ことばの繋ぎ手

武内れい

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第二章:壊れた日常

28、花屋の異変(後半)

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 夜の帳が街を包み込み、花屋の灯りがぼんやりと明滅している。外の冷たい風はいつの間にか止み、代わりに微かな湿気が店内に流れ込んでいた。春は花びらを撫でる手を止め、ゆっくりと立ち上がった。

「このままじゃ、みんなが危ない……」

 呟きは小さかったが、その言葉の重みは自分の胸に深く響いた。彼はバックルームの隅に積まれた箱から、古びた花言葉の辞典を取り出す。
 ページをめくるたびに、過去の守り手たちの知恵と祈りが染み込んでいるように感じられた。

 春の指先がある言葉で止まる。「結界」――花と言葉で結ばれた世界の防壁。だがその結界が今、脆くなっていることは明白だった。

「どうすれば……」

 もどかしさに手を震わせながら、春は店の奥にある小さな机へ歩み寄る。そこには、季節ごとに用意された結界の札や花の配置図が広げられていた。彼は図を見つめながら、これまでの自分の無力さを噛み締める。

「祖父もきっと、何か気づいているはずだ。でも、どうして黙っているんだろう……」

 思いを巡らせる間にも、店内の花はゆらりと揺れ、まるで弱々しい命の灯火が消えかかるようだった。外の街灯が薄暗く灯り、窓越しに見える並木の影が長く伸びている。

 突然、玄関のベルが鳴った。春が振り返ると、そこには薄暗い夜の街から一人の客が静かに入ってきた。顔ははっきりとは見えないが、その瞳は鋭く、まるでこの異変を知っているかのようにこちらを見つめていた。

「来るべき時が来たのかもしれない……」

 言葉にはならない決意が胸に宿り、春は深呼吸をした。背筋を伸ばし、心の中で何度も花言葉を唱える。

(守り、結び、封じる。)

 彼は花々に語りかけるように、そっと声を落とした。弱った花が少しだけ、かすかに揺らめく。だがそれは、まだ完全な回復ではない。

 窓の外では遠くの街灯の光が揺れ、風がまた一度吹き抜けた。春はその中で、ひとつの確信を得る。

「俺たちの守る世界は、何かに蝕まれている。」

 時計の針が静かに進み、夜の静寂が店内を包み込む。春の目には、揺らめく花びらの間に小さな光の粒が見えた気がした。

 彼はその光を追いかけるように、決意を新たに店を後にした。今はまだ孤独だが、やがて仲間たちと巡り会い、共に戦う日が来ると信じて。

 外に出ると、夜風が頬を撫で、街の灯りがぼんやりと揺れていた。春はゆっくりと深呼吸し、足取りを重ねながら歩き出す。

 彼の背中に、これからの戦いの重さと希望の灯火が静かにともっていた。
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