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3 武道大会編
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フィアの所属が第六師団長になって、もうすぐ二週間。
今日のフィアは第一塔勤務だ。
しかも、月一で塔長室の女性とお茶会をする日だそうだ。
「ラウのお菓子が一番美味しい」
と、フィアがかわいいことを言ってくれる。
一口サイズのアップルパイを焼いてあげると、大事そうにカゴに入れ、胸に抱えて持っていった。
今日のお茶会で、俺の菓子を自慢するに違いない。
フィアは本来なら俺専用のはずだが、稀少な特級補佐官でもある。
ふざけた規則により、特級補佐官は必ず第一塔塔長室にも所属しなければならないのだ。
気に入らないが、特級という立場上、仕方ない。
所属は仕方ないので、勤務条件は粘りに粘って週一にした。
丸一日(家でいっしょなので実際は約三分の一日)、フィアと離れるのは忍びないが、フィアの不在時しかできないこともある。
さて、フィアに関わらせたくない仕事をさっさと終わらせておくか。
「師団長、十時から面会の予定が入っています」
フィアの代わりに、今日はカーシェイが予定を告げる。
「消息不明者の探索についてか」
「赤の樹林での探索は、先月で打ち切りとなりましたので。おそらく、最終報告の説明を求めたものかと」
カーシェイが最終報告の書類を並べるのを見ながら、俺は面会予定者の顔を思い浮かべていた。
赤の樹林でグランフレイム嬢が魔物に襲われた事件。
ネージュ・グランフレイムは魔物とともに崖下に落ち、死んだとされているが、遺体が見つからなかった。
名目上、先月まで捜索は続き、あいつは定期的に報告を確認しに来ていた。
前回までは。
「今回は違うな」
「はい? 他に何かありますか?」
「会ったんだよ」
「あった?」
「出くわしたんだよ、あのムカつく元護衛に」
そう、あれは先月のことだ。
あれから何度も面会の申請があったが、報告内容がないため、断っていた。
「ちょっと待ってください。いつ、どこで、誰が、誰に会ったか。きちんと説明してください」
慌てた様子のカーシェイ。
そうだろうな。
フィアとあの元護衛を会わせないよう、俺たちは細心の注意を払っていたんだ。
フィアに監視や護衛がついて回っていたのも、半分はこのためだったのに。
「先月の終わり、フィアの最後の荷物を運んでいたとき」
俺は言葉を区切りながら説明した。
「第六師団手前にある小庭園の広場のところで」
カーシェイはじっと聞いている。
「フィアの荷物を持って運んでいた俺と、その隣を並んで歩いていたフィアが」
心なしか、カーシェイの顔色が悪い。
「フラフラと散歩していたグランフレイム令嬢と、そいつに同行して小言を言っている元護衛に会った」
フィアに一人歩きを許可していなくて良かったと思う。
フィアひとりだったら、あの元護衛のやつが何をしたか分からない。
「ドゥアン卿とは絶対に、チラリとも、擦れ違わない動線になっているんですよ!
監視は、護衛は、衛兵は、護衛師団は何をやってたんですか!」
珍しく興奮した様子のカーシェイ。
「どうせ、あのグランフレイム令嬢が、許可なく勝手にうろつき回っていたんだろ」
まさか、こっちの綿密さが、こんな形で崩されてしまうとは。
カーシェイの声が震えている。
「何か会話はしたんですか?」
「擦れ違っただけだ。少し距離もあった」
少し距離はあったがお互いの顔は見えるし、お互いの会話の声も聞き取れる。
「フィアはグランフレイム令嬢とあいつをしっかり見ていたから、分かっていたと思う」
声をかけようと思えば、かけられただろう。
でも、フィアは何もしなかった。何も言わなかった。
「あいつも気がついたはずだ。すぐに俺の身体で隠しはしたが、こっちを見て顔色を変えていた」
「では、お相手様も?」
「フィアはとくに反応なかった。擦れ違ってそのままだ。そのあといっしょに風呂も入ったし」
「なんで、そこで風呂の話が?」
カーシェイの声が呆れたようなものに変わった。
深刻な状況にならなかったので、少し、ホッとしたんだろう。
「擦れ違ったときに、いっしょに風呂に入る話をしてたからな」
「わざと聞かせたんですね」
当然だ。
俺とフィアはいっしょに風呂に入る仲。
あいつが割り込む隙などないことを、思い知らせておかないと。
「さあな。ともかく、フィアは気にもとめない感じだったんだ」
「表面上は、ではなく?」
「そう思って、監視と護衛を倍に増やしたが、いつもとまるで変わりない」
寝言でもあいつの名を呼ばなくなった。
「あぁ、そうでしたね。それが理由でしたか。それで気になる変化はないと」
フィアの件だけが理由ではないが、第六師団の監視と護衛を、フィアに張り付けたり、あちこちに潜ませたり。
エルヴェスがさらに張り切っている。
「いや。変化ありだ」
氷雪祭、いや、自然公園での件以降だったかな。
「寝言では俺の名を呼ぶようになった」
「で、どこに不安要素が?」
満足げの俺に改めて尋ねるカーシェイ。
「ん? 何もないな」
「ありませんよね」
会話もしなかったんだ。
フィアがあいつのところへ脱走する心配は、もうしなくても良いだろう。
「不審者の侵入については、護衛師団や衛兵隊とも話し合う必要がありますがね」
「あのムカつく元護衛のやつ、絶対、フィアに接触しようとするはずだ」
「監視と護衛が倍に増えているので、接触はあり得ませんよね」
「それに今日の面会で、難癖つけてくるかもしれない」
「突っぱねれば済む話です。ネージュ・グランフレイムの死亡は、国も大神殿も認めているのですから」
「確かにそうだが」
どこか、何かが引っかかる。
「で、どこに不安要素が?」
「………………何もないな」
俺は小さな引っかかりを説明できず、カーシェイに押し通された。
その後、師団長室の扉を叩く音が聞こえた。
そろそろ時間だな。
許可を得て、入室するカーネリウス。
「師団長、面会者です」
カーネリウスが来客を告げる。
「グランフレイム家門所属のジン・ドゥアン卿が見えました。応接室で待ってもらってます」
この辺りの業務は、本部でも応対してきたのだろう。そつなくこなしている。
「赤の樹林消息不明者探索について、伺いたいとのことです」
来客と訪問目的を告げたカーネリウスは、俺とカーシェイに向かって一礼した。
そのまま、退室しようとしたとき、何かを思い出したようだ。
小さく、あっ、とつぶやいた。
「そうそう、第六師団にいる銀髪紅瞳の女性に会いたいって言ってました。クロエル補佐官、呼んできますね」
「カーネリウス!」
俺は思わず頭を抱える。
こいつには説明してなかったか?
いや、第六師団に来てすぐ説明したよな。叩き込んだよな。
それにこいつ、あのとき、総師団長にくっついて来ていたよな。
ネージュの死亡届の話やらフィア捕獲の話やら、あの場でしっかり聞いてたよな。
「はい? 俺、何かしました?」
ボケッとした様子で、聞き返すカーネリウス。こいつ、何も分かってない。
「不安要素、ありましたね」
カーシェイも俺と同じ気持ちだったようだ。
今日のフィアは第一塔勤務だ。
しかも、月一で塔長室の女性とお茶会をする日だそうだ。
「ラウのお菓子が一番美味しい」
と、フィアがかわいいことを言ってくれる。
一口サイズのアップルパイを焼いてあげると、大事そうにカゴに入れ、胸に抱えて持っていった。
今日のお茶会で、俺の菓子を自慢するに違いない。
フィアは本来なら俺専用のはずだが、稀少な特級補佐官でもある。
ふざけた規則により、特級補佐官は必ず第一塔塔長室にも所属しなければならないのだ。
気に入らないが、特級という立場上、仕方ない。
所属は仕方ないので、勤務条件は粘りに粘って週一にした。
丸一日(家でいっしょなので実際は約三分の一日)、フィアと離れるのは忍びないが、フィアの不在時しかできないこともある。
さて、フィアに関わらせたくない仕事をさっさと終わらせておくか。
「師団長、十時から面会の予定が入っています」
フィアの代わりに、今日はカーシェイが予定を告げる。
「消息不明者の探索についてか」
「赤の樹林での探索は、先月で打ち切りとなりましたので。おそらく、最終報告の説明を求めたものかと」
カーシェイが最終報告の書類を並べるのを見ながら、俺は面会予定者の顔を思い浮かべていた。
赤の樹林でグランフレイム嬢が魔物に襲われた事件。
ネージュ・グランフレイムは魔物とともに崖下に落ち、死んだとされているが、遺体が見つからなかった。
名目上、先月まで捜索は続き、あいつは定期的に報告を確認しに来ていた。
前回までは。
「今回は違うな」
「はい? 他に何かありますか?」
「会ったんだよ」
「あった?」
「出くわしたんだよ、あのムカつく元護衛に」
そう、あれは先月のことだ。
あれから何度も面会の申請があったが、報告内容がないため、断っていた。
「ちょっと待ってください。いつ、どこで、誰が、誰に会ったか。きちんと説明してください」
慌てた様子のカーシェイ。
そうだろうな。
フィアとあの元護衛を会わせないよう、俺たちは細心の注意を払っていたんだ。
フィアに監視や護衛がついて回っていたのも、半分はこのためだったのに。
「先月の終わり、フィアの最後の荷物を運んでいたとき」
俺は言葉を区切りながら説明した。
「第六師団手前にある小庭園の広場のところで」
カーシェイはじっと聞いている。
「フィアの荷物を持って運んでいた俺と、その隣を並んで歩いていたフィアが」
心なしか、カーシェイの顔色が悪い。
「フラフラと散歩していたグランフレイム令嬢と、そいつに同行して小言を言っている元護衛に会った」
フィアに一人歩きを許可していなくて良かったと思う。
フィアひとりだったら、あの元護衛のやつが何をしたか分からない。
「ドゥアン卿とは絶対に、チラリとも、擦れ違わない動線になっているんですよ!
監視は、護衛は、衛兵は、護衛師団は何をやってたんですか!」
珍しく興奮した様子のカーシェイ。
「どうせ、あのグランフレイム令嬢が、許可なく勝手にうろつき回っていたんだろ」
まさか、こっちの綿密さが、こんな形で崩されてしまうとは。
カーシェイの声が震えている。
「何か会話はしたんですか?」
「擦れ違っただけだ。少し距離もあった」
少し距離はあったがお互いの顔は見えるし、お互いの会話の声も聞き取れる。
「フィアはグランフレイム令嬢とあいつをしっかり見ていたから、分かっていたと思う」
声をかけようと思えば、かけられただろう。
でも、フィアは何もしなかった。何も言わなかった。
「あいつも気がついたはずだ。すぐに俺の身体で隠しはしたが、こっちを見て顔色を変えていた」
「では、お相手様も?」
「フィアはとくに反応なかった。擦れ違ってそのままだ。そのあといっしょに風呂も入ったし」
「なんで、そこで風呂の話が?」
カーシェイの声が呆れたようなものに変わった。
深刻な状況にならなかったので、少し、ホッとしたんだろう。
「擦れ違ったときに、いっしょに風呂に入る話をしてたからな」
「わざと聞かせたんですね」
当然だ。
俺とフィアはいっしょに風呂に入る仲。
あいつが割り込む隙などないことを、思い知らせておかないと。
「さあな。ともかく、フィアは気にもとめない感じだったんだ」
「表面上は、ではなく?」
「そう思って、監視と護衛を倍に増やしたが、いつもとまるで変わりない」
寝言でもあいつの名を呼ばなくなった。
「あぁ、そうでしたね。それが理由でしたか。それで気になる変化はないと」
フィアの件だけが理由ではないが、第六師団の監視と護衛を、フィアに張り付けたり、あちこちに潜ませたり。
エルヴェスがさらに張り切っている。
「いや。変化ありだ」
氷雪祭、いや、自然公園での件以降だったかな。
「寝言では俺の名を呼ぶようになった」
「で、どこに不安要素が?」
満足げの俺に改めて尋ねるカーシェイ。
「ん? 何もないな」
「ありませんよね」
会話もしなかったんだ。
フィアがあいつのところへ脱走する心配は、もうしなくても良いだろう。
「不審者の侵入については、護衛師団や衛兵隊とも話し合う必要がありますがね」
「あのムカつく元護衛のやつ、絶対、フィアに接触しようとするはずだ」
「監視と護衛が倍に増えているので、接触はあり得ませんよね」
「それに今日の面会で、難癖つけてくるかもしれない」
「突っぱねれば済む話です。ネージュ・グランフレイムの死亡は、国も大神殿も認めているのですから」
「確かにそうだが」
どこか、何かが引っかかる。
「で、どこに不安要素が?」
「………………何もないな」
俺は小さな引っかかりを説明できず、カーシェイに押し通された。
その後、師団長室の扉を叩く音が聞こえた。
そろそろ時間だな。
許可を得て、入室するカーネリウス。
「師団長、面会者です」
カーネリウスが来客を告げる。
「グランフレイム家門所属のジン・ドゥアン卿が見えました。応接室で待ってもらってます」
この辺りの業務は、本部でも応対してきたのだろう。そつなくこなしている。
「赤の樹林消息不明者探索について、伺いたいとのことです」
来客と訪問目的を告げたカーネリウスは、俺とカーシェイに向かって一礼した。
そのまま、退室しようとしたとき、何かを思い出したようだ。
小さく、あっ、とつぶやいた。
「そうそう、第六師団にいる銀髪紅瞳の女性に会いたいって言ってました。クロエル補佐官、呼んできますね」
「カーネリウス!」
俺は思わず頭を抱える。
こいつには説明してなかったか?
いや、第六師団に来てすぐ説明したよな。叩き込んだよな。
それにこいつ、あのとき、総師団長にくっついて来ていたよな。
ネージュの死亡届の話やらフィア捕獲の話やら、あの場でしっかり聞いてたよな。
「はい? 俺、何かしました?」
ボケッとした様子で、聞き返すカーネリウス。こいつ、何も分かってない。
「不安要素、ありましたね」
カーシェイも俺と同じ気持ちだったようだ。
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