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入学式
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はぁ、はぁ……
「これで終わりだ。投降しろ、 魔族の長よ!」
辺りからは血の匂いと、肉が焼けた匂いがする。焼けた家屋の煙が立ち込め、後悔の念だけが渦を巻く。この戦いに意味などあったのだろうか………。引き連れた1000の兵も死に絶えた。
それでも、若き日のドミニクは剣を構える。当時のリクセン団長と共に、魔族の長夫婦と向かい合う。もはや生き残っているのは、ここにいる4人だけになってしまった。
「投降だと? 突然襲ってきて、正義ヅラするな!」
そこだ、ドミニクに理解出来なかったのは。
確かに今の帝国にとって魔族は脅威だ。帝国を憎んでいる。人を無差別に襲い、血肉を喰らい、人を糧とする。古文書にも似た様な記述があり、実害も出ていると報告があった。帝国も、少し誇張しているところはあるが、そのように教育している。魔族は悪だ、敵だ、討ち滅ぼせ、と。
しかし、この森への遠征には疑問しか出てこない。考えないようにしても、どうしても頭に引っかかる。何故この村なのかと。他にも魔族の集落の目撃情報もあり、実害が報告されてるところもある。なのに何故、今回の遠征では今まで報告の上がってこなかった、無名の魔族が対象となったのか。
ずっと頭の片隅から離れなかった。その疑問も、戦いになれば忘れられるだろう。そう自分に言い聞かせて、任務に没頭した。しかし、戦えば戦うほど、剣を交えるほどに湧き上がる疑問。本当に魔族は敵なのだろうか……。
古代の文献とは違い、木の実煮て、山菜を茹で、動物の肉を焼いて食らう。我々人と何も変わらない。角が生えたりするからいで、同じ人間なんだ。
傷ついたら痛むし、嬉しかったら笑う。仲間が死ねば人と同じように悲しむ。帝国は、この姿のどこに敵だと見出したのだろう。
この戦いに意味があったのか………。
ドミニクはこれ以上戦いたくはなかった。もう遅いかもしれない。遠征兵は既に死に絶え、村は焼けて、魔族ももう2人しかいない。それでも、これ以上は剣を振るいたくはない。傷ついてはいるが、その2人も今ならまだ助けられるから。
「リクセン団長。この戦いに、この戦いに意味などありせん。もう終わりにしましょう! まだ助かる命もあります」
ドミニクには、リクセン団長が少し笑った気がした。どうしてそこで笑ったのか、検討もつかなかった。もしかしたら気のせいだったかもしれない。そうとさえ思えた。
でもドミニクには、団長の笑みは………自分の頼みとは正反対の事態を引き起こす。そんな予感がした。
「ドミニク、お前はいいトップになれるよ」
その瞬間、リクセンは………。
「すまな…… かった………」
ドミニクはずっと思い詰めていたのだろう。10年間胸の内に隠されてきたその想いは、今初めて打ち明けられた。
「今さら…… 今さらそんなこと言われても……… もう遅いんだよ! 俺の仲間も、家族も、もうどこにもいない。帰ってこない。俺はもう独りぼっちだ。この俺の10年間は…… 何だったんだよ……」
(何で今なんだ。10年前に気づいてくれれば、父さんと母さん、村のみんなは…… こんなに優しさがあるなら、殺さなくても良かったじゃないか!)
ファーゼンはずっと独りで生きてきた。1人で孤独に耐えてきたのだ。この10年間、執念に命を燃やして。
人の温もりに触れるのは久しぶりだった。ずっと忘れていた温かみ。10年ぶりの感覚に、ファーゼン涙腺は涙を受け止められなくなる。
ファーゼンにとっては久しぶりで、ずっと忘れていた感覚。とても不思議に感じられた。だが決して悪いものでは無い。ずっと、永遠にこの感覚で満たされていたいと思うほどに。だがそのせいで、ファーゼンの覚悟は完全揺らいでしまった。
ドミニクが完全な悪であれば、憎むべき悪鬼を心に宿していれば、こんなにも迷い苦しむことはなかっただろう。思いのままに殺すことができた。復讐を成し遂げ、悔いなく果てることができたであっただろう。
ファーゼン自身、死ぬ覚悟はとうに出来ていた。帝国騎士団が試験官を務めると決まった5年前から。その時からずっと、この日を待ち望んできたのだ。
結界の内側でのやりとり。ドミニクともあろう大男が大粒の涙を流しているなどとは、誰が予想出来ただろうか。レベッカも既にここから避難しており、この場にいるのはドミニク、ファーゼン、エリックの3人だけだ。
「1000年前にも…… このような男がいれば……… 師匠は……… ○○○師匠は……死なずにすんだかもしれないのに」
エリックはあの日のことを思いだす。
師匠を失ったあの日、師匠はこう言った。
「私は…… ここまでのようだ。うっ」
師匠の口元は血で汚れる。
「じじょう!」
悲しみの余り、上手く発音できない。
「だが、お前は…… 人間を恨むなよ……」
「なんで! じじょうは人間だぢに……」
(何で師匠はこんな人間どもを許せるんだ)
「だけ… ども…… 。これからお前は… ゴホッゴホッ…… 人間たちと生きて行くんだ。だから、・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
師匠、師匠ぉぉぉぉぉぉおおおお!
師匠の死んだ夜、ひとしきり泣いた。運河が出来るのではないかという程、三日三晩泣き続けた。だからもう既に乾ききったと思っていたエリックの心が……潤いを取り戻した。
「『人間を愛せ』か……。確かに人間もまだ捨てたもんじゃないようだな」
ズズッ
エリックの独り言に返す者は誰もいない。ただ虚しく、空虚に響いた。
「これで終わりだ。投降しろ、 魔族の長よ!」
辺りからは血の匂いと、肉が焼けた匂いがする。焼けた家屋の煙が立ち込め、後悔の念だけが渦を巻く。この戦いに意味などあったのだろうか………。引き連れた1000の兵も死に絶えた。
それでも、若き日のドミニクは剣を構える。当時のリクセン団長と共に、魔族の長夫婦と向かい合う。もはや生き残っているのは、ここにいる4人だけになってしまった。
「投降だと? 突然襲ってきて、正義ヅラするな!」
そこだ、ドミニクに理解出来なかったのは。
確かに今の帝国にとって魔族は脅威だ。帝国を憎んでいる。人を無差別に襲い、血肉を喰らい、人を糧とする。古文書にも似た様な記述があり、実害も出ていると報告があった。帝国も、少し誇張しているところはあるが、そのように教育している。魔族は悪だ、敵だ、討ち滅ぼせ、と。
しかし、この森への遠征には疑問しか出てこない。考えないようにしても、どうしても頭に引っかかる。何故この村なのかと。他にも魔族の集落の目撃情報もあり、実害が報告されてるところもある。なのに何故、今回の遠征では今まで報告の上がってこなかった、無名の魔族が対象となったのか。
ずっと頭の片隅から離れなかった。その疑問も、戦いになれば忘れられるだろう。そう自分に言い聞かせて、任務に没頭した。しかし、戦えば戦うほど、剣を交えるほどに湧き上がる疑問。本当に魔族は敵なのだろうか……。
古代の文献とは違い、木の実煮て、山菜を茹で、動物の肉を焼いて食らう。我々人と何も変わらない。角が生えたりするからいで、同じ人間なんだ。
傷ついたら痛むし、嬉しかったら笑う。仲間が死ねば人と同じように悲しむ。帝国は、この姿のどこに敵だと見出したのだろう。
この戦いに意味があったのか………。
ドミニクはこれ以上戦いたくはなかった。もう遅いかもしれない。遠征兵は既に死に絶え、村は焼けて、魔族ももう2人しかいない。それでも、これ以上は剣を振るいたくはない。傷ついてはいるが、その2人も今ならまだ助けられるから。
「リクセン団長。この戦いに、この戦いに意味などありせん。もう終わりにしましょう! まだ助かる命もあります」
ドミニクには、リクセン団長が少し笑った気がした。どうしてそこで笑ったのか、検討もつかなかった。もしかしたら気のせいだったかもしれない。そうとさえ思えた。
でもドミニクには、団長の笑みは………自分の頼みとは正反対の事態を引き起こす。そんな予感がした。
「ドミニク、お前はいいトップになれるよ」
その瞬間、リクセンは………。
「すまな…… かった………」
ドミニクはずっと思い詰めていたのだろう。10年間胸の内に隠されてきたその想いは、今初めて打ち明けられた。
「今さら…… 今さらそんなこと言われても……… もう遅いんだよ! 俺の仲間も、家族も、もうどこにもいない。帰ってこない。俺はもう独りぼっちだ。この俺の10年間は…… 何だったんだよ……」
(何で今なんだ。10年前に気づいてくれれば、父さんと母さん、村のみんなは…… こんなに優しさがあるなら、殺さなくても良かったじゃないか!)
ファーゼンはずっと独りで生きてきた。1人で孤独に耐えてきたのだ。この10年間、執念に命を燃やして。
人の温もりに触れるのは久しぶりだった。ずっと忘れていた温かみ。10年ぶりの感覚に、ファーゼン涙腺は涙を受け止められなくなる。
ファーゼンにとっては久しぶりで、ずっと忘れていた感覚。とても不思議に感じられた。だが決して悪いものでは無い。ずっと、永遠にこの感覚で満たされていたいと思うほどに。だがそのせいで、ファーゼンの覚悟は完全揺らいでしまった。
ドミニクが完全な悪であれば、憎むべき悪鬼を心に宿していれば、こんなにも迷い苦しむことはなかっただろう。思いのままに殺すことができた。復讐を成し遂げ、悔いなく果てることができたであっただろう。
ファーゼン自身、死ぬ覚悟はとうに出来ていた。帝国騎士団が試験官を務めると決まった5年前から。その時からずっと、この日を待ち望んできたのだ。
結界の内側でのやりとり。ドミニクともあろう大男が大粒の涙を流しているなどとは、誰が予想出来ただろうか。レベッカも既にここから避難しており、この場にいるのはドミニク、ファーゼン、エリックの3人だけだ。
「1000年前にも…… このような男がいれば……… 師匠は……… ○○○師匠は……死なずにすんだかもしれないのに」
エリックはあの日のことを思いだす。
師匠を失ったあの日、師匠はこう言った。
「私は…… ここまでのようだ。うっ」
師匠の口元は血で汚れる。
「じじょう!」
悲しみの余り、上手く発音できない。
「だが、お前は…… 人間を恨むなよ……」
「なんで! じじょうは人間だぢに……」
(何で師匠はこんな人間どもを許せるんだ)
「だけ… ども…… 。これからお前は… ゴホッゴホッ…… 人間たちと生きて行くんだ。だから、・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
師匠、師匠ぉぉぉぉぉぉおおおお!
師匠の死んだ夜、ひとしきり泣いた。運河が出来るのではないかという程、三日三晩泣き続けた。だからもう既に乾ききったと思っていたエリックの心が……潤いを取り戻した。
「『人間を愛せ』か……。確かに人間もまだ捨てたもんじゃないようだな」
ズズッ
エリックの独り言に返す者は誰もいない。ただ虚しく、空虚に響いた。
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