見ている。第二ランドのゴングが鳴る。

「桐山君、去年の球技大会のこと覚えているかな」

「いきなり何の話をしているんだ」

 去年の球技大会、うちのクラスは初めドッチボールとサッカーで割れていた。だが桐山の一言でサッカーになった。その一言は「サッカーの方が皆で楽しめそうだと思う」だった。その瞬間クラスの総意が決まった。

「それがどうかしたのか」

「ここでやった戦うか、戦わないかの意思を聞く時、桐山君、なんて言ったか覚えてる?」

 桐山は思い出そうと必死に考えている。

「『困っている人を見捨てることはできません。な!皆』だ。桐山にとって皆って誰のことを指すんだ?」

「それはもちろんクラスの皆のことだよ」

「お前、召喚された初日のクラスの様子を覚えてないのか」

 徐々に言葉遣いが荒くなるのが分かる。

「そりゃあ覚えているさ。皆不安がっいた」

「それが分かっているならあんな言葉は出ない。お前にとっては何気ない一言がクラスの総意になる。いい例がさっきの球技大会だ。結局お前の一言でサッカーに決まった。それと同じことが二か月前にも起きている。クラスの中には国が保護してもらえると聞いて安心した奴らもいたはずだ。だがお前が気楽に『皆』なんてつけるから戦わざるを得なくなった」

 すると一人の女子が立ち上がり

「そんなのさっきあんたが言ってた、自己責任じゃん。桐山君に押し付けんなし!」

「そうかもしれねぇな!なら今回春日井が死んだのもあいつの自己責任だ。こいつの言い分は通らなくなるぞ!」

 女子はそれ以上何も言えず、黙り込んでしまった。桐山に促され席に着く。俺はまた桐山の目を見て

「なら真部君はどうするのがいいと思う?」

「簡単だ。今回のことは、お互いに罰はなし。それが嫌なら全員等しく罰を受ける」

「全員?」

「お前が好きな『皆』ってやつだよ。伝えなかった騎士団も、死骸を放置したお前らも、春日井を止めることが出来
なかった俺も、『皆』だ」

 その瞬間クラスは、静まり返った。クラス全体が桐山を見ている。やはり桐山こそが、このクラスの総意なのだ。他のやつらはただ指を咥えて、桐山が答えを出すのを待つしかない。
 桐山は全員が自分の方を見ていることに気が付いているかは分からない。

「分かった。君の意見に僕も賛成しよう。今回のことはお互い罰はなしってことでいいかな、皆」

「また『皆』かよ」

 これでよくわからない理由で始まった裁判の審議はクラスの総意(桐山の意思)で決着がついた。
その日の夜、風呂上りの自室への帰り道、俺は桐山とばったり会った。というより桐山が待ち伏せていた。桐山の顔が、月明かりに照らされはっきりと見える。その顔にはいつもの爽やかイケメンスマイルはなく明らかな俺に対する敵意のみだった。

「僕ってあまり人のことを悪く言うのは嫌いなんだけど、どうしてもこれだけは真部君に、直接言っとかないといけないと思ったんだ。真部君、僕どうやら君のことが大っ嫌いみたいだ」

「気が合うな。俺も桐山のことが嫌いだよ」
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