呪われたオメガの王さまとカエルの王さま

2章：逃げちゃいました～呪われたカエルの王さまヘーゼル・ナッツイリアル・フォート・ブルルボン～

川の流れに身を任せ…

　賢王と名高いから許してもらえるだろうなんて身勝手にも考えていたが、王が仮によしとしても周囲が我らが王の面子めんつを潰されたと思わないはずがない。
　自分がいけなかったのだ。
　
「こちらです。
　宿泊者は全員移動させ、宿には他に誰もおりません
　窓からは美しい小川と山々が一望できます」

「ん、よし。
　ヘケロ殿、中にお入り下さい」

　扉の横に立たれて、どうぞとばかりに大きな手で誘導された。
　思わず立ち竦む。
　一歩入ったら、もれなく尋問が待っているのだ。
　いや尋問ですめばいい。
　もしかしたら扉が閉められた途端に、拷問に一気にステージが上がる可能性もある。
　なんていったって他に誰もいないのだから。

「あ、あの…その…小川で水浴びをしたいです……ケロ」

　どうして、再びこんな嘘が口から出てしまったかわからない。
　いや、逃げる気はないのだ、逃げる気は。
　ただ時間を設けたいのだ、もう少し考える時間を。

「小川で…水浴びを…ですか」

「そうです…ケロ」

　ギロリと睨まれて首を竦める。

「も、ものすごく緊張しておりまして…ケロ」

　これは嘘じゃない。
　これは本当に事実。

「適度に自然の水に触れないと干からびてしまうという例の体質でいらっしゃいますか？」

　なんということだ、かつてついた嘘がしっかりと浸透している。
　だか神妙な面持ちで頷いた。

「なるほど。
　それは緊急を要しますか」

「で、できましたら今すぐ入りたいです…ケロ」

　しばらく互いに無言のまま対峙する時間が流れる。

「鍬を持ちましょうか？」

　ややあって考えあぐねる様子を見せていた団長が尋ねてきた。

「鍬は友達…です…ケロ」

　張り詰めるあまりに自分でもよくわからない言葉が口から出た。

「そうですか。
　では、そのままで。
　行きましょう。
　おい、小川まで案内しろ」

「はっ」

　返答した騎士の頭上で「カァーッ」と烏も応じた。
　建物の裏へと回り、ザックザックザックと土手を降りていく。

「足下に気をつけて」

　剣で草をなぎ払いながら前を歩くユラークがわずかに顔を向けて注意してくる。
　殊勝な様子で頷いて従うと清んだ川の流れが見えてきた。

（おぉ、なんか思っていたよりきれいかも…）

　まっすぐに長く伸びる、小川どころか割と大きな川だ。
　遠くには連なる山々が見えて。
　予想以上に透き通っている水流に感心しながらチャポンと。
　眼光鋭い騎士団長の前で水の中に足を入れた。

「穏やかな流れだ。
　見晴らしも悪くない。
　異常が発生するとは思えないが、用心しろ」

　ユラークが剣を手に射るような眼差しで周囲を見渡しながら告げ、部下が「はっ」と応じる。

「ヘケロ殿、我々は河原で待機していた方がいいですか？」

「は、はい、自分だけで清めないと意味がないのです…ケロ」

　とまたしても嘘を重ねた。
　でも仕方がない。
　正直なところ、あまり近くにいて欲しくない。
　それはそれはものすごい圧でしかないのだから。

「わかりました。
　何か不穏な気配がありましたらすぐにお声かけを」

「は、はい、ありがとうございます…ケロ」

　と返事をして川の中心へと進む。
　抱えていた鍬ごと身をかがめると仰向けになってスーッと水の流れに身を任せた。

（はぁぁ…）

　求めていたのはこの浮力だ。
　この浮力に全身全霊が癒やされる。

　やはりカエルというのは基本的に水属性なのだ。
　厳密に言うと、カエルでもなくぬいぐるみでもなく、呪われたカエルもどきだけれども。
　などと思いながら目を上に向けると、上空をイーソと呼ばれた烏が大きく旋回している。

（どうしようかな…）

　いくら真剣に考えようとしたところでこれだという口実が思いつくわけがない。

（正直に話して謝った方がいいのかなぁ…）