土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

6、ぎこちない初対面(後半)

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「じゃあ、せっかくだから、ちょっとだけ体験してみるか?」

 藤原さんの言葉に、私は一瞬だけ戸惑ったけれど、すぐにうなずいた。
 ほんの少しでも何かをしてみたかった。
 自分の足で、ここに立っている理由を、体で確かめたかった。

 藤原さんは小さな手袋と、手のひらサイズのスコップを渡してくれた。
「これでいいから、軽くでね」と、言い添えるように。

 案内された畝には、小さな芽がいくつか並んでいた。
 柔らかくて、頼りなさそうな緑。
 触るのもためらうほど繊細に見えた。

「この子たちはね、大根の赤ちゃん」

 美咲がそう教えてくれた。
 しゃがみ込んで、そっと一本を指差す。

「間引きっていって、育てたい芽を残して、あとの小さいやつを優しく抜くんだよ。かわいそうだけど、全部を残すと細くなるから」

 私はうなずきながら、手袋越しに芽を見つめた。
 指先で、やわらかい葉をそっとよけると、下にくしゃくしゃに重なった小さな芽がある。
 どれが残す芽で、どれが抜く芽なのか、一瞬では判断がつかない。

「選ぶの、むずかしい……」

 そうつぶやくと、拓海が笑った。

「だろ? でもな、大きいのを一本決めたら、あとは周りを引くだけでいい。迷ったら、また聞いてくれたらいいし」

 私はうなずいて、そっと一本の芽に狙いを定めた。
 周りに寄り添うように生えている小さな葉を、ためらいながら摘み取る。

 抜いた芽は、土の湿り気をまとっていた。
 まだかすかに白く、透きとおるような根っこ。
 それをそっと掌に乗せて見つめた瞬間、胸の奥で、何かがきゅっと鳴った。

(ごめんね)

 でも、それでも。
 その残された一本が、ぐんと伸びて、まっすぐ育っていくためには、これが必要なんだ。

 そう思えたとき、小さな手の中の命が、少しだけまぶしく見えた。

「いいじゃん、上手。ちゃんと根元を残してるし」

 美咲の声に、私は思わず顔を上げた。
 褒められ慣れていないせいか、頬が少し熱くなる。

「……ありがとうございます」

 ぽつりとこぼれた言葉は、風にすっと混じっていった。
 気がつけば、日が少し傾いていて、畑に長い影が伸びていた。
 土のにおい、葉を擦る音、遠くで鳥の鳴く声。
 全部が、自分にとって新しいはずなのに、なぜか懐かしいような気がする。

「陽菜ちゃん、バイト初めてって言ってたよね?」

 美咲が、土で汚れた手袋をはずしながら声をかけてきた。

「はい、うちはいろいろあって、なかなか時間取れないけど、週にちょっとだけなら……って」

「そっか。無理はしないでね。でも、ここって、変な話だけど居場所になるから」

 居場所。

 その言葉が、心にまっすぐ入ってきた。
 学校でもなく、家でもなく、誰かのつくった輪の中でもない。
 自分の手で、土に触れて、少しずつ何かを積み重ねていく場所。

 陽の光はすっかり柔らかくなり、畑の端に置かれたじょうろの水面に、空の色が淡く映っていた。

「藤原さーん、今日の収穫、終わりでいいですかー?」

 遠くから拓海の声が響く。
 作業の終わりを告げるその声に、私はどこか、名残惜しさを感じていた。

 藤原さんが私のほうへ歩いてきて、柔らかく笑った。

「よくがんばったね。まだ見学だったのに、もう立派なスタッフだよ」

「……あの、もしよかったら、来週から……週に二回、来てもいいですか」

 口にしてから、(聞くの、早すぎたかな)と不安になったけれど、藤原さんはうれしそうにうなずいた。

「もちろん。水曜と土曜、どっちが都合いい?」

「土曜、午前中なら」

「おっけー。じゃあ来週の土曜、朝8時に待ってるよ」

 その言葉に、小さくうなずく。
 8時……少し早いけど、やってみたいと思った。
 畑の中で汗をかいて、虫の声を聞いて、誰かと並んで作業することが。
 知らなかったことに、触れたいと思った。

 帰り道、夕暮れが背中を照らす。
 自転車のハンドルを握る手のひらには、まだ土の感触がかすかに残っていた。

 風がすうっと吹き抜けて、秋の匂いが鼻先をかすめる。
 なぜだろう。
 今日は、制服の重さが少しだけ軽い気がした。
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