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1巻

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 そう後悔した時、ベルナルドは、ふと背中に感じていた重みがなくなっていることに気づく。

「ぐぅっ……ダ、ダリオン……」

 痛みは治まっていない。
 ベルナルドが激痛に耐えながら立ち上がると、ダリオンが自分に背を向けてどこかへ行こうとしているのに気が付いた。
 視線の先にあるのは、城門だ。
 ベルナルドは直感的に悟る。
 ダリオンはこの王宮から――ヒルキス王国から出ていこうとしているのだ、と。

「まっ、待ってくれぇぇっ……」

 ダリオンが国を去れば、最悪の事態が訪れるかもしれない。
 ベルナルドは、ダリオンを引き留めようと思案する。

(ノネットが生きていると伝えれば、奴を追放したことがバレる。そうすればダリオンはさらに怒るだろう)

 そうなれば、次は殺されるかもしれない。
 もはやノネットは死んだという嘘を貫き通すしかない。城門へ歩を進めるダリオンにベルナルドは叫ぶ。

「ここを出てなんになる! ノネットはもういないのだぞ!!」

 ダリオンは足を止め、ゆっくりと振り向く。
 呼び止めることには成功したが、ダリオンは「グルルル」と唸り声を上げ、敵意を剥き出しにしたままだ。
 ――ノネットがいないのなら、この国に用はない。
 ダリオンの言葉を理解することはできないが、そう言っているようだと思った。

「ダリオン! お前が望むならなんでも用意してやる! こんな小屋よりもっと立派な家も、ぜいを尽くした食事もやろう……王宮での豪華な暮らしなど、他でできることではないのだぞ!?」

 神獣候補として王宮で飼育された二年間。
 その日々はただの動物には贅沢すぎるものであり、捨てられるわけがないとベルナルドは確信していた。
 しかし、ダリオンは悩む様子もなく首を振る。
 ベルナルドは心の中で舌打ちをした。

(ぐっ……このケダモノめ、甘やかされてばかりで、失うことの怖さを知らないのか!? こうなったら……)

 飴で釣れないのなら、鞭を使うしかない。
 ダリオンにとってそれほどノネットが大切なら、それを利用してやろうとベルナルドは考えた。

「ダリオン! この国はノネットの大切な故郷だ。お前が出ていけば、ノネットの故郷が滅ぶことになるのだぞ! それでもいいのか!?」

 ダリオンは視線を鋭くしてベルナルドを見据えた。

「ヒルキス王国の国境近くで独立自治を行う、魔法研究機関イグドラ……俺たちはその機関と協力関係にある。お前が作り出した聖域の恩恵によって、イグドラは技術力を向上させた。そしてイグドラは聖域があるこのヒルキス王国に、より強力かつ凶悪なモンスターを召喚しているのだ! だが、このままお前がいなくなれば、聖域の効果は消え、この国はモンスターたちにじゅうりんされ、跡形もなく滅ぶだろう……」

 暗に「お前のせいでノネットの故郷がなくなる」とダリオンに脅しをかける。
 ヒルキス王国と魔法研究機関イグドラの協力関係――このことは、王家と貴族の一部しか知らない秘密だ。ノネットとダリオンにも話していない。
 嘘というのは、真実を交えることで信憑性を増す。
 そうしてベルナルドは、神獣ダリオンを引き留めようとした。
 イグドラがモンスターを召喚しているというのは、本当のことだった。
 強力なモンスターから採れる素材は、加工すれば強い武具や、便利な魔道具の材料となるが、入手するのは困難で、それだけ高価だ。
 しかし、聖域の力でモンスターを弱体化させることができれば、それらの素材が簡単に手に入るようになる。国力を上げるにはうってつけの方法だった。
 今ダリオンを失えば聖域の効力が消え、モンスターたちは再び強力になり、ヒルキス王国に危機が迫る。
 それは間違いないが、イグドラの使者は神獣がいなくても対処する方法があると豪語していた。
 具体的な方法は国王にしか知らされなかったが、その国王が納得するものならば、と貴族たち、そしてベルナルド自身も機関の提案に賛同したのだった。
 だから、ダリオンがいなければヒルキス王国は滅ぶというのは嘘だ。
 それによってダリオンに自らの重要性を自覚させ、ヒルキス王国に留めることが狙いだった。

「グルルル……」

 うめき声を発しながら話を聞くダリオンを見て、ベルナルドは頭を深く下げる。
 たかが獣に頭を下げることはベルナルドにとってこれ以上ない屈辱だが、今後の利益を考えれば、そうするべきだと判断したからだ。

「頼む。この国を滅ぼさないでくれぇぇっ……」

 次期国王となる自分がここまで頼んでいるのだから、ダリオンは聞くしかないだろう。
 そう確信しながらゆっくりと頭を上げると――そこには、呆れたようにベルナルドを見下すダリオンの姿があった。
 ダリオンは「ゴオォッ」となにかを言ったかと思うと、とてつもない跳躍で城壁を越えていく。

「なっ――待て! ダリオン!!」

 その声は、神獣には届かなかった。
 ベルナルドにはダリオンが最後に「馬鹿が、自業自得だ」と言ったように思えた。
 ――こうしてベルナルドたちは、神獣を失った。
 今後のことを想像し、全身を震わせるベルナルドだが、すぐに立ち直る。

「クソッ……まあいい。すでに相当な恩恵は受けてきたし、イグドラがなんとかするだろう」

 神獣を失ってなお、ベルナルドは優秀な魔法研究機関イグドラを盲信していた。
 神獣を失ったことで最悪の事態になることを、ベルナルドはこれから知ることになる。



   第一章 追放と再会


 国外追放を言い渡された私は、馬車に乗って王宮を出た。
 私がちゃんと国外へ出たかを確認するためなのか、馬車には兵士が同行している。
 馬車のキャビンで向かいに座っている、その男は……かつて私が家から王宮へ向かった時に、護衛を務めていた兵士だった。
 あまり関わりたくなくて目を合わせないでいると、兵士が舌打ちをした。

「あの頃は辛気臭いガキだと思っていたが、ずいぶんと変わったもんだ。王宮でさぞかしいい思いをしてきたんだろう」
「……」

 私はダリオンと出会ったことで、いいほうに変われたと思っているけど、それを不愉快に思う人もいる。悔しいけれど、私は兵士の言葉に反応しないことにした。
 そんな私を見てさらに不快になったのか、兵士が顔を歪ませる。

「まあいい。これからお前が、どこへ行くかわかるか?」
「いえ、なにも聞いていません」

 そう答えると、歪んでいた兵士の顔が一変し、醜悪な笑みが浮かんだ。
 私が眉根を寄せると、兵士は楽しげに話し始める。

「イグドラって知ってるか? 国外にある魔法を研究する機関なんだと。そこでは様々な魔法の実験をしているらしい」

 その名前は初耳だけど……両親に売られた私は帰る場所がないから、そこで働けということなのだろうか?
 このまま馬車に乗っていればその場所へ連れていかれるのだとしたら、どうにかして抜け出さなければならない。
 私には、行きたい場所があるのだ。
 逃げる方法を考えていると、機嫌の良さそうな兵士の声が聞こえた。

「魔法は使えなくとも膨大な魔力を宿しているお前を、イグドラは実験体として欲しがってたんだとよ。つまり、お前はまた売られたってことさ」
「えっ……?」

 神獣を育てるために買われて、今度は魔法を研究している機関の実験体にされる?
 困惑する私の姿を楽しんでいるのか、兵士は笑みを浮かべたまま話を続けた。

「親に売られたお前をどう使おうが、買った国の自由だろ。スキル持ちで魔力が膨大な珍しい実験動物なんて、なにをされるかわかったもんじゃない。もしかしたら、精神が崩壊するかもな」
「そんな非道な組織と、ヒルキス王国が関わっているんですか?」
「昔から深い付き合いらしいぜ。この国で頻繁に行われている魔力の測定やスキルの鑑定なんかは、実験体を探すためのものなんだとよ」

 兵士の話を聞いて、私は昔、母に言われた言葉を思い出した。

『あなたのように魔力が強い子どもは、妖精にさらわれてしまうかもしれないわね。魔法さえ使えたら、身を守れたのに』

 嫌な予感がして、震える声で尋ねる。

「……魔力が強い子どもは妖精にさらわれると、聞いたことがあります。本当に行方不明になった子どももいるって」
「察しがいいな。お眼鏡にかなった奴はイグドラに連れていかれて、実験体としてひどい扱いを受けるらしい」
「そんな……そこまでひどいことを、ヒルキス王国は認めてるんですか!?」
「それだけ利があるからだろ。魔力量が多い子どもは精神が不安定になるから、その精神を安定させたり、逆に限界まで不安定にして魔力が増幅するか実験したりする。実験が失敗したら廃人、成功しても大半の奴は奴隷のように扱われる……どっちがマシだろうな」

 もしスキルが発覚していなければ、私も同じ道を辿っていたかもしれない。
 魔法を研究するためだとしても、イグドラと呼ばれる組織は明らかにやりすぎだ。

「そんな場所に、私は連れていかれるの?」
「いや、イグドラの場所は秘匿されているからな。この馬車は、イグドラの魔法士が待機している場所に向かっている。なあ、なんで俺がこんなことまで知ってるかわかるか? お前みたいなガキを、もう何度もイグドラに引き渡しているからだよ。ははっ、お前は今までいい生活をしてきたんだ。その分の不幸が降りかかるのくらい平気だろ?」

 楽しげに告げる兵士の発言に、私は苛立っていた。
 魔法研究機関イグドラは非人道的な組織で、それがヒルキス王国と強い協力関係を結んでいた。
 生まれ育った国ではあるけれど、追い出された今、この言葉を口にするのにためらいはない。

「――この国は、ヒルキス王国は腐ってる」
「魔法が使えず、神獣もいないお前が怒ったところでなにもできねぇ。お前はこれから、実験動物として生涯を終えるのさ」

 ――そんなことは、絶対に嫌だ。
 イグドラに連れていかれたら、逃げるのは難しいだろう。
 逃げるなら馬車に乗っている今しかないけど、魔法が使えない私にはなにもできない。
 絶望の中で、私は希望に繋がりそうなことを思い浮かべる。
 流されるだけの人生の中で、ダリオンと出会ったこと。
 そして、もうひとつ――私にとって、とても大切な思い出。
 こんなところで終わりたくない。
 なにか、この状況を打開する方法はないだろうか。
 そう考えていた時、御者台から悲鳴が聞こえた。
 馬車が急停車し、出ていった兵士が叫び声を上げる。

「なっ!? こんなところにモンスターだと!?」

 兵士の叫びを聞き、私はとっさに馬車を出た。
 そこにいたのは、獰猛そうな二足歩行の人型トカゲ――リザードウォリアーと呼ばれるモンスターだった。
 火の魔力を宿した赤い体。体格は兵士と同じくらいだけど、あなどってはいけない。
 世界中でもトップクラスに凶悪なモンスターだ。
 王宮で暮らすようになってからダリオンと出会うまで、暇を持て余した私は様々な本や図鑑を読んで過ごしていたから、そういった知識は人より多い。
 御者台にいる兵士は負傷していて、それをもう一人の兵士が助けに向かう。
 私は馬車の陰に隠れながら、モンスターと二人の兵士を眺めて呟いた。

「本当にリザードウォリアーがこの国にいるなんて……」

 リザードウォリアーは、冒険者が数人がかりでやっと倒せるモンスターだ。
 凶悪ではあるけれど、人の住めない場所にしか生息していない。それが、少し前からヒルキス王国に現れるようになったのだという。
 ザシュ、と嫌な音がして、兵士の断末魔が聞こえた。
 リザードウォリアーの鋭い爪の一撃は強烈だ。
 私をさげすんでいたあの兵士もボロボロで、モンスターをにらみながら必死に叫ぶ。

「クソッ! 聖域の中にいりゃモンスターは襲ってこないんじゃなかったのか!? 神獣はなにをしている!!」

 そうだ、聖域の効果でモンスターは弱体化し、戦意を持つことすらほとんどないはず。
 強力なモンスターを倒すのは難しいが、そこから採れる素材は貴重で、材料としてだけでなく、それを使って作られた武具や魔道具も高値で取引される。
 聖域のおかげでそんなモンスターを楽に倒せるようになったことは、ヒルキス王国が急激に発展した一因だ。
 全てダリオンの力によるもの――そこまで考えて、私はリザードウォリアーが好戦的な理由に思い当たった。

「もしかして……ダリオン?」

 私が王宮を出てからだいぶ時間が経っている。
 もうベルナルドはダリオンに事情を話しているに違いない。
 話を聞いたダリオンがげっこうし、ヒルキス王国を守る結界を消した――それは、十分考えられることだった。
 私がいなくなった国に、ダリオンが協力するはずない……わかりきっていたことだ。
 リザードウォリアーの攻撃を受けて負傷した兵士は、青い顔で必死に叫ぶ。

「ノッ、ノネット様! 助けて――」

 兵士の言葉はそこで途切れた。彼はリザードウォリアーの攻撃を受けたのだ。
 そして獰猛なモンスターが私を見る。
 ……絶体絶命だ。
 兵士が助けを求めたのは私の膨大な魔力量を知っていたからなのだろうか。けれど私は魔法なんて使えない。
 訓練された王宮の兵士二人を余裕で倒すモンスターに、勝てるわけがなかった。
 今まで戦闘に参加していなかった私を、トカゲの戦士がじっと見る。
 私の魔力を警戒しているような様子ではあるけれど、逃げようとはせず、むしろジリジリと距離を詰めてくる。

「そんな……嫌! 私にはまだ、やりたいことがあるのよ!」

 弱気になってしまったけれど、すぐに気を引き締めた。
 別にいつ死んでも構わないと思っていたのは、ダリオンと出会う前のことだ。
 今は違う。
 私には、行きたい場所がある。
 この状況――私が魔法を使えれば、乗り越えられるはずなのに。
 獰猛なリザードウォリアーが迫り、息が荒くなる。

「魔法さえ使えれば――」

 絶体絶命、これまで生きてきた中で初めて感じる生命の危機に、私は今なら魔法が使えるんじゃないか、という気がしていた。

「――ギィッ!?」

 その時、リザードウォリアーが驚いたように鳴き声を上げる。
 私の中に眠る膨大な魔力を警戒しているのだろうか。
 今魔法を使わないと、私の人生が終わってしまう。
 私は覚悟を決めて、精神を集中させた。
 しかし、それでも魔法が発動することはない。
 こんなところで終わりたくない――! そう歯噛みした時。

『――我が主よ!!』


 私のもとに駆けつけたのは、ダリオンだった。
 ダリオンのほうこうが響き渡るのと同時に、リザードウォリアーは私に背を向けて走り出した。
 力の差を察したのだろう、逃げ去っていくリザードウォリアーを、ダリオンがものすごい速度で追いかける。
 そして右前足から爪の一撃を繰り出し、リザードウォリアーは反転して左腕で防いだ。
 しかし衝撃で吹き飛ばされ、倒れる。
 それで終わりではなかった。倒れたリザードウォリアーは口を開けて、火球を飛ばした。

「――えっ!?」

 灼熱の弾丸が高速で迫る。足がすくんで動けない。
 ダリオンが来てくれたからもう大丈夫だ、なんて思ってしまったけど、敵にとって膨大な魔力を持つ私が脅威であることに変わりはなかったのだ。
 けれど火球が迫る一瞬で――私は違和感を覚えていた。
 今までのダリオンなら、私を守ることを優先したはずだ。
 それなのに敵を倒すことを優先したのなら、それにはなにか理由があるはず。
 ダリオンを信じると、恐怖心が消えていく。
 そして私の目の前には、一人の男性が立っていた。
 回避できなかったはずの灼熱の弾丸は、かすりすらしていない。

「……助かったの?」
「ああ、無事でなにより!」

 私が困惑とともに問いかけると、長剣を構えた青年が笑顔でそう言った。
 筋骨隆々の青年は、右と左の腰に長さの違う剣のさやを下げている。
 この剣で、火球を切ったのだろうか。だとすれば、すごい腕前だ。
 青年はボサボサの短い黒髪をかき上げると、今度はダリオンをにらみつけた。

「リザードウォリアーを簡単に倒すとは……君は下がっているんだ!」

 その声は、私のことを本気で案じるものだ。
 ダリオンは、私を守るのはこの人に任せて、リザードウォリアーへ向かったのだろう。
 けれど、青年の言葉は聞き捨てならなかった。

「待ってください! あの子はダリオン、私の味方です!」
「味方!? ……確かに、敵意がないな」

 青年は表情を和らげ、剣をさやに戻した。
 ダリオンは見た目が怖いから、モンスターと疑われてもおかしくはない。
 それでも、すぐに味方だと信じてもらえたようだ。

「勘違いして、悪かった!」
「いえ、助けてくださり、ありがとうございます」

 青年は申し訳なさそうに、深く頭を下げた。釣られて私も一礼する。

「オレは冒険者のユリウス。ダリオン君、すまなかった。君があのモンスターを倒した時点で、味方だと判断するべきだった」

 自己紹介の途中でダリオンが近づいてきたから、ユリウスが再び頭を下げる。
 粗野に見えたけど、彼は礼儀正しい人のようだ。
 ダリオンはうなずいて鳴き声を上げる。

『気にしなくていい。貴殿がノネットを守ろうと動いてくれたからこそ、我は敵の排除を優先できた』
「うん、目と声で言わんとしていることはわかるぞ! いい判断だった!」

 ユリウスには「ガウガウ」としか聞こえないはずだけど、意味は伝わったらしい。
 冒険者はモンスターと対峙することが多いから、人間以外の生物の気持ちがわかるのかもしれない。
 そしてユリウスは、すでに事切れた兵士二人に両手を合わせる。
 悲痛な表情で祈る彼に、私は思わず言っていた。

「あの……ええと、この兵士は、ひどい人でした」
「どんな人間であれ、命の重さに変わりはないよ。オレがもっと早く来ていれば間に合っていたかもしれない……だが、気遣ってくれてありがとう」

 ユリウスは目を細め、私に向かって微笑む。

「それにしても、どうしてリザードウォリアーが……」
「それはオレも気になっていた。リザードウォリアーなんて、めったに現れるものじゃない。それに、聖域の中で人を襲うことなど滅多にないはずなのに」
『それは我が結界を消したせいだ。そのせいでノネットを危険にさらしてしまうとは、不覚だった……先ほどベルナルドが我に言ったのだ。イグドラなる組織が、なんらかの術でモンスターを召喚している、と。リザードウォリアーがこんなところをうろついていたのは、そのせいだろう』
「イグドラ……!?」

 兵士から聞いたばかりの名前がダリオンの口から出てきて、思わず声をらす。

「っ! お嬢ちゃん、今イグドラって言ったか? イグドラについて、なにか知っているのか?」

 私が呟いた『イグドラ』という名前に、ユリウスも反応した。
 私の国外追放、モンスターの召喚、そしてユリウス……
 イグドラについてを知ることが、今の私たちに必要なことなのかもしれない。
 そう考えた私は、彼に事情を話すことにした。


 平原で、私とダリオンは、知っていることを全てユリウスに話した。
 そしてユリウスも、ヒルキス王国に来た理由を教えてくれた。
 ユリウスはここ最近ヒルキス王国に強力なモンスターが現れるようになったと聞き、調査に来たのだという。
 私は、ユリウスにダリオンのことや自分の力のことを明かすことにした。
 リザードウォリアーと対峙した時、ダリオンは私の守りをユリウスに任せた。
 私に対する他者の感情を察知できるダリオンが信頼できると感じた相手なら、私も信頼できる。
 それに私も話してみて、信頼できる相手だと思ったのだ。

「テイマーのスキルとはまた、とんでもないな……それに、ダリオンは神獣か」
『ユリウスは、我らの力を知っているようだな』

 テイマーのスキルや神獣のことについて聞いたユリウスは、顔をひきつらせた。どうやら心当たりがあるようだ。

「ユリウス様は、テイマーについてご存じなのですか?」
「オレのことはユリウスでいい。……テイマーについては、それほど詳しくない。だがスキルについて知りたいなら、冒険者ギルドの本部に行けば、なにか資料があるだろう」

 それは思ってもみない情報だった。
 テイマーのスキルは一頭だけ動物を神獣へ格上げさせる能力。一度神獣を生み出したらそれきりだと思っていたけど、それ以外にも情報があるなら、知りたい。

「調べてもらうことはできませんか?」

 そう尋ねると、ユリウスは首を左右に振る。

「本部まで行って調べるのは、時間がかかる……こうなったら早いところイグドラとヒルキス王国をどうにかするべきだとオレは思う」
「イグドラ……冒険者ギルドも、イグドラを警戒してるんですか?」
「そうだ。魔法研究機関イグドラは謎が多く、極めて危険な組織だ。話を聞く限り、ヒルキス王国と深く関わっているのは間違いない」

 ユリウスはヒルキス王国の調査に来たと言っていたが、本当の目的はイグドラなのだろう。
 兵士たちもイグドラの場所は秘匿されていると言っていたし、イグドラについて探るのは一筋縄ではいかなそうだ。

「この国に強力なモンスターが現れ出したのはイグドラの仕業だと、ベルナルド王子がダリオンに言ったそうです」

 私はダリオンから聞いた話を、ユリウスに伝えた。
 彼はうなずいて、私たちに話す。

「そうだな。オレはヒルキス王国の王都へ調査に向かう。イグドラと繋がりがあるとすれば、王家の人間だろう」
「そうですね。私をイグドラに引き渡そうとした兵士も、ヒルキス王国とイグドラは昔から深い付き合いなのだと言ってました」
「ああ。そして聖域の力を失ったヒルキス王国は、これから混乱するはずだ。モンスターを召喚する手段には心当たりがある……人々に危険が及ばないよう、なるべく早く冒険者ギルドが対処しよう」

 静かに話を聞いていたダリオンが、私の腕に頭をこすりつけて言った。

『モンスターに対処する方法は、ヒルキス王国になにか策があるように思う。ベルナルドの態度には、あきらかに嘘があった』
「そっか。あの王子、嘘つくの下手だもんね……。ユリウスさん、ヒルキス王国には、ダリオンがいなくてもモンスターに対処する方法があるみたいです」
「それなら、いいのだが……しかし、人命がかかっていることだ。念には念を入れるさ」


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