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1巻

1-3

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 ユリウスにとって、人々の安全を守ることが最優先なのだろう。
 聖域の力を失って、ヒルキス王国は一気に危険な国になってしまった。
 あの国がどうなろうと私は構わないと思っていたけど、ユリウスのことは心配だ。

「ユリウスさん、あまり無茶はしないでください」
「ああ。だが、ここは繁栄のためなら、リザードウォリアーのような危険なモンスターを呼ぶことをいとわないような国だ。なにをしでかしてもおかしくない」

 ユリウスは強い眼差しでそう断言する。
 正直なところ、私はもうヒルキス王国と関わりたくなかった。
 だから後のことは、冒険者ギルドに任せたい。
 そう考えていると、ユリウスが尋ねる。

「お嬢ちゃん――いや、ノネット。君はこれからどうするつもりだ?」
「えっ?」
「なにも決まっていないのなら、冒険者ギルドで保護してもらうこともできる……このまま放ってはおけない」

 彼は、本心から私を心配していた。
 人を守るのは冒険者として当然の行動なのかもしれないけど、その優しさが嬉しい。
 しかし――私は、首を左右に振る。

「ユリウスさん、ありがとうございます……ご提案は嬉しいんですが、私には会いたい人がいるんです」
「会いたい人?」
「はい。もし居場所がなくなったら来てほしいと、私に言ってくれた人です」

 そう言うと、ユリウスは一瞬、面食らったように目を見開き、それから優しく微笑んだ。

「それなら、取り越し苦労だったな。ダリオンもいるし、大丈夫だろう」
「はい。ありがとうございました」

 すぐ納得してくれた辺り、なにか察していたのかもしれない。
 それからユリウスは、スキルや神獣のことは誰にも言わないと約束してくれた。
 再びお礼を言って、私たちはユリウスと別れた。


 ユリウスとの話を終えて別れた後、私はダリオンの背中に乗って平原を駆けた。
 柔らかくもふもふしたダリオンの毛を撫でると、心が落ち着く。

「ダリオン、どうして追いかけてきたの?」

 どうやら、ダリオンにはいつでも私の居場所がわかるらしい。
 聞きたかったのはどうやって、ではなく、どうして、だ。
 ダリオンが王宮での裕福な暮らしを捨てたことが気になって、つい尋ねてしまった。

『我は、ノネットのそばにいたかった』

 やっぱりダリオンは、ヒルキス王国よりも私を選んでくれた。
 裕福な暮らしを捨ててまで、一緒にいるほうを選んでくれた。
 だけど後悔していないか不安だった。

「ダリオン、本当にいいの?」
『いいに決まっている。ノネットがそばにいなければ、生きる意味をなくしたも同然だ』

 それは大げさな気がするけど、出会ってから今まで、ダリオンと離れたことはなかった。
 だから、私も一緒にいられることが幸せだ。

「私は仕方ないって諦めそうになってたけど……やっぱりダリオンと一緒にいたい」
『ああ。ノネット、あの後、なにが起きたのかを詳しく話しておこう』

 私がリラックスして全身を預けると、ダリオンは嬉しそうに話し始めた。
 王子に追放を言い渡されてから再会するまでに起きたこと。
 私は家に帰ろうと王宮から抜け出して、不運にも盗賊に殺された――のだそうだ。

「そんな嘘でダリオンを騙せるって、本気で思ってたのかな?」
『獣と思ってあなどっていたようだ。愚かな奴め』

 確かに、私にも『神獣といえど、しょせんは獣』とか言っていたし、ベルナルドは本気だったのかもしれない。
 そもそもダリオンには私が生きていることがわかるから、どんな理由でも私が死んだことにするのは無理だ。
 ダリオンの力が詳しく知られていなくて良かった。

「それにしても、ベルナルドが言ったこの国が滅ぶって、本当かしら?」

 ユリウスとも話したが、なんらかの対処法があると信じるしかない。
 ヒルキス王国は聖域の力をあてにして強力なモンスターを召喚し、国を発展させようとしたが、そのダリオンが国より私を選んだ以上、それはできなくなった。
 それどころか召喚したモンスターが国を滅ぼすかもしれないのだ。

『いや、それならノネットを追い出したりしないだろう。やはりなにか対処する方法があるはずだ』
「やっぱり、イグドラがなにか絡んでるんじゃないかな」

 魔法研究機関イグドラは、かなり強大な組織だとユリウスが教えてくれた。
 強力なモンスターを呼び寄せるという無茶苦茶な計画を実行に移すくらいだ。ヒルキス王国と協力関係であるというのが本当なら、王家の人間が納得するだけの対応策を用意しているに違いない。
 けれど……本当に滅んでしまったら?
 ダリオンが私を選んだことで国を出て、そのせいで国が滅ぶかもしれない。
 王子は私を恨むだろう。
「他人に迷惑をかけてはいけない」と私に教えた両親も。
 ダリオンはどうだろう? 私を選んだせいで、たくさんの人が死んでしまったら。
 そう考えたら、少しだけ怖くなって、ダリオンの毛並みをくしゃくしゃと撫でる。
 いや、もしなにか問題が起きたとしても……私を追い出すと決めたのは王子や、王宮の人たち。国全体の総意だと言ってたじゃないか。だから、自業自得だ。
 そう自分の中で結論づけても、なんだか落ち着かない。

「ダリオンは、この国を守護しなくてもいいの?」

 神獣とは国を守るものだと聞いていた。だから神獣であるダリオンはそういうものでありたいんじゃないだろうか。それが不安だった。

『ああ。今まではノネットが生きる国だから守護していたが……我は、ノネットのそばにいたいだけだ……』

 声が弱々しくなったことに気づいて、振り向く。
 ダリオンの尻尾が力なく垂れていて、私は察した。
 ――いつも、嬉しい時はぴょこぴょこ揺れてるのに。
 ダリオンが後悔してないか、傷ついてないかと思って聞いたことだったけど、それがダリオンには、私がダリオンと一緒にいたくないように思えたのかもしれない。
 逆に不安にさせてしまった。

「ダリオン……ありがとう」

 ダリオンのもふもふとしたたてがみに顔をうずめて感謝を伝えると、後ろで尻尾がぴょこぴょこと跳ねたのがわかった。
 今の私はお金も食料もなにも持っていないけど、ダリオンがいてくれるだけで幸せだ。

『今からこの国を出るとして、ノネットは行きたい場所はあるか? どこへでも、我が連れていこう』

 ダリオンなら、本当にどこへでも連れていってくれそうだ。
 国から追い出された私が、どこに向かうべきか……私には、行きたい場所がひとつだけある。

「そんなことを言って、ダリオン。私が行きたい場所、もうわかってるんでしょ?」
『大方予想はついているが、確認は必要だろう』
「そうね。……あれはただの冗談だったのかもしれないけど、行かなかったらきっと、後悔するから。……私は隣国に、ハーチス王国に行きたい」

 ハーチス王国には、会いたい人がいる。
 隣国の第三王子、クリフォード・ハーチス殿下。
 彼との出会いは、私にとって数少ない大切な思い出のひとつだった。

『もしもいつか君が居場所を失うようなことがあれば、ハーチス王国を――僕を頼ってくれ。ハーチス王国は、君たちを歓迎するよ』

 あの日かけてくれた言葉。
 ただの社交辞令だったのかもしれない。けれど、私はあれが本心からのものだと信じたかった。

『クリフォードか。我もあの王子なら信用できる。行くとしよう!』

 嬉しそうに大きく吠えると、ダリオンは速度を上げた。


 クリフォード殿下と出会ったのは、一年前のことだった。
 当時、ベルナルド王子は、国家機密だというのにテイマーと神獣のことを他国の王子に自慢して回っていたようだ。
 話を聞いたクリフォード殿下は、これから神獣になるダリオンを見せてほしいとベルナルドに頼んだという。
 そしてヒルキス王国を訪れた時、テイマースキルを持つ私に興味をもって、話しかけてきたのだ。
 クリフォード殿下はかなり背が高くて、大人びた印象があったけれど、ベルナルドより年下らしい。
 金色の瞳は吸い込まれそうなほど美しくて、肩まで伸びた銀色の髪が外にはねたところが少し可愛い。そんな、穏やかで優しそうな人だった。
 私がクリフォード殿下と出会って一番驚いたことは、ダリオンが頭を下げて挨拶したことだった。
 あとでダリオンから聞いた話では、クリフォード殿下は、王宮の人々とは違い、本心から私に敬意を抱いていたのだという。
 その時まで、私はダリオン以外誰も信じられないと思っていた。
 けれど、ダリオンが信頼できる相手なら、私も心を開いてもいいのかもしれない――それは、私が初めて、ダリオン以外の人間を信じてみたいと思った瞬間だった。
 クリフォード殿下は、ダリオンのもふもふとした毛を優しく撫で、優しげな微笑みを浮かべて挨拶をした。

「はじめまして。僕はクリフォード・ハーチス」
「ノネットです。この子は神獣候補のライガーで、ダリオンと言います」
『ダリオンだ』

 それから、クリフォード殿下はダリオンについて尋ねてきて、話をするうちに、私が王宮に来ることになった経緯にも興味を持った。

「ベルナルド君や王宮の人から聞いていた話とはだいぶ違うようだから気になったのだけれど、言いたくなかったら言わなくて構わないよ」

 クリフォード殿下は私を気遣ってくれて、私は自然とこれまで誰にも言えなかった私自身のことを話していた。
 両親に売られたこと。王宮内での私の評価――辛くないのか、大丈夫なのかと心配しながら、クリフォード殿下は私の話を真剣に聞いてくれた。

「ダリオンはまだ、神獣の力を使いこなせないようだけど、いずれ神獣として認められたら、その時ノネットは――いや、仮定の話はよそう」
「クリフォード殿下?」
「なんでもない。……ねえ、ノネット。もし興味があったら、ハーチス王国に来ないかい?」

 そう言って、クリフォード殿下は一枚の紙を差し出した。それは、ハーチス王宮への招待状だった。
 許されるなら、今すぐにでも行きたい――そう思ったけれど、そんなことをしたらヒルキス王国に迷惑がかかる。
 当時はそう思っていたから、クリフォード殿下の手を取ることはできなかった。

「もしもいつか君が居場所を失うようなことがあれば、ハーチス王国を――僕を頼ってくれ。ハーチス王国は、君たちを歓迎するよ」
「……たとえその時が来ても、ダリオンはこの国に残るかもしれませんよ?」

 神獣がいる国には繁栄が訪れる。
 クリフォード殿下が心根の優しい人だとわかっているつもりでも、必要とされているのが自分ではなくダリオンのほうなのだと思うと、素直に言葉を返せなかった。
 そんな私を見て、クリフォード殿下は微笑んだ。

「君と話せて、僕は楽しかった。それだけじゃダメかい?」
「……わかりました。いつかその日が来たら、考えてみます」


 そして一年後の今、私はヒルキス王国から追放された。
 思い返すと、クリフォード殿下は、こうなることがわかっていたのかもしれない。
 招待状のことを知られたら取り上げられるかもしれないと思って、私はずっと肌身離さず持っていた。
 クリフォード殿下には、私を招く思惑があるのかもしれないけど、今のところ行く場所は他にない。
 神獣になったダリオンが、国よりも私を選んだと知ったら、殿下は驚くだろうか?
 そんなことを考えながら、ダリオンと共にハーチス王国へ向かっていた。


 ダリオンに乗って半日も駆けると、隣国ハーチス王国の王都に到着した。
 乗っている時は信じられない速度が出ていたはずなのに、神獣の力なのか苦しくも怖くもなく、むしろ風が心地好いくらいだった。
 驚いたのは、道中でダリオンが野生のモンスターを狩って、魔法で昼食の用意までしてくれたことだ。
 ……ダリオンが一緒なら、どこででも余裕で生きられるんじゃないだろうか。
 外から見たハーチス王国の王都は、ヒルキス王国とそれほど雰囲気が変わらないように見える。
 隣国だから文化が似ているのだろうか。
 ダリオンに乗って王都の門へ向かい、王宮にいるだろうクリフォード殿下に面会を申し込む予定だ。
 もふもふの毛を優しく撫でながら、私は呟く。

「なんだか、ダリオンに助けられてばかりね……」
『助けられてばかり、か。それを言うなら我のほうだ。ノネットがいなければ、我はこの場に存在すらしなかった。実験動物だったからな』
「実験動物……もしかして、ダリオンを神獣候補として用意したのって、イグドラなんじゃないかな?」
『確かに、その可能性は高そうだ』

 小さな頃のことだから、ダリオンの記憶は曖昧なようだけど……王宮で聞いた話や、ダリオンのわずかな記憶を繋ぎ合わせたところ、ダリオンは神獣候補として私のもとにやってくる前、どこかで肉体を強化する実験に使われていたらしい。
 今にして思えば、そんなことをするなんてイグドラ以外には考えづらいけれど、今となっては確かめることはできない。

「今ダリオンは生きてるんだから、それでいいじゃない」
『ああ。我はノネットに救われ、なにがあっても一緒にいたいと想う。ノネットがこばまない限り……ずっと一緒にいさせてほしい』

 そう言って甘えたような鳴き声を上げるダリオンが愛おしくて、私は金色に光る毛並みを撫でた。

「ずっと一緒よ、ダリオン。私がダリオンをこばむなんてありえないわ」
『ノネット……ありがとう』

 そう言って、ダリオンは尻尾を左右に振る。
 元気を取り戻してくれたみたいだけど、問題は王都の門を通れるかどうかだ。
 冒険者が多いこの国では、他国からの来訪者を広く受け入れている。
 だから人が入る分には問題ないと思うし、クリフォード殿下の招待状もある。
 問題があるとすれば……ダリオンだ。
 どうやら王都の中に入るには、検問を通らなければならないらしい。
 ダリオンは、ペットというにはさすがにさすがに大きくて威圧感がありすぎる。

「ど、どうしよう……招待状があるし、大丈夫かしら?」
『いや、万一偽物と疑われ、没収されたら目も当てられない。我は門の外で待機して、ノネットにクリフォードを連れてきて説明してもらうか……いや、それでは夜になってしまうし、クリフォードが応じるかもわからないか』
「ダリオンと離れるのは嫌だよ。招待状にはクリフォード殿下のサインもあるし、きっと大丈夫……」

 そう話していた時――突如、ダリオンの肉体が光り輝いた。

「なっ、なに!?」

 私は驚いて、ダリオンの背中から飛び降りる。
 そのうち光が収まり――現れたのは、一人の青年だった。
 金色の長い髪と、大きく鋭い碧眼。
 金と白の服をまとった、美青年としか言いようがないほど美しい人がそこにいて……私は目の前の光景が信じられず、思わず尋ねた。

「ダ、ダリオン……なの?」
「……ああ。そのようだ」

 私にしかわからなかった今までとは違い、人間と同じ言葉をしゃべっている。
 私も相当驚いているけれど、ダリオンも自らの両手を見つめて、呆気に取られているようだった。

「どうにかしてノネットに迷惑をかけず、そばにいたいと考えていたら……この姿になっていた。これは我にも、よくわからない」
「そ、そうなんだ……」

 これも、私たちが知らない神獣の力なのだろうか。
 いきなり神獣のダリオンが人間の姿になったことは驚いたけど、これでクリフォード殿下の城へ行けそうだ。

「我の顔は、問題なく人間なのだろうか?」
「うん。とてもカッコいい美青年だよ」
「ノネットにとって不快なものでないのならそれでいいのだが、どんな顔になったのか、気になるな……」

 ダリオンは顔を手で触って確認しては、その手を見て呆然としている。

「尻尾もないし、人間にしか見えないわ」
「それは良かった。だが、この姿はわずかだが魔力を使うらしい。常にこの姿でいるのは難しそうだ」

 それでもその気になれば、数週間くらいは人の姿でいられるだろうとダリオンは言った。
 突然のことで驚いたものの、これで問題は解決だ。
 私たちは、改めて王都の門を目指した。


 私と人の姿になったダリオンは、問題なく王都に入ることができた。
 人々がにぎわう街並みを歩きながら、城に向かう。

「ダリオンと王都に入れたのは良かったけど、どこで元の姿に戻るかだよね」

 ダリオンもうなずく。

「確かにそうだな。この姿の我を知らないクリフォードは、困惑するだろう」

 私とダリオンの外見ではどう見ても兄妹には見えないし、いくら招待したといってもいきなりこんな美青年を連れてきたら驚くだろう。
 クリフォード殿下がこの美青年をダリオンだと信じてくれるかどうか……元の姿に戻ればわかってくれるだろうけど、殿下の前でいきなり巨大な神獣になったりしたら、護衛が襲いかかってくるかも。
 いろいろ不安に思いながら、私たちは城に到着した。
 城門で衛兵に事情を話し、招待状を見せる。初めはいぶかしげな雰囲気だった衛兵は、招待状に書かれたクリフォード殿下のサインを見ると慌ててその場の責任者らしき人に話し、そこから伝言ゲームのように城内へ話が取り次がれたようだった。
 私たちはポツンとその場に取り残され、そのうち案内人がやってくるのだろうかと思いながら待ちぼうける。
 しばらくして、やってきたのはクリフォード殿下その人だった。
 去年見た時と変わらない高い背丈と、少し大きくて穏やかそうな金色の瞳。
 護衛の兵士たちを引き連れて歩いてきたクリフォード殿下は、優しく微笑む。

「久しぶりだね、ノネット。……え、えっと、この人は?」

 案の定、人の姿のダリオンを見て驚いている。当然の反応だ。
 私はクリフォード殿下に再会できたことが嬉しくて、見惚れていた。
 そんな私を見かねて、隣に立っていたダリオンが言う。

「我はダリオン。ノネットと共に来た」
「……は?」

 口をぽかんと開ける姿すら優美に見えるから不思議だ。
 神獣ダリオンのことは、ヒルキス王国の王宮関係者か、かつてベルナルドが触れまわっていたのを聞いた他国の王子しか知らない。
 当然兵士たちはダリオンと聞いても気にした様子はなかった。
 けれど、神獣候補のライガーだったダリオンを知っているクリフォード殿下は、呆然とする。

「えっと……本当に?」
「はい。本物のダリオンです」
「ええっ……ダリオン、さん……? が一緒なことも驚きだけど……。こんなこともできるなんて……」
「ダリオンでいい。我も先ほど知ったのだ。自分でも驚いている」

 二人の会話を聞きながら、私は「ダリオン、相手が王子でも敬語を使ったりしないんだな」と見当違いのことを考えていた。
 護衛たちはダリオンのもの言いになにも反応しないけど、クリフォード殿下は私たちのことをどう説明したのだろうか。
 殿下は驚きながらも、なんとか冷静になってくれた。

「そ、それはいったん、置いておこうか。……ノネット、よく来てくれたね」
「えっと、その……本当に、私はここへ来て、良かったのでしょうか?」

 クリフォード殿下は、本当に私を歓迎してくれた。
 あの時の言葉は冗談なんかじゃないと信じていたけど、声が震える。
 目頭が熱くなるのを自覚した時――突然、ふわりと体が温かいものに包まれた。

「殿下!?」
「彼女は……、彼女たちは僕の大切な客人だ。さあ、部屋に案内しよう」

 温かい感触が消えて、呆然とした私は、ようやく自分がクリフォード殿下に抱きしめられたのだと理解した。
 ヒルキス王国で受けた仕打ちの後でこんな風に優しくされたら、どうしていいかわからない。
 兵士たちもさすがに驚いたのか、ざわざわとしていたけど、クリフォード殿下は有無を言わせない態度で私たちを城内へ案内した。


 私とダリオンは、クリフォード殿下の後ろをついていった。
 案内された部屋は広く、ダリオンが神獣の姿に戻っても大丈夫そうだった。
 同行していた兵士が去って、クリフォード殿下が椅子を勧めてくれる。

「誰も入るなと言ってあるから、ダリオンは元の姿に戻って大丈夫だよ。僕はいろいろと話を通してくるから、少し待っていてほしい」

 私が椅子に座ると、クリフォード殿下は部屋から出ていった。
 早速、ダリオンは神獣の姿に戻る。

『部屋にあった鏡で人の姿の我を確認できたが……尻尾がないのには慣れん』
「尻尾は大事だもんね。体に違和感はない?」
『奇妙な感覚だったが、大丈夫そうだ。我としては、やはりこの姿のほうがいいが』

 ダリオンはほっとしたようで、私も安心して毛並みを撫でる。
 ダリオンのもふもふした毛並みを撫でていると心が落ち着くけれど、ダリオンのほうも私に撫でられると安心するみたいだ。
 気分が落ち着いてくると、ダリオンが言う。

『クリフォードは、やはり信頼できる男のようだ』
「さっきは、ちょっとびっくりしたけどね……でも、あんな風に誰かに優しくされたのなんて、初めてかも」

 どうやらダリオンは、またクリフォード殿下の感情を読み取っていたようだ。
 そんなことを話しながら椅子に座って休んでいると、部屋の扉がノックされた。

「おまたせ。話を済ませてきたけど……。本当に、ダリオンだったんだね」

 部屋に入ってきたクリフォード殿下が、私の隣に座るダリオンを見て、呆気に取られている。
 実際に神獣の姿を見ると、言葉で聞く以上に驚いたのだろう。

『なにか問題があるのなら……いや、ノネットに通訳させるのは面倒だな』

 そう言って、ダリオンは再び人の姿に変化した。

「これで普通に話せる。もし我がいることに問題があるのなら、ノネットだけでもこの国にいさせてほしい」

 そう言ってダリオンが深く頭を下げるけど、私は戸惑う。
 ――ダリオンと離れたくない。
 もしハーチス王国がダリオンをこばむのなら……クリフォード殿下には悪いけど、私はダリオンと一緒にここを出よう。


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