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第一章:はじめの一歩
2、静かな朝のはじまり(後半)
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放課後。授業が終わった瞬間、教室がざわつき始めた。
「今日カフェ行く人~?」
「いいね、駅前の新しいとこ行こ!」
「え、てか、制服で行けるの? やばくない?」
教室の空気が、ちょっと高い音で跳ねている。
私の席は窓際。視線を上げれば、夕方の光がガラスに反射して、うっすらとまぶしい。
そういう会話に混ざったことなんて、あんまりない。
いつの間にか、「陽菜はいつも家に直帰でしょ」って空気ができていて、もう誰も私を誘わない。
それをさびしいと思ったことは、たぶん、ある。
でも、誰かのせいにできないのもわかってる。
私はいつも、自分から境界線を引いてしまう。
(この後、スーパー行って、夕飯の買い物して、弁当の下ごしらえして……)
そんな段取りが頭に浮かぶだけで、もうその輪には入れない。
私は静かに、カバンを肩にかけた。
声をかけられないまま教室を出るのは、もう慣れてる。
昇降口を出ると、夏の終わりの空気がぬるく体にまとわりついた。
白く光る空。アスファルトの匂い。
制服の襟元を指で引っぱって、熱を逃がす。
歩いて五分ほどのスーパーは、夕方前でも少し混み始めていた。
私はカゴを手に、肉売り場へ直行する。
豚こまがグラム88円。ラッキー。
じゃがいもは家にあるし、ピーマンもおばあちゃんがもらってきた分があるはず。あとは、もやし。19円。決定。
レジに並ぶと、前の人のかごが山盛りで、思わず小さく息をつく。
店員は、高校生くらいの女の子だった。
私と同じ制服ではないけれど、どこか雰囲気が似ている。
丁寧に袋詰めしながら、にこっと微笑むその顔が、不思議とまぶしかった。
(同い年……くらい、かな)
(バイトしてるんだ、この子)
手元のバーコードを通しながら、彼女は「ポイント付きますが、カードありますか?」と、にこやかに尋ねる。
笑顔は自然で、声もちゃんと届いている。
私がもし、ここでレジをやったら――こんなふうにできるだろうか。
たぶん、うまく笑えない気がする。
声も小さすぎて、聞き返されて、焦って、それだけで疲れそう。
でも、それでも。
(いいな)と思ってしまった。
彼女の制服のポロシャツ。
ポケットに差されたボールペンと、レジ台の横の名札。
それがただの制服には、見えなかった。
自分の足で立ってる人の証みたいに、どこか輝いて見えた。
やがて私の番が来て、彼女が「いらっしゃいませ」と微笑んだ。
私も「お願いします」と言って、商品を一つずつ渡していく。
レジの音と、ビニール袋のささやく音。
それらが静かに重なりながら、何かが私の中に、そっと積み重なっていく気がした。
買い物袋を受け取って「ありがとうございました」と言ったとき、私は自然に少し笑っていた。
もしかしたら、それだけでも――少しだけ前に進んだのかもしれない。
スーパーの自動ドアが開くと、夕焼けの光がまぶたに差し込んだ。
スーパーの裏手を抜けて、家へ向かう坂道。
脇に植えられた柿の木が、もう色づき始めていた。
そのオレンジに、私はなぜか目が止まった。
……実りの準備は、もう始まっている。
そう思ったら、胸の奥がきゅっとなった。
家に着くと、弟が玄関で待ち構えていた。
「ねえね! 今日おれ手伝う! じゃがいも洗うー!」
「ほんとに? 泥、飛ばさないでね」
「わかってるー! でも濡れてもいい服に着替えてからね」
くるっと回って、弟が階段を駆け上がっていった。
私は玄関の扉を閉めると、ふっと息をついた。
買い物袋の重みが、なんだか少しだけ誇らしく思えた。
何かを変えたいと思うことは、きっとそれだけで、小さな一歩なんだ。
そんな気がした。
「今日カフェ行く人~?」
「いいね、駅前の新しいとこ行こ!」
「え、てか、制服で行けるの? やばくない?」
教室の空気が、ちょっと高い音で跳ねている。
私の席は窓際。視線を上げれば、夕方の光がガラスに反射して、うっすらとまぶしい。
そういう会話に混ざったことなんて、あんまりない。
いつの間にか、「陽菜はいつも家に直帰でしょ」って空気ができていて、もう誰も私を誘わない。
それをさびしいと思ったことは、たぶん、ある。
でも、誰かのせいにできないのもわかってる。
私はいつも、自分から境界線を引いてしまう。
(この後、スーパー行って、夕飯の買い物して、弁当の下ごしらえして……)
そんな段取りが頭に浮かぶだけで、もうその輪には入れない。
私は静かに、カバンを肩にかけた。
声をかけられないまま教室を出るのは、もう慣れてる。
昇降口を出ると、夏の終わりの空気がぬるく体にまとわりついた。
白く光る空。アスファルトの匂い。
制服の襟元を指で引っぱって、熱を逃がす。
歩いて五分ほどのスーパーは、夕方前でも少し混み始めていた。
私はカゴを手に、肉売り場へ直行する。
豚こまがグラム88円。ラッキー。
じゃがいもは家にあるし、ピーマンもおばあちゃんがもらってきた分があるはず。あとは、もやし。19円。決定。
レジに並ぶと、前の人のかごが山盛りで、思わず小さく息をつく。
店員は、高校生くらいの女の子だった。
私と同じ制服ではないけれど、どこか雰囲気が似ている。
丁寧に袋詰めしながら、にこっと微笑むその顔が、不思議とまぶしかった。
(同い年……くらい、かな)
(バイトしてるんだ、この子)
手元のバーコードを通しながら、彼女は「ポイント付きますが、カードありますか?」と、にこやかに尋ねる。
笑顔は自然で、声もちゃんと届いている。
私がもし、ここでレジをやったら――こんなふうにできるだろうか。
たぶん、うまく笑えない気がする。
声も小さすぎて、聞き返されて、焦って、それだけで疲れそう。
でも、それでも。
(いいな)と思ってしまった。
彼女の制服のポロシャツ。
ポケットに差されたボールペンと、レジ台の横の名札。
それがただの制服には、見えなかった。
自分の足で立ってる人の証みたいに、どこか輝いて見えた。
やがて私の番が来て、彼女が「いらっしゃいませ」と微笑んだ。
私も「お願いします」と言って、商品を一つずつ渡していく。
レジの音と、ビニール袋のささやく音。
それらが静かに重なりながら、何かが私の中に、そっと積み重なっていく気がした。
買い物袋を受け取って「ありがとうございました」と言ったとき、私は自然に少し笑っていた。
もしかしたら、それだけでも――少しだけ前に進んだのかもしれない。
スーパーの自動ドアが開くと、夕焼けの光がまぶたに差し込んだ。
スーパーの裏手を抜けて、家へ向かう坂道。
脇に植えられた柿の木が、もう色づき始めていた。
そのオレンジに、私はなぜか目が止まった。
……実りの準備は、もう始まっている。
そう思ったら、胸の奥がきゅっとなった。
家に着くと、弟が玄関で待ち構えていた。
「ねえね! 今日おれ手伝う! じゃがいも洗うー!」
「ほんとに? 泥、飛ばさないでね」
「わかってるー! でも濡れてもいい服に着替えてからね」
くるっと回って、弟が階段を駆け上がっていった。
私は玄関の扉を閉めると、ふっと息をついた。
買い物袋の重みが、なんだか少しだけ誇らしく思えた。
何かを変えたいと思うことは、きっとそれだけで、小さな一歩なんだ。
そんな気がした。
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