ことばの繋ぎ手

武内れい

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第二章:壊れた日常

40、夜闇に浮かぶ裂け目(後半)

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 闇の裂け目の輪郭が一層はっきりと浮かび上がると、周囲の空気は重く濃密な緊張感に包まれた。霧はますます深くなり、湿った匂いが鼻をくすぐる。黒く歪んだ影がその裂け目からゆっくりと這い出し、形を成していく。人のようでありながら、その姿はまるで漆黒の煙が固まったかのように不定形で、見る者の目を欺く。

 神宮寺こころは体の芯から震えを感じながらも、握りしめた祝詞の巻物を胸に押し当てた。祖父から受け継いだ言葉の重みが胸に響き、言葉の力こそが、この異形を封じる唯一の手段であることを彼女の心に確かに刻んでいた。
 冷たい夜風に濡れた鳥居の柱が背後で軋み、小さな鈴の音が遠くでかすかに鳴る。そこには昔から変わらぬ神社の静謐さがあるはずだった。しかし今は、裂け目が放つ不穏な気配がそれを凌駕していた。

 中村は裂け目の影から漂う不気味な気配を全身で受け止めながら、咄嗟にポケットから小さな時刻表の切れ端を取り出した。
 いつものように電車の運行を追う感覚とは違い、その細かな模様の中に不協和音のような乱れを感じていた。目の前の現実が少しずつ解けていくような錯覚に襲われ、胸の奥底に恐怖が這い上がる。
 それでも彼は、好奇心と責任感に突き動かされ、声にならぬ決意を胸に秘めていた。

 安藤みなみは、細く震える指先でポケットの中のレシートを握りしめた。日常のささやかな記録でありながら、その一枚一枚が崩れゆく世界の断片を象徴しているようだった。
 彼女の目は夜の暗闇の中で裂け目の動きを追い、店内に漂ったあの異臭やざわめきが現実の前触れだったことを痛感していた。ふと耳を澄ますと、遠くからかすかに店内で流れていたBGMの旋律が歪んで聞こえ、不安を胸に刻む。

 伊集院春は閉ざされた花屋の裏通りで、折れた花びらを見つめながら苛立ちを隠せなかった。手にした剪定ばさみの冷たさが指先に食い込み、花言葉のカードが破れかけた花の下にひらりと舞い落ちる。
 いつもなら澄んだ空気に香るはずの花の香りは薄れ、代わりに冷たく澄んだ夜の風が彼の周囲を吹き抜けていた。
 自然の秩序が乱されていることを彼は肌身で感じ取り、これまで信じていた世界が音もなく崩れていくような錯覚に陥っていた。

 堀内叶多はテーマパークの入口付近の暗がりで、周囲の煌びやかな光と歓声が遠ざかる中、静寂に飲み込まれていた。彼の目は、キャストたちの消えた名札や忘れ物が落ちた足元を見つめ、そこに広がる異様な空気を感じていた。
 いつもなら明るく元気な彼の表情には、焦燥と不安が入り混じっている。繰り返される決まり文句が崩れた日のことを思い出し、彼の胸は締めつけられた。

 その時、裂け目から放たれた冷気が一層強まり、子どもたちの五つの視線が一瞬だけ交差した。偶然とはいえ、それはまるで運命に導かれるかのような接点だった。
 暗闇の中で互いの存在をかすかに感じ取り、彼らはそれぞれの孤独な戦いを終えて、少しずつこの闇の中心へと歩み寄っている。

 裂け目の影がその形を徐々に変え、今や明確な人影となった。影はじっと彼らを見据え、沈黙のままゆらりと動いた。
 音のない世界の中で、凍りついた時間がようやく動き始めたかのようだった。5人の子どもたちは恐怖を胸に、しかし互いに背中を押されるようにして、一歩ずつ裂け目の方へと足を踏み出す。

「この先に何が待っているのか――」誰もがその答えを知らないまま、ただ確かな決意だけを携えていた。裂け目は、日常と非日常の狭間にある境界線。そこに立つ彼らの姿は、これから始まる未知の戦いの序章を告げている。

 闇夜に吸い込まれるようにして、5人はひとつの影となり、静かにそして確かに、新たな世界へと歩みを進めた。
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