土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

9、まかないの昼ごはん(前半)

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 昼の鐘が鳴るわけじゃないけれど、空気の温度がゆるく弛んで、「そろそろお昼やな」と藤原さんが言った。
 作業を止めて手袋を外すと、指の先にじっとりと汗がたまっていた。ふう、と息を吐く。朝よりも陽射しが鋭くなり、空の色は白みを帯びていた。

「はいはい、お昼ごはんはこっちでー」

 美咲の声が弾む。彼女の指さす先には、畑の奥にぽつんと建つ木造の小屋。トタン屋根に、古い木の扉。
 中に入ると、思ったよりも広かった。
 床は板張りで、ところどころ黒ずんでいて、壁には道具や軍手が掛けられている。奥には小さな流しとガス台があり、テーブルの上には色とりどりのタッパーが並んでいた。

「わあ……」

 思わず声が漏れる。

 タッパーの蓋が外されると、湯気がふわりと立ちのぼる。
 ほくほくに煮えたじゃがいもの味噌煮、彩りの良い夏野菜のラタトゥイユ、つややかな茹で枝豆。
 どれも香りがしっかりしていて、でも野菜の味が負けていない。台所の中に、優しい匂いが満ちていた。

「はい、今日はちょっと頑張ったよ~」

 台所の奥から、藤原さんの奥さんが笑顔で出てきた。
 割烹着姿で、髪を後ろでひとつにまとめている。
 その笑顔には、見知ったような、でも知らない温かさがあった。

「畑の野菜、昨日の夕方と今朝の分。ラタトゥイユにはナスとズッキーニ、玉ねぎとトマトが入ってるから、ちゃんと食べてね」

「わー、めっちゃいい匂い!」

 美咲がさっそく箸を手にして、ラタトゥイユを一口。
「んー、うまっ!」と声をあげた。

「お味噌も自家製なの?」と拓海が聞くと、奥さんは「もちろん。三年物やで」と、少し得意げに笑った。

 私は、そっとお盆を手に取って、味噌煮をよそった。
 じゃがいもがほろりと崩れる。汁が白米に染みていく。
 一口食べると、口の中でじゅわっとだしが広がって、塩気と甘みのバランスがちょうどよく、気づけば体が「もっと」と言っていた。

 隣に座った美咲が、こっちを見てにっこり笑った。

「陽菜ちゃん、いっぱい食べてね。バイト代はまだだけど、これで一日がんばれる!」

「……うん」

 少しだけ頷いて、もう一口。
 心の中に何かがじんわり広がる。
 この温度、この味、この時間。
 ひとりで食べるごはんとは、明らかに違う。

 拓海はおにぎりを頬張りながら、「この枝豆、塩加減絶妙だな~」と嬉しそうに言った。
 その一言に、奥さんが「朝のうちに茹でて冷やしておくと、甘みが逃げへんのよ」と誇らしげに返す。

「豆って、こんなに甘いんだな」

 誰かのそんな一言に、私は小さく笑いそうになった。

(うちの弟も、枝豆好きだったな)

 夏の夕方、茹でたてをうちわで冷ます。
 弟がつまみ食いをして、「まだ熱い!」と叫んでいた顔。
 あの光景を、思い出していた。

 気づけば、箸の動きは止まらない。
 野菜って、こんなに力があったんだ。
 ただの食材じゃなくて、畑からここへ、手から手へとつながってきたもの――
 それを、今、私たちは一緒に食べている。

 ふと、藤原さんが言った。

「食うてくれる人がいるから、育てるのも楽しいんや」

 その言葉は、土の匂いの中で、すっと心に染みていった。
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