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5 出張旅行編
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ラウに手を取られ、狭い路地の石段を登る。登る。ただひたすら登る。
こんな狭い路地の、しかも石段だというのに、両脇にはやはり小さいお店が連なっていた。
甘い匂い、パンが焼けるような匂い、香辛料の独特な匂い、いろいろな匂いに包まれて、私たちは歩いていく。
ここがユクレーナさんが育った街なんだな。
ネージュが住んでいたグランフレイムの館は大きかったけど、ネージュの世界は狭かった。
ここはそれぞれの住む家こそ小さいけど、ここで生活する人たちは、とても活気に溢れている。
見上げれば広々とした空と険しく高い山々。気持ちもすっきりする。
「そろそろ着くぞ、フィア」
突然、ラウが立ち止まった。
「本当?」
でも、なんで立ち止まるんだろう。
そろそろ着くっことは、まだ着いてないってことだ。立ち止まったら、着かないよね?
「あそこのようですね」
ジンクレストが指をさしたのは、石段から横に延びる狭い通路の先だった。
その方向を目でたどると、周りより大きな建物がある。
「さぁ、行こう、フィア」
「キレイなレストランだね」
「昔はもっと、街の食堂って感じでしたのに」
「キレイに改装したんだね」
「昔はもっと、こじんまりとしていましたのに」
「キレイに改造したんだね」
レストランの前までやってきて、ユクレーナさんはその外観に目を白黒させていた。
どうやら、ユクレーナさんの記憶にあるものとはだいぶかけ離れているらしい。四年ほど家に帰ってないって話だったよね。
「街の雰囲気にもあってるし、デートでも使えそうな店じゃないか?」
「清潔感もありますし、落ち着いたデザインですね」
ラウとジンクレストの言う通り。
名前こそ『辛牛亭』と、レストランらしからぬ響きだけれど、オシャレでかつ遺跡の街に似合った石造りの建物が、そこにあった。
レストランの出入り口は建物の三階にあり、見たところ、一階が住居、二階が事務室や厨房、三、四階が客席のようだ。
ラウの手を引き、さっそくお店の入り口へ。
テラス席もあるから、きっと眺めもいいに違いない。
「それじゃ、ここでお昼だね」
早く入りたくてワクワクしている私に、ユクレーナさんが待ったをかける。
「ラウゼルト卿とクロスフィアさんは、予約ですよね。わたくしとジンは他のお店に行きましょう」
「ユクレーナさんとジンクレストもいっしょだよね、ラウ」
「あぁ、そうだ」
「そうですよ、ユクレーナ。クロスフィア様とラウゼルト卿を二人だけにさせては、絶対にダメです」
「なんか、いちいちムカつくな」
またもや言い争いになりそうな雰囲気を無視して、私はラウに確認した。
「予約は四人で取ってるんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「あの、わたくしも同席しなくてはなりませんか?」
ユクレーナさんは嫌そうな、困ったような、そんな表情をしている。口調もどことなく重苦しい。
「当然だろ。突然、予約をキャンセルしたら、店にも迷惑かかるしな」
「実家なので、少しくらい迷惑かかっても問題ないと思いますが」
「それにレクスから頼まれてるんだ。お前とお前の実家との話し合いをな」
ラウはそう言うと、ジンクレストに目配せをする。静かに頷くジンクレスト。
仲が悪くても、これだけで意志疎通できるのは訓練された騎士ならでは。
ラウはジンクレストの反応に満足したのか、私の手を取って颯爽とお店の扉に向かった。
カランと音を立てて扉が開くと、店内の賑やかな様子が目に飛び込んでくる。
三階の店内は、お客さんでいっぱいだった。席待ちで並んでいるお客さんもいるくらいの人気ぶり。
さすが、ルミ印一推しのレストラン。予約して正解だったと思う。
そして店内には独特の香りが漂っていた。これが辛牛亭人気料理の香辛料の香りかな。
私たちが店内に足を踏み入れると、さっと案内の女性がやってくる。
「いらっしゃいませ」
「四名で予約したドラグニールだ」
「ご来店ありがとうございます。お待ちしておりました」
丁寧に一礼する案内の女性。
そして、奥に声をかけた。
「店長、ご予約のお客様がお見えです」
「まぁまぁ。お客様方。遠くからようこそいらっしゃいました」
奥から現れたのは金髪に青い瞳を持つ女性。お店の制服をピシッと着こなし、にっこりと笑顔をみせる。
うん、どことなくユクレーナさんに似てる?
「辛牛亭、店長のフィールズです」
はっとして、肩越しにチラッと後ろを見ると、いつものユクレーナさんがそこにいた。
緊張した様子も嫌そうな様子も見せてはいない。ジンクレストの手を取って、淡々と佇んでいる。
私の視線に気付いた店長が、ユクレーナさんに視線を向けた。
口元に手を当てる店長。
「まぁまぁまぁ! ユクレーナ! 戻ってきてくれたのね!」
「違います」
即否定するユクレーナさん。
「あなた、ユクレーナが!」
興奮しすぎて話をぜんぜん聞かずに、店長は奥に向かって声をかけた。
案内の女性も、店長の様子に困った表情を浮かべている。
そりゃそうだよね。呼んだ上司が予約のお客さんを放置してるんだからね。逆の立場なら、きつく注意されるよね。
「それで、席は?」
「店長、お客様がお待ちですよ!」
いつまで待たせるんだとばかりに、ラウが不機嫌そうな低い声を出すと、弾かれたように、案内の女性が店長の注意を引き戻した。
我に返る店長。
「まぁまぁまぁ、わたくしとしたことが。どうぞどうぞ。こちらへ」
店長が手をすっと差し出して、伸ばした先は階段だった。手すりに凝った装飾が施されている。
「上のテラス席をご用意しております。とてもいい眺めですので、ぜひ、景色もお楽しみください」
店長は先に立ち、私たちは四階のテラス席に案内されたのだった。
こんな狭い路地の、しかも石段だというのに、両脇にはやはり小さいお店が連なっていた。
甘い匂い、パンが焼けるような匂い、香辛料の独特な匂い、いろいろな匂いに包まれて、私たちは歩いていく。
ここがユクレーナさんが育った街なんだな。
ネージュが住んでいたグランフレイムの館は大きかったけど、ネージュの世界は狭かった。
ここはそれぞれの住む家こそ小さいけど、ここで生活する人たちは、とても活気に溢れている。
見上げれば広々とした空と険しく高い山々。気持ちもすっきりする。
「そろそろ着くぞ、フィア」
突然、ラウが立ち止まった。
「本当?」
でも、なんで立ち止まるんだろう。
そろそろ着くっことは、まだ着いてないってことだ。立ち止まったら、着かないよね?
「あそこのようですね」
ジンクレストが指をさしたのは、石段から横に延びる狭い通路の先だった。
その方向を目でたどると、周りより大きな建物がある。
「さぁ、行こう、フィア」
「キレイなレストランだね」
「昔はもっと、街の食堂って感じでしたのに」
「キレイに改装したんだね」
「昔はもっと、こじんまりとしていましたのに」
「キレイに改造したんだね」
レストランの前までやってきて、ユクレーナさんはその外観に目を白黒させていた。
どうやら、ユクレーナさんの記憶にあるものとはだいぶかけ離れているらしい。四年ほど家に帰ってないって話だったよね。
「街の雰囲気にもあってるし、デートでも使えそうな店じゃないか?」
「清潔感もありますし、落ち着いたデザインですね」
ラウとジンクレストの言う通り。
名前こそ『辛牛亭』と、レストランらしからぬ響きだけれど、オシャレでかつ遺跡の街に似合った石造りの建物が、そこにあった。
レストランの出入り口は建物の三階にあり、見たところ、一階が住居、二階が事務室や厨房、三、四階が客席のようだ。
ラウの手を引き、さっそくお店の入り口へ。
テラス席もあるから、きっと眺めもいいに違いない。
「それじゃ、ここでお昼だね」
早く入りたくてワクワクしている私に、ユクレーナさんが待ったをかける。
「ラウゼルト卿とクロスフィアさんは、予約ですよね。わたくしとジンは他のお店に行きましょう」
「ユクレーナさんとジンクレストもいっしょだよね、ラウ」
「あぁ、そうだ」
「そうですよ、ユクレーナ。クロスフィア様とラウゼルト卿を二人だけにさせては、絶対にダメです」
「なんか、いちいちムカつくな」
またもや言い争いになりそうな雰囲気を無視して、私はラウに確認した。
「予約は四人で取ってるんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「あの、わたくしも同席しなくてはなりませんか?」
ユクレーナさんは嫌そうな、困ったような、そんな表情をしている。口調もどことなく重苦しい。
「当然だろ。突然、予約をキャンセルしたら、店にも迷惑かかるしな」
「実家なので、少しくらい迷惑かかっても問題ないと思いますが」
「それにレクスから頼まれてるんだ。お前とお前の実家との話し合いをな」
ラウはそう言うと、ジンクレストに目配せをする。静かに頷くジンクレスト。
仲が悪くても、これだけで意志疎通できるのは訓練された騎士ならでは。
ラウはジンクレストの反応に満足したのか、私の手を取って颯爽とお店の扉に向かった。
カランと音を立てて扉が開くと、店内の賑やかな様子が目に飛び込んでくる。
三階の店内は、お客さんでいっぱいだった。席待ちで並んでいるお客さんもいるくらいの人気ぶり。
さすが、ルミ印一推しのレストラン。予約して正解だったと思う。
そして店内には独特の香りが漂っていた。これが辛牛亭人気料理の香辛料の香りかな。
私たちが店内に足を踏み入れると、さっと案内の女性がやってくる。
「いらっしゃいませ」
「四名で予約したドラグニールだ」
「ご来店ありがとうございます。お待ちしておりました」
丁寧に一礼する案内の女性。
そして、奥に声をかけた。
「店長、ご予約のお客様がお見えです」
「まぁまぁ。お客様方。遠くからようこそいらっしゃいました」
奥から現れたのは金髪に青い瞳を持つ女性。お店の制服をピシッと着こなし、にっこりと笑顔をみせる。
うん、どことなくユクレーナさんに似てる?
「辛牛亭、店長のフィールズです」
はっとして、肩越しにチラッと後ろを見ると、いつものユクレーナさんがそこにいた。
緊張した様子も嫌そうな様子も見せてはいない。ジンクレストの手を取って、淡々と佇んでいる。
私の視線に気付いた店長が、ユクレーナさんに視線を向けた。
口元に手を当てる店長。
「まぁまぁまぁ! ユクレーナ! 戻ってきてくれたのね!」
「違います」
即否定するユクレーナさん。
「あなた、ユクレーナが!」
興奮しすぎて話をぜんぜん聞かずに、店長は奥に向かって声をかけた。
案内の女性も、店長の様子に困った表情を浮かべている。
そりゃそうだよね。呼んだ上司が予約のお客さんを放置してるんだからね。逆の立場なら、きつく注意されるよね。
「それで、席は?」
「店長、お客様がお待ちですよ!」
いつまで待たせるんだとばかりに、ラウが不機嫌そうな低い声を出すと、弾かれたように、案内の女性が店長の注意を引き戻した。
我に返る店長。
「まぁまぁまぁ、わたくしとしたことが。どうぞどうぞ。こちらへ」
店長が手をすっと差し出して、伸ばした先は階段だった。手すりに凝った装飾が施されている。
「上のテラス席をご用意しております。とてもいい眺めですので、ぜひ、景色もお楽しみください」
店長は先に立ち、私たちは四階のテラス席に案内されたのだった。
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