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4 騎士と破壊のお姫さま編

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「それは仕事ですか?」

「いいや。お願いだ」

 私は、一方的に呼び出されて、初めて会って会話する人から、いきなり『お願い』とやらを切り出された。

 普通なら、何言ってるの?で終わりになる。下手すればケンカになるかもしれない。

 でもそれは、お願いした方もされた方も特別な何かがない場合だ。
 もしそれが、特別な何かがある場合はどうなるだろう。それも両方に。

 そんなわけで、私はちょっと困ったなーと思いながら、目の前に座る人物の目を見つめ返した。

 私の目の前にいるのは、エルメンティアの国王、その人だった。

 嫌だな、この状況。

「国王からのお願いということで、どうかな」

 うん、もっと嫌な状況になったよ。
 まったく、なんだ、これ。




 この日、私は王宮に来ていた。

 王宮の中に入るなんて初めてだ。
 もっとキラキラしていて豪華なところかと思っていたけど、意外と、キラキラはしていない。
 キラキラしていないだけで、凝った装飾はされているし、掃除も隅々まで行き届いている。
 豪華というよりは荘厳な感じがする。

 大神殿と似たような雰囲気。
 まぁ、あそこはシンプルだけどね。

 そして今、応接室にいる。

 本来なら謁見室での拝謁のところ、私は赤種で国王と対等な存在だということで、応接室への案内になったらしい。

 そう、ここに呼び出したのは国王だ。
 何か大事な用事があるらしい。

 わざわざ行くのなんて面倒だから、書簡でお願いしたのに。

 まだ、破壊の赤種とも公式に会っていないし、文章では伝えきれないことがあるから、会って話をしたいんだと。

 うん、これは相当、面倒臭い案件とみた。

 なので、仕事を理由に辞退の旨、丁寧に丁寧に文にしたためて送った。

 すると今度は、ラウの仕事に『専属特級補佐官とともに国王と謁見』なんてものがねじ込まれる事態となったのだ。

 うん、面倒臭いではなく、面倒な案件だ。やだやだ。

 仕事としてねじ込まれてしまっては仕方ない。しぶしぶ、王宮へ来たわけだ。

 ここに通されるまでの間、案内の人や警備の人たちが私をキラキラしい目で見つめてきた。
 と思ったら、すぐに真っ青になって下を向くの繰り返し。

 私から見えない位置で、ラウが周りを睨んでいるらしい。

 はぁ。

 いい加減、慣れて欲しいな。

 そう思っていたところに、国王がやってきて、今回呼び出された理由とお願い内容を穏やかに説明される。

 はぁ。

 また、ため息がでちゃったよ。




「じゃ、断っていいってことですね」

 首を傾げて訊いてみた。
 仕事は断れないものが多いが、お願いは気に入らなければ断れる。

「おい、四番目。国王からの依頼を断るのかよ」

 テラも国王といっしょについてきていた。当たり前のように、国王の隣にちょこんと座っている。なんか、偉そう。

「えー、面倒くさそうだし」

「そんな理由で断るのかよ」

「だって、お願いでしょ。気に入らないお願いは断っていいんだよ」

 私は私の好きなように生きていい。
 つまり、気に入らないことはしなくてもいい。

「誰だよ、そんなこと吹き込んだのは」

「テラ」

 吹き込んだ心当たりがあったようで、見事にテラが黙り込んだ。
 私でも国王でもなく、窓に目をやって、外を眺めているフリをしている。

「ならば、面倒でなければ引き受けてくれるんだね」

 黙り込んだテラと違って、国王は意外と前向きだった。

「いえ、断ります。ラウとのお休み、減っちゃうから」

「おい、何がお休みだ。お前ら、一年中いっしょにいるだろうが」

「この前の観劇、楽しかったから。今度はラウと旅行してみたいの」

 余計なところでテラが復活してくるのを無視して、私は私で自分の話をする。

「私、旅行したことないから」

「赤種になる前もか?」

「ないよ。ラウといっしょの旅行、楽しいだろうな」

 そう言って、私の隣に座るラウを見上げた。

 ラウはずっと一言も話さず、国王とテラを不機嫌そうに睨み付けていて、私が話しかけると、さっと嬉しそうな表情に変わるという器用なことをやってのけている。

 実際のところ、ラウの機嫌は良いのか悪いのか、さっぱり分からない。

「それなら、お願いを聞いてくれたら、黒竜殿との旅行をプレゼントするというのはどうだろう?」

「旅行!」

 ついに、国王が太っ腹なことを言い出して、思わず釣られる私。

 気持ちとともに身体も前のめりになるのを、ラウが物理的に引き戻す。

「国王。俺のフィアにいったい何をさせるつもりだ?」

「ベルンドゥアン、グランミスト、両家門と、会って話をするだけだよ」

 国王はあくまでも穏やかに話をする。
 相手が私でもラウでも他の人でも。

「もちろん、黒竜殿も同席してほしい」

「会って話をしてどうするんですか?」

 話すことなんてないし。
 聞くこともないんだけどな。

「さぁ。きっと、気持ちの整理をつけたいのだろうね」

「そういうのは、自分でどうにかするものですよ」

「できる人ばかりではないと思うよ」

「十六歳の私ができたんです。大人ならできますよ」

「これは手厳しいな」

 国王の穏やかな口調は変わらない。

 第一塔長や第四塔長の実の親のはずなんだけど、二人とはちょっと違う。
 第一塔長はときおり厳しい目つきをするし、第四塔長は頻繁に欲に取り付かれたような目つきをする。

 国王は目つきも口調も穏やかだ。
 考えていることまでは分からないが、基本、親切な人なんだろう。
 国王として約束するくらいだし、こっちを騙そうという企みもなさそうだよね。

 私はちょっと考えた。

 そして思った。

 ここは旅行を取るべきだと。

「それで、そのよく知らない人たちと、会えばいいんですか?」

 話の通じない人たちに我慢して会って話をするだけで、旅行ができる。

「グランミストは総師団長、ベルンドゥアンは第二師団長だ」

「仕事上の付き合い、ないです」

「どちらもネージュ・グランフレイム嬢の関係者だよ」

「へー、そうなんですね」

 そういう話、興味ないんだけどな。
 とりあえず、相づちを打っておく。

「グランミスト総師団長の実妹がネージュ嬢の母親、ミラージュ・グランフレイムだ」

 国王が丁寧に説明してくれた。

 ミラージュ。名前は覚えているけど、関わった記憶がない。グランミストの家門も同様。

 時空眼を使えば過去の映像は出てくるんだろう。でも、ネージュが覚えていないのなら、その程度の人たちだ。

「そして、ベルンドゥアン第二師団長の甥が、ジンクレスト・ベルンドゥアン」

 うん? 初めて聞く名前だ。でも、聞き覚えがあるような、ないような。

「その人もネージュ・グランフレイムの関係者なんですか?」

「ネージュ嬢の護衛騎士をしていた、ジン・ドゥアン卿。彼の本名だ」

「へー」

 ジンは本当の名前じゃなかったんだ。

「グランフレイムの騎士になる際、ベルンの家門名が問題になるからと、名を変えて騎士になったんだよ」

 ネージュは最期まで、自分の護衛の本名すら知らなかったんだ。
 何ともいえない感情が心の中に広がっていく。

 私はネージュに対する気持ちを振り切るように、小さく首を振った。

「へー。ま、どうでもいいですけど。その人たちと会えば、旅行にいけるんですよね?」

 そう、大事なのはラウとの旅行だ。

 ネージュはもう過去の人だし。
 今、生きている自分とラウを大事にしないと。

「あぁ、二日後の十時、場所は大神殿だ」

「グランミスト、ベルンドゥアン、ドラグニールでの話し合い。立ち会いはレクシルドが行くから」

「じゃ、旅行よろしくお願いします」

 話し合いが終われば旅行にいける。

「きちんと話し合ってくるんだよ」

「もちろん、旅行、楽しみにしています」

 私の頭の中はラウとの旅行でいっぱいだった。
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