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裏方と勇者

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 転生してから15年が経ち、僕は村から出ようとしなかった。

 この異世界には、人々を襲う魔力を持った危険生物の「魔物」がいる。
 人が集まっている場所には魔物が近づかないようで、外に出ることは危険とされていたからだ。

 15歳になると冒険者登録ができるから、僕はその時を待っている。
 隠蔽魔法で魔力を隠せたから徐々に強くなったふりをして、家族から外に出る許可をもらったのは最近だ。

 旅立ちの日となり、村の広場に僕は周囲から注目されている。
 それが気にならなかったのは、主に注目されているのは隣にいる少女ミナギだからだ。

「これでようやく、ケントと私は世界を救う旅に出られるわね!」
「どこまで役に立てるかわからないし、僕だけ諦めて村に戻ってくるかもしれないね」

 短い黒髪で気怠い雰囲気を出す僕とは違い、長い金髪が煌めくミナギは堂々としている。
 世界を救うと村の人達に宣言する姿は正に主役で、僕は彼女がいるからこそ村に留まっていた。

「ミナギちゃんは勇者スキルを宿しているのに、何のスキルもないケントが仲間で本当にいいのかい?」

 初老の村長がミナギを心配するけど、当然の反応だ。

 今まで裏方として目立たず力を抑えていた僕とは違い、ミナギは一人でも問題ないと村の人達から認められている。
 ミナギは僕の父が素質があると言い、村人達の期待通り「勇者スキル」を宿していたからだ。

 勇者スキルは遥か昔に実在した伝説のスキルのようで、年月が経ち過ぎているから「なんか凄い」程度の認識らしい。
 大昔に小さな村で産まれた子供が宿していたことから、幼い頃から身体能力の高いミナギは勇者だと噂になる。
 本人も僕と同じ確認方法で「勇者スキルがある」と話したことで、皆から期待される主役となっていた。

「ケントは産まれた時からずっと一緒にいたわ! 冒険する仲間はケントがいいの!」
「勇者スキルは人々を導くとされている。ケントはミナギちゃんの足を引っ張らないようにするんだ」
「はーい。わかってまーす」

 村長が睨んできたから、手を振って答える。
 明らかにわかってないように見せるけど、僕に注意すればミナギが不機嫌となるから何も言わないようだ。
 
 僕より数ヶ月早く産まれた村人ミナギは、子供の頃から優秀な上に勇者ときている。
 最高の裏方を目指す上で、彼女は最高の主役になってくれるかもしれない。

 小さい村でミナギと年が近いのは僕だけだったから、ずっと傍にいたこともあり裏方スキルについて話している。
 検証するためにも協力者は欲しく、ミナギは勇者として冒険者になると話していたからだ。

「ミナギちゃんなら、どんな魔物でも倒せるさ」
「はい! この世界を脅かす存在は、私とケントが排除するわ!」
「そうだね。ミナギちゃんならやれるさ」

 僕の存在を無視するような村長に対して、ミナギはムッとしつつも頷く。
 謙遜せず肯定するのも長所で、勇者に相応しい振る舞いだ。

 歴史に名を残すのは勇者ミナギで僕はオマケ程度、忘れ去られている存在で構わない。
 数千年前の勇者が名前すら残っていないようだから、ミナギは名前が残る勇者にしてみせよう。
 
 裏方として普通の魔法士でいるため、冒険者登録をする15歳まで村人で準備をする。
 村を出た時の僕は、何も問題はないと確信していた。

   ◇◆◇

「そろそろ日が暮れるから、ここで野宿としよう」

 村を出て初日が終わろうとしているから、平原で僕はミナギに提案する。
 徒歩だと街に向かうため数日は野宿となり、家族からどうすればいいのか聞いている。
 それを全て無視し、僕は目の前に真っ白な縦長の渦を扉のように発生させた。

「何度見ても、ケントの楽屋魔法?は凄いね。調べてもらわなくてよかったの?」
「いつも言ってるだろ。普通の魔法士のふりをしたいから、特殊な魔法はミナギにしか教えたくないんだ」

 渦の中に僕が先に入る必要があり、後からミナギが入って渦を消す。
 扉の先は真っ白で広い空間と小屋があるだけの空間で、小屋の中は転生前に住んでいた部屋が再現されていた。

 5歳ぐらいの時――裏方として誰にも知られず準備ができる場所が欲しいと考えていたら、いつの間にか目の前に渦が発生している。
 母から空間を作る魔法を聞いたことがあり、それに応えたのか裏方スキルによって作られた空間だ。

 思いつきで「楽屋魔法」と命名したけど、楽屋の意味をミナギにどう説明していいかわからない。
 楽になれる空間作成魔法ということにして、ずっと二人だけの秘密としていた。
 守秘したいことを誰にも話さない点も、ミナギと一緒にいたいと思った部分かな。

「私とケントの秘密かぁ……ここだと、誰にも声が聞こえないんだよね?」
「そう。入口を閉じたから魔物も入れないし、安全に野宿ができる」

 家の中にはベッドや風呂もあり、転生前に住んでいた僕の家そのものだ。
 ネットは繋がらないし家具を外に出せないけど、それは仕方ない気がする。
 謎過ぎる空間だけどスキルが女神の力と考えれば、どんなことができてもおかしくなかった。

 ここに来るための渦を発生させるためには時間が必要になるけど、その後は魔力が減らない。
 楽屋内で休めば魔力が回復するし、入口を発生させる際に出口分の魔力も払っている。
 ここで僕とミナギは内緒の特訓をすることで、今日の旅立つ時まで備えていた。

 秘密と呟いて嬉しそうにしたけど、ミナギは何故か全身を震わせている。
 居間で椅子に座り、家にあったのは家具だけで食品は準備しなければならない。
 水道や火を扱う際は僕の魔力が減るけど出せるから、飲み物を用意して話を聞こう。

 ミナギが不安になるのは当然で、声をかけようとした時。

「話しておきたいことがあって……遂に旅立っちゃったけど! 私って勇者じゃない気がする!!」
「えっ?」
「眼を閉じても勇者スキルなんて見えたことないけど、私って本当に勇者かな!?」

 取り乱し眼を潤ませているど、今まで凛としたミナギが嘆くとは。
 僕は自分のスキルが確認できるからこそ、彼女が勇者スキルを持っていないと確信できてしまう。

「今になって言うのか……いや、今だからこそ話してくれたのか」

 ミナギは村の人達に期待されて、勇者スキルを宿しているに違いないと言われていた。
 褒められたら肯定して尊重するのは長所だけど、皆を悲しませたくないから今まで言えないでいる。
 勇者でないのならあの強さはおかしい……その疑問は、ミナギの発言で察してしまう。

「勇者の私が傍にいるからケントも強くなったって皆が言ってたし、それなら勇者だよね!」

 ――逆だ。
 女神から与えられた「裏方スキル」を持っている僕が、ミナギは主役に相応しいと決めつけてしまった。
 その影響なら腑に落ちるし、聞かなければならないことがある。

「……ミナギは勇者スキルがなかったらどうする? 村に帰るのか?」
「帰らないよ! 皆の期待に応えたいし、そのために頑張ってきたから!!」

 転生者の僕と一緒に頑張ってきて、皆から勇者だと期待される。
 そして勇者スキルがあると期待され、その姿を見て僕は力になりたいと決めた。
 それなら――スキルがなくても、彼女は勇者だ。

「それなら、ミナギのやりたいようにすればいい。僕は裏方として、君の傍で支えよう」

 仲間になった僕にだけ不安を話してくれたことは、嬉しくもある。
 どれだけ不安となって嘆いても、彼女が諦めない限り僕はミナギの裏方だ。
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