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5 出張旅行編
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解せない気分の私を置き去りにして、ユクレーナさんは、不満そうな顔のラウとジンクレストに神妙な顔を向けた。
とりあえず、テラスの隅の目立たないところを確保して正解だったかも。
冷たい削り氷をせっせと口に運びながら、私はじっとり汗をかいていた。
成人男性二人が、か弱そうに見える(見かけほどユクレーナさんはか弱くはない)女性に注意を受けていて、しかも内容がお忍びに関する注意事項。
誰にも見られたくないし、聞かせたくもない。
おそらく、いや、絶対に護衛班とか記録班が見たり聞いたりしているだろうけど、無関係な人たちから好奇の視線を受けたくはない。
私が冷や汗をかいている間にも、ユクレーナさんは二人に、最初から説明を始める。
「わたくしたちは、それぞれ既婚と未婚のペアで、お友だち同士です」
金竜さんのところで話し合って、そういう設定で行動しようということになったんだよね。
お忍びの視察みたいなものを装うといっても、さすがに、夫婦と護衛と案内役ではあからさまだと。
金竜さんからもリリーレーネさんからも待ったがかかったのだ。
「こいつと友人だなんて気持ち悪い」
「女性の方が友人関係なだけですよ」
なのにこの二人ときたら、終始、こんな感じ。
「ラウもジンクレストも。そういう設定で振る舞いながら、お忍びの視察をしているってことだったでしょ?」
私も声を潜めて会話に加わった。
「そうです。ですので、お互いの呼び名が家名や役職名ではダメだと、注意したばかりですよね」
「それはそうですが」
「敬称は仕方ないとしても、名前でお呼びください。上の名前で」
「「チッ」」
仲が悪いくせに、舌打ちは見事に揃う。
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫です、クロスフィアさん。あなたに嫌われたり心配されたりするようなことは、お二人ともしませんから」
わざと『嫌われたり心配されたり』の部分を強調するユクレーナさん。
「うん、そこに関しては間違いなさそうだけどね」
まぁ、そんなわけで、私もユクレーナさんもお互い名前呼び。
これはこれで、距離が縮まったような気がして、私としても嬉しかったりする。
そして、ユクレーナさんとジンクレストは恋人同士という設定。
私を崇拝している護衛騎士と、冷静沈着な特級補佐官。
かなり無理があると思った。
んだけれど。
「ジンもよろしいですか?」
「分かりましたよ、ユクレーナ」
私の心配をよそに、二人は意外と似合っていた。
「次はレストスの名物料理の店だぞ、フィア」
私の手をギュッと握りしめ、そればかりでは満足できないとばかりに身体をぴったりくっつけて、ラウが次の目的地を告げる。
削り氷のお店を出た後、私たちはそれぞれ二人組となって手をつなぎ、レストスの市街をあちこち見て歩き回っていた。
このレストス。
山あいにあるせいか、市街の道は狭くて緩やかな登り下り、そして石段が多い。
雰囲気自体は、まるで市場通りのようでいて、道の両脇にいろいろなお店が軒を連ねている。
それも、十人も入れば満員となるような、こじんまりとしたお店ばかりだった。
スイーツやお土産のお店の他にも、レストスの名物料理、持ち帰りや食べ歩きできる軽食のお店も豊富。
そもそもレストスは、観光地としてだけでなく、南北を抜ける要の街。観光客以外の旅客も多いし、元々の住人の利用も多い。
ユクレーナさんに聞いたところ、レストスでは食事を外食で済ませる人が多く、そういった人向けの軽食のお店が多いんだそうだ。
それがレストス文化として、さらに観光客を呼び、今のレストスになっている。
そんな中にも、軽食以外の食堂やちょっと高級なレストランもあって。
そして今。
私たちは、昼食をとる場所、ちょっと高級なレストランへと向かっていた。
「ラウゼルト卿、クロスフィア様が暑苦しそうにしています。少し離れてください」
「ァア? ジンクレスト卿、俺のフィアはこの距離が大好きなんだよ。知らなかったのか?」
そして、またまた始まるこのやり取り。
前を私たちが歩き、後ろをユクレーナさんとジンクレストがついてきて。
ときおり後ろから、ジンクレストがラウに声をかけるの繰り返し。
「クロスフィア様が熊みたいな大男にベッタリくっつかれて喜ぶわけないでしょう? 冗談は寝てから言ってください」
「ハン、フィアの好きなタイプは、熊みたいにかわいい男だ」
「ハァア? 趣味が悪すぎませんか、それ」
えええ? 趣味が悪い?
あまりの酷い言いように、私は思わず、二人の会話に割って入った。
「どうして? ラウは熊みたいでかわいいでしょ?」
振り返ると、ジンクレストが信じられない物を見たような、驚いた表情をする。
「クロスフィア様。それ、本気でおっしゃってますか?」
「うん。ラウって、懐いた熊みたいでかわいいよね」
驚いた表情の隣には、テラや塔長と似た表情のユクレーナさん。
手をつないでいない方の指をこめかみに当てて、ぐりぐりやっていた。
「クロスフィア様、熊は猛獣なんですよ? かわいらしいクロスフィア様が猛獣に食べられたりでもしたら、大変です」
「うん? ラウはそんな酷いこと、しないよ?」
ねぇ、ラウ。そうだよね。
とラウを見上げると、いつものラウの穏やかな笑顔。
「ハッ、俺の勝ちだな」
「くっ」
何が勝ちだか負けだかは分からないけど、ラウがジンクレストより強いのは間違いない。
頼もしい夫に手を取られ、私は名物料理のお店を目指して歩き続けた。
とりあえず、テラスの隅の目立たないところを確保して正解だったかも。
冷たい削り氷をせっせと口に運びながら、私はじっとり汗をかいていた。
成人男性二人が、か弱そうに見える(見かけほどユクレーナさんはか弱くはない)女性に注意を受けていて、しかも内容がお忍びに関する注意事項。
誰にも見られたくないし、聞かせたくもない。
おそらく、いや、絶対に護衛班とか記録班が見たり聞いたりしているだろうけど、無関係な人たちから好奇の視線を受けたくはない。
私が冷や汗をかいている間にも、ユクレーナさんは二人に、最初から説明を始める。
「わたくしたちは、それぞれ既婚と未婚のペアで、お友だち同士です」
金竜さんのところで話し合って、そういう設定で行動しようということになったんだよね。
お忍びの視察みたいなものを装うといっても、さすがに、夫婦と護衛と案内役ではあからさまだと。
金竜さんからもリリーレーネさんからも待ったがかかったのだ。
「こいつと友人だなんて気持ち悪い」
「女性の方が友人関係なだけですよ」
なのにこの二人ときたら、終始、こんな感じ。
「ラウもジンクレストも。そういう設定で振る舞いながら、お忍びの視察をしているってことだったでしょ?」
私も声を潜めて会話に加わった。
「そうです。ですので、お互いの呼び名が家名や役職名ではダメだと、注意したばかりですよね」
「それはそうですが」
「敬称は仕方ないとしても、名前でお呼びください。上の名前で」
「「チッ」」
仲が悪いくせに、舌打ちは見事に揃う。
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫です、クロスフィアさん。あなたに嫌われたり心配されたりするようなことは、お二人ともしませんから」
わざと『嫌われたり心配されたり』の部分を強調するユクレーナさん。
「うん、そこに関しては間違いなさそうだけどね」
まぁ、そんなわけで、私もユクレーナさんもお互い名前呼び。
これはこれで、距離が縮まったような気がして、私としても嬉しかったりする。
そして、ユクレーナさんとジンクレストは恋人同士という設定。
私を崇拝している護衛騎士と、冷静沈着な特級補佐官。
かなり無理があると思った。
んだけれど。
「ジンもよろしいですか?」
「分かりましたよ、ユクレーナ」
私の心配をよそに、二人は意外と似合っていた。
「次はレストスの名物料理の店だぞ、フィア」
私の手をギュッと握りしめ、そればかりでは満足できないとばかりに身体をぴったりくっつけて、ラウが次の目的地を告げる。
削り氷のお店を出た後、私たちはそれぞれ二人組となって手をつなぎ、レストスの市街をあちこち見て歩き回っていた。
このレストス。
山あいにあるせいか、市街の道は狭くて緩やかな登り下り、そして石段が多い。
雰囲気自体は、まるで市場通りのようでいて、道の両脇にいろいろなお店が軒を連ねている。
それも、十人も入れば満員となるような、こじんまりとしたお店ばかりだった。
スイーツやお土産のお店の他にも、レストスの名物料理、持ち帰りや食べ歩きできる軽食のお店も豊富。
そもそもレストスは、観光地としてだけでなく、南北を抜ける要の街。観光客以外の旅客も多いし、元々の住人の利用も多い。
ユクレーナさんに聞いたところ、レストスでは食事を外食で済ませる人が多く、そういった人向けの軽食のお店が多いんだそうだ。
それがレストス文化として、さらに観光客を呼び、今のレストスになっている。
そんな中にも、軽食以外の食堂やちょっと高級なレストランもあって。
そして今。
私たちは、昼食をとる場所、ちょっと高級なレストランへと向かっていた。
「ラウゼルト卿、クロスフィア様が暑苦しそうにしています。少し離れてください」
「ァア? ジンクレスト卿、俺のフィアはこの距離が大好きなんだよ。知らなかったのか?」
そして、またまた始まるこのやり取り。
前を私たちが歩き、後ろをユクレーナさんとジンクレストがついてきて。
ときおり後ろから、ジンクレストがラウに声をかけるの繰り返し。
「クロスフィア様が熊みたいな大男にベッタリくっつかれて喜ぶわけないでしょう? 冗談は寝てから言ってください」
「ハン、フィアの好きなタイプは、熊みたいにかわいい男だ」
「ハァア? 趣味が悪すぎませんか、それ」
えええ? 趣味が悪い?
あまりの酷い言いように、私は思わず、二人の会話に割って入った。
「どうして? ラウは熊みたいでかわいいでしょ?」
振り返ると、ジンクレストが信じられない物を見たような、驚いた表情をする。
「クロスフィア様。それ、本気でおっしゃってますか?」
「うん。ラウって、懐いた熊みたいでかわいいよね」
驚いた表情の隣には、テラや塔長と似た表情のユクレーナさん。
手をつないでいない方の指をこめかみに当てて、ぐりぐりやっていた。
「クロスフィア様、熊は猛獣なんですよ? かわいらしいクロスフィア様が猛獣に食べられたりでもしたら、大変です」
「うん? ラウはそんな酷いこと、しないよ?」
ねぇ、ラウ。そうだよね。
とラウを見上げると、いつものラウの穏やかな笑顔。
「ハッ、俺の勝ちだな」
「くっ」
何が勝ちだか負けだかは分からないけど、ラウがジンクレストより強いのは間違いない。
頼もしい夫に手を取られ、私は名物料理のお店を目指して歩き続けた。
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