7 / 40
第一章:はじめの一歩
7、初めての土の感触(前半)
しおりを挟む
午前七時五十分。
少し肌寒い朝だった。
薄手のパーカーを羽織って、自転車をこぎながら、吐く息がうっすら白いのを見て季節が進んだことを知る。
畑の入口に着くと、すでに藤原さんと拓海、美咲の三人がそろっていた。
朝日が傾いた角度から畑に差し込んで、草の葉先が金色にきらめいている。
「おはようございます」
声をかけると、三人とも手を止めて、ぱっとこちらを見た。
「おー、山本さん! よう来たなあ。今日もいい天気だよ」
藤原さんの声は、朝の空気に混ざってどこか弾んでいるようだった。
「おはよう、陽菜ちゃん。寒くなってきたから、ちゃんと手袋してね」
美咲が手を伸ばして、軍手を差し出してくれる。
その掌から、少しだけ土の匂いがした。
手袋を受け取って指を通しながら、私は畑を見渡した。
昨日と同じ場所なのに、時間が変わるだけで、まるで違う景色に見える。
草はまだ夜露をまとっていて、葉の先に小さな水玉を抱えている。
それが朝陽に反射して、小さく瞬いていた。
耳をすますと、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
虫の羽音。風のかすかなざわめき。
普段、気づかずに通り過ぎている音たちが、今日はまっすぐに響いてくる。
「じゃあ今日は、ここの区画を一緒に耕そうか。ほら、まだ植えてないスペースな」
藤原さんが指差した先には、雑草が混ざった少し荒れた土の一角があった。
表面は乾いていたが、少し掘ると中は湿り気を含んでいて、まだ冷たい。
「くわの使い方、覚えてる?」
「……たぶん」
「大丈夫。手本見せるからな」
藤原さんは慣れた手つきで、ぐっとくわを差し入れ、すっと持ち上げた。
ふわっと土が起き上がって、乾いた表面と、湿った中身がきれいに分かれて顔を出した。
「こんな感じ。無理して深く掘らなくてもいいから、リズムよく。やってみる?」
「はい」
私はくわの柄を両手で握って、恐る恐る土に差し入れた。
思ったよりも硬くて、最初は先が入らなかった。
ぐっと力を込めると、ざくりという音とともに、少しだけ土が割れた。
そこから、ゆっくり持ち上げてみると、かすかに土がはねて、手元に湿気がかかった。
(……冷たい)
土の感触は、想像していたよりもずっと生きている感じがした。
粉っぽいのに、どこかしっとりとしていて、独特の匂いが立ちのぼる。
腐葉土や湿った葉の匂い。
生きもののにおい。
懐かしいようで、初めて触れる世界のようでもある。
「おお、いいじゃん。その調子!」
拓海の声が背中から聞こえた。
振り向くと、軽くスコップを肩に乗せて立っていて、にこっと笑った。
「慣れればもっと楽になるよ。最初は筋肉痛くるけどね」
「そうなの?」
「くるくる。でも、へんな話だけど、それがちょっと気持ちいいんだよ。ああ、今日働いたなーって」
私は苦笑しながら、もう一度くわを構えた。
コツをつかむと、少しずつリズムが出てきた。
ざくっ、持ち上げて、返す。
ざくっ、持ち上げて、返す。
土が起き上がるたびに、眠っていた何かが目を覚ますような、そんな気がした。
途中で藤原さんが、水筒を差し出してくれた。
「はい、休憩。無理は禁物だからな」
私は手袋を外して受け取った。
ステンレスの表面が朝陽を反射して、ぬるく光っている。
一口飲むと、ほんのりとした麦茶の苦みが喉を通った。
それが汗ばんだ首筋をすーっとなでるようで、思わず目を細める。
「ここに来る前、土なんてまともに触ったことなかったなって思って」
私はぽつりとつぶやいた。
藤原さんが、ふっと笑った。
「普通はそうだよ。今の子は、土は汚いって言う子も多いしな。でもね、陽菜ちゃん」
藤原さんは、少しだけ声を落とす。
「土って、人の手で荒れても、また戻ってくる。時間がかかっても、ちゃんと応えるんだ。根っこが伸びて、葉が広がって、実をつける。全部、こいつが抱えてる」
そう言って、足元の土を軽く踏んだ。
私は、それが少しだけ、心に響いたような気がした。
ちゃんと応えるという言葉が、やけに胸に残った。
少し肌寒い朝だった。
薄手のパーカーを羽織って、自転車をこぎながら、吐く息がうっすら白いのを見て季節が進んだことを知る。
畑の入口に着くと、すでに藤原さんと拓海、美咲の三人がそろっていた。
朝日が傾いた角度から畑に差し込んで、草の葉先が金色にきらめいている。
「おはようございます」
声をかけると、三人とも手を止めて、ぱっとこちらを見た。
「おー、山本さん! よう来たなあ。今日もいい天気だよ」
藤原さんの声は、朝の空気に混ざってどこか弾んでいるようだった。
「おはよう、陽菜ちゃん。寒くなってきたから、ちゃんと手袋してね」
美咲が手を伸ばして、軍手を差し出してくれる。
その掌から、少しだけ土の匂いがした。
手袋を受け取って指を通しながら、私は畑を見渡した。
昨日と同じ場所なのに、時間が変わるだけで、まるで違う景色に見える。
草はまだ夜露をまとっていて、葉の先に小さな水玉を抱えている。
それが朝陽に反射して、小さく瞬いていた。
耳をすますと、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
虫の羽音。風のかすかなざわめき。
普段、気づかずに通り過ぎている音たちが、今日はまっすぐに響いてくる。
「じゃあ今日は、ここの区画を一緒に耕そうか。ほら、まだ植えてないスペースな」
藤原さんが指差した先には、雑草が混ざった少し荒れた土の一角があった。
表面は乾いていたが、少し掘ると中は湿り気を含んでいて、まだ冷たい。
「くわの使い方、覚えてる?」
「……たぶん」
「大丈夫。手本見せるからな」
藤原さんは慣れた手つきで、ぐっとくわを差し入れ、すっと持ち上げた。
ふわっと土が起き上がって、乾いた表面と、湿った中身がきれいに分かれて顔を出した。
「こんな感じ。無理して深く掘らなくてもいいから、リズムよく。やってみる?」
「はい」
私はくわの柄を両手で握って、恐る恐る土に差し入れた。
思ったよりも硬くて、最初は先が入らなかった。
ぐっと力を込めると、ざくりという音とともに、少しだけ土が割れた。
そこから、ゆっくり持ち上げてみると、かすかに土がはねて、手元に湿気がかかった。
(……冷たい)
土の感触は、想像していたよりもずっと生きている感じがした。
粉っぽいのに、どこかしっとりとしていて、独特の匂いが立ちのぼる。
腐葉土や湿った葉の匂い。
生きもののにおい。
懐かしいようで、初めて触れる世界のようでもある。
「おお、いいじゃん。その調子!」
拓海の声が背中から聞こえた。
振り向くと、軽くスコップを肩に乗せて立っていて、にこっと笑った。
「慣れればもっと楽になるよ。最初は筋肉痛くるけどね」
「そうなの?」
「くるくる。でも、へんな話だけど、それがちょっと気持ちいいんだよ。ああ、今日働いたなーって」
私は苦笑しながら、もう一度くわを構えた。
コツをつかむと、少しずつリズムが出てきた。
ざくっ、持ち上げて、返す。
ざくっ、持ち上げて、返す。
土が起き上がるたびに、眠っていた何かが目を覚ますような、そんな気がした。
途中で藤原さんが、水筒を差し出してくれた。
「はい、休憩。無理は禁物だからな」
私は手袋を外して受け取った。
ステンレスの表面が朝陽を反射して、ぬるく光っている。
一口飲むと、ほんのりとした麦茶の苦みが喉を通った。
それが汗ばんだ首筋をすーっとなでるようで、思わず目を細める。
「ここに来る前、土なんてまともに触ったことなかったなって思って」
私はぽつりとつぶやいた。
藤原さんが、ふっと笑った。
「普通はそうだよ。今の子は、土は汚いって言う子も多いしな。でもね、陽菜ちゃん」
藤原さんは、少しだけ声を落とす。
「土って、人の手で荒れても、また戻ってくる。時間がかかっても、ちゃんと応えるんだ。根っこが伸びて、葉が広がって、実をつける。全部、こいつが抱えてる」
そう言って、足元の土を軽く踏んだ。
私は、それが少しだけ、心に響いたような気がした。
ちゃんと応えるという言葉が、やけに胸に残った。
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる