1 / 125
凋落の王子、二つ名と黒歴史を得る
1.
しおりを挟む
大路樹子はかつて、プリンスと呼ばれていた。
――プリンスって、王子……? 私、女だよ?
小学六年のときだったか、初めてそう呼ばれて樹子は首を傾げた。男か女か以前に王の子ですらない。樹子の父は役所勤めの温厚な中年男で、王の覇気など微塵も持ち合わせていない。強いていうならばビールを愛飲することで膨満した腹が福々しく見えなくもないというところか。母親は三宅精機という大きめの会社の創業者一族の一員だが端っこも端っこ、大学で樹子の父と出会って田舎で一介の主婦となった現在は一族の序列に加わりもしないしただ親戚というだけ。つつましいものだ。
――そういうことじゃない。
――血筋とか男の子か女の子かとか、そういうことじゃないの、王子さまって。
先んじて成長期を迎えにょきにょきと身長が伸びた樹子を、クラスメイトの少女たちがきらきらした目で見上げた。
女なのに、プリンス。王子さま。――何のことはない。
第一に、名字。大路という姓が王子の音に近いから。
第二に、外見。樹子の身長は平均よりやや高め。すっきりと整い少々鋭くもある顔立ちは女顔か男顔か、どちらかと問われれば男顔寄りで、背筋の伸びてきびきびとした立ち居振る舞いが凜とした印象を与える。
第三に、親切な性格。
「落としものですよ」
拾って渡すと相手の頬が染まる。他人に親切にするなんてのはごく当たり前のことなのであって、落としものを持ち主に返す程度のことにいちいち「今のは王子さまっぽくて気障かな」などと躊躇うほどのこともない。
だからって王子なんて。
子どものころにこじつけのようにつけられたあだ名に過ぎない。
樹子は一を聞いて十を知るほど聡明ではないが真面目な質で、こつこつ努力したりじっくり調べたり、腰を据えて真正面から取り組むのが得意だし、好きでもある。だから学校の成績はそこそこによかった。努力が棚ぼたレベルの報酬をもたらすことはないけれど、努力しなければ結果が得られないことは知っている。たとえば、受験とか。
故郷を離れ大学に入り、大人に近づくと、真面目なばかりではどうにもならないことが出てくる。たとえば、恋愛とか。
王子と呼ばれつづけて定着したキャラクターは故郷を離れて髪を伸ばせば簡単に払拭できた。身長が高めとはいっても周囲の皆が成長してしまえばずば抜けて大きくもない。たまに親切に頬を染められることはあれどそもそも親切なんてのは多くの人に備わった普遍的美質なんであって樹子がことさら他人より親切というほどでもないのである。プリンスと呼ばれていたころは「あいつ、オレより女子にモテるから」などと男子に遠巻きにされ恋愛の機会などついぞなかったが、プリンスでなくなれば樹子とて年頃の女、周囲の男子たちの恋愛のハードルは下がる。そのはずだった。
――プリンスって、王子……? 私、女だよ?
小学六年のときだったか、初めてそう呼ばれて樹子は首を傾げた。男か女か以前に王の子ですらない。樹子の父は役所勤めの温厚な中年男で、王の覇気など微塵も持ち合わせていない。強いていうならばビールを愛飲することで膨満した腹が福々しく見えなくもないというところか。母親は三宅精機という大きめの会社の創業者一族の一員だが端っこも端っこ、大学で樹子の父と出会って田舎で一介の主婦となった現在は一族の序列に加わりもしないしただ親戚というだけ。つつましいものだ。
――そういうことじゃない。
――血筋とか男の子か女の子かとか、そういうことじゃないの、王子さまって。
先んじて成長期を迎えにょきにょきと身長が伸びた樹子を、クラスメイトの少女たちがきらきらした目で見上げた。
女なのに、プリンス。王子さま。――何のことはない。
第一に、名字。大路という姓が王子の音に近いから。
第二に、外見。樹子の身長は平均よりやや高め。すっきりと整い少々鋭くもある顔立ちは女顔か男顔か、どちらかと問われれば男顔寄りで、背筋の伸びてきびきびとした立ち居振る舞いが凜とした印象を与える。
第三に、親切な性格。
「落としものですよ」
拾って渡すと相手の頬が染まる。他人に親切にするなんてのはごく当たり前のことなのであって、落としものを持ち主に返す程度のことにいちいち「今のは王子さまっぽくて気障かな」などと躊躇うほどのこともない。
だからって王子なんて。
子どものころにこじつけのようにつけられたあだ名に過ぎない。
樹子は一を聞いて十を知るほど聡明ではないが真面目な質で、こつこつ努力したりじっくり調べたり、腰を据えて真正面から取り組むのが得意だし、好きでもある。だから学校の成績はそこそこによかった。努力が棚ぼたレベルの報酬をもたらすことはないけれど、努力しなければ結果が得られないことは知っている。たとえば、受験とか。
故郷を離れ大学に入り、大人に近づくと、真面目なばかりではどうにもならないことが出てくる。たとえば、恋愛とか。
王子と呼ばれつづけて定着したキャラクターは故郷を離れて髪を伸ばせば簡単に払拭できた。身長が高めとはいっても周囲の皆が成長してしまえばずば抜けて大きくもない。たまに親切に頬を染められることはあれどそもそも親切なんてのは多くの人に備わった普遍的美質なんであって樹子がことさら他人より親切というほどでもないのである。プリンスと呼ばれていたころは「あいつ、オレより女子にモテるから」などと男子に遠巻きにされ恋愛の機会などついぞなかったが、プリンスでなくなれば樹子とて年頃の女、周囲の男子たちの恋愛のハードルは下がる。そのはずだった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
好きの手前と、さよならの向こう
茶ノ畑おーど
恋愛
数年前の失恋の痛みを抱えたまま、淡々と日々を過ごしていた社会人・中町ヒロト。
そんな彼の前に、不器用ながら真っすぐな後輩・明坂キリカが配属される。
小悪魔的な新人女子や、忘れられない元恋人も現れ、
ヒロトの平穏な日常は静かに崩れ、やがて過去と心の傷が再び揺らぎ始める――。
仕事と恋、すれ違いと再生。
交錯する想いの中で、彼は“本当に守りたいもの”を選び取れるのか。
――――――
※【20:30】の毎日更新になります。
ストーリーや展開等、色々と試行錯誤しながら執筆していますが、楽しんでいただけると嬉しいです。
不器用な大人たちに行く末を、温かく見守ってあげてください。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる