土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

5、ぎこちない初対面(前半)

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 火曜日の午後。
 空は澄んでいて、遠くまで見通せそうなくらいだった。

 学校を早めに出て、一度家で着替えてから自転車にまたがった。
 風が少しひんやりして、秋が近いことを教えてくれる。
 それでも陽射しは強くて、顔に当たる光がじんわりと熱を持っていた。

 ネットマップに表示されたルートを確認しながら、坂を上る。
 住宅地を抜けると、急に視界が開けた。
 ぽつんと立つ民家。遠くに点在するビニールハウス。
 そして、その先に見えてきた、広々とした畑。
 土の色が、夕陽に染まりかけて、赤茶色に見えた。

 ブレーキをかけると、タイヤがざらっと砂を巻き上げて止まった。
 畑の入口には、手作りらしい木の看板があった。
 〈藤原農園〉と、筆で書かれた文字。
 ちょっと斜めになっていて、でも、それがなんだか人の温かみを感じさせた。

「こんにちはー」

 少し大きめに声を出してみたが、畑の中からは返事がない。
 土の匂いと、草のかすかな青さが混ざったような風が、頬をかすめる。

「……すみません、あの」

 もう一度、声をかけようとしたときだった。
 ガサッ、と音がして、畑の奥からひとりの男性が現れた。

 がっしりとした体格に、ツバの広い帽子。
 Tシャツは土で薄く汚れていて、長靴も泥が乾いた跡が残っている。
 だけど、その顔は穏やかで、目尻に深くしわが寄っていた。

「お、山本さんかい?」

 私は思わず背筋を伸ばした。

「はい……あの、山本陽菜です。今日、見学で……」

 おずおずと答えると、男の人――藤原さんは、にこっと笑った。

「うんうん、よく来たなあ。まあ、入んなさい。遠慮しなくていいよ」

 そう言って、藤原さんは畑の中へと手招きした。
 私は自転車を脇に寄せて停め、ゆっくりとその後ろについて歩く。

 土の上を踏む感触は、思っていたよりやわらかい。
 靴底が少し沈みこむたびに、(ああ、本当に畑なんだな)と思う。
 列になって並ぶ野菜たちは、どれもまっすぐで、少し風に揺れていた。

「これ、全部……?」

 私の口から、思わず声が漏れた。

「そうそう。今の時期はナスとピーマンが中心だけどな。あっちは大根の苗。そっちは枝豆」

 藤原さんの指差す先を見るたびに、広さが実感として迫ってくる。
 学校のグラウンドよりも広いかもしれない。
 いや、もっとかも。
 遠くに、誰かがかがみこんで作業している姿が見える。

「じゃあ、紹介しとこうかな。あそこにいるのが、佐藤くんと……中川さんだったかな」

 その名前に、どこかで聞いたような気がして、小さくうなずく。
 二人の方へ近づくと、地面の色がより濃くなった気がした。
 新しい土の匂い。湿り気を帯びた匂いが鼻をかすめる。

 顔を上げた男の子が、爽やかな笑顔を向けてきた。

「こんにちは。佐藤拓海です。よろしく!」

 私より少し背が高くて、快活そうな声。
 腕まくりしたシャツからは、日焼けした肌と筋張った腕がのぞいていた。

 その隣にいたのが、中川美咲。
 茶髪のポニーテールが軽やかに揺れて、目元の笑みが柔らかい。

「はじめまして、美咲って呼んでね。今日は見学?」

 私は少し戸惑いながら、かすかにうなずいた。

「山本陽菜です。……よろしくお願いします」

 その場にいる三人の中で、自分だけが空気に乗り遅れている気がした。
 あいさつはできた。笑顔も返してもらえた。
 でも、そのあと、言葉が続かない。

 沈黙が、すこしずつ、重くのしかかってくる。
 風の音だけが、耳の中で大きくなっていく。

(どうしよう……何か、話さなきゃ?)

 でも、何を言えばいいのかわからない。
 農業のことも、畑の知識も、私は何ひとつ知らない。
 自分だけ、余所者のような気がして、胸の奥がざわざわする。

「……あ、でも、最初は緊張するよね」

 ふいに、美咲がぽつりと言った。
 その一言に、私はちょっとだけほっとする。
 まるで、内心を見透かされたようだったけど、否定されている気はしなかった。

「俺も最初、道具の名前ぜんぜんわかんなくてさ。これくわって読むの? って聞いて笑われたもん」

 拓海の言葉に、美咲がくすっと笑う。

「それは笑うでしょ。だってくわはくわだし」

「いやでも、いきなり持ってきてって言われたら、焦るって~」

 二人のやりとりに、私はついていけなくて、ただ小さく笑うだけだった。
 でも、それでも。
 無理に言葉を繋げなくても、目の前の人たちが笑っていることに、少しだけ救われた。
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